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Deep City 横須賀

横須賀市の地域ガイドブログ 観光やグルメ&おいしい!おすすめのお店紹介 ニュースやイベント基地情報も

★山科台のクリスマスイルミネーション★

2007-12-02 | ◆西地区
数年前にテレビでの放映があったりと、横須賀ではクリスマスイルミネーションといったら
「山科台」というくらい有名な地域の山科台。最近になってその規模は縮小傾向にあるとの話を
聞いていますが、相武幼稚園に行った時に、ちょっと見に行ってきました。

 


 

どうしたのでしょう?見に行った時期が早かったのか(11月下旬)、イルミネーションを
しているお宅は数軒しかありませんでした。
過熱報道&見物客のマナーの悪さが、地元で問題になったのでしょうか。
時期が早かっただけならいいのですが・・・
ブログで取り上げるのもどうかと悩み、写真も小さめでの投稿です。


関連サイト
三浦半島へ行こう!→クリスマス、光の街をあるく~山科台


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★相武幼稚園★クリスマスイルミネーション★X'mas★太田和★

2007-11-27 | ◆西地区
12月もうすぐそこ!この季節になると行って、見てみたくなるのが、横須賀太田和にあります
『相武幼稚園のクリスマスイルミネーション』!数年前、初めてここのイルミネーションを
見た時の衝撃は今でも忘れられません。比較的街の明かりが少ないこの地域に、
遠くからでも「何だ?あの光は?」と煌々と輝く「相武幼稚園」。
近くに行くと「うわぁ~」と感嘆の声があがるほど、横須賀のクリスマスの名スポットです。
よこすかよいとこさんから点灯開始の情報を得て、早速今年も見に行ってみました!
※すべての写真はクリックで拡大します※

相武幼稚園のクリスマスイルミネーション
いやぁいつ見てもここのイルミネーションは凄いですね!
駐車場に車を停めて、間近に見ると、早く見たさについつい小走りになっちゃうくらいです。


相武幼稚園のクリスマスイルミネーション
知らなかったのですが、このイルミネーションは「よこすか都市景観協議会賞」に選ばれています。
それにしましても凄い電飾の数!これを準備するのも相当大変でしょう。


相武幼稚園のクリスマスイルミネーション
こちらが幼稚園の正面。点灯開始から数日しか経っていませんが、お子さんと一緒に来る方や
カップルなど、次々と見に集まってきています。


相武幼稚園のクリスマスイルミネーション 相武幼稚園のクリスマスイルミネーション
幼稚園をぐるりとまわるように“順路”があります。
光のトンネルがあったり、記念撮影コーナーもありました。


相武幼稚園のクリスマスイルミネーション 
建物以外の前庭もご覧のとおり!子供さんたちも大喜びです。


◆ 相武幼稚園 ホームページ ◆


ここのイルミネーションは見たことのない方には、一見の価値ありです。
写真で見るよりも数倍きれいですよ!カップルはもちろん、お子さんと一緒に行くのもgood
ただし!私のように男一人で、三脚持って行くのは、華やかなイルミネーションが
寂しさをよりひきたてるのでやめた方がいいと思います。ハイ。


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★大楠高校★大楠山の麓、環境良★校歌團伊玖磨作曲★

2007-09-29 | ◆西地区
横須賀の学校めぐり、今回は横須賀西地区、荻野にあります『大楠高校』です。
以前訪問しました『荻野小学校』のすぐ隣りになります。


134号から少し中に入り荻野小学校を過ぎると「大楠高校」
近くには荻野川が流れ、くすの木台団地があります。


◆ 大楠高校 ホームページ ◆

早速ホームページを見てみますと、なんと大楠高校の校長先生、かつては
パワーリフティングのチャンピオンだったとか!たくましそうな校長先生ですね。
学校の創立はホームページには記載されていませんが、昭和55年(1980)1月。もうすぐ30周年を迎えます。
学校生活の中には、ゴルフ練習場に行って一般の人たちにまじって打ちっぱなしをするという「ゴルフ入門」、
大楠山や佐島の自然を観察したり、久里浜の発電所を見学する「三浦半島の環境」というものがあります。
地域を生かしたイベントでいいですね。
クラブ活動も、体操部が国体出場したりと活発なようです。
大楠高校の文化祭である「楠高祭」は9月。11月には「大楠山登山マラソン大会」というものがあります。これはキツそう。



