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映画と渓流釣り

物忘れしないための処方箋

国宝 芸の狂気

2025-06-08 15:40:00 | 新作映画
唯一理解不能だったのは人間国宝にまで芸の道を極めた喜久雄(三代目半二郎)に纏わる女たちの心情だ。幼馴染で一緒に背中に彫物までした春江は何故失意の俊介(花井半弥)の手を取ったのか?京都の芸妓藤駒は子まで生したのにすっかり影を消したのはあまりにも不自然だ。そして突然とも思える彰子という少女との逃避行と別れ

歌舞伎役者の物語だからある程度女との絡みは必要だろうが、どの女性にも感情を揺さぶられないし、それは喜久雄も結局芸事以上に関心は無かったという事だ。悪魔との取り引きはその欠落した愛情の代償でもある事を観せたかったのかもしれない、とも思えるけどわたくし的には不要な気がする

それ以外は奥寺佐渡子の脚本と李相日の演出は今年観たどんな作品よりも素晴らしかった。3時間弱の長尺なのに優れた映画はその長さを感じさせない
最近こんな力の入った日本映画観て無かったので、とても嬉しい

役者だけに限らず芸事を極めるのって狂人になる事と同義語な気がする。人生、何事も極めた事が無いから説得力欠けるけど、芸のために他者のみならず正しく自身の骨身を削ってしまう生き方は常人には理解できないしやれない
親子揃って糖尿病で命縮めるのは、どんだけ美味い酒と食事してんだよとツッコミたくなるし、お父ちゃんと慕い寄り添う幼子に見向きもしない冷徹さに親になる無責任さを嫌悪する

それでも役者は奈落から檜舞台に上がる時に聞こえる歓声を肥やしに生きるしか無いのか。それが定められた因果だとしたら抗う術はないのだろう

歌舞伎の世界が舞台なのに、作る側はほぼ全員が映画界の人だった。スタッフは勿論だが、主要キャストで梨園関係者は寺島しのぶだけ。吉沢亮、横浜流星それに渡辺謙、田中泯の成り切りは玄人が見れば指摘される部分もあるのだろうが、我々素人にはダイナミックな演出と映像音楽故に本物の歌舞伎舞台より興奮できた
また、歌舞伎界への外野からの目線が皮肉っぽく織り込まれていたのも身内が作ったものでは実現出来なかったろう。日本独自のものではないのだろうが、血筋とか世襲とか。特に古典芸能には芸の優劣より、何処で生まれたかが将来を左右する。喜久雄が俊介にお前の血が欲しいと言うシーンがあるけど、あれは世の下積み役者全員の心からの叫びだと思う

全編に渡り何度も泣かされた
ネタバレになるが、病気で片足になった半弥を支えながら死の道行へ誘う三代目半二郎の舞台は圧巻だった。演じる事が狂気の裏表として伝わってくる名場面であり、芸で繋がった心情をひしひし感じる涙のシーンとして特筆したい

気が早いかも知れないが、なんかこの作品が今年公開される映画で既にNO1じゃないかしらと思いはじめている。吉沢亮と横浜流星の演技賞受賞も疑いないような出来だ
李相日監督の最高傑作である事は断言しておこう




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