古希を過ぎ、趣味の野菜作りに、釣り、ゴルフ。そして働き、黄昏時を過ごす男の遊々生活!

3年前 70歳を機に商売を廃業、”これから遊びに邁進するぞ”との思いもつかの間、貧乏性なのか? 元気なうちは働く事に・・

油断大敵!認知症?どうかしている ここ2〜3日。

2018-01-31 11:21:59 | 日記
 今週日曜日はクリーンリバー作戦、そして古い車 2台を下取りに新車の
導入、同窓会の名簿作りに 往復はがきの作成。
やっと済ませたとあって やれやれと言う気持ちで 気の緩みでもあったのか?
月曜日 妻は納入した新車のタンクとやらに乗り、小生は12月に安く購入した
スバルの軽トラで通勤することに・・・
学校へ行くと裏門が開いている。”誰か開けっ放しにしている”と思い、定位置に
車を置こうとすると軽四が出て行く。
”あぁ先生が出て行くのだなぁ 事務室に入るので ついでなので閉めてあげよう”

と 思い、何の気なしにバックし、右サイドミラーを見ると 隣の車に異常に
接近しているのに気付いたとき 既に遅く どうやら裏門を閉める音にかき消され
たのか?衝撃音は何もなかったが 確かめると 当たった後が・・・
”こんな広い場所で何で どうかしている???”と悔まずにおれない。

 その日は 寒いが日和は好く、正門の鉄扉が塗り終えていなかったので残った
部分を塗り、休み前の金曜日に南校舎3階の廊下のPタイルが剥がれていたので
修理に行くと 教頭先生に”4年生の教室の前の廊下”と報告していたのに5年生
の教室との間違い、これまた”どうかしている”と反省。

 よく火曜日 出勤し、何時も通りに水道の量水器メーターを確認し、事務室に
ある帳面に記帳をすると使用量が150㎥と凄い量? 
見間違いをしたのか?と思い、再度 外へ出て量水メーターを見るが間違っていない。
以前 私の家でも計器が古くなったのか?漏水もしていないのにメーターが狂って
いたことも有り ”てっきり”と思ったのだが・・・
再度 気になり 預けた帳面を引き取り 見ると なんということでしょう(*_*;
12月の蘭に記入していたのです。 次のページの1月欄に書き込めば通常通りの
使用量。自分の過ちに気付くとともに恥ずかしい事 この上ない。
"2度ある事は3度有る"のことわざ通り、自分ではまだまだ大丈夫だとの過信も
有りましたが 急に弱気に・・・気を付けなければと反省しきり。

 
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日曜日はクリーン作戦での草刈りと 同窓会のハガキ作り。

2018-01-29 11:09:06 | 日記
 さて21日の日曜日 9時からはクリーリバー作戦とやらの奉仕作業、妻が
8時半と言うので 前の溝掃除を行うが まだ誰も出てこない。
”変だな?”と思い、家の前に出ていた 向かいのN氏に聞くと”9時から”と
言う。
 まぁやりかけたものだから自宅前から下の約30m区間を一人で泥あげしました。

 9時半頃に小休止、お茶を飲んで 再度仕事に取り掛かります。
河原の草刈りを行う者、私は自宅裏山の山道に 昨年の大型台風21号の影響で 
孟宗竹が倒れているので それを4人ほどで片付けます。
作業は10時15分に終わり、お宮さんの前に集まり、火を焚いて暖を取りながら
ジュースを飲んだり、ビールを飲んだり 寒いのでお酒を燗して飲んだりしな
がら がやがや話をし、帰宅したのが11時半、少し酔いもまわったので昼食は
食べず昼寝。

 3時頃に板波の神戸トヨペットへ 妻は三菱のトッポに乗り先に行き、私は
少し遅れて プリウスに乗り 家をでました。
今日は この2台を下取りに出し、タンクとか言う 新しくでた排気量は
1000CCの車。
マークはトヨタですが、どうやら傘下のダイハツ工業が作った車らしい。
行くと 妻は担当の片岡氏と向き合って 書類に署名したり捺印したり
その後、車の操作について あれこれ説明を受けていると時間は5時。

 帰宅して 風呂が沸くまでに 同級生から頼まれている 往復はがきの
作成、パソコンの筆王で 所在地が判明している70名の同級生を 宛名に
打ち込み、片面は案内文。返信には私の名前を書き入れるのは発起人のみに
名を連ねるとしても ハガキ受取は勘弁して貰って差し障りのない女子に
受け取って貰う事に、 既に作業は途中まで進めていたので1時間程度で
印刷もし終えて 実施日は4月22日だし、2月中にでも出せば十分。
余裕で済ませました。

