明治の終わり頃、天草島原から、極貧のため何人もの少女たちが海外へ娼婦として売られていった。
山崎朋子の原作「サンダカン八番娼館」を熊井啓監督が映画化したものだ。
女性史、特に社会の底辺で生きた女性の研究のため、栗原小巻演ずる原作者は、天草島原を訪れた。
「からゆきさん」として、海外へ売られていった女性たちから話を聴くためであった。
しかし、年老いた女性たちの口は堅く、取材の日も終わりに近づいてきた。
そんなとき、原作者は一人の
年老いた「からゆきさん」の生き残り、さきさん(田中絹代)に出会う。
見ず知らずの原作者を「よかったら、うちの家へよっていけ」と、自分のあずまやに招き入れるさきさん。
その家は、障子は破れ、畳はぼろぼろで、それでもまるで自分の娘が来たように、嬉しそうに原作者をもてなす・・・。
やがて原作者は、さきさんが、少女の頃、北ボルネオの港町サンダカンへ売られていった「からゆきさん」であることを知る・・・。
原作 山崎朋子「サンダカン八番娼館」
監督 熊井啓
出演 田中絹代 高橋洋子 栗原小巻
私はこんなにも心を揺さぶられた映画にいままで会ったことがない
(元のブログより)
山崎朋子の原作「サンダカン八番娼館」を熊井啓監督が映画化したものだ。
女性史、特に社会の底辺で生きた女性の研究のため、栗原小巻演ずる原作者は、天草島原を訪れた。
「からゆきさん」として、海外へ売られていった女性たちから話を聴くためであった。
しかし、年老いた女性たちの口は堅く、取材の日も終わりに近づいてきた。
そんなとき、原作者は一人の
年老いた「からゆきさん」の生き残り、さきさん(田中絹代)に出会う。
見ず知らずの原作者を「よかったら、うちの家へよっていけ」と、自分のあずまやに招き入れるさきさん。
その家は、障子は破れ、畳はぼろぼろで、それでもまるで自分の娘が来たように、嬉しそうに原作者をもてなす・・・。
やがて原作者は、さきさんが、少女の頃、北ボルネオの港町サンダカンへ売られていった「からゆきさん」であることを知る・・・。
原作 山崎朋子「サンダカン八番娼館」
監督 熊井啓
出演 田中絹代 高橋洋子 栗原小巻
私はこんなにも心を揺さぶられた映画にいままで会ったことがない
(元のブログより)
何度かコメントを試みたのですが、
うまくいかず挫折しかけていました(笑)
サンダカン八番娼館 望郷
忘れられない作品です。
同じ日本人として、記憶に留めて置かなければならない事実です。
サキさんの孤独、哀しみの深さ
田中絹代さんのラストの慟哭は耳に残りました。
また訪問させて頂きますネ!
では、また~♪
作品ですね。
ラストの田中絹代さんの慟哭は本当に忘れられません。
歴史に埋もれさせてはならない事実です。
たくさん 映画をご覧になっててうらやましいなあとつらつら見ていたら
サンダカン…があったので、つい書き込みしてしまいます。
この映画は若い人にぜひ見てほしいものです
できれば原作の本も読んでもらいたい。
実際 シンガポールやインドネシアにいくと
お墓があったり名残の建物も(残り少ないとはいえ)探すことができると思います
一番大きな日本人娼館があったシンガでは
今そこはSEIYUが入ってます。ほんの100年ほど前のことなのに遠い出来事のように思えるのがちょっと残念な日本。
この女性たちの歴史を風化させることなく、語り継いでいかなければなりませんね・・。
この映画まだ 見ていませんけれど
ラストシーンを 違う方のプログで 読んでしまいました。悲しい話ですね。戦争 嫌ですね。今 動画で サンダカン~映画予告編を見ようと思ったら 私の パソコンでは 視聴できませんでした。動画 栗原小巻 田中絹代(サンダカン八番娼館 望郷 別れの場面
1974 を 視聴しました。昔 タオル ハンカチをプレゼントするのが流行ったのを 思い出しました。晩年の田中絹代さんが 声をあげて泣くシーン すごいですね。
栗原小巻さん 綺麗ですね。映画同好会(名前検討中
この作品はディープ・インパクトでした。
多くの人に見ていただきたい作品です。
ラストの田中絹代さんの慟哭は忘れられません。