一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『そこのみにて光輝く』……綾野剛と池脇千鶴の代表作となるであろう傑作……

2014年06月27日 | 映画
映画『海炭市叙景』を、佐賀のシアターシエマで見たのは、
2011年6月7日だったので、もう3年前のことになる。
『海炭市叙景』が公開されたのは2010年12月18日なので、
約半年遅れで見たことになるが、
地味な作品ながら、強く印象に残っている。
監督は、北海道出身の熊切和嘉。
そう、後に、
満島ひかり主演の『夏の終り』(2013年)や、
二階堂ふみの熱演で話題になっている『私の男』(2014年)を生み出すことになる、
優れた監督である。(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
原作は、佐藤泰志。
当時はあまり知られていない作家名だったので、
少なからず話題になった。

1949年4月、北海道函館市生まれ。
函館西高在学中、有島青少年文芸賞を2年連続受賞。
國學院大学入学のため上京。
上京後いくつもの職に就きながら小説を書き続ける。
1977年に発表した「移動動物園」が新潮新人賞候補作となり、文壇デビュー。
その後、閉塞した日常の中で生きる人々を描いた青春小説や群像物語が評価され、
芥川賞候補に5回、三島由紀夫賞候補に1回名前が挙がるが、いずれも受賞できず、
1990年10月、東京の国分寺市の植木畑でみずから命を絶つ。
享年41歳。
没後、地元の同級生が追想集を発行し、再評価に向けた活動を続け、
2007年10月、初の作品集「佐藤泰志作品集」が出版社クレインから刊行された。


何度も芥川賞候補に挙げられながらも賞には恵まれず、
現代の日本を予期したような作品群を残し、
20数年前に41歳で自ら命を絶った不遇の作家・佐藤泰志。
映画『海炭市叙景』公開以降、
絶版の作品が相次いで文庫になり、
特集本が刊行され、
昨年(2013年)には、佐藤の生涯を描くドキュメンタリー『書くことの重さ~作家佐藤泰志』(稲塚秀孝監督)も公開された。


そして、今年(2014年)4月、
佐藤泰志の最高傑作と言われる小説を原作にした映画『そこのみにて光輝く』が公開された。
公開当時は佐賀県での上映館はなく、
福岡まで見に行こうかなと思っていたのだが、
6月21日から佐賀のシアターシエマで公開されることが決まり、
首を長くして待っていた。
そして、先日、ようやく見ることができた。

監督は、熊切和嘉ではなく、呉美保。

1977年3月14日三重県生まれの在日韓国人三世。
大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業後、
大林宣彦監督の事務所「PSC」に助監督見習いとして入社し、
『告別』や『なごり雪』などでスクリプターとして関わる。
2004年よりPSCを退社しフリーで脚本を書き始めると、
初の長編脚本『ヨモヤマブルース』で、
2005年サンダンス・NHK国際映像作家賞を受賞。
翌2006年に『酒井家のしあわせ』と改題して映像化、
映画監督としてデビューを飾る。
同脚本をもとに執筆した小説『酒井家のしあわせ』により、
小説家としてもデビュー。
2010年には脚本・監督を手がけた2作目の長編映画『オカンの嫁入り』で、
新藤兼人賞金賞を受賞。


佐藤泰志の小説が原作なので、
当然、熊切和嘉が監督と思っていたので、
呉美保監督と聞いて、意外な感じを持った。
アットホームな作風の女性監督が、
果たして、真逆とも言える佐藤泰志の小説世界を表現できるのか……

佐藤達夫(綾野剛)は、
採石会社で山を発破で崩し土砂を採掘することを仕事にしていたが、
事故をきっかけに仕事を辞め、
函館の小さなアパートで酒とパチンコの日々を送っている。


ある日、パチンコ屋で、
使い捨てライターをあげたことがきっかけで、
粗暴だが人懐こい青年・大城拓児(菅田将暉)と知り合う。


拓児に誘われるままについて行くと、
そこは、取り残されたように存在する一軒のバラックだった。
そこで達夫は、拓児の姉・千夏(池脇千鶴)と出逢う。


お互いに惹かれ、二人は距離を縮めていくが、
千夏は家族を支えるため、達夫の想像以上に過酷な日常を生きていた。
昼はイカの加工場、夜はスナックで客をとるという生活を送り、
植木会社の社長とも関係している。
この会社社長は仮釈放中の拓児の保証人でもあり、
「弟がまた刑務所に戻ってもいいのか?」
と脅かされ、千夏はこの腐れ縁を切ることはできない。


