『火ゼミ通信』第95号に掲載した記事を採録します。
コナントと「軍学共同」
防衛省が大学に研究資金を提供する「軍学共同」について、最近、何かと問題になっています。この問題を考えるうえで、ハーバード大学総長で化学者のコナント(James B. Conant, 1893-1978)の言葉に耳を傾ける必要があるのではないかと思います※。
コナントは、レーダーや原子爆弾などを生み出した第二次世界大戦期のアメリカ合衆国の科学動員政策で、科学行政官として指導的な役割を果たし、大学と軍が協力して研究開発を行う体制をつくった一人として知られています。いわば、「軍学共同」の元祖ともいえる人物です。
そのようなコナントですが、軍が大学に研究資金を提供し続けることに全面的に賛成していたわけではありません。
戦争が終結しても、軍は大学への多額の資金援助をつづけており、1947年の米国の研究開発費の総額11億6000万ドルのうち、約半分の5億ドルを軍が占めていました。そのうち基礎研究については、総額1億1000万ドルのうち、軍は約3割の3500万ドルを占めており、この額は、大学全体の基礎研究費と同額でした。なお、当時の軍は、軍事機密に関わらない基礎研究も支援していました。
戦争が終わった後にも軍が大学へ多額の研究資金を提供し続けていることについて、コナントは、大学に対する「中央集権的な支配(centralized control)」が大きくなり、そのことは「不適当(unfortunate)」だと述べています。コナントは、戦時中には大学は機密にかかわる研究を行ったけれども、戦争が終結した後には、大学は自由な研究を行うべきで、軍事に関わる機密の研究は、政府の研究所や、政府の兵器工場や試験場で行われるべきだと述べています。
コナントは、基礎研究を軍事研究に結びつけることに反対していたのではなく、むしろその逆で、「基礎科学の研究は国防計画にとって不可欠な部分である」と、物理学、化学、生物学などの基礎研究は国防のために必要だと考えていました。しかしコナントは、全米科学財団(National Science Foundation, NSF)を設立して、軍に代わってNSFが大学に研究資金を出すことを期待していました。つまり、基礎研究を軍事研究に利用することは必要だけれども、大学に対して資金を出すのは軍であってはならないと考えていたのです。コナントは、「科学研究という国際的公共事業の推進を、国防充実と密接な関係に置くことには根本的な矛盾がある」とも別の箇所で論じています※※。
コナントは、軍と大学を結びつける体制をつくった人物だからこそ、そのことが大学にもたらす影響の大きさを、誰よりもよく理解していたのでしょう。だからこそ、平時に大学と軍が結びつくことを懸念していたのでしょう。昨今の「軍学共同」を推進する人々は、コナントの懸念に無頓着すぎるように思えてなりません。
※ "President Conant Supports Nat'l. Science Foundation," Bulletin of the Atomic Scientists 3:1(Jan. 1947): 2.
※※ J. B. Conant, Science and Common Sense (Yale Univ. Press, 1951) 邦訳版: J. B. コナント『常識から科学へ』白揚社, 1952年