一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『あの頃。』…松坂桃李や仲野太賀のハロヲタぶりが秀逸な今泉力哉監督作品…

2021年02月24日 | 映画


これまでの人生、オタクとは無縁で過ごしてきたし、
「鑑賞する映画は出演している女優で決める」主義の私としては、
ハロヲタ(モーニング娘。擁するハロー!プロジェクトのオタク)が題材で、
出演者のほとんどは男という、
私にとってはほとんど興味のないハズの映画『あの頃。』を見ようと思った理由はただ一つ、
今泉力哉監督作品だったからである。
ここ2年ほどの間に見た今泉力哉監督作品、
『愛がなんだ』(2019年4月19日公開)、
『アイネクライネナハトムジーク』(2019年9月20日公開)
『mellow』(2020年1月17日公開)
が、良かったからである。
特に、『愛がなんだ』は、
第6回 「一日の王」映画賞・日本映画(2019年公開作品)ベストテンにおいて、
作品賞で第3位に選出したし、
岸井ゆきを最優秀主演女優賞の候補にノミネートした。(惜しくも受賞は逸す)
前衛的だとか、これまで見たことない映像世界というのではなく、
ありがちな題材で、ゆるめのテンポでストーリーが展開するのだが、
凡庸な映画にならずに、最後まで興味を持って鑑賞させられてしまう。
不思議な才能が感じられる監督なのである。
その今泉力哉監督の新作『あの頃。』は、はたしてどんな作品になっているのか……
ワクワクしながら映画館へ向かったのだった。



大学院受験に失敗し、
バイトに明け暮れ、好きで始めたはずのバンド活動もままならず、
楽しいことなどなにひとつなく、うだつの上がらない日々を送っていた劔(松坂桃李)。


そんな様子を心配した友人・佐伯(木口健太)から
「これ見て元気出しや」
とDVDを渡される。
何気なく再生すると、そこに映し出されたのは「♡桃色片想い♡」を歌って踊るアイドル・松浦亜弥の姿だった。


思わず画面に釘付けになり、テレビのボリュームを上げる劔。
弾けるような笑顔、くるくると変わる表情や可愛らしいダンス。
圧倒的なアイドルとしての輝きに、自然と涙が溢れてくる。
すぐさま家を飛び出し向かったCDショップで、
ハロー!プロジェクトに彩られたコーナーを劔が物色していると、
店員のナカウチ(芹澤興人)が声を掛けてきた。


ナカウチに手渡されたイベント告知のチラシが、劔の人生を大きく変えていく。
ライブホール「白鯨」で行われているイベントに参加した劔。
そこでハロプロの魅力やそれぞれの推しメンを語っていたのは、
プライドが高くてひねくれ者のコズミン(仲野太賀)、


石川梨華推しでリーダー格のロビ(山中崇)、


痛車や自分でヲタグッズを制作する西野(若葉竜也)、


ハロプロ全般を推しているイトウ(コカドケンタロウ)、


そして、CDショップ店員で劔に声を掛けてくれたナカウチら、


個性豊かな「ハロプロあべの支部」の面々たち。
劔がイベントチラシのお礼をナカウチに伝えていると、
「お兄さん、あやや推しちゃう?」
とロビが声を掛けてくる。
その場の流れでイベントの打ち上げに参加することになった劔は、
ハロプロを愛してやまない彼らとの親睦を深め、仲間に加わることに……


夜な夜なイトウの部屋に集まっては、
ライブDVDを鑑賞したり、
自分たちの推しについて語り合ったり、


ハロプロの啓蒙活動という名目で大学の学園祭に参加するなど、
ハロプロに全てを捧げていく。


西野の知り合いで、藤本美貴推しのアール(大下ヒロト)も加わり、
劔たちはノリで“恋愛研究会。”というバンドを組む。
「白鯨」でのトークイベントで、
全員お揃いのキャップとT シャツ姿でモーニング娘。の「恋ING」を大熱唱。


彼らは遅れてきた青春の日々を謳歌していた。
ハロプロ愛に溢れたメンバーとのくだらなくも愛おしい時間がずっと続くと思っていたが、
それぞれの人生の中で少しずつハロプロとおなじくらい大切なものを見つけていく。
そして、別々の人生を歩みはじめ、次第に離ればなれになってしまう……




うだつの上がらない日々を送っていた劔(松坂桃李)が、
友人から手渡された松浦亜弥のDVD「♡桃色片想い♡」を観て涙を流し、
すぐさま家を飛び出しCDショップへ向けて自転車で疾走する。
この冒頭シーンからの展開は見事で、
アイドルにハマり、イベントに参加し、仲間が出来、バンドを組み、
ハロプロ愛に溢れたメンバーとのくだらなくも愛おしい時間を過ごす大阪での前半は素晴らしかった。