校庭。空を遮るものもなく開放的な雰囲気。



東門


そしてもう一つ、こちらもホームページには記載されていませんでしたが、大楠高校の校歌は、
日本を代表するクラシックの作曲家、『團伊玖磨(だん いくま)』氏の作曲です。機会があれば聴いてみたいです。

       校  歌  作詞 前田佐四郎  作曲 團伊玖磨

       大楠の山の緑よ  真日に照る白亞の校舎
       豊かなる豊かなる 個性伸ばして
       友情の 友情の   きずなは強し
       ここに学ばん ここに学ばん 大楠高校
       早春の丘の菜の花 島に咲く白き浜木綿
       限りなき限りなき  知性磨きて
       創造の 創造の   道は明るし
       ともに励まん ともに励まん 大楠高校

       湘南の海の青さよ のぞみ立つ青春の塔
       聞え来る聞え来る 遠き潮鳴り
       はばたかん はばたかん 我等たくまし
       とはに栄えん とはに栄えん 大楠高校


下記関連サイトにもありますが、大楠高校は昨年より、入試の基準を変え、学力重視から、
中学校の学校生活に重点を置いた基準に変更しました。これによって志願者が急増したそうです。


さらに詳しく
Google検索→大楠高校
Google画像検索→大楠高校
mixiコミュニティ→大楠高校 

校庭には藤棚があるようです。季節になったら藤の花を見に再訪したいと思います。

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★荻野小学校★グー・チョキ・パー★横須賀の学校めぐり★

2007-07-23 | ◆西地区
横須賀の学校めぐり。
今回行きましたのは、自衛隊武山駐屯地、市民病院、関口牧場、大楠高校などの近くにあります
『荻野小学校』です。134号をちょっと入った所に大楠高校と並んで学校がありました。

荻野小学校
周囲に大きな建物はなく、ゆっくりとした時間の流れる場所に学校があります。


荻野小学校
学校のまわりを歩いて回ります。天気がよかった事もあり、広い校庭を見ながら歩くのは
とても気持ちがよかったです。校庭も広くのびのび生活できる、学校環境です。


◆ 荻野小学校 ホームページ ◆
◆学区◆→林2丁目の内8番、9番、太田和1丁目(16番から28番までを除く。)、2丁目、
3丁目の内697番地から747番地まで、1,165番地から1,217番地まで、4丁目、荻野、長坂

ホームページを見てみますと、開校は1982年(昭和57年)。
楠の木台団地の完成により児童数が増加し、大楠小学校と武山小学校の生徒が集まり開校しました。
学校目標は「グー(たくましさ)・チョキ(正しさ)・パー(やさしさ)」。
 
他の学校と違い、特徴があるのが、荻野小学校近くにある横須賀市立市民病院に、院内学級があります。
病院に入院中の小学生が、病院内で学校の授業を受けられるというもの。これは素晴らしいですね。
長期入院を余儀なくされる生徒さんもいらっしゃるでしょうから、これは親御さんにとってもありがたい制度ではないでしょうか。

行事の中には11月に「荻野っ子まつり」というのがありますね。どんな行事なのでしょうか。


荻野小学校 荻野小学校
(写真はすべてクリックで拡大します。)


荻野小学校
これも面白いなと思ったのは、通常校舎の長い方が校庭に面していることの多い学校ですが、
ここ荻野小学校は校舎の側面が校庭に面しているのですね。


Google検索→荻野小学校
Google画像検索→荻野小学校
mixiコミュニティ→荻野小学校

134号線を入ると、交通量も少なくなり、ゆったりとした雰囲気の町が広がります。
この辺りの生徒さんは、放課後とかどこで何をして遊ぶのでしょう?
環境がいいのでそんな事も気になったりします。


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★一騎塚★石田波郷句碑★横須賀市武★

2007-07-13 | ◆西地区
武山の麓にあると聞いていた“一騎塚”。交差点やバス停の名前にもなっていて、
一度訪れてみたかった場所です。場所か分からず、地元の方に聞いて行ってみますと、
表通りからは1本入った裏道にありました。(地図は下になります)
富士見小学校近く、武山への入口にもなっています。

