ヒッキーはつむじ風!!

ヒッキーが観て気に入った映画を、ブログで紹介します。

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「竜とそばかすの姫」

2021-08-22 12:14:14 | Weblog

(C)2021スタジオ地図        「竜とそばかすの姫」

 

監督・細田守

 

7月17日の土曜日にユナイテッドシネマとしまえんにて鑑賞。

コロナ対策で隔席ではあったものの、ほぼ満席。

ちょい、ネタバレあります。。。

あらすじ的には、高知県の田舎に住む主人公の高校生・すずは、父との二人暮らし。小さかった頃に、水の事故で母親を亡くして以来、好きだった<歌うこと>が出来なくなり、心を閉ざしがちな日々を送っている。

そんなすずはある日、ひょんなことから「U」という世界規模で五十億の人たちが参加しているインターネットのサイトを知る。。。「U」では自分の分身「As(アズ)」として、別の人生を送ることができる。。。親友に誘われ、そのサイトにアクセスしたすずは、自分のAs「ベル」というキャラクターとして、恐るおそる歌を歌ってみるのだが。。。

 

観るまでは、インターネット・サイトなどを批判的な角度から描いているのかな、と思っていたが、そういう訳ではない。

「U」というサイトで自分のAsとして、現実世界では出来なかったことが、出来たりする。

ちょっと解らなかったのは、まぁ、どうやって自分のAsとして行動できたり、するのかなぁ??ということなんだけど、そういう事考えること自体が、野暮なのだろう。アナログ世代の悲しいところである(汗)

ストーリーが始まって、まず思ったのは、主人公・すずの声だ。「あれ?もしかしてこれは、声優さんじゃない方のアフレコかな?」。観終わってから、ミュージシャンの中村佳穂さんだと判って、なるほど、という感じだった。最初慣れるまで、ちょっと違和感があったが、途中からは、むしろこの声のすずがしっくりくる。

ベルとして歌うシーンは、鳥肌ものである。

ひとつ思ったのは、高知県の緑豊かな田舎を舞台にしてるのに、出てくるキャラクターが、ほぼ全員標準語をしゃべっていることだ。まぁ、「U」の世界で、ベルとして登場するすずが、方言を使うと、ストーリー自体が構成できなくなるからだと思うのだが、いい意味で地方色が出ている作品なので、方言を取り入れたら、また違う魅力が出たかな~、と思ったりもする。

あと、「U」の世界で「竜」が暴れまくるのだが、ストーリーかなり佳境に入るまで、その正体(オリジン)が判らない。判ってからラストまでが、バタバタッと短かったので、「竜」からオリジンへ感情移入が出来ないうちに、エンディングを迎えてしまう。まぁ、観る人それぞれ感じ方は違うのだろうが。

個人的には、カヌー部を立ち上げる熱血野郎・カミシンと、サックスを吹く学校の人気者ルカちゃんの、電車の駅でのエピソードが、好きですね(^0_0^)すず、ええ仕事するやんけ~!

すずを見守る、しのぶ君もクールでイイ味出してるんだけど、すずの親友であり、ネットを駆使する毒舌ヒロちゃんがとてもイイっす(^^♪メガネ女子恐るべし!

細田監督の作品では、「時をかける少女」がとても好きなんですが、この「竜とそばかすの姫」も好きな作品に加わりました。

観終わって、しばらくすると、割きイカのようにジワ~っと良さが分かってくる、作品です。。。

 

 

 

ヒッキー的満足度★★★★☆

 

 

 

 

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「愛の雫」まきちゃんぐ

2021-05-20 16:07:51 | Weblog

「愛の雫」まきちゃんぐ

 

好きな曲シリーズ第3弾。

まきちゃんぐの「愛の雫」という曲です(^^♪

2009年6月24日に、まきちゃんぐ4枚目のシングルとしてリリースされたこの曲(C/W レイン、サプリ、泣きたい夜に)。

オリコン最高で119位なので、聴いたことがない方も多いかと思われますが。。。好きなんですよ(^0_0^)

まきちゃんぐの曲は好きなのがたくさんあります(この曲の他に「満海」「砂の城」「愛と星」「さなぎ」etc・・・)。

まきちゃんぐ・プロフィール

本名・松本真希

1987年9月19日生まれ。

出身・岡山県総社市

2008年1月23日 シングル「ハニー」/「ちぐさ」でデビュー。(配信限定シングル「まきちゃんぐ」は2007年12月5日発表となっています)wikipediaより。

という感じなのですが、今までに配信も含めると13曲のシングルと、フルアルバムとしては4枚をリリースしておりますが、シングル・アルバム含めてオリコン50位以内になったのがまだ無いので、知名度的にはもう一息という感じですが。。。

私が最初にまきちゃんぐの音楽に出会ったのは、阿部寛さん主演の映画「青い鳥」のオープニングとエンディングテーマに「鋼の心」「さなぎ」がそれぞれ使われているのを聴いてでした。

ライブを観ると判るのですが、歌っている時と、曲間の岡山訛りのトークとのギャップがあって、とてもチャーミングな印象を受けるアーティストです(^0_0^)

中島みゆきさんと同じ事務所(ヤマハミュージックアーティスト)に所属しており、音楽性的にも独自の世界観を持っていて、歌っている時と話している時のギャップの大きさも、中島みゆきさんを彷彿とさせるため、「平成の中島みゆき」と称されることがあるとのこと。。。

2017年9月8日にリリースされた最新アルバム「ハナ」にも「アイノカタマリ」「だって、女に生まれたの」など素敵な曲が入っているので、興味を持たれた方は、是非聴いてみてください(^^♪

以上、まきちゃんぐの広報担当のようになってしまった(笑)ヒッキーでした(^^♪

 

 

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「どついたるねん」

2021-05-11 15:17:17 | Weblog

画像 pds.exblog.jp「どついたるねん」

 

監督・脚本 阪本順治

30年以上前に観た本作を、10年程前に記事にしたのですが、とても好きな作品で、記事が埋もれていくのは残念なので、もう一度観て、10年前の記事をベースに、また紹介してみようと思います(^^♪


ボクサー現役時代は「浪速のロッキー」と呼ばれた赤井英和さんの初主演映画であります。

この映画は思い出深くて、劇場公開時には観なかったのですが、たしか就職して間もない頃、初めて買ったVHSのビデオデッキで、最初に見た映画だったと記憶しております。

ネタバレあります~・・。

ストーリー冒頭で、赤井英和さん演じるボクサー安達英志が世界タイトルの前哨戦のリングで、イーグル友田(大和田正春)にノックアウトされる。
意識不明。そのまま病院へ搬送され、開頭手術を受け、一命を取り留める。。。
奇跡的に殆んど後遺症は残らなかったが、頭に“爆弾”をかかえた安達は、二度とリングには上がれなくなった・・。

このあたりのストーリーは、赤井英和さんが実際にたどった道程に近いのではなかろうか(というかそのものか)と思われます。1985年2月5日に行われた“世界タイトルの前哨戦”。
対大和田正春戦で赤井さんは7ラウンドKO負けを喫したのですが、その際「急性硬膜下血腫」及び「脳挫傷」で意識不明の重体となります。
すぐに病院へ搬送されたのですが「搬送時生存率20%」だったとのことですから、まさに奇跡的に一命を取り留めたことになります。

映画では退院してからの、その後が描かれます。

画像 小諸橋マイルス@歌謡曲生活者on Twitter さんより

赤井さん演ずる安達英志は、それまで世話になったナショナル・ジムには何の恩返しもせず、自分のジムを作り、トレーナーに元日本ウェルター級チャンピオンだった左島(原田芳雄)を採用するのですが、その左島のアドバイスも聞かず、安達はあくまでも自分がやってきたような「ファイター型」の選手を作ることに固執しすぎ。。。という感じで物語が展開してゆきます。

すべては安達の復活劇へとつながってゆくのですが、赤井さん映画初主演とは思えない、イキのいい演技を見せてくれます(^^♪

ボクシングの興行権をめぐっての、美川憲一さんが演ずる北山という謎めいた男とのやり取りも、興味深いエピソードになっています。

原田芳雄さん演ずる元日本チャンピオンが、一歩引いてる感じで、渋くてカッコイイです(^0_0^)


カムバックを決めた後のロードワークのシーンは、音楽が流れるのですが、ホーンセクション(シンセ?)とドラムそれにベースがとてもカッコよくて、見ているこちらも心拍数が上がります(笑)まさに「ロッキー」と同じパターンなのですが、単細胞な私は、つい拳に力が入ってしまいます・・。


画像 小諸橋マイルス@歌謡曲生活者on Twitter さんより

この作品を魅力的な物にしているのは、ひとつはやはり赤井英和さんの存在感だと思うのですが、私的にすごく魅かれたのが、ナショナル・ジムのオーナー(麿赤児)の娘であり、安達の幼馴染である貴子(相楽晴子)のキャラクターです。

男まさりで気が強く、いつも安達とケンカばかりしているのだが、実は安達のことが好きで、心配でならない・・というキャラクターに相楽晴子さんがとってもハマっています(^^♪「当たり役」というのはこういう事を言うんじゃないか、と思うほど(^0_0^)この映画を見て俄然ファンになっちゃいました。
ベリー・キュートです(^^♪

