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かわずの呟き

ヒキガエルになるかアマガエルなるか、それは定かでないが、日々思いついたことを、書きつけてみようと思う

「地球の履歴書」大河内直彦著」に夢中です。

2017-04-09 | 気ままなる日々の記録

  今日は日曜日で、リハビリもお風呂もない。

正に毎日が日曜日の毎日だけれどま、やはり、

本当の日曜日はうれしい。朝から今日は「本を読むぞ!」とか。「館内散歩に出るぞ」などと計画をたて、わくわくして行動に移す。

 そして、今日の場合は「本を読むぞー」であった。

お目当ての本は新潮選書の大河内直彦著「地球の履歴書」であった。アマゾンで昨年買ったほんである。インターネット通販で買う場合は、いわゆる「立ち読み」ができないので、慎重になる。「地球の生い立ち」でも「地球誕生」でも買わなかったろう。履歴書と云う名前が魅力的だった。

 履歴書は自分で書くものである。「生い立ち」となると、第三者が少し飾り立てて書いたものという気がする。

事実この本の内容は地球の中に自分の履歴を語るものが内包されているという視点で宇宙誕生と重ねて地球の履歴を紹介している。

背景にビッグ・バン理論があるわけだがそれに触れずに書いているところも面白い。

火山が噴出すマグマから、地球の内部の様子を調べ、岩の分析から、

地球の暦年変化を読み解こうとしているところも面白い。

温泉のアワの分析から地球の中心部の様子を推定しようとしているところも面白い。《ちょっとほめ過ぎかな?)

 まだ三分の1残っているので、この拙文は此処で終わって続きをよむことにします。

(追記)この本の腰巻のキャッチフレーズに「かってこれほど美しい言葉で「地球史」を語った本があっただろうか?」とありますが、このフレーズは僕の好みではありません。やめてほしかったです。

(T)

      

                                                散歩道で  満開の桜。

 


チョットした発見をしました。

2017-04-08 | 気ままなる日々の記録

  今日は朝から雨模様で、今にも振りだしそうな空模様。

 例のごく「館内散歩」と称してお決まりのコースを車いすで回った。

 ここの施設は3階に窓が広くて展望がいいところがあって、何時もここから国道41号線やその周辺に広がる田圃や畑をぼんやり眺め心をあそばせます。

 夜ここへ来ると国道にある信号機の赤や青がクッキリ見え信号に従って何台もの車がブレーキを踏んだりアクセルを踏み込んだりしている様子がよくわかります。

 今朝同じ場所で国道41号線を見ましたが信号機が良く見えません。

辺りが暗いとあんなに良く見える、信号機ですが曇天とは言え辺りが明るいと信号機が良く見えません。信号機の赤や青色が昼夜によって強さが変わるともおもえません。

とすると、人間の目は入って来る光の量と云うより、色や明暗の違いを敏感に感じているのかもしれないと思い始めました。

 「夜クッキリ見えたものが昼間は見えない」その典型がお星さまだ。

曇りの日は別にして、晴天ならば昼も星は見えるはずである。其れと同じことが信号機でも起こっている、と、気が付きニュートンにも勝るとも劣らぬ大発見をした気分になりました。

 まさに、然れづれなるままに、日暮し心に映る由し無きことを綴ればあやしゅうこそものくるほしけれ。である。(T)

      

                                                           散歩道で  つばき。


日本人の特徴か?

2017-04-07 | 気ままなる日々の記録

  オソマツ君は月、水、金と40分のリハビリがある。これがどうにも面白くない。自転車こぎから、

杖をついての歩行訓練とか、いろいろやらせられる。

 これらのリハビリをしている人は女性も多い。

 女性は出産の度にカルシユウムを赤ちゃんに取られて自分の骨がもろくなっているときいたことがある。

 オバアチャンはストレートに「こんなことやりたくない」と云い張って理学療法士を困らせている。

 かくいうオソマツ君も「君たちは地獄の赤鬼だ」と27~28の女性療法士にいう。

 介護保険がスタートしてかっての針灸マッサージ士が理学療法士となって国家試験まで実施して、合格者が老人ホームに配属されている。国家試験でどんな問題を出しているか知らないが、