一騎塚という名前は、鎌倉時代建暦三年(1213)和田合戦の時、義盛に加勢した武次郎義国が、
ただ一騎この地から鎌倉に馳せ参じて戦い、討ち死にしました。
これを里人が哀れんで塚を築いて霊を弔ったという事からきています。

石田波郷文学碑
まず初めに目に留まったのが、この石。近くにある説明を読むと、石田波郷(はきょう)の句碑です。
「緑さす細田 掻きをり 一騎塚」 石田波郷
横須賀の文学碑もすべて回ってみたいと思っていましたので、嬉しい発見です。


一騎塚@横須賀市武 石田波郷文学碑
(左)一騎塚の説明。クリックで拡大します。
(右)石田波郷文学碑について。読みにくかったので同じ内容のページへリンクしています。


一騎塚@横須賀市武
句碑のやや上に、横須賀市内で最大の庚申塔があります。
3基並んだ青面金剛は迫力があります。


一騎塚@横須賀市武 一騎塚@横須賀市武
(左)庚申塔の脇の階段の上にあり武山不動の前不動の“不動明王像”
(右)さらに塚を登るとやや開けた場所に出ます。一番右にある「忠魂碑」。


一騎塚@横須賀市武 一騎塚@横須賀市武
他にも「聖徳太子塔」「富士山登山信仰地蔵尊像」「庚申供養塔」など、多くの塔や像があります。


一騎塚@横須賀市武
一騎塚から街を。


さらに詳しく
Google検索→一騎塚
Google画像検索→一騎塚

初めてこの場所を訪れましたが、塔や像や碑など、多くの石碑があり驚きました。
なぜここにこんなにも多くの石造物が?と思いましたが、
この地が地域住民の信仰の重要な場所であったという事なのですね。
ただ一騎、応援に駆けつけたという武次郎義国。現代では“無謀”とも思えるその行動には、
鎌倉時代に生きる“武士の魂”を感じました。もう少し詳しく知りたくなりました。

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★若命家長屋門(わかめいけながやもん)★横須賀市指定市民文化資産★

2007-06-27 | ◆西地区
久しぶりに横須賀西海岸へ行ってきました。
今回の目的は、横須賀市の“指定市民文化資産”でもあり、“第1回よこすか景観賞”を受賞している

若命家長屋門

(わかめいけ ながやもん)」です。
今まで西海岸134号を走っていてもなかなか気付きませんでしたが、
コンビニ近くをちょっと中に入った所にありました。

若命家長屋門
若命家は、江戸時代に秋谷村の名主役を務め、本陣としての役目を果たしていました。
そしてこの門前は年貢米の徴収など、村の行政に欠かせない広場だったそうです。
昨年(2006・平成18年)に修復工事が終わりきれいになっています。
入口正面に向かって左手には納屋、米蔵があり、右手には畳部屋が
付属するという長屋門の造りになっています。


若命家長屋門
そして今でも若命さんの家の表門として現役で使われているというのですから凄いですね。
屋根はもともとは茅葺だったそうです。関東大震災後の修理で瓦葺となっています。



若命家長屋門の奥にある「秋谷神社」


さらに詳しく
Google検索→若命家
Google画像検索→若命家
大楠エコミュージアム→長屋門
横須賀風物百選→永嶋家の赤門(長屋門)

横須賀には、横須賀風物百選に選ばれている、永嶋家(田戸)長屋門の他、
いくつかの長屋門があるそうです。機会があったらめぐってみたいと思います。
江戸時代のこの辺り(秋谷)の様子を、思い描いてみるのもいいですね。

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★専福寺★佐島★三浦観音第28番札所★

2007-05-22 | ◆西地区
三浦半島巡礼記。今回は「三浦観音33霊場」の一つ、佐島にあります「専福寺」へ。
専福寺@佐島
お寺は相模湾を目の前に、海沿いの道にありました。


専福寺@佐島
専福寺は1500年頃の創建と伝えられています。
明治24年(1891)、この集落の火事で全焼し、その後は仮建築のままでしたが、
昭和51年、現在のようなコンクリート造りの本堂が完成。


