昼食に行ってくると声を掛けドアを閉めたらすぐに、――バタン、と忙しそうにドアが開き女の子が顔を見せた。
「おっ、どうしたの? 一緒に行くの?」
「いえ、あの、ちょっと向こう向いてください」
はあ? 言われたとおり背を向ける。
背中に女の子の手の感触がする。
ほら、と言って女の子が、ほつれた糸を僕の目の前に突き出した。
「え、背中についてたの?」
「はい。何気に見送ったら見つけたんです」
「ありがとう。よかった」
長い数本のほつれ糸が、スーツの首元から背中部分に向けて垂れ下がっていたのだ。
――何の糸だろう? これ。何でついてるの? と、僕は首を傾げ考えるがどこでこれがついたのか、まったく記憶にない。
まさか、これ家を出たときから、ずーっと背中につきっぱなしだったんじゃないか? 電車の中も、歩いているときも、このまま? と、思ったら、急に顔が火照った。
でも、もう終わったこと。
家を出るときに気づいていれば、何のことはなかった。だが、ある意味気づいていなくてよかったともいえる。
知らぬが仏 ってこのことか、と改めて思い直してみるそんな昨日だった。