読書と著作

読書の記録と著作の概要

多田鐵之助『うまいもの』に関する若干の考察

2006-06-21 23:03:10 | Weblog
多田鐵之助『うまいもの』(昭和二十九年、現代思潮社)という本が手元にある。二十一世紀に入ってから間もない頃、JR中央線武蔵小金井駅近くの古書店で、やや衝動的に購入したものだ。昭和二十九年は、西暦でいうと一九四九年。五〇年以上前の“グルメ本”を買ってしまったという訳である。この本の定価は三二〇円。それに対して古書価は二〇〇円だった。『うまいもの』は、“グルメ本”本来の役に立つことはない。それは承知のうえで買った。惹かれたのは巻頭のチマチマした写真である。そこには、戦後の東京の“貧しい風景”が写っている。渋谷・二葉亭(洋食)の前には外車が三台駐車している。街を走っている自動車の多くは外車だったことを思い出す。昭和二十九年と言えば、私が小学校を卒業し、中学に入学した年。その時代の雰囲気を、『うまいもの』掲載の写真の数々が見事に伝えている。古書店でつけた売値も適正と感じた。五〇〇円だったら買わなかったかもしれない。『うまいもの』の著者多田鐵之助は、時事新報社に勤めていたことがあるジャーナリスト。会社役員のかたわら現代食味研究所所長の職にあり、月刊食味評論「たべあるき」を主宰している。『うまいもの』は七冊目の著作の由。この本に掲載されている約百二十店の殆どは東京の店。神奈川、静岡の店が少しある。寿し、てんぷら、うなぎ、洋食、中華に加えて、ケーキの店も登場する。知らない店ばかりかというと、そうでもない。人形町「玉ひで」(鳥料理)、神田神保町「柏水堂」(フランス菓子)、神田淡路町「連雀の藪」(蕎麦)といった店は行ったことがある。半世紀前の記述には興味をおぼえる。
ところで、『うまいもの』には“うどん”の店は全く登場しない。一方、蕎麦屋は、日本橋室町の「砂場」を先頭に十店舗近くが紹介されている。これは本書の著者多田鐵之助の嗜好や出身地(関東以北?)、対象地域(殆どが東京)等にもよるだろうが、当時のグルメ本における“うどんの地位”を反映しているともいえよう。また、「フランス料理」の店はあっても、「イタリア料理」の店は出ていない。したがって、スパゲッティやマカロニといった用語も出てこない。一方、たこ焼き、お好み焼きも出てこない。これらはそもそも「グルメの対象外」と考えられていたのだろう。また、当時東京では、たこ焼きの店は無かったのかもしれない。うっすらとした記憶では、一九六五年頃に渋谷・道玄坂に、たこ焼きの店ができたという記事を読んだことがあった。東京初かどうかは確認できないが、珍しいので記事になったのだろうか。戦後のグルメ本を百冊ぐらい集めて、「うどん」、「スパゲッティ」の頻出度に関する“研究”を行うのも一興であろう。