何かのテレビ番組で見たのですが、現在は相楽さんは外国(ハワイかな?)に住んでらして、ほとんど映画とかには出演されていないとのことですが。。。

あと、気付いたのは、映像の色調が「やまぶき色」っぽいシーンが多い、とでもいうのか、とても暖かみがある色調の作品だなと、思いました(ファイトシーンは別として)。

画像 小諸橋マイルス@歌謡曲生活者on Twitter さんより

最初この作品を観てる途中は、阪本監督はいったいどうやってこのストーリーを締め括るのだろう?と、思って観ていましたが、ファイトシーンにも迫力があり、最後は、とても示唆的で、観る人それぞれに解釈は委ねられる、という感じになっています。。。相楽晴子さんがここでもイイんだな~(T_T)

エンドロールに原田芳雄さんが歌う「Don't Worry」という曲が流れます。作品の余韻を感じさせる、とてもカッコイイ曲です。この曲はオープニングの安達がまだ子供だった頃の映像にも、イントロがかぶるのですが、初めて観たあと、CDを買ったのを憶えております(^0_0^)歌詞の内容が、主人公の安達英志、ひいてはそれを演じた赤井英和さんに贈られているような感じがします。

映画で使われたものとは若干サイズやアレンジが違うのですが

原田芳雄「Don't Worry」

これを聴くと、映画の感動が蘇ります。。。

 

 

 

ヒッキー的満足度★★★★

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「地獄の黙示録」ファイナル・カット

2021-05-06 19:58:44 | Weblog

(C)2019 ZOETROPE CORP. ALL RIGHT RESERVED.

「地獄の黙示録」ファイナル・カット

 

1979(日本では1980)年に「地獄の黙示録」が劇場公開された後に、コッポラ監督が自ら編集し直して30分の追加部分を加えた2001年の「特別完全版」が公開されたが、1979年のオリジナル公開から40周年を記念して、「特別完全版」よりも20分短く編集し直して、新たなデジタル修復を施し、映像はオリジナル・ネガフィルムを初めて使うなど、コッポラ監督が長年望んでいた没入感や臨場感を実現した、本作「地獄の黙示録・ファイナル・カット」が2019(日本では2020)年に公開された(オフィシャル・サイトより抜粋)

 

私が最初の「地獄の黙示録」を田舎の映画館で観たのが、中学2年の終わり頃でした。

初めて観て、正直、なんだかよく解らないけど、スゴい、というのが、第一印象でした。

ベトナム戦争を題材にした映画を観るのが、たしか初めてだったと思います(「ディア・ハンター」は随分大人になってから観たので)。

ドアーズとかも知らなかったので、オープニングシーンの感覚も、いまひとつよく解らなかったですが。。。

まぁ、あのころ日本で中学校の社会科とか授業聞いてても、ベトナム戦争のように現代史的な部分は、何故かあまり出てこなかったという記憶があります。

画像 四度の飯より映画批評 FC2 blogさんより

なんというか、普段テレビで「太陽にほえろ」とか観て、ワクワクしてた(別に「太陽にほえろ」がよくないっつってんじゃないですよ)頃ですから、「地獄の黙示録」のような問題作を噛み砕いて理解するのは、ちょっと無理だったかもです(つっても今だによくわかってないっつー話もありますが(汗))

あの頃から、大人になって、この「ファイナル・カット」を観るまで、どのバージョンかは正確には思い出せませんが、5~6回くらい観たかなぁ。

観るたびごとに、何となくではあるんですが、ちょっとずつこの「地獄の黙示録」のフォーカスが、見えてきたかな、という感じです。。。

あらすじというか、物語の本流は、どのバージョンでもブレていないと思うので、このファイナル・カットをベースに、この映画について見てゆくと。。。

ネタバレしますので、ご注意を。

この作品はベトナム戦争後期の1969年を舞台にしています。

アメリカ陸軍空挺将校のウィラード大尉(マーティン・シーン)は、(たぶん1回本国へ戻っていたという設定だと思うのですが)ある指令によって、サイゴンへ呼び戻される。

その指令とは、かつては優秀な軍人だったカーツ大佐という男(マーロン・ブランド)が、カンボジアの川の上流で軍の指令を無視し、現地民などを従え独立王国をつくっているので、彼を秘密裏に抹殺せよというものだった。。。

ウィラードは四人の兵士と共に、哨戒艇に乗り、川をさかのぼってゆくのだが・・・。

 

というところから、ストーリーは始まって行きます。

(C) 2019 ZOETROPE CORP. ALL RIGHT RESERVED.

その川を上流へ遡上する過程で、ウィラードの目を通して、この戦争の狂気の姿を描いてゆく、という形になっています。

途中、キルゴア中佐(ロバート・デュヴァル)が率いる空の騎兵隊であるヘリコプター軍団にヌン川までの護送を頼むシーンがありますが、川底がある程度の水深がないと、という哨戒艇のチーフ(アルバート・ホール)の発言に、キルゴアは、ヘリで哨戒艇を吊り上げて運ぶことを指示。実際にやることになるのですが、このシークエンスで「サーフィンをやるために、そこにあるベトコンの前哨基地が邪魔なので」ということで、夜が明ける頃を見計らって、ウィラードたちも同乗させたヘリの騎兵隊が襲いかかるシーンは、衝撃的です。

キルゴアの命令で「朝日をバックに、ワーグナーの「ワルキューレの騎行」を大音響で流しながら」突っ込みます。

画像 zilge blogspot.com 人生論的映画評論 さんより

このシークエンスは、この映画を観た方は、とても強い衝撃を受けたのではないかと。

サーフィンに向いている高波が立つポイント、という理由で、そこにある敵の基地や集落が邪魔だから、潰しちゃおうという。。。

この奇襲攻撃の一連の映像は、戦争の非人間性を強く感じさせます。実際は無かったエピソードかも知れませんが、コッポラ監督の表現したかったものが、何となく垣間見えたようなシークエンスです。

ベトコンが攻撃してくるヤシの林をナパームで焼き払ったあとで、キルゴアがヘリから降りて、部下たちに語りかける件で言う、「朝のナパームの匂いは格別だ・・」は、ベトナム戦争という物の“狂気”を感じさせるセリフとして、知られています。

(C) ZOETROPE CORP. ALL RIGHT RESERVED.

余談ですが、ここで流れた「ワルキューレの騎行」ですが、たしか作家の藤本義一さんだったと思うのですが、

「私はこの「地獄の黙示録」は映画としてすごく好きだ。だから敢えて言うのだが、あのシーンで流すのは「ワルキューレの騎行」じゃないだろう。ワルキューレ~では、あまりにも映像と合いすぎていると思う」と。

この藤本義一さんがそうおっしゃったのを聞いて、なるほど、と思ったのを憶えています。

確かに、ワルキューレ~だと、あのシーンと、無理なく合ってしまう、な、と、思っていたので。。。

別の(クラシック疎くてよくわからないのですが)曲、たとえば、メジャー、え、クラシックだと長調??の曲にしたほうが、あの“狂気”をより鮮明に浮かび上がらせるのかな・・・という気はします。。

まぁ、昔、二次大戦中のドイツで、兵士や民衆の士気を鼓舞するために戦場の映像に「ワルキューレの騎行」を付けて流したと、もれ聞いたことがあるので、それを敢えて流すことによって、ベトナム戦争の「狂気」を浮かび上がらせよう、とコッポラ監督は考えたのかも知れませんが。。。

時系列前後しますが、このカーツ大佐には、殺人罪が適用されています。ベトナム人4名を「二重スパイ」として処分した事に対して。

ウィラードの心の声で「戦場で殺人罪?・・レース場で速度違反を取り締まるか?・・欺瞞だ」という言葉が印象的です。

この言葉は、ストーリー終盤のカーツの「人殺しが人殺しを裁く?・・欺瞞だ」という言葉につながってゆきます。

ウィラードは船上でカーツ大佐に関する記録を確認します。

カーツという男は、陸軍士官学校を首席で卒業。様々な輝かしい経歴のあと、1964年に顧問団に随行してベトナムへ・・。そこが「つまずき」の始まり。大統領あてに送った文書は途中で握り潰される・・・内容に問題があったのだ・・。その後38才という年齢で空挺部隊を志願。

1966年特殊部隊に加わってベトナムへ復帰・・・。徐々に彼のとる作戦は、劇中の軍上層部の表現では「不健全」になってゆく。。。

この「地獄の黙示録」は5~6回観たのですが、オープニングのヘリが映ったあとにヤシの林がナパームで炎を上げるシーンは、観るたびにイメージが鮮烈になります。ドアーズの「The End」がこのシーンに使われた意味みたいなものも、だんだん理解できるような感じになって来ます。

この映画、原題は「Apocalypse Now」ですが、直訳すると「今、黙示する」か「今、黙示せよ」みたいな感じだと思うのですが、クリスチャンの友人に聞いたところでは、Apocalypseはもともとはギリシャ語で、黙示録は新約聖書の中で唯一の預言書で、キリストによる救いについて書かれたもの、とのこと。

当時のエピソードとしては、最初はハーヴェイ・カイテルがウィラード役だったらしいですが、撮影開始早々に降板。色々候補があがったらしいですが(ハリソン・フォードも候補に挙がっていたらしいですが、「スター・ウォーズ」撮影の兼ね合いもあって、実現しなかったのと、漏れ聞いた話ではロバート・レッドフォードにもオファーしたのですが「自分のイメージと違う」という事で断られた、という話もあったような・・)、結局、マーティン・シーンに決まったという話です。

(C)2019 ZOETROPE CORP. ALL RIGHT RESERVED.