登場人物のそれぞれの個性が際立っており、
オタクの世界を知らない前期高齢者の私も、笑わされたし、大いに楽しませてもらった。
〈もしかしたら傑作かも……〉
とさえ思った。
だが、劔が上京した頃から、やや失速し、
終盤は、あることがきっかけで、かつての仲間たちが再会を果たす友情譚になる。
タイトルが『あの頃。』なので、
「あの頃」を懐かしく思い出すということなのであろうが、
「あの頃」の楽しかった大阪時代のみに焦点を絞り、
前半の疾走感を後半まで持続できていたら、大傑作になっていただろうと、
それだけが残念でならなかった。
劔樹人の自伝的コミックエッセイ「あの頃。男子かしまし物語」という原作があるので、
ストーリー的な変更は難しかったと思われるが、
脚本を担当した冨永昌敬(私が高く評価している『パンドラの匣』や『素敵なダイナマイトスキャンダル』の監督)の力量ならば、
もうすこし上手く脚色できたのではないか……と、それだけが惜しまれる。
それでも、映画を見て後悔したということはなく、
見る人によっては(『あの頃。』の時代を共有した人など)、傑作になりえているのかもしれないと思った。



主演の松坂桃李のハロヲタぶりも良かったが、


特筆すべきは、コズミンを演じた仲野太賀。


プライドが高くてひねくれ者という役柄であったが、
福田雄一監督作品ではないかと思えるほどのハジけぶりで、
〈こういう役をやらせたら本当に上手いな~〉
と思ったことであった。


西川美和監督作品『すばらしき世界』での津乃田役の仲野太賀を褒めたばかりだが、
本作『あの頃。』でのコズミン役での彼も素晴らしく、この2作で、
第8回「一日の王」映画賞(2021年公開作品が対象)の、
最優秀助演男優賞の最有力候補に浮上したと言えるだろう。



主人公の劔がハマることになる松浦亜弥は、
1986年6月25日生まれなので、現在34歳。(2021年2月現在)
w-inds.の橘慶太と結婚し、今は3児の母となっているようだが、
私の娘たちとほぼ同世代で、彼女の現役歌手時代は、私の娘たちとよくTVで観ていた。
今のアイドルはグループが主体になっているので、
単独のアイドルらしいアイドルとしては、最後のアイドルであったのかもしれない。
TVではぶりっ子的な言動が目立ったが、
今、YouTubeで松浦亜弥のライブ映像を観ると、
歌もダンスも上手く、MCもオトコマエで格好良く、惚れ惚れする。



この松浦亜弥の役で、
ハロー!プロジェクトのアイドルグループ「BEYOOOOONDS」の山崎夢羽が出演しているが、




衣裳、メイク、話し方など、「あやや」に成りきっており、オーラさえ感じられ、
出演シーンは短いものの、その可愛さに魅入らされた。



この映画には私の好きな西田尚美も出演していて驚かされた。
劔(松坂桃李)がネットでコンサートのチケットを買うことになる相手、
馬場さんとして登場するのだが、
学校の先生をしながらハロプロを応援しているという役柄で、
ストレスの溜まる先生という職業をしている自分の人生において、
ハロプロのコンサートに行くことがいかに大切なことであるか、
切々と語るシーンは素晴らしかった。



劔(松坂桃李)が思いを寄せる女子大生・靖子を演じていた中田青渚。
劔がハロプロを通して出会った仲間たちと結成したバンド「恋愛研究会。」のイベントに、
友人とともに訪れるシーンや、


イベントを笑顔で楽しそうに観覧する姿に、何か光るものを感じた。


今泉力哉監督の次作『街の上で』(2021年4月9日公開予定)にも、


若葉竜也や芹澤興人と共に出演しているようなので、
もし佐賀でも上映されるようであれば、(今のところシアターシエマで遅れての公開予定)
彼女を目当てに見に行きたいと思っている。



出演者は男ばかりの映画であったが、
出演シーンの短い女優の方ばかりを論じているのは、いかにも私らしいが、(笑)
どんな映画にも楽しみは詰まっていて、
それを見つけるのは鑑賞者次第なのだと思う。
映画に限らず、
どんなことにも楽しみを見つけことのできる才能と、
楽しみを何倍にもできる知識や、その為の努力も必要だ。



本作『あの頃。』を見て、思ったのは、
何か熱中できるものを持った人は幸せだということだ。
そして、その幸福感を共有できる仲間を持った人は、もっと幸せだということ。
熱狂の時代を過ぎても、
その時代……「あの頃」を思い出し、また幸福感に浸ることができる。
誰が何と言おうと、唯一無二の絶対的な熱狂の時代を持った人は、
どんな環境に置かれても、どんな災難に見舞われても、生きていくことができる。
新型コロナウィルスの感染拡大で、
様々なイベントが中止になり、人との触れ合いが極端に制限されている今だからこそ、
「あの頃」の記憶は大切だし、かけがえのないものになっているのだと思う。
西川美和監督作品『すばらしき世界』を見たときにも感じたことだが、
コロナ禍の今、
“すばらしき世界”は、なんの変哲もない日常にこそ潜んでいたのだということを、
本作『あの頃。』を見て、あらためて感じたことであった。

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