一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『アンダーカレント』 …真木よう子の新たな代表作を生んだ今泉監督の傑作…

2023年10月09日 | 映画


本作『アンダーカレント』を見たいと思った理由は二つ。

➀今泉力哉監督作品であるから。


➁真木よう子の主演作であるから。




今泉力哉監督作品とは、
『愛がなんだ』(2019年)
で、出合い、以降、
『アイネクライネナハトムジーク』(2019年)
『mellow』(2020年)
『街の上で』(2021年)
『あの頃。』(2021年)
『かそけきサンカヨウ』(2021年)
『愛なのに』(2022年)脚本を担当(城定秀夫と共同脚本)、監督・城定秀夫
『猫は逃げた』(2022年)
『窓辺にて』(2022年)
『ちひろさん』(2023年)

などを鑑賞し、レビューを書いてきた。
今泉力哉監督作品は、
前衛的だとか、これまで見たことない映像世界というのではなく、
ありがちな題材で、ゆるめのテンポでストーリーが展開するのだが、
凡庸な映画にならずに、最後まで興味を持って鑑賞させられてしまう。
特に昨年(2022年)は、
城定秀夫と今泉力哉が、互いに脚本を提供しあった、
R15+指定のラブストーリー映画を製作するコラボレーション企画「L/R15」の2作、
『愛なのに』(監督・城定秀夫、脚本・今泉力哉)
『猫は逃げた』(監督・今泉力哉、脚本・城定秀夫)
と、
中村ゆり、玉城ティナが魅力的だった『窓辺にて』が良かったし、
今年(2023年)も『ちひろさん』で大いに楽しませてもらった。
そんな今泉力哉監督の新作『アンダーカレント』は見逃がせないと思った。



真木よう子は好きな女優で、
『パッチギ!』(2005年)
で出逢って以来、
『ベロニカは死ぬことにした』(2006年)主演
『ゆれる』(2006年)
『モテキ』(2011年)
『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』(2013年)
『さよなら渓谷』(2013年)主演
『そして父になる』(2013年)
『風に立つライオン』(2015年)
『脳内ポイズンベリー』(2015年)主演
『海よりもまだ深く』(2016年)
『ぼくのおじさん』(2016年)
『ミックス。』(2017年)
『孤狼の血』(2018年)
『焼肉ドラゴン』(2018年)主演
『名も無い日』 (2021年)
『コンフィデンスマンJP -英雄編-』(2022年)
『ある男』(2022年)

などを鑑賞し、レビューも書いてきた。(一部書いていない作品もある)
なので、新作にして主演作『アンダーカレント』もぜひ見たいと思っていた。
10月6日公開の映画だったので、
公開初日に佐賀での上映館である「109シネマズ佐賀」で鑑賞したのだった。



亡き父から家業の銭湯を継いだかなえ(真木よう子)は、
共同経営者である夫の悟(永山瑛太)と、
パートで働く木島(中村久美)と、店を切り盛りしていたが、
ある日、突然、悟が失踪してしまう。


理由も行先も全く心当たりがないかなえは途方に暮れるが、
いつまでも休んでいるわけにはいかない。
「都合によりしばらく休業します」
と書いた貼り紙をはがし、銭湯・月乃湯を再開する。


数日後、とりあえずの働き手を頼んでいた銭湯組合の大村からの紹介で、
堀(井浦新)と名乗る男が現れる。


かなえは数多くの資格を取得している堀の履歴書を見て、
「うちじゃなくても……」
と戸惑うが、
堀は意に介さず今日から働きたいと言う。
さらに堀が、「住み込み募集」と聞いていたことから、アパートが見つかるまでという条件で、かなえの家で暮らすことになる。
大学時代の友人・菅野(江口のりこ)と、スーパーで偶然再会するかなえ。
菅野は結婚して子どもを産み、現在育休中だと近況を報告する。


大学が一緒で悟とも面識があった菅野から、
「今度三人で飲もうよ」
と誘われたかなえは、悟の失踪を打ち明ける。
かなえは、失踪したことはもちろんだが、一番つらいのは、
「彼にとって私は本当に気持ちを話せる相手じゃなかったこと」
と、菅野に胸の内を語るのだった。
菅野から「旦那の知り合い」と紹介され、山崎という探偵(リリー・フランキー)と会うかなえ。


