「平和と人権」 「八重山」 情報 PT.1 アーカイブ

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◆ 沖縄・八重山から 「八重山毎日」「琉球新報」などの地元紙の記事や地元からの情報を紹介します。

2011-05-25 13:39:39 | インポート

5月30日 琉球新報
当時在校生で同窓会 宮森小学校ジェット機墜落

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2014年度の事業計画・予算案を審議する石川・宮森630会の定期総会=25日、うるま市石川

1959年6月に起きた宮森小学校ジェット機墜落事故の悲劇を語り継ぐ活動を続けるNPO法人石川・宮森630会(豊濱光輝会長)の2014年度定期総会が25日、うるま市石川であり、本年度の事業計画・予算案を承認した。事故から55年の節目を踏まえ、当時の小学校・幼稚園の在籍者による初の同窓会を6月29日、宮森小体育館で開催する。事故発生日の30日は、昨年8月に発足した遺族会と630会による初の合同慰霊祭を開く。
 
総会で豊濱会長は「宮森小の歴史を語り継ぐことは私たちの使命だ。そのことによって子どもたちに緑のバトンを継ぐことができる」と語り、会活動の発展を呼び掛けた。同窓会の対象となるのは事故当時6年生だった47年生まれから、幼稚園生だった53年生まれの世代。還暦を超えた当時の在校生が自らの体験やその後の歩みを語り合う場として同窓会を設けることになった。事故を描いた映画「ひまわり」の上映もある。
 
事故当時は2年生だった630会の久高政治事務局長は「事故から55年を迎える。当時の在校生が集まり、当時の体験を語り合い、お互いの成長を確認したい」と話している。630会は当時の在校生の同窓会参加を呼び掛けている。問い合わせは(電話)090(8293)8615。

5月29日 沖縄タイムス
沖縄戦「17歳の別れ」学徒隊証言映画が完成

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「17才の別れ」の一場面。宮城さんが学徒隊での沖縄戦体験を語っている。より多くの人たちに知ってほしいと英語の字幕を付けた

首里高等女学校で沖縄戦に動員された元瑞泉学徒隊の宮城巳知子さん(88)の証言を収録したドキュメンタリー映画「17才の別れ」が28日までに完成した。宮城さんは遺体を連日、壕から艦砲射撃跡の穴へ運びだしたり、日本軍から重傷者を注射で毒殺するよう命じられるなど過酷な体験を語った。300回以上語り部を務めたが近年は高齢で難しくなった。それだけに、「映画ならずっと後世に残せる。二度と戦争を起こさせないという望みを託した」。6月23日に糸満市の県平和祈念資料館で上映される。

監督は引きこもりを扱った映画「扉のむこう」の制作に携わった東京都在住の齊木貴郎さん(64)。 題名は、多くの学徒隊が17歳の若さで戦没した無念から付けた。 撮影は一昨年8月に始まり、宮城さんは6時間インタビューを受けた。野戦病院だった首里市(当時)のナゲーラ壕で、麻酔がない中、負傷兵の足をのこぎりで切断する手術の残酷さを正視できず、手術台を離れたと話した。日本兵の治療が優先され、住民からなる防衛隊員は重傷でも見向きされず、扱いに差別があったと証言。摩文仁村(同)の米須本部壕では弾片が耳をかすめ、すぐ後ろにいた親友の同級生に当たって亡くなり、自ら葬ったと悲しみを語った。

映画は1時間50分。英語の字幕を付けた。日本軍と共に転々とした壕や解散命令後に学徒らが身を投げた喜屋武岬に加え、宮城さんが住む嘉手納町で、米軍基地から爆音をとどろかせ離着陸する戦闘機が映し出される。豊見城高校と真和志高校の生徒も登場し、現在の学校生活と戦時の落差を浮き彫りにしている。 瑞泉学徒隊61人のうち戦没したのは33人。「私は亡くなった皆に生かされている。体験を伝えなさいよ、と後押しされてきた」。宮城さんのこの言葉に胸を打たれたと齊木監督は振り返り、「沖縄が明治以降、日米両国によって不公正に扱われてきたと学んだ」と話した。上映会は午後2時から。無料。