観た方は気付いたと思うのですが、ウィラードがこのミッションを告げられるシーンで、ハリソン・フォードが上官の一人として出てますね。なんでも、撮影の見学に来た際に、出演となったらしいです。

wikipediaによると、撮影はフィリピンで行われたのですが、台風でセットが全て壊れたり、登場するヘリコプターはフィリピン軍のものを借りたんですが、フィリピン内の内戦で使われるので、借りるスケジュールが変更になったりで、撮影予定期間が120日程度を予定していたのが、倍以上の540日ほどかかったとのこと。当時のマスコミはなかなか終わらない撮影を揶揄して「Apocalypse When?」なんてタイトルで記事を書かれたりしていたらしいです。

制作費も、撮影の期間が延長されるに伴って、当初約35億円くらいを見込んでいたのが、結果的に約90億ほどかかったとのこと。

これに出演者のトラブル(カーツ役のマーロン・ブランドが、約束違反で「筋肉質」という設定なのに、大幅に太ってやって来たこと。戦場カメラマン役のデニス・ホッパーがドラッグやってて、なかなかセリフを覚えない。マーティン・シーンは撮影途中で心臓麻痺になって、倒れた、etc・・・。)に見舞われて、コッポラ監督も心労で一時倒れたらしいです。。。

ストーリー半ばで、プレイメイトたちの慰問ショーのシークエンスがあります。これは最初に公開されたバージョンにもあったのですが、その後のプレイメイトたちにウィラードたちが遭遇するシーンは、「特別完全版」のみに使われていて、この「ファイナル・カット」では出てきません。

ウィラードたちの船が、ベトナム人の乗ったジャンク船に遭遇する一連のシーンは、戦争の狂気を強く感じます。撃ち終わってから自分でその結果に驚く17才の兵士クリーン(ローレンス・フィッシュバーン)の表情が印象的です。ウィラード曰く「機銃を浴びせておいて、それを治療する・・・それが我々のやり方・・欺瞞だ」。凄いシーンだと思います。

(C)2019 ZOETROPE CORP. ALL RIGHT RESERVED.

ストーリーでは、川を遡る道中で、一人、一人と命を落としてゆくのですが、前述の17才の兵士ミスター・クリーンの最期の横で流れ続けるカセットテープの母親の声が、堪らなく切ないものがあります。

そのあとで、ウィラード達は、フランス人の入植者たちに遭遇するのですが、これは最初に公開されたバージョンには入っていないシークエンスです。

ここで交わされる会話は、正直のところ私はよく解らないのですが、フランスの入植者たちの、この戦争への思いや捉え方を描き出しているエピソードだと思われます。

ミスター・クリーンは、ここで埋葬されます。あの母親の声を聞いたカセットレコーダーと共に。。。

そしてウィラードと、コックになる予定だった“シェフ”(フレデリック・フォレスト)とサーファーのランス(サム・ボトムズ)を乗せたこの船が、カーツの“王国”に到着するのですが・・・。

ここから後に描かれるシーンや、カーツとウィラードそしてデニス・ホッパー演ずる戦場カメラマンのあいだで交わされるセリフは、哲学的で、何度観ても、理解が難しいんですが、前述の「人殺しが人殺しを裁く・・・欺瞞だ」というのがまずあるのかな、と。

あと、とても強く印象に残るのは、カーツ大佐がかつて、ベトナムの子供たちに、ポリオ(小児麻痺)の予防接種をしてあげたときのエピソードです。とても強いインパクトを残す回想エピソードです。

この回想のセリフに、この映画のフォーカスがあるのかな、という感じです。

(C)2019 ZOETROPE CORP. ALL RIGHT RESERVED.

余談ですが、マーロン・ブランドが約束違反で太って撮影に現れたので、コッポラ監督が苦肉の策で、カーツの姿を、光と影を使って全身が見えないようにしたのが、逆に神秘的な結果になったのかも知れません。

カーツは「恐怖だ・・・恐怖には顔がある・・・」と、何回観てもよく解らないんですが(汗)。。。

ウィラードのような人間が来ることをカーツは待っていたような。。。

この「地獄の黙示録」は「ディア・ハンター」よりも早く撮影に入ったのですが、前述のように出来上がるまでとても日数がかかったので、公開は「ディア・ハンター」よりも後になったとのこと。確かに公開時期はそうだった記憶があります。

この映画は、カンヌ国際映画祭で最高賞であるパルム・ドールを受賞しております。

評論家たちのこの作品に対する評価は、様々だった記憶があります(前半は満点、後半は0点、とか・・・。)

コッポラ監督のコメントで憶えてるのは、「この『地獄の黙示録』はカンヌをもらったりして、世界的にヒットして、我々を助けたが、次の『ワン・フロム・ザ・ハート』では痛手を受けた」というものでした。

フランシス・コッポラほどの監督でも、苦労があるんだな、と、思ったのを憶えています。

(C)2019 ZOETROPE CORP. ALL RIGHT RESERVED.

コッポラ監督は、この映画の、テーマは何ですかという問いに「撮ってるうちに、解らなくなった」と答えたとか。。。

それにしても、色々な意味で、スゴい映画だなと、思います。。。

 

 

 

ヒッキー的満足度★★★★☆

 

 

 

 

 

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アニメ版「時をかける少女」4DX

2021-05-01 15:49:10 | Weblog

(C)「時をかける少女」製作委員会2006

 

監督・原作 細田守

原作・筒井康隆

脚本・奥寺佐渡子

キャラクターデザイン・貞本義行

音楽・吉田潔

主題歌・奥華子『ガーネット』

VOICE CAST

紺野真琴・仲里依紗

間宮千昭・石田卓也

津田功介・板倉光隆

芳山和子・原沙知絵

グランドシネマサンシャインにて鑑賞致しました。

4DX的には、そんなに揺れたり、水出たりしないけど、作品が良いから、感動がありますね(^0_0^)

 

このアニメ版「時かけ」はずいぶん前にDVDで観て、あらすじは知ってたんですが、やはり劇場で観ると、イイですね!

この日の上映があったスクリーンの客席は、前から2列くらいは観づらいのでさすがにお客さんいなかったですが、その他ほぼ満席!友人と行ったのですが、危うく座席が取れないくらい、ギリギリでした。

ネタバレありますので、ご注意を。。。

この作品は、原作は筒井康隆さんの小説なのですが、映画のストーリー的には時代設定も登場人物も小説とは違っていて、「主人公がタイムリープする」っていうのと、「主人公が女性である」「主人公と、他に2人男子生徒が登場する」っていう設定以外は、細田守監督のオリジナルに近いのかなって感じでした(原作の小説では、主人公は高校受験を目前にした中学生の設定になってますが、このアニメ版と'83年の原田知世さん主演の作品、'97年の中本奈奈さん主演の作品、いずれも高校生の設定に変えてあります。2010バージョンは和子の娘・芳山あかりが主人公の高校生で、仲里依紗さんが演じています)

画像『裏旋の超絶☆塩レビュー』さんより

あらすじ的には、主人公の真琴は高校生。いつも千昭と功介とで、放課後にグランドでキャッチボールやフリーバッティングなんかして遊んでいる。。。

ある日、学校の理科実験室の物音を確かめに行った真琴は、ひょんなことから、時空間を飛び越える能力を身に付けてしまう。。。

美術館で古い絵などを修復したりしている、叔母の芳山和子(!)に相談に行った真琴は、それは「タイムリープ」というものだということを知る。

この「タイムリープ」の能力に味をしめた真琴は、色々な場面でそれを使い、時空間を飛び越えて、思うがままに暮らし始めるのだが。。。

という感じで、ストーリーが展開されてゆくのですが、出ましたね!芳山和子さん(^^♪元祖「時かけ」の主人公です!

映画の中では、「魔女叔母さん」と真琴が呼んでるだけで、この叔母さんが芳山和子さんだということは、ワタシ観終わってから知ることになるのですが。。。

彼女のデスクの横の棚には、本人とその脇に二人の男性が写っている写真が飾られています。ということは、両脇にいるのは、深町君とゴローちゃんなのかな。。。と、なんとなく感慨深いものがあります(T_T)

この作品、ストーリーの中のいろんなシチュエーションやセリフが、女性の視点からでないと醸し出せないような、新鮮な感覚があります。このアニメ版「時かけ」の後、映画「八日目の蝉」「おおかみこどもの雨と雪」などを手掛けることになる、奥寺佐渡子さんの脚本、イイなと思いました。

真琴を始めとする登場人物たちの心のゆらぎや移り変わりが、細やかに描かれていて、素敵な感じです。

真琴の仲里依紗さん、功介の板倉光隆さん、それぞれキャラクターを上手に演じていると思うのですが、千昭の声を入れた石田卓也さんが、「普段はちょっとルーズなんだけど、実は内面に熱い情熱のようなものを秘めている」みたいな感じのキャラクターをとてもウマく表現していて、イカシテルなと思いました(石田さんは映画「夜のピクニック」のトオル役を観て、イイ俳優さんだなと、思っていましたが、声優としてもとても素敵ですね(^0_0^))

