学生時代の 友人から突然メールが届いた。
最初は、近況報告として、病歴などを報告し合い、すぐに、孫の話しになる。
息子さんが仕事の関係でアメリカ暮らし。
お孫さんは現地の小学校に通い数年になるが、ここで問題になるのが、
日本語教育をどうするか、だ、漢字の読み書きや日本語の本の読書力や作文力。親が努力しても年齢に即した標準学力が分からないので、全くあてにならない。
友人の話によるとアメリカの、英語を母国語としない子供たちへの教育は万全で、子供たちも嫌がらずにめきめきと力を付けてゆくとのこと、
つまり、お金の掛け方が違うそうだ、一人の生徒に複数の先生が付いてゲームをしながら生きた英語を教えてくれると云います。
一方ニユーヨークへ進出している日本企業が日本人のための義務教育学校を開設しているが、
スクールバスを走らせて生徒を学校へ集めるだけでも日本に居ては想像もできないほどの費用が必要だし、
バイリンガルの日本語の先生を雇うのも当然家族手当を存分に出さなければ先生が集まらない。
そうした費用を企業は払わないし、政府も出さない。授業料として
全部企業戦士の双肩にかかっているというのである。
(T)
はいるのですね。
おっしゃるように日本は教育にお金を掛けず教育に何を
期待するのかも はっきりしない国ですね。
教育の現場では 給食費未払いや 引きこもり いじめ 父兄のわがまま その他雑用に追われ教材の研究もままならないと聞いています。
また 会話もできない英語教育ではだめだとか とにかく批判がましい事ばかり言っていて すべて現在の状態
の教育現場に責任を押し付けているのが現状です。
また 問題が起きると校長や先生がお詫びをする という図式です。 これらは教育現場だけで解決できないという認識をもって 解決策を組織的にやるべき」だと思います。