5月28日 琉球新報
社説: 南洋群島慰霊祭 住民犠牲の悲劇繰り返すな

1944年に太平洋戦争で旧南洋群島の住民が地上戦に巻き込まれてからことしで70年を迎える。サイパン島では26日に第45回南洋群島沖縄県人戦没者慰霊祭が行われた。今回は節目の年とあって、帰還者だけでなく、戦没者の子どもや孫など幅広い世代が参加し、昨年の約2倍の人が現地を訪れた。
 
この機会に南洋で起きた戦争に思いを致したい。同じ悲劇を二度と繰り返さないことを県民挙げて誓いたい。サイパンの戦闘で在留邦人2万人のうち8千から1万人が犠牲になった。その中でも約6千人の犠牲者は県出身者とみられている。半数以上の犠牲者が県出身者だったのは、サトウキビ栽培などで多くの人が移住していたためだ。
 
激しい地上戦でサイパン島は焼き尽くされ、島も海も住民らの血で染まった。追い詰められた住民は壕から壕へと逃げ惑い、最北端の崖から身を投げたり、手りゅう弾を爆発させたりして命を絶つ人が相次いだ。住民の避難壕では、後から入ってきた日本兵が泣く子の親に「敵に見つかる。殺せ」と脅し、幼い命が奪われた。
 
この悲劇が1年後に再び沖縄で起こる。住民を巻き込んでの国内唯一の地上戦で全戦没者約20万人のうち、沖縄の一般住民約9万4千人が犠牲になった。沖縄は米軍にとって日本本土の攻撃に不可欠な拠点であり、日本軍にとっては本土決戦まで時間を稼ぐ「捨て石」だった。捨て石にされた南洋の戦争と沖縄戦に通じる教訓は「軍隊は住民を守らない」ということだ。
 
防衛省は22日、鹿児島県・奄美群島の無人島で陸海空3自衛隊による離島奪還訓練を始めた。政府は離島防衛体制の強化をアピールするが、いたずらに中国など周辺国を刺激し、東アジアの安全保障環境を不安定化しないか危惧する。有人島で戦闘が起きれば間違いなく住民が巻き込まれる。軍隊は領土、領海を守るのが主目的で、住民保護は二の次だからだ。わたしたちは南洋、沖縄戦の教訓に学ばねばならない。
 
慰霊祭では帰還者会長だった故・宜野座朝憲さんの長男・憲一さんが遺族を代表してこう述べた。「子や孫に南洋のことを伝えることと現地の人と友好親善を深めることに取り組んでいく」。日本政府がなすべきことは軍事訓練ではなく、悲劇を記憶にとどめ、周辺国と友好関係を深めることだ。県民と不戦の誓いをあらたにしたい。

5月28日 沖縄タイムス
大弦小弦:川崎沖縄県人会の創立90周年を

川崎沖縄県人会の創立90周年を記念する芸能公演が先日あった。発足時の会員は千人ほどで、一番多かったのは紡績会社に出稼ぎに来ていた女工さんたちだった 。習慣や言葉の違いからさげすまれながら、低賃金の過酷な労働に耐えた。民謡「女工節」に歌われる。〈紡績やアンマ 楽んでぃる来ゃしが 楽やまたあらん 哀りどアンマ〉。不自由ない現在からは見当もつかないつらさであったに違いない。

生活に仕送りにと働き、育ててくれた父母の労苦を心で掘り返したのかもしれない。公演での我如古より子さんの歌声に、涙を浮かべ聞き入るご年配の姿を多く見た。 川崎市は1952年、この地に息づいた琉舞を無形文化財に指定した。国の文化財保護法ができてわずか2年後で、芸能を保護する行政が少ないころである。異郷に開いた沖縄文化の華は、懸命に生きてきた人たちが耕してきた土壌あってのことだろう。若者が継いで養分いっぱいに咲かせている 。

