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櫻井稔著『内部告発と公益通報』

2006-09-09 09:46:56 | Weblog
ここ数年、様々なパターンの“内部告発事件”が、マスコミを賑わせている。2001年夏、日本でもBSE(牛海面状脳症)の発生が確認された。この年の12月、国が在庫国産牛肉を全量買い上げ、焼却処分する方針がでた。その際、雪印食品等による牛肉の産地偽装問題(オーストラリア産牛肉を“国産”と偽り国に買い上げさせた)が発生した。雪印食品の場合、取引倉庫業者が全国紙へ通報するという内部告発により明るみに出てしまう。また、三菱自動車等による自動車メーカーのクレーム隠しも内部告発により、白日のもとにさらされた。2000年6月、匿名の人物から自動車交通局へ電話があり、これが端緒でクレーム隠しが明らかになる。その後、三菱自動車は2004年5月にトレーラーの車輪脱輪事故による母子3人の死傷事故めぐり、元副社長や常務などが逮捕されるという事態まで発生。会社存亡の危機といわれるまでに陥ってしまう。また、中部電力や大阪いずみ市民生協等で発生した経営トップによる公私混同が内部告発により暴露されてしまった。
内部告発の舞台は民間会社にとどまらない。北海道警察、福岡県警をはじめとする各地県警の公金不正流用も表沙汰となった。カラ主張や偽造領収書等により「裏金」をつくり、その金をプールしておき、警察幹部の交際費、ゴルフ代に流用するといったことが明るみに出たのだ。警察の不正に関しては内部告発とともに情報公開(2001年4月施行の「行政機関の情報の公開に関する法律」に基づく)も威力を発揮している。以上は、ほんの一例にすぎない。官民を問わず、不祥事が内部告発により明るみに出るケースが増えてきたのが最近の傾向である。一方、海外に目を向けてみよう。アメリカ合衆国では、エンロンやワールドコムといった巨額不正会計操作事件が起きている。これらの事件の多くが、関係者の“内部告発”によりオープンになった。象徴的なのがTIME誌(2002年12月30日、2003年1月6日合併号)の表紙を飾った3人の女性達の写真(本書31ページに所収)。この3人は、エンロン、ワールドコムの不正会計そしてFBI本部がおこなった「9・11事件容疑者に対する捜査妨害」の告発を行った勇気ある女性達である。
本書は、官民を問わず明らかになっていく不祥事が、内部告発により明らかになるプロセスや原因を分析する。一方、社会的正義感等から内部告発を行なった人物を、一定の範囲・制約のもとで保護することを目的として、この4月施行の「公益通報者保護法」に関して解説を行なう。いわば、内部告発に関する入門書、啓蒙書といった性格の本である。かつて労働組合が強かった時代には、「組合の目」を意識して、「経営者のやりたい放題」には、自然にブレーキがかかっていた。終身雇用制度は、年々崩れてきている。サラリーマンの中で、“会社人間”と呼ばれるタイプの人々は減少している。一社会人として「自分の会社が行なっている“悪”を許せな」いと考える従業員は着実に増加してきている。例えば、会社ぐるみで「残業手当の不払い」を行なっていたりすると、格好の内部告発のターゲットとなりかねない。
(2006年、中公新書、740円+税)