一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『ヴィレッジ』 ……横浜流星と黒木華の演技が秀逸な藤井道人監督作品……

2023年05月02日 | 映画


本作『ヴィレッジ』(2023年4月21日公開)を見たいと思った理由は三つ。
①藤井道人監督作品である。


➁河村光庸プロデューサーの最後のプロデュース作品である。


③黒木華が出演している。




藤井道人監督作品は、
『デイアンドナイト』(2019年)
『新聞記者』(2019年)
『宇宙でいちばんあかるい屋根』(2020年)
『ヤクザと家族 The Family』(2021年)
『余命10年』(2022年)

と見続けてきて、
素晴らしい監督であることを認知しているので、
新作は絶対に見たいと思った。



2022年6月に他界した河村光庸プロデューサーは、
これまで私がこのブログでレビューを書いてきた優れた映画群、
『二重生活』(2016年)エグゼクティブプロデューサー
『あゝ、荒野 前編』(2017年)企画/製作
『あゝ、荒野 後編』(2017年)企画/製作
『愛しのアイリーン』(2018年)企画/製作/エグゼクティブプロデューサー
『新聞記者』(2019年)原案/企画/製作/エグゼクティブプロデューサー
『宮本から君へ』(2019年)エグゼクティブプロデューサー
『MOTHER マザー』(2020年)プロデューサー
『ヤクザと家族 The Family』(2021年)企画/製作/エグゼクティブプロデューサー
『茜色に焼かれる』(2021年)ゼネラルプロデューサー
『空白』(2021年)企画/製作/エグゼクティブプロデューサー

などを手掛けており、
「河村光庸がプロデュースした作品ならば間違いはない!」
という確信があった。
最後のプロデュース作品となった本作『ヴィレッジ』も見届けたいと思った。



黒木華は私の好きな女優で、
主演映画である、
『シャニダールの花』(2013年)
『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016年)
『日日是好日』(2018年)
『ビブリア古書堂の事件手帖』(2018年)
『先生、私の隣に座っていただけませんか?』(2021年)

などはもちろん、
主演ではなくても、
『草原の椅子』(2013年)
『舟を編む』(2013年)
『小さいおうち』(2014年)
『繕い裁つ人』(2015年)
『幕が上がる』(2015年)
『ソロモンの偽証』(前篇・事件、後篇・裁判)(2015年)
『永い言い訳』(2016年)
『散り椿』(2018年)
『来る』(2018年
『甘いお酒でうがい』(2020年)
『浅田家!』(2020年)
『星の子』(2020年)
『ノイズ』(2022年)
『余命10年』(2022年)
『映画 イチケイのカラス』(2023年)

などの傑作、秀作、佳作で、存在感を示しており、
私も鑑賞後には必ずレビューを書き、黒木華の魅力を伝えてきた。
こうして列記してみると、
休みなく映画に出演していることが判るし、
その間にもTVドラマの主演作、
「重版出来!」(2016年4月12日~6月14日、TBS)
「みをつくし料理帖」(2017年5月13日~7月8日、NHK総合)
「凪のお暇」(2019年7月19日~9月20日、TBS)

や、話題作の、
「イチケイのカラス」(2021年4月5日~6月14日、フジテレビ)
「ブラッシュアップライフ」(2023年1月8日~3月12日、日本テレビ)

などでも我々を楽しませてくれている。
そんな黒木華の出演する新作映画『ヴィレッジ』は、見逃せないと思った。



以上の理由で、弥が上にも期待は高まり、
公開直後に映画館(109シネマズ佐賀)に駆け付けたのだった。



美しい集落・霞門村(かもんむら)に暮らす片山優(横浜流星)は、


村の伝統として受け継がれてきた神秘的な薪能に魅せられ、
能教室に通うほどになっていた。


しかし、村にゴミの最終処分場が建設されることになり、
その建設をめぐるある事件によって、優の人生は大きく狂っていく。
母親の君枝(西田尚美)が抱えた借金の返済のため処理施設で働くことになった優は、
仲間内からいじめの標的となり、孤独に耐えながら希望のない毎日を送る。


そんな片山の日常が、
幼なじみの美咲(黒木華)が東京から戻ったことをきっかけに大きく動き出す……




私自身は、面白く見たのだが、
賛否ありそうな映画だったので、
世間がどのように評価するのか、しばらく観察していた。
「映画.com」のユーザーレビューで、(5点満点の)3.4点。
「Yahoo! 映画」のユーザーレビューで、(5点満点の)3.6点。
前回レビューを書いた『ちひろさん』と同程度のまずまずの評点だったのだが、
批判めいた意見、感想が意外にも多く、少し驚いた。

