ペンシルバニアに住むアーミッシュ、ラップ家へ。一週間の休暇。
レンタカーにおみやげの魚、海老、野菜を満載して五時間走る。
山奥に住む彼らに、シーフードは贅沢品だ。
十年ほど前、アーミッシュという電気も車も使わずに昔の暮らしを守っている人達がいると聞いて、このご時世に一体どうやって欲望に負けずに生きられるのだろう?と出かけた。ただの旅行じゃ何も分からないからと、無償で働かせてくれる家を探してもらって、来ていいよと言ってくれたのがラップ家だった。それからほぼ毎年通い、育って行く子供達と働くうちに、六人いた子供は九人に増え、長男は結婚して初孫が、九歳だったマーサちゃんの結婚式にも去年出席、次男もつい先週結婚した。
今日の訪問はお母さんのレベッカだけが知っている。電話した時に「サプライズにしましょう。」と言っていた。
なんとか日が暮れる前に到着。嫁に行った筈のマーサがにこにこと出迎えてくれる。「今日はウチのクリスマス会なのよ。みんな来るわ、You came right on time! 丁度いい時に来たってわけよ。」
父親のイマニュエルは納屋で仕事をしている。よぉ、と入って行くと、驚いたような淋しいような嬉しいような笑顔で訊く。
「How is your life?」
「It’s getting better, I think.」
「Yeah?」
「I hope so.」
今年生まれた九人目のマリリンちゃんと対面。長男アレン夫婦にやはり今年生まれたレベッカちゃんも来ている。娘と孫が同い年だ。
三男メルビンのガールフレンドも入れて総勢十六人分の夕食をカミさんが作る。我々が来ると彼女が食事係になるのでレベッカ母さんの休暇にもなる。
食事が出来る迄、次男の(イマニュエル)ジュニアとソファで話す。「ニューヨークからの道は込んでた?」「全然、5時間くらい。」「悪くないね。」「ジュニアほど速くないけどね。」「俺が飛ばすって誰が言ったんだ?」「みんな言ってるよ。酔っぱらい運転って。」「まさかー!」「今日は車?」「いや、結婚したら運転はしない。馬車だ。」「それは教会の決まりなの?。」「まあ、そうだね。結婚したら車無し、ヒゲを生やすのさ。」「生えてないじゃん。」「まだ家が出来てないからね。ちゃんと家を構えたら生やし始める。」「次はメルビンだね。まだ結婚しないの?」「本人に訊いてみなよ。隣のメリーとデートしてるよ。」「おい、デイビッド(マーサの夫、隣のスマッカー家の息子)、メリーっておまえの妹だろう?」「そうだよ。」「メルビンは婿として合格かね?」「まあ、そうだね。いいと思うよ。」メルビンがメリーを伴って登場。「ヘイ、メルビン。こちらのご令嬢、紹介してくれよ。」「知ってるだろう?彼女の名前。前に会ってるじゃないか。覚えているべきだよ!断じて知っているべきだ!」怒られた。
テーブルに座って食前のお祈り。目を閉じてうつむく。温かい家族の気配の中に、ガスランプのシューという音と赤ん坊の声だけが響く。
懐かしく、やすらかな一週間を予感する。またここに帰って来た。
細長いテーブルを囲んで、端っこに父親夫婦と赤ん坊が座っている。もう一方の端に長男夫婦と赤ん坊、その横に次男夫婦、三男とガールフレンド、その向かい側にマーサ夫婦、それから四男のエイモス、五男のジョン、六男マーカスに次女のリディアン。長男を中心にワイワイと話が盛り上がる。
ああ、こうやって世代が移って行くんだなぁとしみじみとオヤジを振り返ると、こっちはこっちでかあちゃんといちゃいちゃしている。
んー、まだまだ負けちゃいないなー。十人目行くかなー・・・。
食事の後にはクリスマスプレゼントの交換会が予定されている。居間には赤い包み紙に包まれた大小の箱が山と積まれている。マーカスは食事もロクにのどを通らず、話もうわのそらで落ち着かない様子。「はやくー!」食後のお祈りももどかしい。あらかじめくじ引きで誰が誰に贈り物をするか決め、それぞれ品物を選んである。リレー式に渡して包みを開け、披露する。置き時計、サイドテーブル、シャツとサスペンダー、壁掛け、作業ズボン、キャンドルのシャンデリアなどなど。小さな子供達のわくわく顔と正直ながっかり顔が可愛い。歓声と笑顔。
ひとしきり盛り上がるとそれぞれ自分の名前が書かれた歌本を持ち寄って、賛美歌の合唱が始まる。誰かが曲を選んでページ数を読み上げる。
お父さんがピッチパイプを吹いて基音を決めると、マーサが一人で歌い始めた。そのリードに合わせて二小節目から皆がコーラスを合わせる。
低中高音部それぞれ担当が決まっていて、ハーモニーに時折赤ん坊のぐずる声が合いの手を入れると、彼女を抱いた若い母親の揺り椅子がきしむ。
労働者たちの、神に寄り添う歌は決して上手い訳ではないけれど、ただただそのままの美しさに打たれる。
窓の外には凍りついたオリオン、歌声が冬の夜に溶け出して、その静けさはしんしんと深まって行く。