「学習意欲を向上させるための指導法」のようなものは軽視され、筋肉の名前や神経の分布を覚える試験をしていることだろう。

 日本人はどうも歯を食いしばって何かをすることが好きらしく、

「楽しく成果を上げたら、罰が当たる」という考え方が一般的らしい。

 思えば寒中に裸になって、滝の水に打たれて何か盛んに呟くとご利益があるというような信仰がある。

奇妙なことだ。ヨーロッパで激寒に裸で雪の上で寝転がる遊びがあるが、

あくまで、「遊び」だ。決して修行やリハビリ等の医療行為ではない。

 日本独特の精神主義的な「修行」が生まれたのは何時からだろうと、しらべたことがある。

奈良時代の後期に「エンのオヌル」とかいう人物が出て彼は比叡山で修行中に深い谷へ舞い降りたり、崖の上まで飛び上がったりできるようになったといい、

それを「天狗」になったと云ったらしい。

例のスパルタ式訓練は天狗になるための所業と考えられるようになったらしい。

 どんな場合もそうだが、何か新しいことを始めようとするとき先ず財源を確保し、

その後「支払い基準」を決める。このときは砂糖に蟻が群がるように、色々な団体が入ってきて支払い基準をつくる。

ここに、消費者の代表が入らないのが特徴で、

お金を受け取る方が集まって「支払い基準」を作る。

これが官僚型社会主義だ。

 いい例が医療の支払い基準だ。名医が診察しても今年医者になったばかりの駆け出しが診察しても診療報酬は同じだ、

これでは、医者の学習意欲は湧いてこない。

消費者の評価が対価に影響しない、システムだ。

 アメリカで民主党が国民皆健康保険を実施しようとしたとき共和党が「そんなことをしたら日本のように医療が荒廃する」といって反対したことがあった。

 「日本医師会」は当時強力な集票力を持っていたので。政権与党も折れざるを得ず、

画一的な機械的な支払い基準に妥協した。これらのことは 本当に難しい。(T)

    

                                                       散歩道で  モクレン。

 

 

 

 

 

 


随分前ですが書家からお返事を頂きましたのでご紹介申し上げます。

2017-04-03 | 気ままなる日々の記録

   以前にこのブログで田畑のことは興味ないとおっしゃる書家のことをお書きしましたが、その文章に対してご返事を頂いておりますので、此処に転写してご紹介申し上げます。

   同じ階の書家は舞鶴ご出身で魚を獲る船にのっておられたとかで、畑や田圃を見ても何も思わないとおっしゃっておられた。

 そうかもしれない。[これは僕の文章]「久しぶりにブログを読まして頂き、上記の文を読んで感想をかこうとおもいます。」「以上は書家の文。以下同じ」

小生は海の近くで生まれたので小学4年で3キロの遠泳に挑戦し、

 確か4人挑戦し全員が完泳しました。始め今回は1キロの遠泳があると先生から云われて挑戦してみようと海水浴場に行った処が、今日は1キロの遠泳は中止と云うことで4人全員挑戦した。

 常に何キロか分からないが長く泳いでいたので挑戦してみたが2キロぐらいは楽に泳げたと思うが後の2キロは上を向いて足をバタバタして背泳ぎならば手を交互に回して足をばたつかせて泳ぎますが、ただ足をばたばたするのみで前進するので、またその方法が水泳するのに大変楽の方法なので友人とお喋りしながら泳ぎましたので後の2キロは完泳したと思います。

中学生になって春休みや夏休みに親の手伝いで5馬力のエンジンのついた小型船(3トン~4トン)で漁に連れて行かれました。

 また、アグリといって2艘の船で網を回し打ちをして《底引き網に似た漁法》漁をすると魚が沢山獲れましたが戦争中のこと、

 魚が多く撮れても値が安いので漁師では生活ができなかったので、

  何時も親から云われました「漁師はするじゃないよ」と。

 魚の話になるといろいろの情景が目の前にちらついて話が弾みますが田や畑を見ても一向に興味がないし、

 家の周りは全部家ばかりが続いていて土と云うものは家の中心に通路があってその横に部屋があるようないえなので、畑と云うものは全然ないので、百姓の経験もないし野菜や果物を見ても、ただ買って食べるのみ・さかなだと、この魚はこのようにしてりょうりするとか、魚を開いたり2枚におろしたり、3枚に卸したりとかがわかります。

