たま多摩自由

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蛍と桔梗

2006-06-14 09:51:16 | つれづれなるままに
   蛍と桔梗        
 桔梗は秋の七草とばかり信じていたが、蛍の出る小野路の山間で発見した時は驚いた。
 確かめもせずに、梅雨時に咲く桔梗を季節はずれと感じるほうが、おかしいのかもしれない。
事実、我が家のプランタンの桔梗も毎年、麦秋に咲いている。
 なんだ、麦秋は春だよなと。妙な勘違いに気がついた。
 さて蛍と桔梗との二つの話を整理しよう、多摩ニュータウンの隣接地に蛍が飛び交う事すら素晴らしい出来事であるので、まずは順序だてて蛍の話から紹介することとしよう。
 ことは、ごく少数のかつ “クローズ”のメーリングリスト上で蛍「見学」の投稿があった事に始まる。
 案内役は恵泉女子大の環境学専攻の学生さんだったが、彼女の説によると、蛍は見物するものではなく見学して欲しいとのことであった。
 つまり蛍は、汚染されていない環境にしか見られない、次の世代に誇らしく語れる環境の天使だからだそうだ。
 たしかに、闇夜の中での求愛の乱舞は、幻想的だし時代絵巻そのもののようだ。まさに音も立てずに身を焦がすような、発光エネルギーをどのように蓄えるメカニズムを持っているのか。
 私にとっての蛍は郷愁そのものといっていい。50年も前、郷里肥後山鹿の菊池川の清流から紹介してみよう。
 阿蘇の外輪山に水源を発する菊池川は火の国の北部に広がる肥沃の穀倉地帯を潤している。この川は豊な自然の恩恵を営々と、誰にも公平に与え続けている。私の産湯もこの川であり、父祖伝来の聖なる川でもある。
 梅雨時になると、この川の両岸で蛍の源平合戦が繰り広げられた。
 何の不連続線の一致か、コンダクターでもいるのか定かでないが、両岸の何万匹とも思える蛍が交互に見事に点滅する。蛍光の饗宴だ。
 そっちの水は辛いぞ、こっちの水は甘いぞ。と
 そんな田舎でさえ食べる物も、着る者もなかった頃の話だ。それが朝鮮動乱が始まり高度成長の頃から、この蛍がいなくなった。一匹も。 
 その蛍が東京近郊で見れた。此処の自然の湧き水がこの天使を呼び込んでくれたのか。此のところの環境への関心の高まりのの所為か隠れ蛍情報を含めかなり賑やかになってはきたが。
 さて、この蛍のことを調べようかと昼間歩いてみて、発見したのが休耕田一杯の雑草の中の桔梗だった。
 紫色の気品に溢れるこの花は目立つ。何で休耕田にと思っては見るが、蛍にしろ山野草にしろ自然回帰と言う事でいいじゃないか。荒らしまくった人間が素直になってくると自然が強く逞しく蘇っている。
 かって、多摩川も乞田川も蛍が一杯だったと聞く。僅か半世紀前まで。
 便利さやスピードをのみ競い合う都市生活のなかで、すっかり忘れてしまっていた一番大事なものを。見事に思い出させてくれた蛍と桔梗に感謝したい。懺悔とともに。

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