岩切天平の甍

親愛なる友へ

日曜日

2007年12月23日 | Weblog

 雨の日曜日、安息日に働いてはならない。

ソファに座った僕の隣の揺り椅子で、ため息をついてイマニュエルは僕の腕を叩いた。「何だと思う?」「・・さあ、何だろう。十番目かい?」「十番目?」「赤ん坊だよ。」「アハハ、まさか。」「宝くじでも当たったか?」「もっとすごいさ。絶対わからないよ。」「何だい、当てろって言っといて。」
首を振って地下室に連れて行く。「これだ。」何やら家の図面らしき物を見せる。「ファームを売ったんだ。借金があってね、一切合切売る事にした。それで新しい家を建てて引っ越す。ここから三マイルくらいのところにね。三十エーカーあったのが今度は三エーカー(約三千六百坪)だ。それで全部払って新しい家も建てられる・・・筈なんだ。
「いつやるの?」「四月に始めて六月くらいには終わるかな。それまで借家暮らしだ。ここはもう売れたんだ。」「息子達が建てるのかい?」「そう願いたいね。」「忙しくなるな。手伝いに来れるといいね。」

「さて、今日の残り、どう過ごそうか?」
「友達んちに行こう。テンペイ、乗っけてってくれる?」
「いいよ。何時に?」「四時頃かな。」「つまり五時だね。」「まあ・・そうね。俺としては・・。」

五時、土砂降りの中、夫婦とリディアン、カミさんを乗せて出かける。
稲妻が光る。嵐の山道を右に左に折れながら一件の家を通り過ぎる。
「あ、ここここ!通り過ぎちゃった。行き止まりだよ。」
引き返して玄関につけるとドアが開いて、絵のようなニコニコ顔が現れる。「デイビッド! なんだ、フィッシャー家だったのかい?友達って。」「あれ、知ってたっけ?」とイマニュエル。「いつか山の上の家に遊びに行ったじゃない。ダックをたくさん飼っててさ。」「おー、そうそう。ここに引っ越したんだよ。」ドアを入ると八人の子供達がテーブルで食事中。
手にスプーンを持ってじっと固まって見ている。ギディオン、アーロン、スヴィラ・・大きい子は僕らのことを覚えていた。皆と握手。「何だか車が通り過ぎたからさ、ひゅーって森に突っ込んじゃったかなって見物に出たのさ。」

男達はソファで話し始め、カミさんは奥さんと台所に並んで洗い物。十歳の長男、しっかり者のギディオンが上着を着てバケツを取りに来た。「あ、仕事だな。」と、立ち上がると、ギディオンは大人の口調で「行きたいか?」と訊く。「行きたい。」と言うと「では、来なさい。」洗い物をしているカミさんを「ちょっと、行ってみよう。」と誘って雨の中を三人で真っ暗な納屋に向かう。と、振り返って「もし行きたくなかったら行かなくてもいいぞ。」と言う。「いえ、行きたいです。」

納屋の扉を開けると白い子犬が二匹駆け出して来てじゃれつく。かわいいけど、雨でぬかるんだ馬糞でたちまちズボンはドロドロに、「うへーっ。」ギディオンはにこにこと「奥にもっといるよ。」と馬小屋の奥へ。懐中電灯を当てると、干し草のベッドに赤ちゃん犬がたくさん眠っていた。「生後2週間位で売るんだ。ゴールデンレッドリバーとプードルのミックスでリバードルって言うんだよ。明日、誰か見に来るけど、買うかなぁ。」「いくら位なの?」「さぁ、父ちゃんに訊いてみないと・・。買う?」「いや、買わないけど。」振り向くと鼻の先にさっきまでいなかった牛が水を飲んでいて驚いた。八歳の弟アーロン君が乳搾りするのに外から連れて来たのだ。ランプに灯を点けて、暗闇が浮かび上がる。吐く息が白い。牛の乳首を消毒する。「普通、おっぱいは四つあるんだけど、こいつは三つしか出ないんだよ。」
「四つ目は無いの?」「あるよ、ここんとこに小さく、ホラね。でも出ないんだ。夏だとバケツ二杯位出るけど、今の季節は少ないね。やってみたい?ほら、やってみなさい。」