 小さいとき小学生の頃から櫓櫂を操っていましたので、櫓をこぐのに1万回位は休まず漕いだので、親に重宝されて正月休みや、夏休み、4月の休みには再々漁に連れて行かれました。(終)

[注」オソマツ君は昔の生活の一コマがリアルに描かれたこうした文章が好きだ。またこうした文章は貴重だと思っている。今の日本の生活様式と云うか小学生たちが育つ生活環境がどんなに変化したかを調べる貴重な資料であり地図でさえあると思っている。

 書家は今も早起きで冬でも朝の散歩を欠かさず楽しんでおられる。そして、極めて薄着でご健康であらせられる。

       

                                                       雨上がりの午後

 

 


世の中が確かに大きく変わった。

2017-04-02 | 気ままなる日々の記録

   今日は日曜日、朝食を済ませて7時半ごろ「館内散歩と称して、例の5階の角の大きな所へ出かけ国道41号線や周辺の田畑を見た。驚いたことが二つあった。国道41号線の交通量が少なく、閑散としていたことと田畑にも人影がなく、どこか、奇異に感じたことだ。トラック野郎さんたちも、農家のオジサンたちも日曜日は仕事を休むという習慣が定着したようだ。

 キリスト教文化圏だと日曜日の午前は教会へ出かけ、牧師のお説教を聴き神様にお祈りをするところだが、我が国にはキリスト教がそこまで入っていない。農家も日曜日には田畑へ出ないということが生活習慣として定着したようだ。

 僕が子どもの頃農家には日曜日も土曜日もなかった。その意味で我が国も豊かになったものだと感慨一入(ひとしお)だった。オソマツ君のように、定年退職して、正に毎日が日曜日のくせに、7日に一度の日曜日を喜ぶには「貧乏壁のみほん」だと、苦笑して館内散歩を楽しんだ。

 個人的な趣味を持つ今の中高生が大人になってどんな日本を構築するか楽しみだ。占領軍総司令官マッカーサー元帥から12歳の少年と呼ばれたわが国であった。

 昭和16年12月8日我が国は太平洋上の真珠湾と、大西洋と太平洋のさかえにあった、シンガポールを予告なしで攻撃しアメリカとイギリスを敵に回した。その前国際連盟で軍縮会議が開かれ我が国が保有を認められたのは思いのほか少ない艦船数でそれに腹を立てたこうげきであったのだが、そんなダダッコのような反応が国際的に認められるはずもなく我が国の大都市は焼け野原になり、広島と長崎の市民に多大な犠牲者をだし「無条件幸福」を余儀なくされた。我が国は少しは国際的な感性を身に付けただろうか。

け    

                                                                     前庭のムスカリ


気象情報

2017-04-01 | 気ままなる日々の記録

   私は天気予報の番組を見るのが好きであるつい最近まで、”天気予報"、"天気予報"と云っていたら「今は天気予報とは云わないで、気象情報というよ」と注意を受けた。よく見ると番組の始め画面に”気象情報”とでるから替わったのは確からしい。何時からかわったのだろうか全然きずかないでいた。新聞ではと思って見るとほとんどが”天気”で出ている。どちらでもよいような気がするが、新しい言葉が出てくると、元の言葉がだんだん古臭く思えてくるから不思議である

 夕食が終わった後しばらく休憩していると、6時52分の”気象情報”の番組が始まる。気象情報は何時もこれだけを見ていることが多い。テレビを見る時間は6時52分から7時 7時30分から8時30分だけである。部屋にいる確率が高い時間なので、ついついこの時間帯が定着したらしい。

 どうして気象情報が重要かというと、翌日の日光浴の時間を選ばなくてはいけないから。晴れて風が無くて気温が高い時間帯が必要なのだ。NHKでは3時間ごとの様子がマークとなって出るから一目で分かる。他は風と気温を見ればよい。