 さて今日月曜日は 今月最後の日曜日は昨日だったので グラウンドゴルフの
成績表作り、野中町のグラウンドへスコアブックを取りに行くと、ジャージャーと
音がする。 何と 水道栓が開きっぱなしになっている。
”誰が???”と思い、栓を閉めましたが、どうやら当番の御仁が 昨日
クリーンリバー作戦は若い者に言って貰い グラウンドゴルフの練習が有ると
思い来たと推測。 その時に 水を出そうと思ったが凍っていたので栓を開けた
ままにしていた可能性がある。
昨夜はそんなに凍てていなかったので 想像するところ 少なくとも一晩は
水が出ていたのではないか?
帰宅して スコア表を作成し、グラウンド近くの グラウンドゴルフ仲間の
家に立ち寄り、言うと、”そうかもしれない。家のお父さんが 昨日朝 グラ
ウンドの方を見ると、煙が上がっていた。恐らくグラウンドゴルフが有ると思い
来た人だろう。それにしても勿体ない”と、 まぁ犯人は1月の当番の御仁なので
分かっていますが、ご老体なので文句も言えません。




 
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寒さ厳しい寒波の中、同窓会の開催に巻き込まれて・・・

2018-01-25 10:59:24 | 日記
 週初めの21日の前日に 小学校時代の同級生の女性K氏より電話が有り
「実は3年ほど目に古希での同窓会をB組だけで開いたのだが、今度は喜寿だが
A組の方に出会い、それまで待てないから年内に行って欲しいと要望された。
急な事で悪いが 小野市神明町のNさん宅で打ち合わせがしたい」。とのことで
21日11時にN氏宅へ

 Kは古い名簿を持ってきて 「今までN氏の主人に往復はがき等の宛先など
頼んできたが 年も年なので出来ないと言う。増田さん やって貰えないか?」
等と言うので 仕方なく引き受ける羽目に。
まぁ4月末の日曜日にと言う事で時間も有るのでボチボチ用意をするつもりです。

 さて学校での作業は 今年一番の寒気が流れてきていることも有り、先週末
から今週初めに 取り掛かった正門と裏門の鉄扉のペンキ塗りも最後まで済ます
事が出来ません。
ようやく 裏門の鉄扉は塗り終えましたが、材料のペンキが無くなり、月曜日に
買ってきて正門の鉄扉の塗装に取り掛かりましたが、火曜日は時雨れ、水・木
とは厳しい寒波に 強風。とてもじゃないが作業は出来ず、玄関前の草引きを
したり、体育館が裏の草引きをしたりしていますが、指先まで凍てつくような
寒さに閉口しています。


童子像

塗り終えた裏門鉄扉。

途中まで塗り終えた正門鉄扉。

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阪神淡路大震災あれから23年

2018-01-17 11:33:44 | 日記
 阪神淡路大震災から23年、あの日の早朝、山際の部屋で寝ていた私は
ゴウと鳴る 山鳴りに目が覚めました。
”これは大きいな”と思う間もなく ガタガタと大きな揺れに見舞われ
ました。
2階で寝ていた 今は亡き母と 高一だった娘が下りてきて 開口一番
「怖かった」。
 早速テレビをつけると局の内部の写真が写るのみで分からない。
当時 長男はゲーム会社に勤め、京都の向日市、次男は専門学校で、
大阪の福島に下宿していました。
その後 1時間ほど経ってからだろうか? 神戸駅が写っていて、所々
から炎が上がっていました。
その数時間後は阪神高速が倒壊しているのが放映され、この地震の大
きさを知らされました。

 その後 数日が過ぎ、西脇市では震災に遭って亡くなった方の遺体を
荼毘に伏すのに焼き場を提供したのでしょう。
ひっきりなしに霊柩車などで遺体が運ばれたようです。
当時の焼き場は西脇小学校の近く、八日町に有り、古い焼き場で焼却
能力も余りなかったと思います。
その後、西脇に新しい斎場”やすらぎ苑”が寺内に出来ましたが・・・

 その後 1週間ほどが経った頃、神戸から西脇方面へも住まいを探しに
宅建業を開業して3年経った私の店へも来られました。
なかには「あんな怖いところに住みたくない。家を探して欲しい」。
などと言う人も現れ、借家やアパート、それに中古住宅を紹介させて
頂きました。

 それからl0年も過ぎた頃でしょうか? ある日 家を購入した方が
私の店へ来られ 「増田さん。街へ戻りたい。家を売って貰えないか?」
と、「何故ですか?」と聞くと、「どうも馴染めない。西宮に居た頃は
借家で八百屋をしていたが、他人付き合いに温かみが有った。田舎では
どうもそれが無い。昔馴染みもまだ元気なうちに帰りたい」。と言われ
引き止めようもなく 他に転売させて頂きましたが、他にも似たような
理由で数人が また神戸へ帰られましたが、時々思い出します。
”あの方たち 今も元気にされてるかなぁ”と

