一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『さよなら渓谷』 ……真木よう子が紡ぎ出す異形のラブストーリー……

2013年11月07日 | 映画
今年(2013年)の6月22日に公開された映画であるが、
佐賀では上映館がなく、
6月公開時には、
<福岡まで見に行かなければならないか……>
と思っていたのだが、
佐賀のシアターシエマで10月下旬に公開されることを知り、
首を長くして待っていた。
そして、やっと見ることができた。

見たいと思った一番の要因は、
やはり、真木よう子が主演だということ。
真木よう子は私の好きな女優であるし、
『ベロニカは死ぬことにした』以来、7年ぶりの単独主演作でもあるので、
是非とも見たいと思っていた作品なのだ。


原作である吉田修一の小説は、
刊行時の2008年に読んでいた。
前年(2007年)に読んだ『悪人』の印象が強烈であった所為か、
この『さよなら渓谷』についての印象は、正直薄かった。
それほどの力作とも思えなかった。

で、映画の方であるが、
映画『さよなら渓谷』のキャッチコピーを見て驚いた。
「ごく普通に見える夫婦。だがふたりは残酷な事件の被害者と加害者だった―。」
とネタバレしてあったのだ。


このネタバレに関しては、
大森立嗣監督は次のように述べている。

そりゃ本当は作り手としてネタバレはイヤですよ。でも、映画の情報に積極的に触れていない観客にとっては『さよなら渓谷』と言われても何の映画かわからない。何の映画がわからないとお客さんは観に来ないんですよ。ネタバレはイヤだけど、お客さんが入らないのはもっとイヤですからね。

なるほど、確かに『さよなら渓谷』のタイトルだけでは弱すぎる。
インパクトがなさすぎる。
宣伝方法としては、ネタバレもやむなしといったところだったのだろう。
公式HPでも、ストーリーを次のように記載している。

尾崎俊介(大西信満)と妻のかなこ(真木よう子)は、都会から離れた緑豊かな渓谷で暮らしていた。
そんな長閑な町で起こった幼児殺害事件は、
その実母が実行犯として逮捕されるというショッキングな結末で収束に向かっていた。
しかし、事件は一つの通報により新たな展開を見せる。
容疑者である母親と俊介が以前から不倫関係にあり、
共犯者として俊介に嫌疑がかけられたのだ。
そしてこの通報をしたのは、妻のかなこであった。
なぜ、妻は夫に罪を着せたのか。
事件の取材を続けていた週刊誌記者の渡辺(大森南朋)は、
必要以上の生活用品も持たず、まるで何かから隠れるようなふたりの暮らしに疑問を抱く。
そして、衝撃の事実を知る。
15年前に起きた残酷な事件の加害者が俊介であり、かなこが被害者だったのだ。
果たしてこの関係は憎しみか、償いか、それとも愛なのか。


映画を見た感想はというと、
ネタバレうんぬんは、作品的にはあまり影響していなかったように思った。
サスペンス仕立てではあるものの、
被害者と加害者が一緒に生活しているという意外性よりも、
「被害者と加害者がなぜ一緒に生活しているのか?」
の方に主眼が置かれていたからだ。
そして、「なぜ一緒に生活しているのか?」という部分で、
見る者をグイグイと引っ張っていく。
私は、原作(小説)よりも、映画の方がはるかに面白いと思った。

まずは、真木よう子。
映画『そして父になる』のレビューを書いたときにも述べたが、
彼女は、今年(2013年)、すでに4本の映画
『つやのよる ある愛に関わった、女たちの物語』(1月26日公開)
『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』(3月2日公開)
『さよなら渓谷』(6月22日公開)
『そして父になる』(9月28日公開)
に出演しており、
真木よう子の年と言ってもいいほどの活躍である。
なかでも『さよなら渓谷』は、
単独主演作ということもあって、彼女の代表作になると思われる作品であった。


「体当たりの演技」「熱演」などという言葉では表現しきれないほど、
この作品のなかの真木よう子は、素晴らしかったし、異彩を放っていた。


演技をしていたというより、
かなこという女そのものになりきっていたような気がした。
憑依していたとでも言おうか……
彼女にとって、
撮影していた時間は、
その作品のなかで生活していた時間であったのではないか……
それほどの臨場感を見る者に感じさせてくれた。


大西信満。
『赤目四十八瀧心中未遂』(2003年)以外は、
『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2008年)
『キャタピラー』(2010年)
『海燕ホテル・ブルー』(2012年)
『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(2012年)
『千年の愉楽』(2013年)
など、若松孝二監督作品にばかり出演している印象があった男優である。
2012年10月17日に若松孝二監督が亡くなって、
これからどんな作品に出るのだろうと思っていたが、
『さよなら渓谷』という良作で、重要な役を得て、
これまでと変わらぬ鮮烈な印象を残す演技をしていて、嬉しかった。
女優を引き立てるのがうまい男優だと思った。


大森南朋。
もうご存知だと思うが、
本作の監督・大森立嗣の実の弟である。
兄の監督作品には3度目の出演。
尾崎俊介(大西信満)と妻のかなこ(真木よう子)の秘密を探る週刊誌記者役なのだが、
これが陰の主役と言っていいほど重要な役で、
本作での存在感は抜群であった。


スポーツ選手として挫折経験があり、
妻(鶴田真由)との関係もうまくいっていないという複雑な思いを抱えた男の役であったが、
中年男の悲哀のようなものが実に巧く表現されていたと思う。
ことに、弛(たる)みきった裸体をさらす場面は秀逸。
この場面は、監督が兄という信頼関係により生まれた名シーンだと思うが、
このワンシーンで、演じている男の過去も現在も見る者に理解せしめたように感じた。


鈴木杏。
ここ数年の出演作では、
やはり『軽蔑』(2011年)が印象に残っている。
結果的に傑作とは呼べない作品だったので、このブログにレビューを書いていないが、
ヌードも厭わぬ「体当たりの演技」は、私に鮮烈な印象を残した。
『軽蔑』では、やや気負いすぎて、空回りしていた部分があったが、
本作では、落ち着いた実に好い演技をしていた。
それにしても、
『軽蔑』(2011年)、
『ヘルタースケルター』(2012年)
『さよなら渓谷』(2013年)
と、立て続けて大森南朋と同じ作品に出ている印象がある。
ことに、『ヘルタースケルター』では、検事と検察庁事務官としてコンビを組み、
今回の『さよなら渓谷』でも大森南朋とコンビを組んでいたので、
なんだか同じ場面をみているような錯覚をおぼえた。


その他、
井浦新、


新井浩文、


鶴田真由などが素晴らしい演技で作品を引き締めていた。


エンディングに流れるのは、「幸先坂」。
作詞・作曲、椎名林檎。
歌、真木よう子。
不幸な物語ではあるが、ラストに希望も見える作品なので、
『さよなら渓谷』という作品にぴったりの曲であった。

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