 今の時期は蓮池周辺をウオーキングしたりベンチで日光浴したりする。なるべく二人一緒にと心がけているが、一人のこともある。予報と晴れの時間が一致すると納得する。晴れの時間が予報より長いと得をした気になるし、短いとがっかりして気持ちが塞ぐ。

 日光浴は兎に角私にとっては、一日の内で変化のある寛ぎの一時となっていることは確かだ。また皮膚病予防のため欠かすことができない重要な時間でもある。

      

                                                              蓮池のラッパ水仙

 

 

 

 

 

 

 

 


「屁」の話し。

2017-03-29 | 気ままなる日々の記録

  ふざけたタイトルでその上如何にも‘胡散臭いもので恐縮です。以下の話しはオソマツ君が子どもの頃母から聞いた話しで実際に有った話です。

  オソマツ君の母方の遠縁のお嬢様に京都の百貨店の重役の息子さんへの縁談が持ち上がりお見合いと云うことになって、

京都の有名な料亭の御座敷に御仲人さんご夫妻をはじめ両家の主だった親戚の面々が集まって、いよいよ、御嬢さんがお茶をお運びすることになったそうです。

 御嬢さんは緊張してお煎茶を婿さん側の親戚の皆さんへ「お運び」をはじめられた。

 緊張して立ったり座ったりを繰り返し三つ指をついてのッご挨拶を繰り返しているうちについに「ぶー」とオナラがでてしまったそうです。

 そこで御仲人さんが、「御嬢さんの帯がきつすぎのでしょうか。お嬢様のお腰の周りを鶯が飛んだようですね」といわれたといいます。

 そうしたら御嬢さんの母方のおばあさんが、「京都ではあれを鶯というのですっか。 私ども田舎では「屁」といいます。」と云われたそうで、一同大笑い。

 それ以後皆さんきざくになり、話しも弾み和やかな雰囲気になったといいます。

 ところで、「お見合い」の結果は両家とも大満足でめでたく婚礼成立になったそうです。「あんな素直ななお婆さんに可愛がられたお嬢さんならいい性格のお嬢さんに違いない」と云う意見が主流となったそうです。上品ぶるより、素直が第一ということのようです。(T)


またしても勘違い。

2017-03-26 | 気ままなる日々の記録

   数日前のことである。テレビでポルトガルについて放映していた。

   途中から観たので最初の紹介がどのようだったか分からないが、いつの間にか頭の中で、ポルトガルとブラジルを取り違えて観ていた。ヨーロッパの西の端にあるポルトガルと南米の大きな土地を有する新興国ブラジルがどうして入れ替わったのか、不思議でしかたがない。

  お国事情の紹介で、夫婦二人の年収が400万円、5LDKの家に住み週4日家政婦さんを雇っているという。豊かな国になったなあとその時は思ってしまった。

 食料品も日本と比較すると本当に信じられないほど安かった。

 驚いたのは教育費と社会保障の制度。教育費は18歳までは無料で医療も保険を掛けていれば安く一定額を払うのみ。こんな恵まれた制度はどこか北欧に似ていると思った。ここで、普通は気が付くはずだが、全然気が付かなくてすんなり全てのことを受け入れてしまった。

 ところが、次の日トイレの中で突然頭の中を前夜のテレビ番組がよぎった。あの番組はブラジルではなくポルトガルなんだと、

 どうしてこんな勘違いが起きたのか。一つだけ思い当たることがある。多分私の中にブラジルはポルトガル語を話す南米唯一の国というイメージが強かったからではないかと思っている。(E)

       

                                                             スノーランド       


テレビを見ていて驚いた。

2017-03-26 | 気ままなる日々の記録

 今日は日曜日、朝、8時半ごろまで寝て、テレビを見ていた。チャンネルはNHK名古屋さん。番組のタイトルは不明だが、路傍の雑草を取って食べられる草かどうかを、大学の先生にお聞きしながら採集を勧めるものだった。

