読書と著作

読書の記録と著作の概要

大宮知信著『スキャンダル戦後美術史』

2007-07-02 05:22:25 | Weblog
大宮知信著『スキャンダル戦後美術史』

戦時中に描かれた戦争画と画家たちの戦争責任、贋作の横行、絵画のバブル商品化、日本各地に濫設された美術館の経営危機、東京藝大が抱える非芸術的な受験現象等々、戦後アートの世界を揺るがせた様々な事件を描く。題名から想像して、週刊誌的な興味から読まれそうな本に見えるが、基本的には著者の立脚点はしっかりした真面目なものである。書かれているのはすべて美術分野のこと。しかし、戦中から戦後にかけての社会史、経済史の観点からも興味深く読める。本書を、このコラムで紹介する主たる理由。それは、本書が火災保険、動産総合保険等で“美術品の引受”を行なう際の参考資料(社員教育資料)として活用できるからである。思えば、バブル経済華やかなりし当時、高額な絵画の引受をめぐり、営業サイドと業務サイドの意見が合わず、その調整に難渋した。そんな記憶を持つ(中高年の)損保マンも多いだろう。同じ時期に生じた損害保険業界に関係がある2つの大事件(何れも、一般紙で大きく報道された)があった。本書でも、これら事件にページが割かれている。「歴史は繰り返す」というのは、言い習わされた言葉である。この本に書かれたことを、単に“過去のこと”と看做すのではなく、未来への教訓としなければならない。

安田火災が購入したゴッホの「ひまわり」53億円(132ページ)
安田火災社(現損保ジャパン)が、ゴッホの「ひまわり」を53億円で購入した。このニュースが流れたのは、1987年(昭和62年)のこと。本書では、これを第2次絵画ブームの発端としている。第1次絵画ブーム(大阪万博が開催された1970年)が時に絵画を買い漁ったのは一般の人だったが、第2次絵画ブームの際に買ったのは企業だった。1988年に日本が輸入した絵画は、前年度の2倍強の18億4600万ドル(当時の邦貨換算2400億円)に達した。1989年10月、世界最大のオークション会社であるサザビーズが日本で初めて版画のオークションを開催。高値の落札が相次ぎ、落札価格は予想を40%以上上回る12億4000万円を記録した。ソニーや日産自動車販売が絵画ビジネスを手がけ始めたのもこの時代だ。

東京藝大教授が引き起こしたガダニーニ事件(67ページ)
この事件は、音楽の分野で生じたもの。美術関係のものではない。しかし、バブル経済華やかなりし時期に生じた“ニセモノ”事件であり、著者が本書の中にエピソードとして挿入したものである。東京藝術大学教授で著名なバイオリニストが、高価なバイオリンを購入した際、楽器商から80万円相当のバイオリンの弓を貰い、東京地検に逮捕された事件。その後、この名器カダニーニと称されたバイオリンは偽物、その鑑定書も偽物ということが判明する。本書には言及はないが、この事件の背景には別の“保険金詐取事件”あり、二つの事件の顛末が記録されている文献もある(『住友海上の100年―チャレンジの奇跡』、1903年)。
(2006年、平凡社新書、780円+税)