画像『辰々のお薦め映画とベストテン』さんより

'83年の原田知世さんバージョンや、芳山和子の娘を仲里依紗さんが演じた2010年バージョンと、本作の大きな違いは、「原田知世さんが演じた主人公の場合はラストに、未来から来た深町君に関する記憶が、また、仲里依紗さんの2010年バージョンでは過去にタイムリープしていた間の記憶が、全て消される」のですが、このアニメ版では、主人公(真琴)の記憶は消されずに、残ったままでエンディングとなる点です。

とてもネタバレになっちゃうので、これから観る方は読まないでくださいなのですが、ワタシ的には、どれがいいとかじゃないんですが、本作は記憶が残って、未来の彼に「いつか走って逢いにゆく」で終わるので、爽やかな希望を感じさせるエンディングなのに対し、'83年版は、未来でバッタリ出会うのだが、記憶がないので、すれ違いになる、2010年バージョンは、中尾明慶さん演ずる亮太と主人公あかりとの想い出は、一本の8ミリのフィルムだけになる。。。なので、「切なさ」的には、'83年版と2010バージョンの方が切ないものがあるのかな、と、思いました。。。

(C)「時をかける少女」製作委員会2006

主題歌に関しては、'83年版と2010バージョンでは、ユーミン作詞、作曲の、あの『時をかける少女』が使われていますが('83版では原田知世さんが、2010バージョンではいきものがかりが歌っていました)、本作では奥華子さんの『ガーネット』という曲が主題歌になっています('97年版では、歌詞は『時をかける少女』なんですが、メロディを変えてありました)

青春をとっくに過ぎているワタシでも、観ている間、そして見終わったあとしばし、若い日の想い出に浸らせてくれる、とても素敵な映画でした(T_T)。。。

しかし、ラスト、タイムリープもう出来ないような気がするけど、どうやって「彼」に逢いにゆくんだろう??

 

 

 

ヒッキー的満足度★★★★☆

 

 

 

 

 

 

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「シン・エヴァンゲリオン劇場版:ll」

2021-04-23 13:09:03 | Weblog

「シン・エヴァンゲリオン劇場版:ll」(C)カラー

 

 

友人の誘いで、“初エヴァ”観に行ってきました!

自分は「エヴァンゲリオン」というアニメがあって、えらく人気があるらしい・・くらいの知識しか無かったので、テレビ版、映画版新旧まったく知らない状態での鑑賞となりました。

のっけからドライブ感のある市街戦で、細かい事解らなくても「オッ!これは面白いかも!」と、予感させる導入部分でした。

これから観る方もいらっしゃると思うので、ストーリー詳細はあまり書きませんが、初エヴァの私(後日同じのをもう一回と4DX、計3回観ることになるのですが)に何となく解ったのは、なにやらセカンド・インパクトおよびニアサードインパクト、そしてサード・インパクトという地球規模の出来事があって、地球上の人類を含む生命体がかなり犠牲になった・・・で本作はその後から物語がスタートする、という事でした。。。

 

本作に至るあらすじとしては、主人公・碇(イカリ)シンジ君は、前々作の「エヴァンゲリヲン新劇場版・破」のラストで、エヴァ0号機のパイロットの綾波レイを救おうとして、結果的にシンジの乗っているエヴァ初号機が引き金となって、ニアサード・インパクトを起こしてしまうんですな。(このニアサーは渚カヲルがカシウスの槍でエヴァ初号機を刺して、強制停止した。。と、ネットで調べるとそう書いてあるんですが、私「エヴァ・破」観たんですが、強制停止というシーンの記憶が無いです。スンマセン(+o+))

 

そして前作「エヴァンゲリヲン新劇場版・Q」でシンジが目覚めた時は、すでに14年の月日が経っていて、シンジはニアサード・インパクトの引き金を引いた「危険人物」として、首にDSSチョーカーという有事の安全装置を付けられているという。。。

14年の間に、ミサトとリツコ達は、ネルフを離れ、反ネルフ組織「ヴィレ」として、ネルフと戦っています。

この辺が「破」と「Q」の間が14年経っている、という設定であるという事は、一緒に本作を観に行った友人から聞いていました。

1回目観たとき、初エヴァの私は、こん人たちは、なじょしてネルフから反旗を翻して、ヴィレを組んで、ネルフと戦っているんだろうか。。。というのが、解らなかった点です(+o+)

そして「エヴァ・Q」で、自分がニアサード・インパクトの引き金となったことを知ったシンジは、それを取り戻そうとしてやっきになり、結果的に今度はフォース・インパクトの引き金になりかける。。。で、危ういところでフォース・インパクトは回避されるのだが、またもやの自分の失敗と、眼前でのカヲルの爆死のショックで、シンジは抜け殻のようになってしまい・・・。

という訳で、本作序盤に出てくるシンジは、魂の抜け殻のようになっています。。。

ケンスケに救われて、アスカ、レイ(のそっくりさん)、シンジらは、数少ない生き残りの人々が暮らす「第3村」へやってきて、トウジ・ヒカリ夫妻に歓迎され、暮らすことになります。。。

ここで戸惑うのが、「サード・インパクト」と、「ニアサード・インパクト」の違いです。劇場用パンフレットとか、「エヴァ攻略本」みたいなのを読めば判るのかもですが、エヴァ前3作「序、破、Q」を観てみても、よく判らないです(+o+)サイトで調べると、ニアサーは前述のように「エヴァ・破」のラスト近くで起こるのですが、サード・インパクトは、「破」と「Q」の間の空白の14年のあいだにゲンドウが起こし、加持リョウジが強制停止した(そこで加持は亡くなった)というものらしいです。

あと、本作3回と前3作およびそれより前の「エヴァンゲリオンAir/まごころを、君に」までさかのぼって観ましたが、「人類補完計画」というものが、どんなものであるか、というのがイマイチ解りづらいです。誰が、どういう目的でやろうと始めたのか。

一緒に観に行った友人がクリスチャンなので、色々説明してもらったのですが、どうやらこのエヴァンゲリオンシリーズは、キリスト教の聖書の内容に深く関係していて、ひとつの世界観がある・・という事でした。

たしかに、英和辞典をひくと、「evangel 福音」となっています。。。

「知恵の実」を持つ人類・・・それに対し、ストーリーで登場する「使徒」は「生命の実」を持つ生命体・・。

 

この「知恵の実」と「生命の実」によって、全人類をひとつに統合させた完全な生命体に・・と目論む(これが人類補完計画か??)のがゼーレという秘密結社で、国際連合を隠れ蓑にして活動し、発掘した「裏死海文書」により使徒の来襲を予見し・・・というような感じ・・??

ほんで、サイトで調べたんですが、その交際連合直属非公開組織特務機関がネルフで、「エヴァ・序」でシンジが最初に呼ばれ、葛城ミサトや赤木リツコらと最初に出会うところです。そこの司令官が、シンジの父・碇ゲンドウで、副司令官が冬月コウゾウ・・・.。そんでネルフ所属なんだけど、秘密裏にネルフの内部情報を探ってるのが加持リョウジ(ミサトの元恋人で、前述のように「破」と「Q」のあいだに起きたと思われる、サード・インパクトの強制停止をして、命を落とす)って感じでしょうか。。。??

 

本作は時間軸で「エヴァ・Q」とほぼ繋がっているので、序盤のシンジは、件のニアサーを起こしてしまい、人類の多くが犠牲になった事への自責の念で、廃人のようになっています。

中学校時代の同級生の鈴原トウジらは、そんなシンジを快く迎え入れ、シンジ、アスカ、そして綾波レイのそっくりさん、たちの村での生活が描かれてゆきます。。。

 

劇中で使われる歌や音楽は総監督の庵野さんが決めたかどうかは、判らないですが、シンジを招き入れたくだりで、トウジが口ずさんでいるのが吉田拓郎の「人生を語らず」という歌で、拓郎ファンの私はびっくりしたんですが、このエヴァの「破」では、アスカの乗ったエントリー・プラグが噛み潰されるシーンに「今日の日はさようなら」が流れたり、シンジがレイを助けようとしてニアサードインパクトを誘発してしまうシーンでは、赤い鳥の「翼をください」が流れたり、とても“昭和”な選曲に、懐かしく驚いています(^0_0^)

 

本作の、綾波レイのそっくりさんが、置き手紙を残す件は、グッとくるものがあります(T_T)

 

「第3村」では、シンジが心の傷を糧に変えて、再生してゆく姿が描かれてゆきます。。。

 

3回観てやっと、なんとなく解ってきたのですが、レイだけじゃなくて、ストーリーに出てくる式波アスカも、「シキナミシリーズ」として作られた個体のひとりなのかな・・・と。

他に身体的な変化は無いくせに、髪だけは伸びてくる・・というセリフがありましたが、あれは??エヴァの呪縛??なんですかね??