一旦3か月間の調査期間で2週間に一度、調査報告をもらうことに。
見た目から立ち振る舞いまでがすべてが胡散臭い山崎に、
「悟は“人当たりの良さ”や“優しさ”で本当の自分を隠していたに違いない」
と断言され、かなえは彼の何がわかるのかとムッとする。
だが、山崎から、
「人をわかるってどういうことですか?」
と尋ねられ、言葉に詰まってしまう。
アパートが見つかり、一人暮らしを始めた堀は、仕事にもすっかり慣れ、
月乃湯の常連で煙草屋を営む田島(康すおん)とも親しく接するようになるが、


相変わらず自分のことは語らない。
一方、カラオケボックスで、山崎から第一回の調査報告を受け、呆然とするかなえ。


そこには、悟についてかなえの知らない事実がいくつも書き込まれていた。
ある休日、かなえは堀の運転する車で、廃業する内海湯のバーナーを受け取りに行く。
堀がずっといてくれるなら今のまま薪で沸かしてもいいと話すかなえに、
「ずっとはいませんね」
と淡々と答える堀。
かなえは、
「あちこちで女を泣かせては、面倒になると姿を消しちゃうんでしょ?」
とふっかけるが、
「今日は、どうしたんですか」
とクールに返されてしまう。
ところが、内海湯に着くと、驚くべき事態が待っていた。


店が火事になり店主が自ら火をつけたと睨んでいるらしい。
帰り道、物思いにふけるかなえは、
昔から首を絞められる夢を繰り返し見ると堀に語り始める。
「それが、私が一番望んでいること」
というかなえの不穏な言葉を、堀は黙って聞くのだった。
調査開始から約束の3か月が過ぎ、かなえは山崎から最終報告を受ける。
そんな中、銭湯の常連客である美奈(内田理央)の小学生の娘を巻き込む事件が起き、
かなえと堀、それぞれが心の奥底に沈めていたある過去が浮かび上がってくる……




鑑賞後、
〈真木よう子の新たな代表作が誕生した!〉
と思った。
これまでの真木よう子の代表作は、やはり、

第5回TAMA映画賞 最優秀女優賞(『さよなら渓谷』)
第38回報知映画賞 主演女優賞(『さよなら渓谷』)
第37回山路ふみ子映画賞 女優賞(『さよなら渓谷』)
第35回ヨコハマ映画祭 主演女優賞(『さよなら渓谷』)
第26回日刊スポーツ映画大賞 主演女優賞(『さよなら渓谷』)
第87回キネマ旬報ベスト・テン 主演女優賞(『さよなら渓谷』『そして父になる』『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』)
第37回日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞(『さよなら渓谷』)、最優秀助演女優賞(『そして父になる』)
第23回東京スポーツ映画大賞 主演女優賞(『さよなら渓谷』)
第18回日本インターネット映画大賞 主演女優賞(『さよなら渓谷』)


等を受賞した『さよなら渓谷』であったろう。
私も『さよなら渓谷』のレビューで、

『さよなら渓谷』は、
単独主演作ということもあって、彼女の代表作になると思われる作品であった。



「体当たりの演技」「熱演」などという言葉では表現しきれないほど、
この作品のなかの真木よう子は、素晴らしかったし、異彩を放っていた。



演技をしていたというより、
かなこという女そのものになりきっていたような気がした。
憑依していたとでも言おうか……
彼女にとって、
撮影していた時間は、
その作品のなかで生活していた時間であったのではないか……
それほどの臨場感を見る者に感じさせてくれた。



と書いた。
その後、
『脳内ポイズンベリー』(2015年)
『焼肉ドラゴン』(2018年)
という主演作はあったが、
代表作と呼べる作品ではなかった。
「やっと」と言うか、10年ぶりに、代表作と言い切れる新たな作品が誕生した。
それが今泉力哉監督の傑作『アンダーカレント』だ。



では、何が良かったのか?