いつか花をつけ実を結びたいとの思いは、現代の若い会社員にも通じよう。新人は社会に出て2カ月になる。勝手を知らずにしかられ、先輩に意地悪くなじられ、新人でなくとも苦々しく過ごす夜もあろう。気もふさぎがちな梅雨時でもある。今は苦言も恵みをもたらす雨と割り切り、自らの土壌を耕す日々としよう。

5月26日 琉球新報
川崎県人会90周年祝う 芸能公演、17演目を披露

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多彩な演目が披露された川崎沖縄県人会創立90周年記念芸能公演=25日、川崎市のサンピアン川崎

神奈川県川崎市の川崎沖縄県人会の創立90周年を記念した芸能公演が25日、川崎市のサンピアン川崎で開かれた。民謡や舞踊、エイサーなど多彩な演目が披露され、会場に詰め掛けた来場客から盛大な拍手が湧き起こった。
 
川崎県人会は1924年、関東大震災で被災した県民同士が助け合ったことがきっかけとなり、発足。当時、川崎市にあった富士ガス紡績などに多くの県民が就職しており、結婚式など祝い事に集まって芸能を披露し合っていたという。50年には県人会を中心に「川崎沖縄伝統研究会」を結成。研究会の伝統芸能は現在、神奈川県と川崎市の無形民俗文化財にも指定されている。市内には沖縄芸能研究所なども多く所在し、2世、3世へと受け継がれている。
 
「かぎやで風」で幕開けし、17演目が披露された。鳩間節、秋の踊りなど琉球舞踊のほか歌手の我如古より子さんによる民謡も観客を沸かせた。最後はカチャーシーで盛り上がった。川崎県人会の比嘉孝会長は「川崎を中心に先人たちが受け継いできた文化をこれからも発信していきたい」と話した。

5月20日 琉球新報
安里君の詩が絵本に 「へいわってすてきだね」

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絵本「へいわってすてきだね」の表紙

与那国町立久部良小学校1年生(当時)の安里有生(ゆうき)君が、2013年の沖縄全戦没者追悼式で朗読した平和の詩「へいわってすてきだね」が6月23日の慰霊の日、東京の出版社「ブロンズ新社」から絵本として出版される。絵は、独特のタッチとユーモアあふれる作品で人気を集める絵本作家・長谷川義史さん(53)が担当した。のどかに流れる与那国島の日常と戦争への恐怖―。「ずっとへいわが つづくように ぼくも、ぼくのできることから がんばるよ」。安里君が素朴な言葉で紡いだ平和への思いが絵本となって“発信”される。
 

安里君の詩は「第23回児童・生徒の平和メッセージ展」(県平和祈念資料館主催)詩部門で最優秀作に選ばれた。全国ニュースで安里君の詩を聞き、言葉の力に驚いた若月眞知子編集長が書籍化を考え、長谷川さんに絵を依頼した。年間100回余の講演をこなす、多忙な長谷川さん。安里君の詩を読み、「今描かなきゃと思った。戦争のできる国に一部の人がしようとしている。大人として、絵描きとして、逃げることはできない」と感じ、引き受けたという。
 

昨年9月に与那国島を訪れた長谷川さんは「1ページ1ページ挑み、闘うような気持ちで描いた」と振り返る。4月に転校し、現在は沖縄市立美東小に通う安里君は「早く完成してほしいな」と話した。絵本は32ページ。予定価格は1400円(税別)。若月編集長は「沖縄から平和を発信する絵本だ」と力を込める。売り上げは県平和祈念資料館を通じ、県内全小学校に寄贈される。同館主査の功刀弘之さんは「多くの人に読んでもらい、平和を考えるきっかけにしてほしい」と語った。

5月20日 琉球新報
社説:児童施設出身者進路 包括的な支援が必要だ

高校卒業後、18歳で児童養護施設を出た若者たちが、進学や就職面でさまざまなハンディを抱えている。公的助成の拡充をはじめ、社会全体で包括的に支援したい。本紙の調査によると、県内8施設を過去5年間に退所した人の大学・短大進学率は約11%にとどまり、県全体の平均約37%を大きく下回ることが分かった。各施設は学費の工面の難しさを訴えており、経済的な問題が施設出身者の進学機会を阻んでいる実態が浮き彫りとなった。
 