この「エヴァの呪縛」自体がよく解らないっす(T_T)ニアサーから14年経って、トウジやケンスケは大人になっているのに、シンジとアスカとレイとマリは歳とってないし。。。??マリに至っては、「ゲンドウくん」とか言ってるっつーことは、ゲンドウの世代の人だとしたら、けっこう歳とってるはずだけど、シリーズ登場してから、全然そのまんま。。。(^0_0^)

まぁ、いちいち歳とってたら、ストーリーが成り立たないっすからね(^^♪

 

あと、前3作と比較して思ったんですが、ミサトが最初「序」で出てきた頃と、「Q」以降本作もなんですが、キャラクターがかなり変化しているのはびっくりでした。缶ビール飲んでカーッ!とか言ってた最初の頃と、本作でのヴンダーの艦長としての姿は、かなり違っています。「破」と「Q」の間の、描かれていない部分で、加持さんが亡くなって・・・子供を第3村に・・・色々な事情があるのだと思われます。。。

こっから先、かなりネタバレになっちゃうので、これから観る方は読まないでね!なのですが、ストーリー後半で、自分でやった事の落とし前をつけるべく、シンジが再びエヴァに乗ろうかというところで、ひと悶着あります。「無条件発砲許可」だったっけな??ストーリーを引き締めるような緊張感のある、好きなシーンです。ニアサーで家族が犠牲になった北上ミドリというヴンダーのクルーが、シンジのエヴァ再搭乗を阻止するために、拳銃を構えます。カッコイイキャラクターです(^^♪

 

後半から終盤ヴンダーが大気圏突入してからの戦闘シーンは、オープニングのパリ市街戦を超える迫力!なんかヴンダーのクルーたちと艦長のミサトおよびリツコの間で交わされる専門用語が、何だか解らないけど、リアリティと緊迫感を感じさせます。艦内の計器類やディスプレイなど、よくは判らんけど、凝ってますね~!

この辺からは、細かいとこ判らんでも、映画の世界にドップリと浸ればいい!というか、出てくる用語をその場ですぐ理解するのは、不可能に近い(汗)。解る人もいるのかもしれないが、私は3回観てもよう解らんです(+o+)

「マイナス宇宙」とか「ゴルゴダオブジェクト」「エヴァンゲリオンイマジナリー」などなど。。。

この作品の戦闘シーンは、上手く表現できないんですが、「ドライブ感」みたいなものがあります。振り切れてるような、グルーヴを感じるので、観ていて爽快な感じがします。なので、解らない詳細がいっぱいあっても、結構楽しめるんですね(^0_0^)って書いてる本人よく解ってないんですが(汗)

活劇として、とても楽しめます(^^♪

しかし、碇ゲンドウの生育歴のカミングアウトと、目指していた物が語られるんですが、え?これで全人類を巻き添えにしちゃうの??という感じでびっくりしました!

ーさようなら、全てのエヴァンゲリオンー

なんであんなたくさんエヴァがあるんだ??

このCGのでかい顔は、いったい何じゃ??

と、思う間もなく、ラストシーンへ。。。このラストのシークエンスも、色々な解釈があるようです。。。なんであの娘じゃなくてこの娘なの??とか、あっちのホームにいた彼とあの娘が初めて会話してる!とか・・・。

シンジ君は大人になって、いっぱしのリアクションしてました(^^♪

ちなみに、このラストシーンの宇部新川駅は、すでにエヴァファンの聖地になっているという話です。。。(^0_0^)

 

 

ヒッキー的満足度★★★★☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                               

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「道標(しるべ)ない旅」永井龍雲

2021-03-07 14:49:13 | Weblog

「道標(しるべ)ない旅」永井龍雲

 

 

好きな曲シリーズ。

たくさんあって迷うのですが、今回は、You tubeに永井龍雲さんの「道標ない旅」の素敵な弾き語りがあったので。。。

永井龍雲さんの5枚目のシングルとして、1979年8月21日に発売されたこの曲。

当時、自分は中学生で、フォークギター覚えたての頃で、この曲もやろうとしたんですが、たしかイントロですでに挫折したような記憶が(T_T)

グリコアーモンドチョコレートのCMソングだったので、聴くきっかけは、CMからだったような気がしますが、曲がとても素敵だったので、買ってもらいたてのラジカセでエア・チェック(死語(T_T))してカセットテープに録って聴いた記憶があります。

普段「人生の応援歌」的な曲は、気恥ずかしくなるからあんまり聴かないのですが、この曲に限っては、詩とメロディと、それに永井龍雲さんの抜けるようなハイトーン・ボイスが素敵で、今でも大好きな一曲です(^0_0^)

2009年に公開された'79年の北九州を舞台にした綾瀬はるか主演の青春映画「おっぱいバレー」の中で、ストーリーの山場であるバレーボールの試合のシーンで、この「道標ない旅」が流れ、不覚にも私、涙してしまいました(T_T)(冗談抜きでとてもイイ映画なんですよ(^0_0^))

という訳で、永井龍雲さんの「道標ない旅」でした。。。(^^♪

 

 

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「明日に向って撃て!」

2021-02-27 19:35:17 | Weblog

                 「明日に向って撃て!」

 

監督・ジョージ・ロイ・ヒル

脚本・ウィリアム・ゴールドマン

音楽・バート・バカラック

主題歌・B・J・トーマス『雨にぬれても』

 

1969年(日本では1970年)公開の作品です。

オープニングで「これは実話に近い物語である」と出ます。。。

'70年だと、自分は3才くらいなので、リアルタイムでは当然観たことがなく、高校生くらいになってからだったと思うのですが、テレビの「○○洋画劇場」みたいな番組で、初めて観たような記憶があります。。

まぁ、田舎だったもんで、映画館は2つくらいあったにしても、古い映画をやってくれる名画座のようなものは無いので、封切り時に映画館で観れなかった、あるいは東京とかでの「単館上映もの」で、うちの町の映画館では掛からなかったような作品などは、前述の「○○洋画劇場」でやってくれるのを待つしか手はない(当時はレンタルビデオなんて無いっすから(+o+))というような状態でした。。。

そんでこの作品なんですが、最初観たとき、「ん??・・・ん~ん?」正直よく解りませんでした。。。(+o+) 

「アメリカン・ニュー・シネマの傑作」、とか聞いていた(アメリカン・ニュー・シネマ自体がよく分からない)のですが、ブッチ(ポール・ニューマン)とサンダンス(ロバート・レッドフォード)たちが、列車強盗して、銀行強盗して、ひたすら逃げる。。。みたいな。。。??う~む。。。??

この映画の4年後の1973年に、ジョージ・ロイ・ヒル監督とポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの3人が再び組んで作られた「スティング」は、二転三転するどんでん返しのような、切り替わりの速いストーリー展開なのですが(実は私、「明日に向って~」よりも「スティング」のほうを先に観ていたので)、本作「明日に向って撃て!」は、それほど細かい場面転換という感じはなく、どちらかというと、アメリカ西部の開拓時代の終わり頃の「空気感」のようなものを感じる映画です。

ちょいあらすじ・・・。かなりネタバレあります。。。

アメリカ西部開拓もひと区切り、新しい時代の波が押し寄せる1890年代末。。。ブッチ・キャシディ(ポール・ニューマン)とサンダンス・キッド(ロバート・レッドフォード)は、仲間と共に、列車強盗、銀行強盗を生業としてきた。

列車を止め、金を積んである車両を開けさせ、金庫の鍵をダイナマイトで吹っ飛ばす。。

ある日、いつものように列車を止め、ダイナマイトで金庫を開けて、舞い上がった金を拾っているところに、馬に乗った追っ手が現れる。

逃げるが勝ちと、ブッチとサンダンスは馬に乗って、追っ手を引き離そうとするが、どこまで逃げても、追っ手の姿は消えない。

「あの先頭は多分、バルチモア卿だ」「白い帽子の奴は、保安官のレフォーズだ」

二人の行く手に、断崖絶壁が・・・!

絶体絶命!・・・ブッチは、泳げないというサンダンスと二人で、崖下の河に飛び込んで、難を逃れる。。。

辛くも難を逃れ、エッタ(キャサリン・ロス)の家までたどり着いた二人だったが、あの数人のプロフェッショナルの追っ手は、自分たちを殺すまで追ってくる事を知り、ブッチとサンダンスは、エッタを連れて、新天地、南米のボリビアに渡ることを決意する。。。

 

という感じで、ニューヨーク経由で南米行の船に乗り、列車に乗ってたどり着いたボリビアの、あの駅の映像はラパスということなのでしょうか・・。駅舎も無く、家畜が放し飼いになっていたりして・・。

ゴールドラッシュに沸く、新天地ボリビアのはずが・・・??

まぁ、この映画、よく判らないけど、いわゆるそれまで作られてきたジョン・ウェインなんかに代表されるような「西部劇」のセオリーから、かなり逸脱しているんですね。「勧善懲悪」とか、「主人公は戦う」とかから。

ブッチとサンダンスは強盗だし、追われれば、どこまでも逃げちゃうし・・・。主人公が逃げまくる西部劇っていうのは、それまでありえなかったということもあって、公開当時は評論家には酷評されたとのこと。。。

でも、観たお客さん達からは、支持されたんですね。

この作品の魅力は、たぶんこれが公開された1960年代をアメリカで過ごしたとか、なんかその時代はどんな感じの世の中だったのか分かるとか、じゃないと、本当には解らないんじゃないのかな・・・なんて思ったりもします。

ブッチとサンダンスは、ボリビアでも銀行強盗を繰り返し、次第にお尋ね者として、ボリビア当局から狙われるようになってゆきます。。。

追っ手から逃れるために、一旦は堅気の仕事に就いたりもした二人なのですが・・・。

最後の舞台となる街で、食事をしているところを、いきなり銃撃されます。相手は複数人(多分、警察隊)。

一旦は建物の影に隠れたブッチとサンダンスですが、このままでは弾が足りなくなる、ということで、馬の鞍に掛けてある弾を取りに、ブッチが飛び出して、サンダンスが援護射撃しますが、二人とも被弾して、物陰に戻ります。。