まず、原作が素晴らしい。
原作は、2010年に漫画界のカンヌと呼ばれるフランス・アングレーム国際漫画祭のオフィシャルセレクションに選出され、同年にパリで開催されたJapan Expoで第3回ACBDアジア賞を受賞した、豊田徹也の長編コミック「アンダーカレント」。


日本国内では、2014年に「このマンガがすごい!」感動部門1位に輝き、
フランスでも、2020年に発表された「2000年以降絶対に読むべき漫画100選」において、名だたる名作が並ぶ中、堂々の3位を獲得している。



この傑作漫画を脚色した澤井香織と今泉力哉監督の脚本が秀逸で、
143分という高齢者にとってはちょっと心配な上映時間であるにもかかわらず、
中だるみがなく、ある種の緊張感をもって全編を鑑賞することができる。
澤井香織は、これまで、

今泉力哉監督監督作品『愛がなんだ』(2019年)
大友啓史監督作品『影裏』(2020年)
今泉力哉監督監督作品『かそけきサンカヨウ』(2021年)
城定秀夫監督作品『恋のいばら』(2023年)
今泉力哉監督監督作品『ちひろさん』(2023年)


などの脚本を手掛けており、その手腕は実証済み。
今泉力哉監督との共同脚本で、
『愛がなんだ』『かそけきサンカヨウ』『ちひろさん』などの傑作を連発しており、
その一群に本作『アンダーカレント』も加わったと言える。



優れた脚本も、映像化するにあたって俳優たちの力量が劣っていれば駄目になるが、
映画『アンダーカレント』に出演している俳優たちはその優れた脚本を血肉化し、
そこにあるものとして見る者に提示する。
まずは、主演の真木よう子。


決して器用な女優ではないし、演技もそれほど上手いとは思わないのだが、
ちゃんと役を理解し、その人物になりきる力においては他の追随を許さない。
俳優も、有名になり、キャラクターが出来上がってしまうと、
そのイメージを壊さないように演じるようになるし、
イメージを壊さないように若さを保とうとする。
だが、若く見えても若いわけではないので、当然そこに違和感が生まれし、
見る者に不自然さを感じさせてしまう。
例えば吉永小百合は、(それは高倉健でも木村拓哉でも構わないが)
ある時期から、役を演じているように見えて、吉永小百合自身を演じるようになった。
どの映画を見ても、吉永小百合にしか見えないし、高倉健にしか見えないし、木村拓哉にしか見えないようになってしまう。
それはファンにとっては良いことかもしれないが、
俳優にとっては不幸なことのように感じる。
そういう意味で、真木よう子は、ちゃんと役を演じているし、
本作『アンダーカレント』でもかなえという女性にしか見えない。
それは女優にとってとても幸福なことだ。



同じようなことが、井浦新にも言えるかもしれない。


先日、このブログのレビューで絶賛した森達也監督監督作品『福田村事件』(2023年9月1日公開)にも出演していたが(何気に“傑作”といわれる映画にいつも出演しているというイメージがある)、あまり“個”を出さずに、自身のキャラクターを確立せずに、いつでも、どんな役にでも、すぐになり切れる柔軟さを持っている。
本作でも、堀という謎めいた男を違和感なく演じている(堀という男にしか見えない)し、
それが本作の質を高め、傑作へと押し上げている。



永山瑛太という俳優は、井浦新と異なり、メジャー感が強いが、


(井浦新も出演していた)森達也監督の問題作にして傑作『福田村事件』にも出演するなど、
俳優としての意識が高く、自らのイメージを壊しながら突き進んでいるように感じる。
本作『アンダーカレント』では失踪したかなえ(真木よう子)の夫という役で、
真木よう子や井浦新に比べれば出演シーンは少ないが、
繊細な演技で強烈な印象を残す。
特に、ラスト近くにかなえと対峙する海辺のシーン(かなりの長回し)は秀逸で、
永山瑛太の俳優としての力量を感じさせられた。(それは真木よう子も同じ)
『友罪』(2018年)のレビューでも生田斗真との演技の差を論じたが、(コチラを参照)
永山瑛太(の演技)はこれからも進化を続けていくことだろう。