 それにしては「春の七草」と云う言葉も「七草粥」と云う言葉もでなかった。

 そのうち、竹藪に入ってタケノコを掘り出した。路傍の草を摘んだのと同じ感覚でテレビカメラは廻っていた。

 確かにプロジューサーの意識も路傍の草とタケノコは同じように思っていたのだろう。

 しかし、竹藪の方には明らかに持ち主があり、タケノコもその藪の持ち主の物で無断でタケノコを掘り出していいわけがない。タケノコが美味しいのはモウソウと呼ばれる竹の新芽で「真竹」と呼ばれる竹の新芽は美味しくない。放映されたテレビの通りとすればNHK名古屋の撮影クルーは明らかに「タケノコ泥棒」をしたわけで。藪の所有者にしてみれば許せるはなしではない。

 ここまでくると、プロジューサーの資質の問題で、八百屋で高値で売られているタケノコを黙って掘り出して良い訳は無い。

 というセンスが働かなかったかと、問いたい。少し季節がずれたとはいえ「春の七草」と云う言葉も「七草粥」と云う言葉も出なかった。我が国の「伝統文化」を注目し、これを大切にするという感性のない人に、

公共放送の製作をお任せしたくない。というのは、僕のかってな思い込みだろうか?(T)

 


老人性痴呆について。

2017-03-23 | 気ままなる日々の記録

    オソマツ君が子供の頃家に80歳代の祖母がいて、この祖母が派手に呆けていた。

 何時も着物を着ていてそば殻が入った枕を胸に抱いてどこかへでかけようとする。

 お婆ちゃん「何処へ行くの?と聞くと「おっか様のところへ、これを届けに行く」と云う。

「お婆ちゃんのおっかさまは、もう亡くなったでしょう」と云うと「亡くなった?嘘こきゃあ!」と云って怒る。

 「お婆ちゃんはいまいくつ?」と聞くと「80歳だと答える。そこで。お婆ちゃんはおっか様がいくつの時の子どもだね」と聞けば私はおっか様の最初の子どもだから、

 おっかさまは23ぐらいだったと思う。と此処まではキチンと答えられる。

 「とすればおっかさまは103歳だからもうあの世でしょう」と云うともうわからなくなって、

 「わしは忙しいで邪魔しやあすな」といいでかけようとする。

 こうなるともう子供の手におえないので急いで母親に知らせたものだ。

 それから数年過ぎてオソマツ君がある高等学校に勤めていたころだった。祖母がパトカーに乗って家に送られてきた。僕が迎えに出ると送ってきた警察官がかかとをパッと踵つけて右手をパッと帽子につけて敬礼をした。警察官が「あつ、先生のうちのお婆さんでしたか」と云われて僕は顔から火が出るほど恥ずかしかった。

 どうやら僕が勤め始めた高校の卒業生で愛知県警へ就職、僕の家の周辺を管轄する警察本部に配属になったようだ。「こういうおばあちゃんは着物の襟に住所と電話番号を書いた布を縫いつけておくと皆さんが連絡してくださるから・・・事故に遭われると一番悔いが残るからね」と諭してくださった。

 今僕がお婆ちゃんの年齢になって、感無量だ。いまのところ、おばあちゃんの様な症状はないつもりだが、此処が分からないところがボケの難しいところだ。(T)

   

                      ピンクの梅

 


桜の開花予報が出る季節になりました。

2017-03-22 | 気ままなる日々の記録

  寒がりのオソマツ君であるが、今日は午後からポカポカ陽気で「館内散歩」と称していつものコースを車いすを漕いで出かけた。

 最初は3階の中央部にある大きな角ガラスのところで、此処から眼下に広がる田圃や畑を眺める。

 今日は驚いた。昨秋刈取り2月頃から彦生えまで出していた稲の切株がきれいに掘り起こされ土と混ぜられていたからだ。こうして、

4月5月になれば、切株は完全に腐敗し新しくうえられた稲の肥やしとなることだろう。

 人間はお米だけ横取りして、後は全て土にお返しして大自然にお返ししていると云えなくもない。稲作を始めた弥生時代からの作風なのだろう。

 オソマツ君は中学高校時代、よく農作業を手伝っていたので、田圃を見るとすべてのことがすぐに分かる。機械化が進んだことまでよくわかり、感無量になる。

 同じ階の書家は舞鶴ご出身で、魚を取る船に乗っておられたとかで、畑や田圃を見ても何も思わないとおしゃっておられた。そうかもしれない。

とすれば、僕は子供の頃よく農作業を手伝わされたことに感謝すべきだろう。

 そのおかげで、今田圃や畑を見ていると、いつの間にか、そこに、子供の頃のぼくと、1歳年上の兄の姿が重なって見えてくる。(T)

