福島第一原発の事故はまだ続いています.
私たちの講座は,科学や技術の歴史を研究するところです.この事態について,歴史研究者として何をするべきか,講座の内外でさまざまな議論がなされています.その一つとして,日本の原子力開発の「正史(official history)」を作成しようというアイデアも出ています.
どうなるのかは,まだまだ議論中ですが,参考になるのが,米国の原子力委員会(AEC)が出版した正史の3部作です.第1巻のNew World, 第2巻のAtomic Shield, 第3巻のAtoms for Peace and War です.
この正史3部作には,米国にとってきわめて都合の悪いようなこと―――放射線人体実験,マーシャル諸島などの核実験場の被害,放射性物質を利用した兵器開発など―――は,ほとんど記述されていないという欠点があります.
とはいえ,マンハッタン計画から1961年までの米国の原子力開発の歴史をについて,政府の内部文書を駆使して,決して自画自賛ではなく,政府内部の混乱や批判的意見やメディアを含む一般の批判的議論などを含めて,きわめて詳細に,出典を明記して記述されています.今でも,米国原子力開発に関する歴史研究の出発点になる重要な文献です.
歴史研究者として,このような正史の日本版を,日本でもつくることが重要だと思います.さまざまな議論がなされる分野ですが,正史があれば,議論の土台というか,出発点をつくることができると思います.
もちろん,正史を作成するとき,自由に歴史を記述するという保障が必要でしょう.政府や行政機関や,関連企業や団体にとって都合のいいことだけを書き,都合の悪いことを書かないということであれば,単なる「御用学者」になってしまいます.そのような歴史書なんて,誰も見向きもしないでしょうし,そもそも作成する意味がないです.どうやって自由を保障するべきか,これが問題でしょう.
何はともあれ,米国AECの正史3部作が,重要な先行事例になると思います.今では,これらをPDFファイルで無料でダウンロードできます.ご関心のある方はどうぞ.3巻のAtoms for Peace には,紙版にあるForewordがありませんのでご注意下さい.
New World (1964)
Atomic Shield (1969)
Atoms for Peace and War (1989)