喜寿をむかえた男の遊々生活!

喜寿を迎えた老人の日々を日記に・・・

クマが出たとの情報が・・・

2017-06-20 18:10:34 | 日記
6月20日(火)曇り
 お昼前 防災無線で「市原町でクマがでた」との情報でした。
市原だと日野小の隣に位置します。 まぁ杉原川を挟んでいるのと
市原といっても妙覚寺奥の森林公園付近だと思います。
でも数か月前の情報で冨吉南付近でクマを見たとの情報もありました。
 
 私が住む裏山も市原の山と地続きになっており、秋になればドングリや
柿が実りますから油断できません。
クマに遭遇しないことを願いながら 裏の畑へ行き、ズッキーニ―を収穫。

受粉させた実は大きくなっています。
 収穫したズッキーニー

 小学校へは12時45分に入り、着替えてプール付近の草引きをしました。
休みなしでの3時間半は腰に来ます。
掛かる際には 1年生がプールに入ってきました。 賑やかな事。
それに比べ 保育園のプールは落ち葉が溜まり、園舎はシーンと静まり
帰っています。
プールが終わり、辺りがシーンと静かに・・・夕方から雨が降るとの事。
風も出てきました。
 静寂の中で 頭に色々な事が巡ります。 余り考えても仕方がないので
食べるものを考えました。 そういえば今の季節はハモのシーズン。
数年前、委員会で一緒だった淡路のN支部長が「一度 淡路に来ないか?」と
言い出し、委員会のメンバーで淡路市の洲本へ行ったことが有ります。
N支部長の家は 洲本のお寺の前で 自宅で奥さんはブティックをされて
いました。
 私は遠方なのとアクセスが悪く、車で淡路へ、委員会のメンバーの殆どは
神戸とかアクセスのよいところなので日帰りを予定していました。

 N支部長の自宅は昔ながらの入母屋造り、聞けばW大学で奥さんと知り合い、
一緒になったとか言います。N支部長の出身は佐賀県で造り酒屋をしていた
と言うので良い家柄だったと思いますが、奥さんが養子娘だったため
「遥々 佐賀から泳いで養子に来た」。と笑わしていました。
いよいよハモ料理が届き、客間へ通してもらいました。
 そこから庭を見ると、石灯篭などが倒れたまま、神戸淡路大震災が起きて
から16〜7年経っていたでしょう。
色々と話をしながら淡路の玉ねぎがたくさん入ったハモ鍋をつつき、そして
蒸したハモを梅肉で頂きました。
その日はビジネスホテルで泊まる予定だったので しっかりアルコールも頂き
いささか酔いました。
N支部長が「家に泊まって行け」と言うのを 断固断り、ビジネスホテルへ
その晩 よく眠れたこと。
あくる日は早朝に目が覚め、洲本の浜辺近くの公園を散歩しました。
松林が有り綺麗な公園でした。
 そこから町の方へ眼をやると、カネボウと書いた会社か工場が目に入り
ましたので、近くの人に聞きますと、3年ほど前に撤退したとか、
N支部長宅へ昨晩の礼を言って、再び 西脇へ向かって帰りました。
 あんなことが有った。こんなことが有ったと思い浮かべながら草引きを
していると4時半に、2袋の生ゴミ袋を両手に持って 一輪車置場へ置き
校舎内を見回り、5時5分に学校を後に、帰りは畑へ寄り、夜には雨が降る
とのことで 水桶の蓋を開けて帰りました。

作業前

作業後
畑の様子。












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