そんな千夏に、それでも一途な愛を貫こうとする達夫。


達夫のまっすぐな想いに揺れ動かされる千夏。


そんなとき、ある事件が起こり……


映画を見た感想はと言うと……
上映時間120分、
スクリーンに目が釘づけになり、
一瞬たりとも目が離すことができなかった。
それほどの傑作であった。
貧困、歪んだ性、薄汚れた日常、人生の底辺、
不器用な人間たちの暗い夏……
そこに差し込む一筋の光。
どこまでも絶望的な救いのない場所での、
どこまでも純粋な魂をもつ達夫と千夏の、
泥水に咲いた美しい蓮の花のようなラブ・ストーリーだったのだ。


なによりも、呉美保監督の手腕を褒めたい。
新人監督は三本目が勝負といわれているが、
三本目でこれほどの傑作をものするとは……
いやはや、「呉美保監督、畏るべし」である。

この作品は三本目ですが初めて脚本を自分で書いていないんです。出てくる人は多くないのですが、それぞれに多面的なキャラクターで、その一面ずつを掘り下げていくために話し合いをたくさんしました。脚本家だけでなくプロデューサーも、さらにスタッフも含めて、一人ずつのキャラを深める作業に時間をかけました。構成を考えるよりもたっぷりと。

と、某インタビューで答えているが、
こうした話し合いで生まれた脚本が素晴らしい。
脚本を書いたのは、高田亮。
真木よう子が日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した傑作『さよなら渓谷』や、
今年の3月に公開された映画『銀の匙 Silver Spoon』でも彼の名を見たが、
実に優れた脚本家だと思う。

俳優陣では、まずは主演の綾野剛を褒めたい。
過去に仕事の事故で一人死なせてしまったという心に傷を負った男の役であったが、
寡黙で(原作ではやや饒舌な男であった)、口数が少ないため、
顔の表情や体の動きで表現しなければならない部分が多く、
それだけ難しい役であったのだが、実に上手く演技していた。
これまで見た彼が出演した映画の中では、最も優れたものであったと思う。


綾野剛と同様に、いや、それ以上に感心したのは、
千夏を演じた池脇千鶴。
「体当たりの演技」なんて言葉が陳腐に思えるほどの素晴らしい演技であった。
私の好きな女優で、いつも気にかけてはいるのだが、
『パーマネント野ばら』(2010年)
『必死剣 鳥刺し』(2010年)
『うさぎドロップ』(2011年)
『舟を編む』(2013年)
『凶悪』(2013年)
など、(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
これまで多くの秀作に出演しているものの、
主演のジョゼを演じた『ジョゼと虎と魚たち』(2003年)以外、
代表作と呼べるほどの作品はなかった。
だが、久しぶりにと言うべきか、ついにと言うべきか、
新たな彼女の代表作が誕生した。
それが、本作『そこのみにて光輝く』である。
これからは、
「あの『そこのみにて光輝く』の池脇千鶴」
と形容されることが多くなるような気がする。


千夏の弟・拓児を演じた菅田将暉も良かった。
菅田将暉といえば、
昨年見た映画『共喰い』(2013年)が強く印象に残っているが、
ブログ「一日の王」のレビューで、私は次のように書いている。

史上最年少ライダーとして『仮面ライダーW(ダブル)』でデビュー後、
映画『王様とボク』やTVドラマ『35歳の高校生』などで注目を集めている若手俳優で、
今年(2013年)10月に見た映画『陽だまりの彼女』で、
主人公・奥田浩介(松本潤)の弟を演じていたのが印象に残っている。
『共喰い』での遠馬の役は、オーディションで勝ち得たものだが、
青山真治監督は、あるインタビューで、菅田将暉を選んだ理由について、
「すこしキツイ感じの目が良かった」
と語っている。
この作品を見て、私もやはり彼の目が強く印象に残った。
血筋を恐れながらも、性に飢え、苦悩すう高校生を実に巧く演じていた。


本作『そこのみにて光輝く』の菅田将暉の演技は、
『共喰い』のときよりもさらに進化していた。
どこまでも純粋無垢であるが故に罪を犯してしまうという青年の役であったが、
快活さの中に哀しみを秘めた演技が素晴らしかった。
これからの活躍が本当に楽しみな男優である。


この他、
高橋和也、火野正平、伊佐山ひろ子、田村泰二郎の4人が、
個性あふれる演技で作品を締めていた。




これほど質の高い映画に出逢えることは、それほど多くはない。
この映画に出逢えた幸運に感謝したい。
皆さんも、ぜひ……


佐賀シアター・シエマ 上映中~7月4日迄(延長する場合あり)
長崎セントラル劇場 7月12日より
鹿児島ガーデンズシネマ 8月16日より


この記事についてブログを書く
« 映画『ぼくたちの家族』 ……妻... | トップ | シリーズ「麓から登ろう!」3... »