専福寺@佐島
山号は海の近くならではの「海照山(かいしょうざん)」


専福寺の観音堂@佐島
専福寺の近く、「観音鼻」と呼ばれる出崎に「十一面観音菩薩座像」が安置されている「観音堂」があります。
この「専福寺の観音堂」は、もともとは馬骨の坂にあった「観妙寺」。
「観妙寺」には行基作の観音菩薩を本尊として祀っていましたが、天文19年(1550)火事にあい焼失。
当時、三崎城を本拠に江戸時代に至るまで約80年間三浦半島を支配していた後北条氏の家臣、
糟谷兵部少輔(芦名、佐島を統治)が堂を再建し、当時の鎌倉仏師を代表するひとりであった
長盛(ちょうせい、大蔵法眼)に、本尊の観音像をつくらせ祀ったとのこと。
この観音像、十一面観音菩薩の座像は少なく、鎌倉国宝館に出展もしたという価値の高いもの。
平成12年3月10日横須賀市指定重要文化財に指定。
毎年1月1~3、17、18日、7月17、18日そして8月は9、10、17、18日に御開帳があります。



専福寺近くより佐島の海を。


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★名称 海照山 専福寺 (かいしょうざん せんぷくじ)
★場所 横須賀市佐島2-7-1
★電話 046-856-0227
★アクセス

◎ご詠歌 『観音へ参りて西を眺むれば 富士の高根に雪はふりつつ』
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さらに詳しく
Google検索→専福寺
Google画像検索→専福寺


年に数回御開帳されるということなので、再度訪問したいと思っています。
海の近くのお寺はとても気持ちがいいですね。

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★長慶寺(長井観音堂)★ 三浦観音31番札所 芭蕉句碑 ★

2007-04-15 | ◆西地区

三浦半島巡礼記。
今回は三浦三十三観音の第31番札所となっております、長井の「

長慶寺

」へ行ってきました。
バスの終点「荒崎」からすぐの場所にあります。






帰ってきて調べてみて分かったのですが、ここ「長慶寺」は親寺、末寺といった宗派に関係がなく、
鈴木家のお寺だということです。それゆえ山号も「鈴木山」となっています。
個人所有のお寺があることに驚きました。個人でお寺を持つということは鈴木家が
この土地で代々の権力者であり、資産家であることを物語っています。
「長慶寺」は建久3年、鈴木家長の開基と風土記に記されています。
鈴木家長は源義経の家臣鈴木三郎重家の長子で、建久年間に

長井

村の荒井に移住し、
このお寺の他、村の総鎮守熊野神社勧請したといわれています。
そして私が今巡っている「三浦三十三観音」も鈴木家のご先祖、
鈴木徳右衛門が江戸時代にに開設したともいわれています。



長慶寺の天井に筆によって描かれている龍は、

横須賀

市指定文化財となっています。



山号は「鈴木山」



階段の左手にある、芭蕉の句碑
『海士の屋は小海老にまじるいとどかな』
こちらは江戸時代に地元の俳人らがたてたもの。


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★名称 鈴木山 長慶寺 (スズキサン チョウケイジ)
★場所 横須賀市長井6-28-7
★電話
★アクセス 

さらに詳しく
Google検索→長慶寺
Google画像検索→長慶寺
◎正観世音菩薩の画像は→こちら  (参)Annie's Homepage
◎ご詠歌 『命こそ ながいみじかき 浮世かな 来世を頼む 南無観世音』

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当ブログ“三浦三十三観音霊場”特集は→こちら


個人持ちのお寺というのには驚きました。
それでも個人でお寺を維持するのには、いろいろとご苦労もあるようです。
三浦観音御開帳の時に、再度訪問したいと思います。

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★無量寺★ 三浦観音第29番札所 茅葺きの山門

2007-03-25 | ◆西地区
三浦半島巡礼記。今回は横須賀西地区、長坂にあります「無量寺」へ行ってきました。
ここ「無量寺」は三浦観音霊場、第29番札所となっています。


お寺に着くとまず目に入るのがこの「参道」。脇にはお墓があります。



参道を進むと見えてきたのが、なんと茅葺きの山門!これは珍しいですね。
最近では平成7年2月に葺き替えたそうです。材料も職人さんもいないので、維持が大変だとか。
こんな風情のある山門があるとは、嬉しくなってきます。