       

                                                                 田の麦

 

 

 

 

 

 

 

 


日本の英語の教科書について。

2017-03-20 | 気ままなる日々の記録

  オソマツ君が勤めていた高校が「国際交流都市」宣言をしていて、其処の商工会議所が音頭を取って外国人のホームステイを引き受けますと宣言したところアメリカ人の団体の申し込みがあって、商工会議所の会員にアメリカ人の滞在を引き受ける家庭を募集した。

 思うように応募がなく、ついに、高校へ泣きついてきて、高校の英語の先生のご協力を頂きたいということになって、英語の先生に泣きついたし、僕も一人引き受けることにしたことがあった。

 我が家に来たアメリカ人はきさくないい人柄の人で何でも写真に撮り、「これはなにをするものだ?」と聞いてきた。僕の怪しげな英語と身振り手振りの説明でよく分かったと喜び、今度はお前が学生時代に使った英語の教科書を見せてくれという。そこで、jack and Bettyを見せたところ、最初の1ページに I am a boy とあり、これを見てアメリカ人が笑い出した。

 こんなことは見ればわかるから生涯云うことはない、といい、そうだ!サンフランシスコの何とか通りへ行ったら云うかもしれない、という。どういう通りか聞いたら、全米から同性愛者が集まり夜の散歩やお買い物を楽しむと通りだという。日本人が行くと体格が可愛いから、大きな男が寄ってきて抱きついてきたら 「 I am a boy 」といって逃げ出さないといけない、と云って大声で笑った。我が家が初めてホームステイを引き受けた40年も前のことである。

 僕たちが習った英語はことほど左様にオソマツなことでした。日本の文部省と云うところはお抱え学者が集まっていて、「教育」という名のもとに奇妙なことが常識になっているところがある。(T)

        

                                                                     畦の土筆

 

 

 

 

 

 

 

 


今日は日曜日、予定は何もない。

2017-03-19 | 気ままなる日々の記録

    このところ昭和16年12月8日、宣戦布告なしに、ハワイ島真珠湾の攻撃をした日本軍は本当にアメリカに勝てると思っていたのだろうか。

 当時の我が国のマスコミや世論はこれをどう受け止めていたのか、と云うテーマに興味があって、昭和史の本を読んでいる。

 どうも我が国は「言論の自由」も「主権在民」も根付かない感じで心配だ。

  そういえば、数年前NHKの会長に就任した人が「政府が左と云っている物をNHKが右と云う訳にはいかないでしょう」と云って大騒ぎになったが、あれがどうなったか分からない。

 アメリカとの戦争に関しても、アメリカ人は若い者がすぐに男と女が抱き合ってダンスを始めて男も女もカクテルを飲むことが好きだそうだ、。

 日本人がふんどし一本で日本刀を振りかざして切り込めば、すぐに、降参するという噂が流され、「すぐ勝てる」と思っていた人が多かったとのことで、僕は驚いた。

 「我田引水」を通り超し「バカバカしく」なってくる。正に島国日本は、諸外国のことが分からない「井の中の蛙」そのものであったようだ。

そこでお詫びだが、少し前に日米共同声明が英文のまま新聞に掲載された時、我が国の若い人の英文理解力の高さを褒め腰を抜かしたことを書いた。

 そうではなく英文を訳すときどうしても訳す人の立場がにじみ出てしまうので、なるべく英文のまま読んでいただいて日米の合意点について、公平・中立を守るために英文を掲載しているらしいということが、最近分かった。