このあと、相手側の警察隊に加えて、今度は、ボリビアの軍隊のおびただしい人数がライフルを持って二人に照準を合わせます。

この時、スペイン語なのでよく判らないのですが、ボリビア軍の指揮官が、警察隊の指揮官に状況を聞くシーンがあって、「ずいぶん苦戦しているな!!敵は何人だ?」「はい!二人であります!」「ふ、ふたり!?たったふたりにこんなにやられたのか!?」みたいな会話が印象的でした。

ラストシーンは、あまりにも有名なのですが、負傷しながらも、「次はオーストラリアだ」と、二人で算段するシーンは、「滅びの美学」とでも申しましょうか、悲しくも、めちゃカッコイイのであります(T_T)

バート・バカラックの音楽は、主題歌の『雨にぬれても』はポップな感じですが、映画全体としてはとても控え目で、作品の持つ「寂しさ」のようなものを感じさせて、好感が持てます。

 

ー鉄砲撃ちの時代の終わりー。。。西部劇の舞台となった時代の終わり。。ラストのストップモーションは、「青春はもう終わったんだよ。。。」と、観る者に語りかけているようでもあります。。。

 

 

 

 

ヒッキー的満足度★★★★

 

 

 

 

 

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「夕映え」吉田拓郎

2021-02-21 14:54:06 | Weblog

「夕映え」吉田拓郎

'93 TRAVELLIN' MAN LIVE at NHK STUDIO 101 より

 

今回は、私の好きな曲の紹介ということで。。(^0_0^)

色々あるんですが、You tubeを見ていたら、吉田拓郎さんの、こんな、けっこうレアな曲のライブ映像がありました。。

「夕映え」という曲で、'92年に出た『吉田町の唄』というアルバムの2曲目(1曲目はイントロダクションなので、実質的には1曲目)に入っている曲です。

 

これは思い出があって、時期は少し後なのですが、私、当時の仕事中に、高いところから転落事故起こしたことがありまして。。。

幸い命に別状はなかったのですが、左手首と眼窩骨を骨折して、手術して、左手のリハビリとかやってたんですが、なかなか指が思い通りに動かなくて、「あ~、これでもう楽器は無理かもな~。。」なんて頃に、たまたま聴いたのがこの『吉田町の唄』ってアルバムで、「夕映え」からラストの「僕を呼び出したのは」までぶっ通しで泣けましてね~(T_T)

なんでか分んないんですけどね~、なんかこの曲好きですね~(^0_0^)

なんか、この『吉田町の唄』が出たくらいから、拓郎さん、イイ意味で、肩の力が抜けましたよね~。

これの2年後くらいに出た『Long time no see』なんかも、イイ感じのアルバムで好きです~(^^♪

また機会を見つけて、ご紹介出来たらいいな~、と、思っております~。。。(^0_0^)

 

 

 

 

 

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原作「天使の卵ーエンジェルス・エッグー」(村山由佳) 集英社文庫 および、映画「天使の卵」

2021-02-19 10:20:46 | Weblog
「天使の卵ーエンジェルス・エッグー」(村山由佳)集英社文庫


映画「天使の卵」

最近はアガサ・クリスティのくらいしか読書できてない私なのですが、友人より村山由佳さんの「天使の卵ーエンジェルス・エッグー」の文庫本をいただいて、恋愛小説ほぼ初挑戦で読んでみましたら、これが誠に切ないのです(T_T)

ほんのちょい、あらすじとしては・・・。

美大の受験に落ちた、主人公、一本槍歩太(いっぽんやり あゆた)は、三月の終わりごろに、池袋の予備校の入学手続きをするために、サラリーマンたちですし詰めの西武池袋線のドア付近に乗っていたところ、途中の駅でさらに乗ってくる乗客たちの一番後ろに、ひとりの淡い桜色のロングカーディガンをはおった女性の姿に出逢う。。

乗ろうかどうしようか迷っている彼女のために、歩太は身を挺して一人分の空きを作り、その女性を迎え入れる。。

うつむき加減の、少し憂いを帯びた端正なその横顔。。。自分よりは少し年上だろうか。。左の手のひらには包帯が巻かれていて痛々しい。。
これが歩太にとって電撃的な出会いとなります。。。

と、小説のほんのさわりの部分はそんな感じです。。

ちょっと話が前後しますが、
小説を読み終えて、これは何らか映像化されていないだろうかと、検索したら、2006年に冨樫森監督作で映画が公開されているではありませんか!知らなんだ(T_T)
出演は、市原隼人さん、小西真奈美さん、沢尻エリカさん、戸田恵子さんなど・・。

で、早速、配信しているところを探して、観てみると。。。

原作とは人物設定がちょっと変えてあって、ストーリーも、「4年後からあの頃を振り返る」といった感じで、「4年後の現在のシーン」と、「4年前の、あの恋をしていた頃のシーン」が交錯する感じの構成になっています。

ヒロインの春妃(はるひ・電車に乗ってきた彼女ね)を演じた小西真奈美さんがとっても素敵で・・・(T_T)オジサン参りました。。。!

というか、?小西真奈美さんが演じた春妃が素敵なのか?・・・あれ??ま、とにかく素敵なんですよ(^0_0^)

歩太のガールフレンド(恋人?)の、夏姫(なつき)というキャラクターが登場します。
映画では沢尻エリカさんが演じています。

原作と映画の違いとしては、前文でも書きましたが、原作は上記の歩太と春妃の出会いから続くストーリーを、ほぼ時系列に沿った形で書いてあるのに対し、映画では、まずその4年後を描きながら、画面の色調を変えた回想のかたちで、歩太と春妃の出会いからの日を描いてゆく、という感じになっています。

かなりネタバレあります・・・。

映画は、まず沢尻エリカさん演ずる夏姫が、高校の国語の教師として、教壇に立っているシーンから始まります。。

その帰り道で、夏姫は、一浪して美大に受かったが、心を閉ざしてしまった歩太(市原隼人)を見かけ、声をかけます。
「もう一度、描いて」
描きたい人がいないと言う歩太に夏姫は
「ひとりだけいるじゃない・・!」

ここから4年前のストーリーに・・・。

歩太は美大の受験に失敗し、浪人中。。。ガールフレンドの夏姫は現役合格して、大学1年生。

歩太の母・幸恵(戸田恵子)は、小さな飲み屋をひとりで切り盛りしている。
歩太も時には厨房に入り、お通しの一品などを造ったりもしている。

歩太の父(北村想)は、心のバランスを崩し、10年ほど前から入院生活を送っている。

時々ひとりで父の所を訪れる歩太であったが、病状が好転する気配は感じられなかった。。

そんな頃、歩太は、すし詰めの電車のドアのあたりに乗っているとき、途中の駅でさらに乗り込む客たちの一番後ろにいるその女性(小西真奈美)と出逢う。
歩太が身を挺して空けたスペースに、遠慮がちに乗ってきたその女性の凛とした横顔。。。運命の出会いであった。。。

歩太は自宅に戻り、デッサン帳にその女性の横顔を描いてみるのであった。。

そしてある日いつものように、父の見舞いに訪れた病院で、運命は動き出す。。

新しく歩太の父親の担当として赴任してきたドクターは、なんとあの電車で出会った彼女その人であった。。!

彼女の名は五堂春妃(ごどうはるひ)。

彼女もあの日の電車のことを憶えていてくれた。
話をするうち、歩太は彼女が自分より八つ歳上であることを知ったのだが、彼女は歩太の出身校を聞くと、
「同じ学年に、斎藤夏姫って知らない?あれ私の妹なの」。。!

聞けば「五堂」というのは、結婚して姓が変わったと。。。

何ということだろう・・よりによって憧れた女性が、自分のガールフレンドの姉だという。。。

歩太はしばし呆然とするが。。。

しかし運命はもう走り出してしまったのである。。。


という感じで、物語は展開してゆきます。

春妃と歩太の距離が、少しずつ近くなっていく様子は、観ているこちらも何故かドキドキしてしまいます。

最初は夏姫のことや、亡くした夫のこともあって、歩太の告白には「もうだれかを好きになる気力は残っていないの」という春妃でした。。

そんな折、一時退院した歩太の父が、自ら命を絶ってしまいます。

春妃は自分が一時退院許可を出した責任を感じ、憔悴しきって、お寺にこもってしまいます(お寺にこもるのは原作にはないエピソードです)

そのお寺を訪ねた歩太に、春妃は「五堂も歩太君のお父さんと同じだった。私には誰も救えない。私には精神科医の資格がない」と。
そんな春妃に、歩太は「そんなことはない!今のままの自分でいればいいと言ってくれたのは、先生だ!」と。。。

後日、歩太は、持ちきれないほどの食材を抱えて、春妃のマンションを訪ね、「うまいもの作りますから、食べて、元気出して、職場に復帰してください!」と、あっけにとられている春妃の家の厨房で、料理を作り、テーブルに並べて、クリスマスプレゼントの代わりに小さな卵のレプリカを置いて、そっと帰っていったのであります(原作のクリスマスプレゼントは、銀色の卵に金の翼がはえたデザインの『天使の卵』と名付けられた、小さなピアスでした)。。

まぁ考えるに、どうして歩太がもっと早く夏姫に「お姉さんを好きになってしまった」事情を話さなかったのか、とか、ありますが、そんなことも忘れてしまうほど、切ないストーリー展開で、ようわからんけど、純愛ちゅうんは、こげなごとく切ないもんやな・・と、思いました(T_T)