ミルキングが終わると子犬を抱き上げて干し草の上に座る。「僕は子犬が大好きだから、将来は犬のファームを作りたいんだ。」アーロンはせっせと馬に水を飲ませている。一頭ずつケージから出して全部で四頭、飲み終わった馬は自分でケージに帰る。それから麦と干し草を食べさせる。干し草を縛ったロープがなかなか外れない。納屋の奥から何やら取って来てロープをこする。角が丸くなって使い込まれた様子のガラスの破片、ギディオンが「手近にナイフが無いからこういった物を代わりに利用するんですな。」と説明調

外に出ると、低くたれ込めた雲が足早に走る隙間にでっかい満月が透けて見えた。山の天気。「ウワー!見なよ、あの月。」まるでカントリーショップで売られている安物の絵みたいだ。オオカミが吠えそう。ほんとにあるんだなぁ、こんな景色。アーロンが牛を外に放して干し草を放り投げる。「ランプを消さなきゃ。」「いいの、それはアーロンの仕事だから。毎日交代で当番が決まってるんだ。」

母屋に戻る。大人達が聖書を開いて何やら穏やかに話し込んでいるその周りを、子供達が走り回っている。初対面の一瞬はウルトラ・シャイな彼らも一回くすぐったらもうお友達だ。延々とかくれんぼの相手をさせられる。転がる鈴のような笑い声。

「ギディオン、部屋見せろよ。」「え?僕の?」「二階だろう?」「ちょっと今、あんまりいいコンディションじゃあ無くってね・・。」しぶしぶ上がって行く。ちらかってるだけじゃないか。「おっ、いい部屋だなー!広いね。」「まあね。ここに二人、あっちの部屋に二人、で、女の子の部屋。」「馬の本があるね。どれどれ。」「僕は馬も大好きなんだ。ほら、このアラビア種の、一番好きだな。かっこいいでしょ? 」「ああ、きれいだね。アラビア種ってアメリカにもいるの?」「いるよ。」「アーミッシュのは?」「えーっと、ほら、ここに載ってる。うちのと同じだ。わりと新しい型の馬車だね。」「へーえ、いろいろあるね。なんだいこりゃ?馬がよろい着てるよ。二百パウンドだって、可哀想にねぇ。」「え?」「いや、重いだろうねえ。」「ああ、そうだね。」

女の子の部屋では長女スヴィラとアーロンとリディアンが懐中電灯の灯でパズルをやっている。動物の顔を作る九ピースの小児用パズル。考えあぐねるリディアンをスヴィラが辛抱強く教えている。みんなかたずを飲んで覗き込む。

階下では大人達が賛美歌を歌い始めた。
シンプルで機能的な美しいログ・ハウスの木に囲まれて、ランプの灯の中で歌っている家族は、ロマンチックに見れば二百年前に迷い込んだ様でもあるけど、やっぱり当たり前の現実だ。僕の上着のポケットから転がり落ちたカメラを見つけて、「見ろよ、こいつ、カメラ落としたぜ。」とオヤジがにやにやする。

帰りの車中。
「デイビッドと聖書について話していたの?」
「時々ね。・・・奥さんの兄弟夫婦が車の事故で亡くなったんだ。」
「いつ?」「二ヶ月前。」「馬車と自動車の衝突事故?」「いや、乗っていた車の車輪が外れたんだ。夫婦と子供二人が死んで、あとに子供四人が残った。事故のちょっと前に彼らは教会から追放されていたんだ。」「どうして?」「ホーム・スクールをやっていてね。教会はそれを好まなかったんだな。」「追放って、警告があるの?悔い改めれば許されるとか・・。」「いや、無い。だから教会は残った子供達の面倒も見ないんだ。インディアナ州に住んでるスティーブ・ミラーっていう普通の教会員が引き取ったよ。」「それでデイビッドはその破門の事と事故を結びつけて考えているの?」「いや、それは無いな。」

雨は止んで、星空に北斗七星とカシオペア。いつの間にか満月に山際が浮かぶ明るい夜になっていた。



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