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石碑調査(栃木県限定)と拓本等について(瀧澤龍雄)

石碑の調査(栃木県内限定)を拓本を採りながら行っています。所在地などの問い合わせは不可です。投稿は、実名でお願いします。

本日11月5日は宇都宮市郊外の石仏巡りでした。

2011年11月05日 | Weblog

 
 今日は、宇都宮市新里町の鞍掛峠に行きました。目的は、戦後まもなく開通した鞍掛峠の開鑿記念碑を調査するためです。道々、今年査最後のムカゴ摘みも目的の一つとして、のんびり歩くことにして車は釣り池の駐車場に置きました。暑くも寒くもない陽気の中、周囲の山々を眺めながら坂道を登りつつ、目は道路沿いのムカゴを探して…。目的とする碑(いしぶみ)は、峠直下の道沿いに建っていました。しかし、その下部は雑草に覆われていて写真も撮れない。」こんなこともあろうと、選定鋏を持参したので、先ずはそれらの邪魔になる下草刈り。そして一休み後、森閑とした森の中での手写作業。意外と文字数が多く、約一時間の立ち作業でしたが、腰も悲鳴をあげずに無事に終了。本日の目標とするのはこれだけなので、くだりものんびり景色を堪能しながら、ムカゴを摘みながら駐車場まで戻りました。ここで、今度はコーヒーを入れて大休止。
 このまま帰路に着くには早すぎるので、これまでに碑塔を確認しながら立ち寄っていないものを調査しながら帰路に着くことにする。これで今夜は、過日頂いた新米でのムカゴご飯を食べることが出来ると。
 そんな帰路中で見つけたのが、上記に掲載した昭和55年庚申塔。何と言うことだろう。こんな所で昭和庚申塔に出会うとは!。それは、これまでに何度となくその所在を見ていながら単に止まって調査しなかったまで。これでまた、新しい昭和庚申塔に出会うとは!いかに、自分の調査の好い加減さに呆れてしまった。
 さて、そんな帰路途中で今度は共同墓地に立ち寄る。その墓地も、三月の大地震で大きな被害を受けていて、写真に見るこの宝篋印塔にしても軸部から上は転げ落ちている。写真は、私の持ち上げられる範囲の上請花台と塔身を設置して写真に撮ったもの。その軸部には、宇都宮で二基目となる宝篋印陀羅尼経からの梵寺陀羅尼経が三面に渡って刻まれていた。喜び勇んで、早速手拓作業に入ったのは言うまでもない。宇都宮市内の近世宝篋印塔も、まもなく纏め作業に入る直前にこんな嬉しい事はないと、本日の石仏巡りはここで終わりとしてルンルン気分で午後3時で帰宅した。
 来週はまたしても、宇都宮市街地の最終的な碑(いしぶみ)調査に入ろうと思っている。先週に調査した碑の、再確認が必要なものが出てきたから…。