母の幸恵と、物静かな常連客の渋沢さん(三浦友和)が、いい雰囲気だったので、店に入りそこねた歩太が、夜遅くに春妃のマンションを訪ねるシーンが印象的です。

ドアホンを鳴らしたのが歩太だと気付いた春妃は、事情を察して内に招き入れるのですが、そのすぐあとに、病院の同僚の医師である長谷川(鈴木一真)が酔った勢いで訪ねてきて、「オレと結婚すれば、お前は働かなくても充分食っていける、もうあんな患者たちの相手をしなくていいんだぞ」と、春妃に乱暴しようとするところを、歩太が出てきて、一発で殴り倒します。。

長谷川は鼻血を出しながら帰ってゆくのですが、このあと、傷ついた歩太の手に包帯を巻きながら、春妃は「夏姫に合わせる顔がない」と伏せ目がちに呟きます。。。
「解ってしまったの・・夏姫がどうして歩太君のことを好きになったのか。。」

普段、恋愛映画とかほとんど観ないもので、こういう映画は新鮮で、観てて照れますね(#^.^#)

原作の春妃のイメージと、映画の小西真奈美さんが演ずる春妃のイメージは、自分的に若干違いはありますが、それぞれ魅力的で、素敵です(^0_0^)

小西真奈美さんていう女優さんがいらっしゃるのは知っていたのですが、出演されている作品を観たのはほぼ初めてで、この映画で俄然ファンになってしまいました(^^♪
他の出演作も、調べて観てみようと思っております。

ストーリーはつかの間の幸せのあとに、終盤悲しい結末へとつながってゆくのですが・・・。

是非、映画ならびに原作をご覧になってください~。。。

ちなみに、ストーリーの締めくくりは、原作と映画ではかなり違います。。。そこだけは、映画版、ちょいと無理あったかな。。。とも思いました。。。

小説の続編『天使の梯子』と『天使の柩』も読んでみようと思っております。。。





ヒッキー的満足度(原作)★★★★☆
        (映画)★★★★









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「ボーイズ・ドント・クライ」

2021-02-12 15:51:47 | Weblog
「ボーイズ・ドント・クライ」


監督・キンバリー・ピアース
脚本・アンディ・ビーネン、キンバリー・ピアース
音楽・ネイサン・ラーソン

だいぶ以前に、友人の薦めで観たことのある本作を、先日もう一度観てみました。

実話に基づく作品です。

ブランドン・ティーナ(ヒラリー・スワンク)はアメリカのネブラスカ州リンカーンという田舎町で生まれ育った。'72年生まれ。

ブランドンは、トランスジェンダー男性である(男性の性同一性を持つが、出生時に女性と割り当てられた人)。
物理的には女性でも、心は男性なのである。


ゲイの従兄ロニー(マット・マクグラス)に髪を短く切ってもらい、勇躍出掛けたフォールズタウンという街で、ブランドンはジョン(ピーター・サースガード)、トム(ブレンダン・セクストン3世)、キャンディス(アリシア・ゴランソン)、そしてラナ(クロエ・セヴィニー)たちと出逢う。。

ジョンとトムはかなりのならず者。

ジョンはラナを憎からず思っているのだが、やがてラナはブランドンと恋に落ちてゆく。

そんな頃、過去の小さな事件のことがきっかけで、ブランドンが女性であることが、ジョンたちに知れてしまう。。

という感じで、事態は悪い方向へ進んでゆきます。正直、とても重い。。。(T_T)

実話に基づいているから、尚更悲しい。

ラストの事件が1993年ということだから、今から二十数年前だけど、そんなに大昔って訳じゃないし、国もアメリカだし。。。それなのに、こんなにブランドンのような立場の人が嫌悪されていたことに、驚かされます。

都会ではなく、田舎町だったので、そういう意識がまだ・・・という説もありますが。。


映画としては、完成度も高く、ヒラリー・スワンクの演技と存在感は素晴らしいと思います。
ただ、ヒラリーのオスカー受賞のスピーチの時に、ブランドン・ティーナの実母は、自分の子供のことをヒラリーが「男性」と言及したことを批判したとのこと。。想いは様々のようです。。

このレビューを書くために、Wikipediaとかで調べるまで、監督のキンバリー・ピアースさんが女性だということを、はずかしながら、わたし知りませんでした(+o+)

劇中で流れる音楽は、ロック(なんというカテゴリーのロックか、解らず(+o+))で、ボーカルと、ディストーションを深めに掛けたギターがとても印象的です。

ネブラスカ州フンボルトが最後の場所になってしまうのですが、映画を見ることでそういった問題を考えるきっかけになるのではないだろうかと、思いました。。






ヒッキー的満足度★★★★









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「銀河鉄道999」

2021-02-06 13:20:24 | Weblog
                    「銀河鉄道999」


監督・りんたろう
脚本・石森史郎
製作総指揮・今田智憲
音楽・青木望
原作・構成・松本零士
監修・市川崑
主題歌・ゴダイゴ『銀河鉄道999』

先日、Amazonの配信で、40年以上ぶりに、観てみました。

この作品が公開されたのが、1979年8月4日。
中学生だった私は、友達と連だって、映画館へ行った憶えがあります。
夏休みだったのかな。。
当時の田舎の映画館は、今のような「完全入れ替え制」ではなく、途中から入ってくるお客さんや、何回も観るお客さんもいたりして。。

たしか我々が入場したら、何とラストシーンのあたりで!
こりゃもうちょっと待って、最初から観ようということで、ロビーに出た(迷惑なマナー違反でスンマセン(+o+))のを憶えております。
その時にチラと中を見たのですが、お客さん、立ち見の方も大勢いて、999の人気のスゴさを垣間見たヒッキー少年でした。。


ストーリーとしては、機械伯爵の「人間狩り」で、母親を殺された主人公・星野哲郎が、その復讐のために、「自分も機械の体になろう」と、メーテルという謎の女性と共に、宇宙を走る「銀河鉄道999」に載って、機械伯爵がいる「時間城」を探して旅をする・・という感じです。

途中、土星の衛星「タイタン」で、トチローの母親から帽子とマントと、機械人間を倒せる唯一の銃である「コスモガン」を譲り受けます。

そして哲郎は宇宙海賊・クイーン・エメラルダスやキャプテン・ハーロックなどの援護も得て、トチローにも会い、機械城が、惑星ヘビーメルダーにあるトレーダー分岐点に現れることを知ります。


この「機械城」での復讐の戦いを終えた頃、哲郎の考えに変化が訪れます。
それまでは、「機械の体になれば、永遠の命を手に入れることができる」という認識だったのが、途中に999が停車した冥王星の氷の墓の一件や、この「時間城」での機械人間との戦いを経験して、
「機械の体なんていらない。限り有る命だから、人間はいいのだ。機械の体をタダでくれるという999の終着駅の星を、自分が叩き潰す」
という認識になります。。。

哲郎にとって、ひとつ気掛かりなのは、時間城での戦いに加勢してくれたアンタレスが遺した言葉「メーテルには気を許すな」でした。。。

そしてメーテルと共に、終着駅にやって来た哲郎は、たどり着いた駅の「惑星メーテル、機械化母星・メーテル」というアナウンスに愕然とします・・!

メーテル!君は・・・。

この作品のストーリー構成は、原作の漫画やTV版アニメとは、少なからず異なっているとのこと。

企画の段階で、「青春映画」にしたい、ということで、原作の哲郎の10才という年齢の設定を、本作では15才に変更したらしいです。

あと、確かに、原作やTV版アニメと比べて、哲郎がかなり「男前」に描かれているのに気が付きます。


ラストの別れのシーンは、40年ぶりに観ても、哀切で感動的です。
未来で私が現れても、哲郎にはそれが私とは判らないでしょうと・・。
「時をかける少女」'83年版のラストシーンと通ずる切なさがあります・・(T_T)

哲郎が、少年の日に別れを告げて「男」になるんですね。。
ラストにかぶる城達也さんのナレーションも、グッと来ます。

いま、万感の思いを込めて、汽笛が鳴る・・・。

エンドロールに流れる、ゴダイゴの「銀河鉄道999」も、希望と勇気を感じさせて、とても素敵です。


「古い夢は、置いてゆくがいい、再び始まる、ドラマのために。。。」

あの頃は、夢があったなぁ・・あぁ。。(T_T)




ヒッキー的満足度★★★★






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「フィールド・オブ・ドリームス」

2021-01-29 18:49:34 | Weblog
              「フィールド・オブ・ドリームス」


監督、脚本・フィル・アルデン・ロビンソン
原作・ウイリアム・パトリック・キンセラ『シューレス・ジョー』
音楽・ジェームズ・ホーナー

だいぶ前に、感想をアップしたことのある本作。
また観る機会があったので、改めてレビューすることに致しました。

1989年にアメリカで公開された本作(日本公開は'90年)。

当時、二十代の中程だった私は、よく一人で映画を観に、都心の劇場へ出掛けていました(寂しい青春だなぁ(T_T))。
本作は、確か新宿の歌舞伎町の映画館で観た記憶があります。

 自分は、小学5年生くらいから、中学3年の夏くらいまで、野球をやっておりました(といっても、補欠にも入れずに、一度も試合に出たこともないのですが(T_T))