「突っ込みどころ満載の物語」
「リアリティの欠如」
「予定調和」
「こんな村早く出たらいいのに」
「救いがない」
「喫煙シーンが多すぎる」

「喫煙シーンが多すぎる」には賛成だが、(笑)
他の意見には、同調できないものがあった。

藤井道人監督は脚本も書くが、
このところ、
『新聞記者』(2019年)
『宇宙でいちばんあかるい屋根』(2020年)
『ヤクザと家族 The Family』(2021年)
『余命10年』(2022年)

と、原作、原案ありきの脚本を書いていた。
だが、本作『ヴィレッジ』は久しぶりのオリジナル脚本で、
『デイアンドナイト』(2019年)で描いたような世界が展開する。
登場人物にはそれぞれの立場があり、
属するコミュニティーを守るため、あるいは愛する人を守るため、
一線を越えてまで、自らの信念というか怨念を貫く。
そこには、単純に常識や法律といったものさしでは測れない世界が広がっている。
『ヴィレッジ』というタイトルから連想されるように、
横溝正史の「獄門島」「八つ墓村」「犬神家の一族」などの土俗的で閉鎖された村社会を描いた一群の作品を思い出させたし、
私が好む、
ウィリアム・ゴールディング「蠅の王」、
大江健三郎「芽むしり仔撃ち」「万延元年のフットボール」、
イエールジ・コジンスキー「異端の鳥」のような、
暗黒郷、地獄郷とも言うべき反ユートピアに連なる作品にも思えた。
藤井道人監督は自らのディストピアを築くために、
登場人物を類型化し、「いかにも」なキャラクターを配置する。
それが批判の的にもなっているのだが、私は面白いと思った。



片山優を演じた横浜流星。


最終処分場に纏わるとある事件がきっかけで、
霞門村にあるゴミ最終処分場で働いている青年なのだが、
虐げられているにもかかわらず、村から逃げ出すこともせず、
黙々と働いている。
だが、幼なじみの中井美咲(黒木華)が帰郷したことで、
優は村の象徴として祀り上げられていく。

序盤の、髭を生やし鬱屈した表情の優、


中盤の、髭を剃り爽やかな青年となった優、


終盤の、破滅に向かって転落していく優……


というように、
その時々を驚くほどの変貌ぶりで魅せる。
『流浪の月』(2022年)での(良い意味での)期待を裏切る熱演もそうであったが、
横浜流星にとっては、端正なルックスや、爽やかな好青年というイメージが、
むしろコンプレックスになっているかのような印象を受ける。
このように、日々、進化している横浜流星であるが、
2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』で、
主人公の蔦屋重三郎を演じることが決定。(大河ドラマ初出演にして初主演)
今後も、一段とスケールアップした横浜流星が見られることだろう。



中井美咲を演じた黒木華。


東京で働いていたが、あることが理由で帰郷し、
若い女性がほとんどいない村でマドンナ的な存在となっていく。


優の幼なじみで、
優を励まし、優を明るく爽やかな青年に変貌させていくが、
優を虐げていた大橋透(一ノ瀬ワタル)が、美咲に横恋慕したことによって、
物語は急展開する。


この美咲を、昭和的な古風な雰囲気をもつ黒木華が演じることで、
美咲は、違和感なく村に存在し、馴染み、溶け込んでいた。
ある意味、物語(悲劇)の起爆剤となる役であったが、
黒木華なればこその演技で、それと感じさせない。
ディストピアにいる黒木華こそが本当の黒木華なのだと私に思わせた。



大橋透を演じた一ノ瀬ワタル。


霞門村の村長・大橋修作(古田新太)の息子で、
優が働くゴミ最終処分場の作業員。

以前、『宮本から君へ』(2019年)のレビューを書いたとき、
私は、一ノ瀬ワタルについて、次のように記している。

真淵の息子・拓馬を演じた一ノ瀬ワタル。


拓馬役にはオーディションで抜てきされ、
真利子監督とは、
「体重を110キロに増やす」
という約束をしたという一ノ瀬は、
2カ月で33キロも増量したそうだ。



【一ノ瀬ワタル】
1985年7月30日生まれ、佐賀県出身。
格闘家としての現役時代に出演した『クローズZEROⅡ』(09)で俳優デビュー。
日本人俳優として規格外の体格を活かし、
『HiGH&LOW』シリーズ、『新宿スワン』シリーズなど様々な作品に出演する。
近年の主な出演作品に、
『銀魂2 掟は破るためにこそある』(18)、
『トラさん〜僕が猫になったワケ〜』(19)、
『キングダム』(19)などがある。