厚生労働省によると、標準的な可処分所得の半分(2009年では4人家族で年250万円程度)を下回る世帯で暮らす18歳未満の子どもの割合(貧困率)は09年時点で全国で15・7%で、国際的にも高水準だ。ひとり親世帯ではこの割合が50%を超え、経済協力開発機構加盟国中でも最悪の水準だ。貧困、格差は近年さらに悪化しているとの報告もある。経済的事情で進学を諦め、それが職業選択でも不利に働き、大人になってからの生活にも影響する「貧困の連鎖」問題も、指摘されて久しい。

沖縄は所得水準が全国最低である一方、地域内の所得格差は全国よりも大きいとされ、貧困をめぐる状況はなおさら深刻だ。貧困の連鎖を断ち切り、子どもの教育機会の平等を確保することは喫緊の課題であることを再確認したい。児童養護施設は保護者のいない児童やさまざまな事情で保護者の養育が困難な子どもを受け入れている。児童福祉法により原則18歳で施設を出ることになるが、就職面でも多くの障害を抱える。住居の確保に向けた必要資金の確保、住居探しや就職の際などに求められる保証人探しなどが困難なため、社員寮を併設する特定の業種に就職が集中する傾向もあるという。進学でも就職でも若者が自らの選択肢を狭めることがないよう、物心両面で支援する公的な仕組みづくりが急がれる。

昨年6月、生活が苦しい家庭の子どもの教育支援に関する「子どもの貧困対策推進法」が成立し、国と自治体が協力して対策を実施する責任が明確化されたが、関係団体は返済不要の給付型奨学金創設など、具体的な支援策を求めている。学習や生活の支援に加え、子どもが夢と希望を抱けるようなキャリア教育も重要だ。経済力など家庭の事情で子どもの可能性が閉ざされる社会であってはならない。

5月15日 沖縄タイムス
沖縄三越:苦境に立つ地方百貨店

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多くの買い物客が行き来する沖縄三越前=14日、那覇市牧志

創業57年の歴史を持つ老舗百貨店、沖縄三越が9月末で百貨店事業から撤退し、那覇市の国際通りからシンボルだった店がまた一つ姿を消すことになった。長く続いたデフレに加え、郊外型の安い専門店などに客を奪われ経営が厳しくなっていた。背景には提携関係にある本体主導の販売戦略で地域カラーを発揮しきれなかった経営環境と、大手百貨店の再編統合のあおりを受けた地方百貨店としての苦境がある。
 
沖縄三越は2004年にも、多額の負債を抱えて経営不振に陥った。会社を分割して旧会社の借入金のうち35億円を新会社に承継。同時に、三越本体から役員を受け入れ、仕入れ面や販売戦略で三越のノウハウを導入した。ブランド力強化で集客アップを狙い、百貨店事業で年間3億5千万円程度の収益を積み上げて10年で返済する計画を立てて事業再生に臨んだ。

一方、首都圏の大手百貨店は、08年のリーマン・ショック以降の急激な経営環境の悪化で単独での生き残りが難しくなり、経営効率化と収益拡大を目指して業務提携や経営統合の再編が加速。沖縄三越と資本関係にある三越もライバルの伊勢丹と経営統合し、地方に展開するグループの不採算店の整理に乗り出した。 「大都市の百貨店の経営ノウハウは地方では通用しない。地域にあった品ぞろえやサービスを提供できなければ、ブランド力だけでは生き残れない時代になった」 流通業界の動向に詳しいシンクタンク・バードウィング(鹿児島市)代表の鳥丸聡氏は相次ぐ地方百貨店閉鎖の背景をこう説明する。

