一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』 ……清原果耶の初主演作にして傑作……

2020年09月08日 | 映画

私が初めて清原果耶を素晴らしい女優として認知したのは、
映画『3月のライオン』(前編:2017年3月18日、後編:同年4月22日公開)においてであった。
その後編のレビューで、私は次のように記している。

『3月のライオン 後編』を見て、
前編ではそれほど良さに気づかなかったが、
後編を見て、その魅力に気づかされた女優がいる。
川本ひなたを演じた清原果耶である。



どこかで見た女優……と思っていたが、
『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(2016年12月17日公開)という映画で、
ヒロイン・小松菜奈が演じる福寿愛美の中学生時代を演じていたのを思い出した。


(中略)
若手女優では、今、
広瀬すず、石井杏奈、小松菜奈に注目しているが、
その中に清原果耶も加わった感じだ。
私(の個人的見解)としては、『3月のライオン』は、
清原果耶が出演していた作品、
清原果耶と出逢った作品として記憶されるであろう。



その後に観た清原果耶が主演したNHKドラマ『透明なゆりかご』(2018年7月20日~9月21日)があまりにも素晴らしく、
NHKドラマ『透明なゆりかご』 ……清原果耶の演技力と存在感に圧倒される……
と題し、またまた清原果耶を絶賛する記事を書いた。
その一部を紹介する。

主演は、これがドラマ初主演となる清原果耶。


とにかく、この清原果耶の演技が素晴らしかった。


『透明なゆりかご』というドラマには、
看護助手のアルバイト・青田アオイを演ずる清原果耶の他、
「由比産婦人科」の院長・由比役の瀬戸康史、
看護師長・榊役の原田美枝子、
看護師・紗也子役の水川あさみなどが出演していて、
毎回、ゲスト出演する俳優もいるのだが、



若干16歳の清原果耶は、
それらベテラン俳優たちにまったくひけをとらず、
互角に、いや、それ以上に渡り合い、
毎回、感動させられるのだ。



清原果耶の出演作は、どの作品も感動させられるのだが、
特に印象深かったのが、映画『デイアンドナイト』(2019年1月26日公開)であった。
そのレビューで、私は清原果耶を次のように論じている。

大野奈々を演じた清原果耶。


本作『デイアンドナイト』に、もし清原果耶がいなかったら、なんと殺伐とした映画になっていただろう……と思った。
自殺、悪意、復讐、犯罪、暴力など、暗い描写が多い中で、
大野奈々を演じた清原果耶が出てくるシーンだけが、なんだかホッとできたような気がする。



泥水に咲いた蓮の花のような存在であった。
2002年1月30日生まれだから17歳になったばかり。(2019年2月現在)
撮影時は、まだ15歳か16歳であったろう。
その若さで、この演技。



いやはや、凄い女優がいたものだ。


末恐ろしいとさえ感じる。
20代、30代、40代、50代、60代……と、
清原果耶は将来どんな女優になっていくのか?
それを見届けられないのが悔しい。
このように思える女優に出逢えたことは、
ある意味、幸運なことではあるのだけれど……



この『デイアンドナイト』の監督・藤井道人と、
清原果耶が再びタッグを組んだのが、
本日紹介する映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』なのである。
原作は、野中ともその同名小説で、
中学3年生の少女が体験する“星ばあ”と呼ばれる怪しい老婆とのひと夏の交流を描くファンタジー。
主人公の少女を清原果耶、
“星ばあ”を桃井かおりが演じるという。
清原果耶の“映画初主演作”は果たしてどんな作品になっているのか……
ワクワクしながら映画館に駆けつけたのだった。



14歳の少女・つばめ(清原果耶)は、


隣の大学生・亨(伊藤健太郎)に恋心を抱く普通の女の子。


優しく支えてくれる父(吉岡秀隆)と、
明るく包み込んでくれる育ての母(坂井真紀)。


両親と3人で幸せな生活を送っているように見えたが、
父と、血の繋がらない母との間に子どもができることを知り、
幸せそうな両親の姿は、つばめの心をチクチクと刺していたし、
疎外感を感じざるを得なくなっていた。


しかも、学校は、
元カレの笹川(醍醐虎汰朗)との悪い噂でもちきりで、なんだか居心地が悪い。


誰にも話せない様々な思いを抱える彼女にとって、
通っている書道教室の屋上は唯一の憩いの場だった。
ところがある夜、
この唯一の憩いの場に闖入者が……


空を見上げたつばめの目に飛び込んできたのは、星空を舞う老婆の姿。
派手な装いの老婆“星ばあ”(桃井かおり)は、
キックボードを乗り回しながら、
「年くったらなんだってできるようになるんだ―」
とはしゃいでいる。