佐賀県出身の俳優が、こうして重要な役で出演しているのが嬉しい。
クライマックスシーンで、
宮本(池松壮亮)と壮絶な喧嘩を繰り広げるのだが、
「映像化するのは困難」とされていた“非常階段の決闘シーン”では、
実在するマンションの8階で、スタントマンもCGも使わずに撮影したとか。



周囲の住民の方は皆さん驚いていましたね。もちろん、セーフティーは万全でしたが、ワイヤーで吊るされてのノースタント・アクションは本当に怖かった。階段から落ちる夢を何度も見ましたよ。(笑)

とは、本人の弁。


『宮本から君へ』での、一ノ瀬ワタルと池松壮と壮絶な喧嘩を繰り広げるシーンは、
『ヴィレッジ』での、一ノ瀬ワタルと横浜流星とのシーンを彷彿させ、
同じ河村光庸プロデュース作品なので、感慨深かった。
一ノ瀬ワタルが演じる大橋透は、本当に憎らしいほどの人物なので、
一ノ瀬ワタル本人を批判する人も多くいたが、(笑)
それほど憎まれる役が演じられる一ノ瀬ワタルという俳優は貴重だし、
これからも大いに活躍してほしいと思う。



筧龍太を演じた奥平大兼。


借金返済のため、優と共にゴミ処理施設で働く青年を演じていたが、
独特の存在感で、ベテラン俳優陣に混じっても負けない魅力があった。
2003年9月20日生まれの19歳。(2023年5月現在)
大森立嗣監督作品『MOTHER マザー』(2020年)
川和田恵真監督作品『マイスモールランド』(2022年)

を鑑賞したときにも感じたことだが、
その演技力、存在感は、若手男優では“ピカ一”だと思う。
本作『ヴィレッジ』を含め、
優れた監督にキャスティングされるのは、
将来を嘱望されているからに他ならない。



片山君枝を演じた西田尚美。


私の好きな女優の一人で、
彼女が出演しているのも嬉しかった。


優の母親で、
優と同様、過去のある事件によって村中から蔑まれ、冷たい視線にさらされ続けた結果、
精神を病んで酒とギャンブルに溺れている。
優に対して懺悔の思いを抱えながらも現状を打開することができず、
丸岡(杉本哲太)からの借金を重ねてしまう。
どんな役でもこなせる女優・西田尚美であるが、
このような自分を見失ってしまっている女を演じさせたら実に巧い。
私など、そこはかとなくエロティシズムさえ感じてしまった。(コラコラ)



大橋ふみを演じた木野花。


霞門村で絶大な権力を誇る女性を演じているのだが、
特殊メイクの所為もあろうが、能面のように無表情で、


ちょっと見ただけでは木野花とは判らないし、怖い。(笑)


これまでは、“穏やかな女性”のイメージがあった女優なのだが、
ここ数年、
『愛しのアイリーン』(2018年)
『MOTHER マザー』(2020年)

などでの怪演、凄みのある演技に接し、
これまでのイメージが覆った。
1948年1月8日生まれの75歳。(2023年5月現在)
70代も半ばともなれば、演技が枯れてくるものだが、
逆に、凄みが出てくる女優というのも魅力的だ。
木野花が出演しているだけで、その作品は見る価値ありだと思う。



その他、
透(一ノ瀬ワタル)の父で、霞門村の村長・大橋修作を演じた古田新太。


修作の弟で、霞門村で数少ない薪能の使い手・大橋光吉を演じた中村獅童。


ゴミ最終処分場を利用して不法投棄を繰り返すヤクザ・丸岡勝を演じた杉本哲太などが、


(意図的な)「いかにも」な演技で作品を盛り上げていた。



表面上はにこやかに観光客を呼び込みながら、
裏では違法行為に手を染めている霞門村は、
我々の住む町や村の縮図であり、ひいては日本という社会の縮図でもある。
ニコニコして歓迎しているように見えながら、
裏では非情なほどに閉鎖的な社会が構築されてしまっている日本の社会そのものである。
本作を見て、拒否反応を起こすとすれば、
それは鏡によって己の顔(日本人の顔)を見せられたからなのかもしれない。
……このように書くと、
『新聞記者』によって“社会派”のイメージがある藤井道人監督なので、
本作『ヴィレッジ』も、問題提起を主とする“社会派”映画のように思われるかもしれないが、
それは違う。
むしろエンターテインメント色の強い、「いかにも」な映画なのである。
小難しく考えないで、
気楽に楽しむのが、本作の鑑賞法のように思える。


藤井道人監督作品としては、
もうすぐ公開予定(2023年5月19日公開予定)の『最後まで行く』が控えている。
韓国映画『最後まで行く』(2014年)のリメイクで、
岡田准一が主演を務め、
綾野剛、広末涼子、磯村勇斗、杉本哲太、柄本明らが共演している。
こちらも楽しみだ。

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