少子高齢化や人口減少などで国内の消費構造は大きく変化している。郊外型の大型店の出店や格安量販店の台頭で低価格志向が広がり、消費の二極化が進んでいる。「上得意客を相手に商売をする外商部門で利益の大半を稼ぐといわれる百貨店は、その二極化に対応しきれるかどうかが存続を左右するようになった」と鳥丸氏。 県内外の小売関係者によると、沖縄三越の運営には本体の三越伊勢丹の意向が強く反映され、「沖縄の市場に合った運営が思うようにできていなかった」との声もある。実際、同社は会社分割した04年から10年間で、30億円を超える負債を減らすことができなかった。鳥丸氏は「ブランド市場が小さい地方都市では大手の手法による百貨店の運営そのものが困難になった。地方分権でローカル色を出しきれた店が、今後の地域経済を支えていくようになる」と指摘した。

5月6日 沖縄タイムス
対馬丸児童へ思い込め 小桜の塔でこいのぼり

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60年前の建立時と同じように小桜の塔にこいのぼりを掲げ、笑顔を見せる(左から)対馬丸記念館の渡口眞常副理事長、外間邦子常務理事、高良政勝理事長、宮城清志館長、慶田盛さつき学芸員=3日、那覇市若狭

学童疎開船・対馬丸の慰霊碑「小桜の塔」が建立されて60年目を迎えた5日、対馬丸記念館(宮城清志館長)の役員らは掲揚したこいのぼりとともに、慰霊碑に線香をたむけ祈りをささげた。60年前の除幕式でも犠牲者のみ霊を慰めようと、掲げられた。原点に立ち返り継承しようと、空に舞うこいのぼりに思いを託した。

小桜の塔は、愛知県の「すずしろ子供会」の河合桂会長が呼び掛け、愛知県内から多くの寄付を得て建立。1954年5月5日に除幕式が行われた。 かつては沖縄戦で亡くなった全ての子供たちの慰霊碑だったが、建立を契機に対馬丸の遺族の結び付きが強まり、現在のような対馬丸の犠牲者の慰霊碑になった。

記念館学芸員の慶田盛さつきさん(34)が昨年、昔の資料をたどる中で除幕式でのこいのぼり掲揚を知り、60年目の節目で当時を再現しようと発案。5日の天気が悪くなる予報があったため、記念館役員らが3日、こいのぼりを掲げた。 慶田盛さんは「建立に協力した愛知県の方々の思いや遺族らの心情を原点に立ち返って受け継ぎたい」と掲揚を再現した気持ちを語り、「今後も記念館から発信したい」と述べた。 宮城館長は「こいのぼりを見ることができなかった子供たちの分まで、という思いを込めた」と強調。「今の子供たちが夢や希望を持って生きていける社会になるよう歴史を伝えることが大事だ」と述べた。

5月5日 沖縄タイムス
人口減、沖縄の離島は危機感 移住策は慎重

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今後の移住施策の取り組みについて

将来、人口減少社会が到来する可能性があることに「危機感がある」とする県内の自治体が離島を中心に20市町村(48・8%)に上ることが、県地域・離島課の調べで分かった。一方で、人口増につながる県内外からの移住者の受け入れ策を「取り組んでいる」としたのは5市村(12・2%)にとどまり、移住施策に慎重な姿勢であることも明らかになった。

「危機感はそれほどない」「危機感はない」とした自治体も20市町村(48・8%)あり、人口増で推移する都市部と過疎化が懸念される町村で意識の違いが鮮明になった。 県は2025年ごろの144万人をピークに県人口が減少に転じると見込んでおり、35年までに150万人を目指して「県人口増加計画」を全国で初めて策定した。同課では県内の現状を把握することで今後、市町村と連携して移住施策を推進していく方針だ。

人口減に「危機感がとてもある」としたのは渡名喜村、本部町、沖縄市など18市町村で「ある程度の危機感」は石垣市と南風原町の2市町。「危機感はない」としたのが糸満市、中城村、南大東村の3市村。「それほど感じていない」の17市町村には那覇市、浦添市、読谷村など中南部の自治体が多くを占めた。

移住施策を「積極的に取り組んでいる」としたのは東村だけ。「慎重に取り組んでいる」が沖縄市、大宜味村、粟国村、渡名喜村の4市村。29市町村が「取り組んだことがない」と答えた。 今後も「取り組む予定がない」が最多の18市町村で、「検討したい」が8市町村、「積極的に取り組む」「慎重に取り組む」は計10市町村だった。取り組まない理由(複数回答)は、住宅がない13件(28・9%)、取り組まなくても移住がある13件(同)、移住者の職場がない9件(20%)と続いた。