本堂
「無量寺」は文治5年(1187)、和田義盛が祈願のために建立したといわれています。本尊は阿弥陀三尊。
鎌倉無量ヶ谷戸より、現在地に移したと伝えられ、旧光明寺末。



山号は「金剛山」




◆「阿弥陀三尊」 三浦七阿弥陀の3番目で、運慶作の阿弥陀如来が祭られていたが、
寛文9年(1669)、不慮の火災で全焼。その後、第六世住職・南慶上人が再建し、
その時に作られた阿弥陀如来が、現在祭られています。(本尊)

◆「間宮氏の墓」 大阪夏の陣で三崎水軍を率いて活躍し、後幕府船手奉行として
当地を知行した間宮氏のお墓があります(菩提寺)

◆「錦島の墓」 長井村の出身で明治元年、他界した相撲の親方、江戸・錦島部屋四代目の親方のお墓。
三浦半島には、三浦相撲と呼ばれる素人相撲があったそうです。長坂・祖母神社の祭礼でも、
奉納相撲が行なわれていました。その祖母神社敷地内にあったお墓が、道路拡幅のため、
平成5年、ここに移転しました。


◆ 無量寺ホームページ ◆


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★名称 金剛山 長寿院無量寺 (浄土宗)
★場所 横須賀市長坂4-21-18
★電話 046-856-0758
★アクセス JR衣笠駅より京急バス逗子駅行きで、佐島入口下車、徒歩8分

さらに詳しく
Google検索→無量寺
Google画像検索→無量寺
◎聖観世音菩薩の画像は→こちら  (参)Annie's Homepage
◎ご詠歌 『聞きしより 短き坂を 長坂と 無量寺に 参る観音』
※普段は、秘仏のためお開帳されていませんが、八月十日の四万六千日(その日にお参りすると四万六千日お参りしたのと同じご利益のある日)と午・丑年の春にお開帳。

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当ブログ“三浦三十三観音霊場”特集は→こちら

訪れてみて、ここ「無量寺」の山門が、茅葺きの山門だったのは嬉しかったです。
帰ってきて調べて分かったのですが、著名な方のお墓もあり、御開帳の年に再度訪れたいと思います。

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★子産石(こうみいし)★ 秋谷 子宝・安産祈願

2007-03-21 | ◆西地区
西海岸を車で走っている時に、ふと秋谷の『子産石』の事を思い出し、寄ってきました。
写真では見たことはありましたが、実際に見るのは初めて。
近くには「あっぷーがる」というインド料理屋があります。以前は「胡海亭(こうみてい)」というカレー屋さんだったとか。


◆子産石とは
 横須賀市秋谷の海岸などで見つかる丸石のことで、バス停「子産石」付近にある直径約1mの子産石を、
 全体の象徴として横須賀市指定市民文化資産に指定している。
 この石はこの土地の方が生前、苦労して海岸から引き上げた一つで、近くの熊野神社境内などにも見られます。
 
◆文献による記述
 江戸時代に著された書物『三浦古尋録』に
 「曲輪(くるわ)の浜に子産石云々有年此石より石を分出す、故に子産石と云ふ」とあり
 「大きな石から小さな石が分かれ出た」と記され、古くから生殖の神、安産の神が宿る石として崇拝されてきました。

◆言い伝え
 この「子産石」、子供に恵まれない女性が子産石をなでた手で腹をさすると
 懐妊するとか、妊婦が石で腹をなでると安産になるなどの言い伝えがあります。

◆子産石の形成 
 この地域からしか産出しない大小の丸い奇石は、海岸の崖や砂地から産出します。
 ノジュール(石灰質団塊)と呼ばれる、石灰や砂が雪だるまのように凝集したものだとか。
 今でも海岸を探せば見つけられるそうですが、その数は少なく、なかなか難しいそうです。



さらに詳しく
Google検索→子産石
Google画像検索→子産石

この「子産石」の下には、子宝に恵まれない方や、妊婦の方が多く訪れ、その願いを小さな石に記し置いてあります。
またこの丸石のおかげで子供を授かった喜びの便りが、たくさん届いているそうです。

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