 オソマツなことで失礼しました。

 以上は、学生時代の友人で、彼が面白いと思った記事のコピーを送って呉れて、それを丁寧に拝読、、やっと気づいた点です。

  友人が送って呉れた記事は主に「ボイス」と云う雑誌の記事でしたが僕にはとても新鮮でした。

  体は半身不随で不自由ですが、お陰様で視力と理解力に目立った衰えはなく、好きな本を読んで楽しんでいます。

(追補①》日曜日というより世間では三連休の最終日ということだろうか。珍しい旧友にお越しいただいた。

最初は常日頃私が「師匠」と呼んでいる10歳先輩のお方、二番目が、若い頃、寄付を募って村社の大修理を一緒にやった30歳ほど若い旧友。

 師匠は勿論畑仕事を教えて頂いたお方で、僕の郷里の地質と気候を知り尽くしての農作業だから、東大の先生より野菜の作付はお詳しいお方である。

 お若い旧友の方は、いろいろなめぐりあわせで村社の修理の仕事を寄付を集めることから、一緒にやった友人である。懐かしい方々で、思い出話が弾み自分が半身不随であることを忘れるほどだった。

 こうして思いだしてみると人生幾つの時もいろいろなめぐり合わせで自分がしなければならなくなった仕事を誠実に行うことが大切だと気が付いた、

 (追補②)とかく若い頃はそれほど真面目では無かった僕ではあるが、与えられた仕事だけは手を抜かずにやってきたつもりである。

 それがよかったのだろう。半身不随になって悶々としている僕のところへ来てくださって、当時の思い出話をしてくださる。これほど楽しいことはない。(T)

   

                       3月の夕日

 

 

 

 

 


言葉は変わる

2017-03-17 | 気ままなる日々の記録

  数日前だったと思う。安部総理が”もくと”と云う言葉をつかわれた。「南スーダンから5月下旬をもくとに陸自を撤収する」という内容だった。

 恥ずかしいことに、私は初めて聞く言葉だった。そして画面には”目途”という漢字が出て、とてもショックを受けた。私はずーっとこの漢字を”めど”と読んでいたから。

 早速広辞苑で調べて見ると[もくと・目途] [めど・目処]と書いてあるではないか。それでも信じることができず漢字検定1級を持っているKさんに助けの電話を掛けた。私と同じ漢字を使っているとのこと。ホッとしたのもつかの間とうとう混乱に陥る。ネット検索を始めたがどれだけ説明を読んでもますます混乱度が増すばかり。ただ会話では”もくと”と云う硬い言葉は使わず目途=めど と使っても誤りではないという。

 言葉は時代とともに変化していくから実に難しい。20年ほど前”お茶する”と云う言葉が流行したがどうしても使えなかった。此処ホームに入居してからも若いスタッフの方々の短縮言葉をよく聞く。私も使おうと思うがその時になると、口がモゴモゴして使えない。

 短縮言葉がつかえないお婆さんと古い言葉「てぬぐい、写真機、など」が分からない孫たちが1年に数回会って話をする。そして時々聴き慣れない言葉が出てきて、どぎまぎしてしまうのである。(E)

         

                                                                     夜の国道

 

 

 

 


「ホシ」について。

2017-03-16 | 気ままなる日々の記録

   警察が犯人と思しき人物の車にGPSを取り付けその人物の立ち寄り先を割り出し、捜査に役立たせようとした捜査方法について最高裁が違憲と判決し話題になっている。

   確かにそんな捜査をされては、迷惑する市民が沢山でることだろう。我が国の民主主義は健全に働いているとホットしている。

  ところで、このGPSがよく分からない。ラジオまでは中学・高校で説明を聞いたので何となく分かった気分であるが、テレビになるともう分からない。確か、日本独自で打ち上げた人工衛星に地上から電波を飛ばし反射して帰って来た電波を各家庭で映像にして見ているということらしいが、その原理たるやよくわからない。

 私が学生時代テレビもGPSもこんなにポピュラーでなかったので、全く習わなかったし、

 あの八木式アンテナと云われるテレビ用アンテナがよく分からない。

   かくて、立派な時代遅れの老人になったということらしい。メデタイことである。失礼しました。(T)

        

                                                                 3月の夕日