具体的には本部町や北大東村は「財政的に余裕がない」「居住の確保ができない」とし、人口が増加傾向にある那覇市や豊見城市などでは「積極的に対応する必要がない」とした。財政規模や人口の増減傾向で取り組まない要因が割れた。 県に対する要望では、受け入れ態勢の整備、移住・定住フェアなどの開催、県営団地建設などのインフラ整備-などが挙がった。

東村 住宅整備で成果
移住施策に積極的に取り組んでいる東村では、住宅の整備を進めたことで移住者受け入れの成果が出始めている。 村の人口は1975年には2300人いたが、昨年10月現在で1752人まで減少していて、対策が急務となっている。

村は2010年度から移住者を対象にした定住促進のための住宅を計12戸整備。ことし4月1日現在で全戸が埋まっており、これまでに12世帯35人を受け入れている。県内の他市町村から4世帯、県外から2世帯、村出身者のUターンが6世帯となっている。 また、子育て支援策として村内に住所のある村民を対象に、出産祝い金や中学生まで医療費を助成するなどの施策を講じている。 村は今後も移住者の受け入れに積極的に取り組む姿勢で、住居の整備や都市部でのイベント開催を予定している。7月4~6日に那覇市久茂地のタイムスビルで開催される「東村フェア」でも移住者を呼び掛けるブースを設置する予定だ。

3月8日 琉球新報
浦添市議会 教育長の辞職勧告を可決

浦添市の2014年度予算案に対する市教育委員会の意見書について、正式な手続きを経ずに差し替えたとして、池原寛安教育長に対する辞職勧告決議案が7日、浦添市議会(又吉正信議長)に議員提案された。決議案は同日の本会議で採決され、賛成14、反対12の賛成多数で可決した。決議には法的な拘束力はないが、松本哲治市長、池原教育長共に辞職は否定し、「何らかの処分を受けるつもりだ」と述べた。
 
決議では「教育長の行為は公文書の改ざんであり、公僕としてあるまじき行為で看過できない」と批判。池原教育長は中学校3年生を対象にした給食費無料化について、反対する意向を示した意見書の文言を「了承することはできない」との表現から、「特段の配慮をお願いする」と、市教委の正式な合意を得ずに書き換え、市長部局へ提出していた。松本市長は「任命権者である私にも責任がある。できるだけ早く決めたい」とし、自身も何らかの処分を受ける意向を示した。
 
決議案の議員提案をめぐって、6日の市議会は、決議案に賛成する議員と、反対する議員の双方が断続的に休憩を求めるなど、同日午後5時半ごろから空転。議長の議事進行への反発もあり、6日は本会議は再開されず、7日午前0時で流会となった。

2月28日 沖縄タイムス
知事、首相にカジノ誘致要請 県議会答弁

仲井真弘多知事は27日の県議会代表質問で、昨年12月17日に安倍晋三首相ら閣僚とつくる沖縄政策協議会で、カジノを含む統合型リゾート(IR)の候補地に沖縄を入れるよう要請したことをあらためて明らかにした。2010年の知事選公約ではカジノ導入は県民合意を前提としていたが、首相に候補地として名乗りを上げた理由を「法律(の準備)がスタートし始め、たくさんの県が先約みたいな手の挙げ勝負が始まっている」と説明した。照屋大河氏(社民・護憲)の質問に答えた。

県内ではカジノ導入に賛否の声があり、これまで知事選など県内主要選挙で争点となってきた。導入の可否はいずれも県民の合意が求められるが、十分な議論がないまま政府に候補地選定を要請する知事の手法には疑問の声が上がりそうだ。

照屋氏の質問に対する答弁では、公約と同様に「県民のコンセンサスの形成を前提に法案の審議を注視し研究、調査を進める」と表明。同時に、安倍首相との会談については「沖縄も関心があるので予定地くらいの気持ちで頭に入れてほしい、と言った」と明らかにした。