私も田舎で家を紹介するとき この方たちに忠告をしました。
”田舎は住みにくいですよ”とか、”干渉しないでくれと言っても
干渉されますよ”とか、”道普請、溝普請、それに年2回協議費と言って
取られますよ。まぁアパート、マンション暮らしをしていれば共益費と
同様と思って頂ければよろしいが・・・”とか言いました。
 私が宅建業に携わなかった頃ですが、明石かどこかの学校の校長を
していて、定年を迎え 老後はのんびり田舎暮らしがしたいとの希望を
持って私の隣保へ新居を建てて奥さんと二人入居されました。
蘭の栽培もやってみたいとの事で新居の隣には温室を作り、ボイラーを
入れて本格的でした。

 ところが田舎暮らしは半端でない。お金が有る方なので協議費等は
何でもなかったでしょうlところが今言う溝掃除、道普請などの
勤労奉仕は年数回あります。
ご夫婦は 当時の班長などに「出不足のお金は支払うので 勤労奉仕は
勘弁してほしい」。などと断られたそうです。

 それでもしつこく当時の隣保長などが「金でなく 作業に出て欲しい」
と言うものだから このご夫婦は「ここで不始末を起こしたりしても
息子も街に居るし、自分たちの責任で片付ける。またここで亡くなった
としてもこの隣保や町には迷惑を掛けない」。と言われたそうです。

 この老夫婦は田舎暮らしは のんびりできるものと勘違いをされて
住まわれたのでしょう。
この方も 数年後 ご主人は体調を崩し、市民病院で亡くなられ
生前言われた様に 明石から息子さんが遺体を引き取り、明石で葬儀を
されました。

 その後、お家は空き家になり、息子さんもまた学校の教師、その
奥さんもでしたが田舎にさらさら住むつもりもないので借家で貸し出し
て欲しいと、私が宅建業を始めた年に貸し出しの依頼を受けました。
 その後、借り手が現れ その借り手の方は作曲家でした。
亀岡から引っ越しをされてきたのですが、その前は東京で事務所を
持っていたと言う方でしたが、姫路の家島で釣りをしていて岩場から
滑落し、脊髄を損傷して亀岡へ引っ越し、ついで当地へ引っ越しされ
てきたようです。
当時は何でも 松平健さんの「暴れん坊将軍」とかの挿入歌の作曲を
したとかで印税が入って来るようでした。

 その方も当地へ来られ 溝普請、道普請、協議費などに不満を持たれ
奥さんが「主人が悔んでいて困っている」。と何度も相談を受けました。
その後、主人は 後ろから来た車に追突され、脊髄の損傷が酷くなり
奥さんとも別れ、今では そのお家も廃墟同然になっています。
まぁ 田舎暮らしは相当の覚悟がなければできません。


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日本人は何事にも殺生すれば供養

2018-01-09 17:44:16 | 日記
 3連休も終わり 今朝の神戸新聞の正平調にアース製薬が赤穂に生産
研究拠点を置いており、研究所では 100万匹以上のゴキブリ、1億匹
以上のダニ、12千匹の蚊、その他 色々と研究用に飼育している
らしいが、「死んでいく虫たちのおかげで研究が成り立っている」とかで
坊さんの読経の中、虫供養が行われたと聞く。
私からしてみれば”なんの虫如き”と思うのだが・・・

 しかし他にも動物を殺生している場合、供養しており、生き物でも
ない 例えば針などでも”針供養”と言うのが有ります。
世界から見れば不思議と思うのではないでしょうか?
だが、これが日本人特有の物や生き物に対する感謝なのでしょう。

 さて世界では色々な出来事が、トランプ大統領の側近で有った
バロン氏とやらが、政権から離れると 大統領近辺の事を暴露したと
言います。トランプのジュニアの事や、娘のイバンカ氏が次期 アメリカ
初の女大統領の席を狙っているとか? 本は見ていないので分かりませんが
書店では飛ぶように売れているとか言います。

 方や韓国は 北朝鮮が平昌オリンピックに参加すると言う事で 急きょ
今日 会談を開くとか?
ケソン工業団地も2年振りに再開する見通しとか?
日・米・韓で足並みをそろえて 北朝鮮に制裁をと 言うはずではなかった?
話合いは結構だが、今まで北朝鮮と話合いをして約束事を守ったことがない。
まぁ北も南も 同じ民族、どちらも約束事を違えると言うのでは同程度。

 さて学校での仕事は冷たい雨が降ったりして野外の仕事は出来ず、
物置小屋で プール脇の掲示板取り付けの準備をしようと、物置に有った木を
サイズに切り分けます。同じ太さの木が足らず、細い木も使う事に

切り分け作業

 現場へ行って きっちり枠に有っているかどうかの確認をします。

サイズが有っているかどうかはめてみました。

 何とか サイズは合い、小屋へ持ち帰り 水性ペンキを塗りました。
残り作業は屋根板や波板張り、掲示板の取り付けだが、ネジも探したが
無いし、屋根板も要る、鉄を貫通するネジも要るのだが購入しなければ
無い。まぁ暖かくなってからの仕事にすることに。
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