失踪したかなえの夫・悟を探すことになる探偵・山崎道夫を演じたリリー・フランキー。


カラオケボックスや遊園地でかなえと待ち合わせ、調査報告をする変わった探偵の役で、


常識外れの男のように見えながら、実は……という面白いキャラクターの人物を、
リリー・フランキーは力を抜いた飄々とした演技で魅せる。
彼が本作で果たした役割は限りなく大きい。



かなえと悟の大学の同級生で、
かなえに探偵・山崎を紹介する菅野よう子を演じた江口のりこ。


江口のりこも大好きな女優なので、彼女がキャスティングされていたのも嬉しかった。
リリー・フランキーと同様、彼女の飄々とした演技が実に楽しかった。



煙草屋の店主で、月乃湯の常連・田島三郎を演じた康すおん。
40歳で映画デビューした遅咲きの俳優だが、
このブログでレビューを書いてきた傑作映画にいつも出ている印象があり、これまで、
『きみの友だち』(2008年)
『マイ・バック・ページ』(2011年)
『もらとりあむタマ子』(2013年)
『私の男』(2014年)
『味園ユニバース』(2015年)
『永い言い訳』(2016年)
『ハード・コア』(2018年)
『ソワレ』(2020年)
『ヤクザと家族 The Family』(2021年)
『すばらしき世界』(2021年)
『さがす』(2022年)

などで彼の演技を楽しませてもらった。
本作『アンダーカレント』では、(特に後半)重要な役割を果たしており、
彼も本作を傑作に押し上げた一人である。



月乃湯を手伝う気の良いおばちゃん・木島敏江を演じた中村久美。
映画『猫は逃げた』のレビューを書いたときにも記したが、
あの中村久美が……という思いは、確かにある。


しかし、齢を重ねて味のある女優になってきたとも思う。
この年代を演じられる女優は少ないので、
これからスクリーンで逢える機会も多くなりそう気がする。



出演したすべての俳優が違和感なく物語に溶け込んでいたし、
役としての関係性もぎくしゃくしたところがなく、
それぞれの俳優たちがリラックスして演じているように感じた。
それには訳があって、
今泉力哉監督と真木よう子が顔合わせをした際、
監督は、真木よう子と関係性のある人と作った方が上手くいくと考え、
真木よう子にキャストの相談をしたとのこと。
実際、そこで名前の出た、
井浦新、リリー・フランキー、江口のりこ、永山瑛太らがキャスティングされたのだ。

私にとっては家族に近いぐらいの人たちが集まってくれた撮影でした。私生活の歴史もあるけど、みんなプロなので、普通の友だちとも違うわけですよ。もう「君にだったら別に食われてもいいよ」ぐらいに思っていて、実際私、リリーさんには、そう言いました。だから安心して撮影に臨めました。みんさんにすごく感謝しています。(パンフレットのインタビューより)

と真木よう子は語っていたが、
特にラスト近くで失踪した夫を演じた永山瑛太とのシーンは、
そういう以前からの関係性(TVドラマ「最高の離婚」で共演)を持っていたからこその、名シーンだったのである。



音楽を担当したのは細野晴臣。


本作『アンダーカレント』は、
水面下の心の動きを追う静けさ、そして激しさを感じさせる映画なので、
心理的な響きを映像に添えることを考え、色々な音の断片を作り、
今泉監督に自由に編集してもらったとか。
Undercurrentといえばビル・エヴァンスのアルバムが有名だが、


その影響を敢えて避けることに最後まで悩んだという。
(映画のポスターの一枚は、このアルバムのジャケットからヒントを得たのかな?)
物語に寄り添い、物語を彩る細野晴臣の音楽は、いつまでも耳朶に残る。



アンダーカレントとは、「水流、底流、暗流」のことで、
発言の根底にある抑えられた感情のようなものを意味するが、
このアンダーカレントは誰しも持っているものであろう。
堀(井浦新)は、ある意図を持ってかなえ(真木よう子)に近づくのであるが、
かなえには過去につながるアンダーカレントがあることを知り、
かなえから離れて行こうとするが、
堀の心の奥底にもアンダーカレントがあり、
それを月乃湯の常連・田島三郎(康すおん)に見透かされたことにより、
また月乃湯に戻る。
そして、ある告白をする。
それは二人の暗流が時を経てあたかもひとつに交わるかのようであった。

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