一方で、議会終了後に記者団の「先に手を挙げて、その後に合意を取り付けるのか」との質問に対し「無論だ。先に(候補地として)手を挙げないと競争に負ける。挙げながら一戦一戦同時にやらなければいけない」と述べ、候補地決定後の合意形成も辞さない考えを示唆した。 また、玉城満氏(県民ネット)との質疑では選挙公約について一般論として「環境変化、時間経過に影響を受ける。必要に応じて変更、修正がある」との認識も示した。

日本国内のカジノ解禁をめぐっては、最高顧問に安倍首相が名を連ねる超党派の衆参両院議員の「国際観光産業振興議員連盟」(IR議連)が解禁に向けた法案をまとめ、今国会で審議される見通し。 こうした動きを踏まえ、県は14年度にIR基本構想を作成する方針。5月初旬に委託業者を公募し、海外事例調査を踏まえ導入の可能性、施設の機能・規模などを総合的に検討する。

2月28日 沖縄タイムス
カジノ発言:経済界困惑

県経済界でも導入に賛否が割れるカジノを含む統合型リゾート(IR)。仲井真弘多知事は「県民のコンセンサス形成が前提」とする一方で、昨年12月には「(沖縄のさらなる発展に向けて)IR法案の趣旨を踏まえ候補地域として検討」を政府に要請していた。前のめり感が否めない知事の姿勢に戸惑いの声が挙がる一方で、IR法案の国会への上程を機に、あらためて議論を深めるべきだとする指摘があった。

県中小企業団体中央会の津波古勝三会長は「経済団体としてIRを誘致しようと話したことも、協議の場に出したこともない。(知事が誘致したと聞いて)びっくりしている」と驚きを隠せない。「カジノには、皆抵抗感がある。われわれとしてビジョンを持っていない中、独走の感があり、知事の発言はまた野党に追及の場を与えるのではないか」と発言の真意を捉えきれない様子だ。

県ホテル旅館生活衛生同業組合の宮里一郎理事長は「(カジノは)われわれの業界でも賛否両論で意見が割れている。観光業界でまとまっていないのにあえて求めたというのは、知事が業界の窮状を救いたいと考えたのではないか」と推測。「カジノ産業はギャンブル依存など反対派の主張に正論が多い。われわれから望むことはない」と話した。

県商工会連合会の照屋義実会長は「沖縄でのカジノ経営は採算性が乏しく、有害性などデメリットが大きいと考えている」と話す。「知事は(予定地として)チャンスをキープしておこうという考えかもしれないが、これまでの発言と整合性が取れるのか。賛否が割れているテーマであり、もっと県民的な議論が必要だ」と指摘した。

琉球大学の下地芳郎教授は「IR法案が国会に提出されている以上、法案の中身を理解し、議論を深めていくことが重要。現時点ではまだ結論を出す段階にない」と指摘。「21世紀ビジョンの達成に向けて沖縄に必要か否かを選択する問題で、次世代を担う若者も交えてあらためてメリットとデメリットをよく認識する必要がある」と話した。

2月28日 沖縄タイムス
カジノ発言:「理解できない」批判の声

仲井真弘多知事が、カジノを含む統合リゾートの候補地域に沖縄を盛り込むよう安倍晋三首相に要請し、県議会で「県民のコンセンサスを前提に進める」と主張したことに対し、カジノ構想に反対する関係者は「県内での議論がないまま、いきなりトップの要請は理解できない」「辺野古の埋め立てを承認した交換条件と疑われる」などと批判している。

カジノ問題を考える女たちの会共同代表で、ジャーナリストの寺田麗子さん(64)は、マカオや韓国、シンガポールなどでカジノを取材した経験がある。特に韓国北東部の江原ランドでは、誘致した住民の後悔や嘆きの声を聞いた。 韓国で17カ所あるカジノのうち、江原ランドは唯一自国民が利用できる。炭鉱閉山の見返りに整備されたという。1日1万人が訪れるものの、ギャンブル依存から抜け出せず、ホームレスや自殺者が出ている。 寺田さんは「建設工事で一時的に雇用が増え、運営で一部の経済人に潤いを与えたが、最終的に働き口はなくなり、治安は悪化、人口は減り、街は崩壊した。カジノを誘致した人々でさえ、後悔していたのが印象的だ」と振り返った。

