喜寿をむかえた男の遊々生活!

喜寿を迎えた老人の日々を日記に・・・

平成最後悪戦苦闘の打ち納めはボヤキ節。

2019-05-01 09:09:17 | 日記
 4月20日に妙見富士CCへ福崎のT君、
加西市のM君、私の3人でプレー後「平成
最後のゴルフをしよう」。などと言って、
平成最後の4月30日にエントリーをして
おりました。
 
その日の数日前から天気予報では雨マーク、
この日は私たち3名以外にも、私の釣友で
ある市内のT君も誘っていたので キャン
セルしようか?などと迷っていましたが、
 29日の夕方に激しく降っていた雨も 
9時過ぎには小雨になり、私たちの取って
いたスタート時間10時16分には小雨が
降ったりやんだりし、合羽も要らない
くらいで、フェアウェイは所々ぬかるんで
おりましたが、プレーに支障を来すもの
ではありませんでした。

 だが、出だしからドライバーショットは
右へ飛び、上がったらWボギー、2番ホール
もWボギー、ようやくショートホールでパー
が来て、”よし今日こそ100を切らなけ
れば”と内心思い、次は少し距離のある
ミドルホール 元刑事のT君は300ヤード
のティショットを放ち、それを見て 渾身の
力を振り絞って打つと球は大きく左へ曲がり
OB、プレイング4から放ったボールはまた
また左へひっかけOB、次は7打目、今度は
グリーンに乗ったものの そこから2パット。
何と9打!
ショックから立ち直れず、とうとう54も
叩きました。

アウト4番のロングホールをティグラウンドから望む。

 午後もWボギーの連続で 距離はでないし
内心思いました。”あぁ75歳にもなると
こんなに距離が出ないんだ。そういえば
その昔、歳取った先輩方と回った時
 ”マッサン よく飛ぶなぁ~ワシも
それに近いくらい飛んだ時が有ったんだが
なぁ~”と言われていたことを思い出します。

 もうかれこれ35年以上も前、私は
東播染工㈱の部署は営業でした。
40歳前後の頃が絶頂期だったでしょう。
ほぼ毎日野村の大池へ練習に行き、春
秋には加工場同士でのコンペ有り、産元
商社のコンペ有り、接待ゴルフ有りで
それこそ毎週のようにゴルフに行って
おりました。
兵庫県下は広野ゴルフ場を除き、ほぼ
プレーをして回りました。
その頃の私は80前後でプレーを
していました。

上司や産元の営業部の旭国際CCの会員で
 よくご一緒させて貰いました。旭国際は
東条コース、大蔵コース、宇城コースと
54ホールもあるゴルフ場で、何時も
長い距離のある東条コースをエントリー
して貰いました。
当時のクラブはドライバーヘッドは
パーシモン、シャフトはスチール。
でもドライバーは250ヤード、アイアンは
5番で180ヤード、ミドルアイアンを
持てばピンをダイレクトに狙って その
方向へ持っていけました。

 だが、平成2年2月に東播を辞め、
ゴルフを封印しました。宅建業界に
足を踏み入れてからも ”商売が軌道に
乗るまで”と、だが平成12年頃に
西脇市の役員になり、商売も軌道に
乗りかけ、また翌々年には西脇の支部
長になり、理事として神戸の不動産
会館に行くようになると、本部理事
のコンペが年2回行われるように
なり、古いクラブを出してきて、最初は
吉川町の美奈木CCだったと思います。
まぁ優勝は出来なかったものの、80台
で回り、飛び賞で商品も貰い、馬も
運よく当たり 幸先のよい再スタート
だった事を思い出します。
だから10年はクラブを握っていなか
った。
 古いスチールシャフトのクラブを
使っている人が居らず、その時、
刀と言う カーボンシャフトに変えた
次第。
だが、どうも新しいクラブに変えて
からと言いうもの、思うように飛ばない。

 10年間のブランクと言うものは
やはり昔のゴルフスイングを忘れさせ
るようです。

今はどうか?ドライバーは180ヤード
よく飛んで220ヤード、ショックなのは、
写真に写っているアウトのロングコース、
ドライバーはまぁまぁの200ヤード、
2打目は5番クリークで180ヤード程度、
残す距離は130ヤード、打ち上げだし
前にバンカーが口を開けているし、
ここは大きめにと思い、5番アイアンで
ピンを狙いました。
まぁ会心のショットと言えないまでも
まぁまぁの当たり、だが何と もう
2~3ヤード飛んでいればバンカーを
超す筈が、深いバンカーへ、・・・
情けない。
バンカーからのショットはグリーン
オーバー、左足下がりの傾斜地から
持っていたサンドウェッジでアプローチ
ピンそばへ寄せてボギーでは上がれ
ましたが、ショックでした。

 60歳、いや60歳台の頃は まぁ
昔ほどでなくても そこそこピン傍
まで飛び、後はアプローチの調子さえ
良ければ、パーやボギーペースで
上げれていたものでしたが、今や
渾身の力を振り絞ってもボギーペースで
上がれない自分に腹が立ちます。

 計測器で測ればヘッドスピードは
40~43程度と女子プロ並み、
本来ならドライバーも230ヤードは
飛ぶはずだし、やはり柔軟性が無くなって
いるのか?
アークが小さく縮こまっているのでしょう。
来月5日にはBクラスの月例にでようと
T君と約束していますが、ティショットを
打つ場所は 折角シルバー用ティグラウ
ンドが設けて有るのだから形振り構わず
 プライドもかなぐり捨てて平均30
ヤードは短くなるであろう場所から打とう
と思います。

 下戸田のT君に乗せて行って貰って
たので 帰りに西田町の”ともや”へ
立ち寄り、食事を奢っておきました。
さぁ 明日から令和の時代に突入。
 元号が変わっても 平和な時代が
続くようにと願うばかりです。