最初は自由気ままな星ばあが苦手だったのに、
つばめはいつしか悩みを打ち明けるようになっていた……




私は、元々、ファンタジー小説やファンタジー映画が苦手なので、
それだけが心配であったのだが、
本作『宇宙でいちばんあかるい屋根』は最後まで楽しんで見ることができた。
それは、やはり、清原果耶の演技が素晴らしかったからである。
他の若手女優が演じていたならば、
ここまで楽しんで見ることはできなかったかもしれない。
それほどの清原果耶の演技力であった。


前期高齢者の私が、
ここまで本作を好ましく思った第一の要因は、
清原果耶の魅力はもちろんだが、
彼女が演じた14歳の少女・つばめのキャラクターが好ましかったからかもしれない。
今どきのドライな現代っ子としてではなく、
いささか古風な女の子として創出されていたからだ。
控えめで奥ゆかしい性格で、
書道を習ったり、水墨画や糸電話に興味を持ったりする、
古風でアナログな少女であったのだ。


清原果耶自身も、

古風という性質が、アナログに直結するかどうかはわからないですが、わたし、中学生のときに茶道部だったんです。なので、つばめが“和”の文化を大切にしているところにすごく共感しました。ただ、すごいなぁって思ったのが、例えば水墨画に興味を持ったら、自ら行動を起こし、習えるところまで自分を持っていく意志の強さがあること。普通は「やりたいなぁ」で終わるところを、ちゃんと実行まで持っていくところは憧れますね。(「Yahoo!映画」インタビュー)

と語っていたが、
清原果耶も、趣味は散歩、好きな食べ物は和菓子、
最近は盆栽にも興味を持っているとTVのバラエティ番組で語っていたが、
清原果耶の古風さと、彼女が演じたつばめの古風さが相俟って、
中高年世代の我々にも共感できる主人公になっていたと思う。


このつばめという役は、
当然、藤井道人が清原果耶の“映画初主演作”として用意したものだと思っていたのだが、
事情はちょっと違っていたようだ。
藤井道人監督は語る。


清原果耶さんとは『デイアンドナイト』以来2度目、約1年半ぶりにご一緒しましたが、「相変わらずすごい」と感じました。しっかり台本を読み込んで、噓のない表情を出してくれる、本当に素晴らしい女優さんです。

『デイアンドナイト』の奈々役にはオーディションで決まったんですが、審査の時点から「奈々」そのまんまでいらっしゃったので、撮影でも特に演出はつけませんでした。役どころもあって撮影中は孤独でいてもらいたかったので、あまり会話もしなかったと思います。

でも今回は、作品とキャラクターがまるっきり違うので、アプローチを変えました。つばめという女の子の世界を描くにあたり「一番近くで寄り添ってあげられる存在でいよう」と決めて、一つひとつのシーンをディスカッションしながら進めていきました。
(「ほんのひきだし」インタビュー)

昨年(2019年)公開の『新聞記者』で世間に衝撃を与えた藤井道人監督だが、
続いて手がけたのが本作『宇宙でいちばんあかるい屋根』というイメージだが、
実際は、『宇宙でいちばんあかるい屋根』の企画の方が先に決まっていたそうだ。
『宇宙でいちばんあかるい屋根』がクランクインするというときに、
撮影時期が1年延期になり、
その1年の空白が生まれたタイミングでオファーをもらったのが、『新聞記者』だったのだ。
当初、『宇宙でいちばんあかるい屋根』は、近未来を舞台にして、
社会が変化したなかでも失われない人間のあたたかさを表現できたら……
と思っていたそうだが、
それが変化したのは、『新聞記者』を撮ったからだいう。
『新聞記者』で、登場人物それぞれの「人間」に向き合ったことが、
自分自身の人生を見直すきっかけになり、それで、
「善も悪も見方によって変わる」
「人それぞれの生き方・考え方がある」
ということをあらためて強く感じて、
「でも、それを多くの人が忘れてしまってるんじゃないか」
という考えに至ったとのこと。
コロナ禍で、
家族がバラバラに暮らしていて、隣人との関係も薄く、
リアルなつながりにデジタルが侵食してきて、SNSでも、他者の人格を否定するような書き込みがされるようになり、人間の「悪意」の形が変わってきている。