精神科医の稲田隆司さん(57)は「歴史的なトラウマ(心的外傷)を抱えた地域は、アルコールなどの依存症に陥りやすい。沖縄の社会状況をみるとカジノの害は他の地域より大きい」と懸念。依存症患者やホームレスが増えれば、医療や福祉のコストがふくれるため、「負の側面を徹底的に議論する必要がある」と語った。 カジノの勉強会を開いた沖縄国際大学経済学部教授の友知政樹さん(40)は「普天間飛行場の名護市辺野古移設に伴う埋め立てを承認したやり方と同じ。カジノも突然やると言いだし、十分な説明がない」と憤る。 経済効果にも疑問を投げ掛け、「人の健康を損なって、別の人が金をもうけるのがカジノ。長い目で見れば観光地のイメージが落ちる。沖縄の経済界もこの問題に一枚岩ではない」。

2月28日 沖縄タイムス
カジノ誘致 全県民的論議熟せず

仲井真弘多知事が安倍晋三首相に候補地として名乗りを上げたカジノを含む統合型リゾート(IR)は、超党派の衆参議員による法案の国会審議が見通される一方で、県内では常に賛否が分かれてきた経緯があり、全県民的な議論が熟したといえる状態ではない。 仲井真県政は2007~08年度の「カジノ・エンターテインメント検討事業」で経済効果の試算や懸念事項を実施し、10~12年度は海外事例の調査や地域住民への説明会など「県民合意が前提」との公約を基に慎重に検討を進めてきた。

だが、昨年12月の沖縄政策協議会では要請書にIRを盛り込み「候補地として頭に入れてほしい」と安倍首相に直訴した。こうした手法は知事の得意とするトップ交渉だが、安倍首相は「そう簡単にはいかない」との答えにとどめた。野党県議からも代表質問で「矛盾している」との指摘があるように、知事が導入に前のめりな印象はぬぐえない。 実際に、県の事務方は「現時点で適否は決めていない」と説明する。さらに、沖政協の要請書は事務調整なしの知事からのトップダウンで作成された独断に近い要請だった。

知事の一連の言動は、県議会で野党中立会派が百条委員会まで設置した普天間飛行場返還をめぐる名護市辺野古埋め立て承認問題と重なる。行政手続きとして法的に承認を判断したとする一方で、承認直前に事実上の条件ともいえるIRを含めた振興・基地負担軽減を要請したのは、承認を前提としていたのでは-との疑問も県内に残っている。 IRで、合意形成と候補地決定の前後にこだわらない考えをにじませる知事の姿勢は、導入に向けたダブルスタンダードに映りかねない。

11月15日 琉球新報
宮城島にPCB処理施設 MIT社計画、住民に賛否 

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うるま市与那城の宮城島で、有毒なポリ塩化ビフェニール(PCB)を含んだ変圧器や蓄電器などを回収する中間処理施設を立地する計画が浮上している。事業実施を目指す宮城島イノベーションテクノロジー(MIT)が15日にも住民説明会を開く予定だ。住民からは企業誘致による地域活性化を期待する声がある一方、有害物質を扱うことを懸念する意見も根強い。島内3区の区長は、施設の受け入れについて説明会の状況を見て判断するとしている。
 
PCBの処理は環境省の技術認定が必要で、現在、県内で処理できる業者はない。同社が用いる分解技術は県外企業との技術提携によるもの。技術を持つ県外企業は、取材に対し「現在、国から認定を受けるための審査中で、最終段階にある」と答えている。事業計画書によると、MIT社は島に施設を建設し、光を照射して物質を化学反応させる「光触媒洗浄液」を用いて、変圧器や蓄電器からPCBを容器から分離し、無毒な物質に分解する。説明を受けた区民によると、分解後の物質は県外へ搬出するという。

石垣で「語り継ぐ沖縄戦展

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10月24日の八重山毎日紙面 西表(竹富町)の方より


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