だったら未来の話をする前に、地続きにある「今」の物語として描いて、未来へ届けることをやるべきなんじゃないか。誰もが子どもだった頃、いろんな人の力を借りながら少しずつ大人になっていった経験を、この映画で表現したい。いろんな屋根の下でいろんな人が育って、暮らしていることを描いたとき、2020年という今、観た人にこの物語はどう反射するだろう。そういう思いから、より「自分ごと」にして脚本を書き直すことにしました。だから2005年という、自分がつばめと歳が近かった時代を舞台にしたんです。(「ほんのひきだし」インタビュー)

とは、藤井道人監督の弁。
『新聞記者』と『宇宙でいちばんあかるい屋根』とでは真逆の作品に見えるが、
「人間を描く」という点では根本は同じで、
自分も自分以外の人も肯定して生きていける未来がくるといいな……という思いが、
『新聞記者』を作ったことでより強くなったという。



『宇宙でいちばんあかるい屋根』が素晴らしい作品になっているのは、
主演の清原果耶の演技力、
監督の藤井道人の演出力があったればこそなのだが、
もう一人、老婆“星ばあ”を演じた桃井かおりの存在を忘れてはいけない。


正直、
〈あのプライドの高そうな桃井かおりが、おばあさんの役がやれるのか……〉
と心配していた。
変に若づくりした奇妙なおばあさんが出現するのではないかと危惧していたのだが、
杞憂であった。
藤井道人監督も、

僕にとっても貴重な経験でした。スクリーンの中でしか見たことのないレジェンドにLAから来ていただけるなんて……お会いしたときも「本物だ」と圧倒されましたね。

「監督、ここはこうじゃない?」「一度やってみよう」とやりとりしながら楽しく撮影が進んで、現場にいる皆がその空気に引っ張ってもらったと思っています。その日の撮影が終わるといつもハグして「また明日ね」って別れるんですけど、そのたびに「俺たち、いい映画を作ってるな」という気持ちになりました。まさに“星ばあ”でした。
(「ほんのひきだし」インタビュー)

と語っている通り、
“星ばあ”に成りきっていたし、感動させられた。
“星ばあ”を演じられるのは桃井かおりしかいない……と思わされるほどに。


桃井かおりは、かつて、私のとっての憧れのお姉さんであった。
初めて「いいな」と思ったのは、
スケバンを演じたTVドラマ「それぞれの秋」(1973年9月6日~12月13日、TBS)だった。
平凡なサラリーマン家庭の次男坊で、気の弱い大学生・新島稔(小倉一郎)は、
ある日、悪友の唐木(火野正平)にそそのかされ、電車の中で痴漢行為をしてしまうのだが、
その痴漢した相手というのがスケバン(桃井かおり)だったことから、
このスケバンから奇妙な脅され方をするという、
山田太一脚本の実に面白いドラマだった。


初期の映画では、
『あらかじめ失われた恋人たちよ』(1971年)
『赤い鳥逃げた?』(1973年)
『エロスは甘き香り』(1973年)
などが有名だが、
極私的に特に印象に残っているのが、
『青春の蹉跌』(1974年)だ。


原作は、石川達三の同名小説で、
1966年に佐賀県の天山で起きた、
「妊娠した女子大学生が、交際中の大学生に天山登山に誘い出され、殺される」
という事件をモデルにしており、
本作を監督したのが、これまた佐賀県出身の神代辰巳ということもあって、
忘れがたい作品になっている。




〈あの若かった桃井かおりも、おばあさんの役をするようになったか……〉
という感慨もあるが、
“星ばあ”を見事に演じ切っている彼女を見て、
〈さすが!〉
と感嘆する気持ちが沸き起こった。


人生の大先輩である“星ばあ”の名言の数々も忘れがたい。



この他、
つばめの義母・大石麻子を演じた坂井真紀、


つばめの父親・大石敏雄を演じた吉岡秀隆、


つばめが通う書道教室の先生・牛山武彦を演じた山中崇、


つばめの実の母親・山上ひばりを演じた水野美紀、


つばめの憧れの大学生・浅倉亨を演じた伊藤健太郎などが、
素晴らしい演技で作品を盛り上げていた。


第7回「一日の王」映画賞・日本映画(2020年公開作品)ベストテンにおいて、
最優秀主演女優賞の有力候補として清原果耶が、
最優秀助演女優賞の有力候補として桃井かおりが、
最優秀監督賞の有力候補として藤井道人がミネートされるのはもちろん、
「一日の王」映画賞のみならず、
様々な映画賞の、様々な部門で本作がノミネートされるのは間違いないだろう。
それほどの良質の作品であった。
主題歌「今とあの頃の僕ら 」も清原果耶が歌っているぞ。
ぜひぜひ。


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