そんなこんなで、この作品が心の琴線に触れたんだと、思います。。。


ちょい、あらすじ。。。ネタバレあります。。。

物語は、主人公であるレイ・キンセラ(ケビン・コスナー)の生い立ちの自己紹介から始まります。。

ストーリーの背景で重要な関わりを持つ部分なので、ほぼそのまま、載せてみます。

「私の父の名は、ジョン・キンセラ(ドワイヤー・ブラウン)。アイルランド系の名前だ。
1896年、ノースダコタ生まれ。
彼は大の野球好きで、自身も少しマイナー・リーグでやっていたこともある。
その後、シカゴに住み、ホワイトソックスの熱烈なファンに。
1919年のワールド・シリーズの敗戦で泣き、翌年の8人の八百長事件では号泣した。
1952年に僕が生まれた。その頃すでに親父は歳をとっていた。
母は若くして亡くなった。
僕の名前はレイ・キンセラ。
おとぎ話の代わりに、父からベーブ・ルース、ルー・ゲーリック、そしてシューレス・ジョー・ジャクソンの話を。。
やがて僕は父親を疎んじるようになり、遠くの大学に入学。
思惑通り、父は苦い顔をした。
英語を専攻したが、時は'60年代、反戦デモとマリファナの日々。
そんな頃、アニー(エイミー・マディガン)と出会った。
彼女の出身はアイオワ。アイオワ・・・かすかに聞いたことのある所だ・・。
大学を卒業し、'74年に結婚。その年に父が亡くなった。
やがてカリン(ギャビー・ホフマン)が生まれた。
農場を買おうと言い出したのは、アニーだった。
36才、一児の父、そんな僕が農業を始めた。。
僕は今までの人生で、型破りなことを、したことがない。
あの「声」を聞くまでは・・・。」

レイはある日、アイオワの自分の農場のとうもろこし畑の中で、妙な声を聞く。。
If you build it,he will come(それを作れば、彼は来る)・・」
空耳かと思うと、また、「If you build it ,he will come・・」
ベランダにいるアニーとカリンに聞いても、何も聞こえていないと・・。
夕食の時にアニーにその言葉を言ってみたが、「“それ”って何?学生に時にやったドラッグのせいじゃないの?」
と、一笑に付された。。

あくる日、とうもろこし畑の中で、レイはまた、同じ声を聞く。。
頭にきたレイは、「誰だ!」と前方のとうもろこし畑を見ていると、そこに幻のように野球場の姿が浮かんで来るのであった。。

という感じで、物語は始まります。

この作品、何度か観たことがあるのですが、基本、ファンタジーなので、レイが謎の「声」を聴いたり、死んだはずの人たちが、何故か出現したり、色々あります・・・。
ワタシ、二度目に観たときは、ストーリー冒頭ですでに号泣状態になってしまいました(T_T)。。。

レイが、その野球場を作れば、きっと「シューレス・ジョー」が現れる、と言うのも、ふつう考えたら、そんなわけないじゃん、なのですが、レイの「僕は人生で、型破りな事をしたことがない・・これを逃すと・・僕の考えはおかしいかな・・」の言葉に妻のアニーは「ええ、おかしいわ。でも、あなたが思ってるのならば、やるべきよ・・」
素敵な奥さんだなぁ・・(T_T)という感じで、エイミー・マディガンのファンになってしまいました。
このエイミー・マディガン演ずるアニーは、情熱的で、聡明で、ストーリーの要所要所で、レイを支えてくれます。。


そして、レイは収穫前のとうもろこし畑をトラクターで刈り取って(とうもろこしがちょっともったいないのですが)、野球場をホントに作り始めます。カリンを膝に乗せて、シューレス・ジョーの話をしながら・・。観ているこちらも、何か胸躍るシークエンスです(^^♪
仲間の農夫たちが、その様子を遠巻きに眺めながら、呆れ返っている様子が描かれます・・。

レイは待ちます。
秋が来て、冬になり、野球場に雪が積もっても、待ち続けます・・。
しかし、雪が消えて、春になった頃、アニーとレイは、野球場にした部分の収穫がなくなったこともあって、収入が減り、これ以上野球場の維持が出来ないかもしれない・・と、夕食のあと、家計簿を見ながら、相談しているところに、カリンがやってきて、「パパ、野球場に誰かいるよ」・・・。

レイとアニーが野球場を見ると、そう、シューレス・ジョー・ジャクソン(レイ・リオッタ)が一人佇んでいました・・。
この時の、アニーの「コーヒーを淹れておくわ」というセリフは、グッと来ました(T_T)


ここで、レイとシューレス・ジョーがノックやバッティングをするのですが、シューレス・ジョーは実際には、はるか昔に亡くなっていて、野球場に現れたのは、いわゆる「幽霊」なのですが、描き方は生きている人間と変わりない様子で、描かれています。それが逆に、新鮮な感じがしました。

カリンの「あなたは幽霊なの?」という問いは、微笑ましいものがあります(^0_0^)
ただ、レイとアニーが、シューレス・ジョーを家に招こうとすると、彼はグラウンドの端に引かれたラインのところまで来て立ち止まり、そこから外へは出ませんでした。。

「次回来る時は、仲間も呼んでいいかな?」と言って、外野の後ろのとうもろこし畑に戻る際、
「レイ、ここは天国か?」の問いに、「ここはアイオワだよ」と笑顔で答えるレイでした。。。

この作品は前述のように、セリフがとてもウィットに富んでいて、脚本がイイなぁ・・と、思いました。

野球場に、1920年の事件で永久追放になった、ホワイトソックスの8人の選手たちが現れます・・。当時のユニフォーム姿で。
しかし、シューレス・ジョーを含むこの選手たちが、レイとアニーとカリン以外の者には見えない、という設定が、面白いですね(^0_0^)
ストーリー終盤で、その「見えない」という設定が、物語にとても関わって来るのですが。。

ストーリーとしては、レイがさらに「Ease his pain(彼の傷を癒せ)」という声を聞き、その「彼」が、'60年代に若者たちのシンボリックな存在だった作家であるテレンス・マン(ジェームズ・アール・ジョーンズ)だと気付き、マンを訪ねてレイは旅に出ます。このテレンス・マンのモデルはサリンジャーだとのこと。

ボストンの古びたアパートで隠遁していたマンをレイは何とか連れ出し、フェンエイ・パークで野球観戦している時に、「Go the distance(最後までやり抜け)」という三つ目の「声」が。その「声」はマンにも聞こえます。

電光掲示板に現れた「アーチー・グラハム」を訪ねて、レイとマンは長距、ミネソタ州・チゾムまでやって来ます。
亡くなったはずのアーチー医師(バート・ランカスター)に、レイは出会い、彼の「メジャーで打席に入り、ピッチャーにウインクをして、三塁打を打つ」という一生の夢を聞きます。

テレンス・マンを乗せて、レイがアイオワの自分の野球場に車で戻る途中、ヒッチハイクしていた青年「アーチー・グラハム」を拾うことになります。

ストーリー終盤、色々なエピソードは、全て、レイが作った野球場に収斂されてゆきます。


私が思うに、人は、完全な善人とか、完全な悪人とか、は、あまりいないんじゃないかな、と。
程度の差こそあれ、誰しも複雑な思いを抱えて生きているのではないだろうか、と。

だからテレンス・マンがいう「しかし野球は辛くも踏みとどまった」というセリフに涙が出るのかな、と。

それに、「夢」というものは、叶わない事のほうが、大部分かな、と。
三塁打を夢見て打席に立ったアーチー・グラハム青年が打った、一本の「犠牲フライ」のように。
何かの歌でもあったが、“叶わないから、「夢」と呼ぶのでしょう”みたいに。

だから、せめて映画の中では、本作のように夢を見たいなぁ。。。と思う訳であります(^0_0^)


それを作れば、彼は来る・・
シューレス・ジョーがレイに囁く。
キャッチャーが面とレガースを外すと。。。

この映画を見ると、泣き虫オジサンになってしまうなぁ。。(T_T)

この作品、音楽もあまり扇情的ではなく、不思議な夢を見ているような気持ちになる感じがして、好感が持てます(^^♪

暮れてゆく地平の彼方から、この野球場に次々とやってくる車のヘッドライトが延々と続いていました。。。

自分は'60年代中程の生まれなので、この作品で語られる'60年代のアメリカの事とかよく解らないけど、この映画は忘れがたい、とても好きな作品です。。。(^0_0^)




ヒッキー的満足度★★★★★






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「泥の河」

2021-01-21 15:01:17 | Weblog
                   「泥の河」


監督・小栗康平
原作・宮本輝『泥の河』
脚本・重森孝子
音楽・毛利蔵人

1981年公開の本作。とても評価が高く、様々な映画賞を受賞していたので、何となく敷居が高くて、スルーしていたのを、ようやく観ることができました。

舞台は昭和31年の大阪。
河べりに立つ食堂。
主の板倉晋平(田村高廣)と、その妻の貞子(藤田弓子)が切り盛りしている。
その息子である信雄(朝原靖貴)は小学生(9才という設定なので、3~4年生だと思われる)。

物語冒頭で、芦屋雁之助さんが演ずる荷車のおじさんが、解けた積荷の下敷きになって息絶えるシーンが描かれる。

おじさんも自分も、戦火をくぐり抜けて、生き延びてきたが、今の暮らしは、どうにも「スカ」のようで、戦争で死んだほうが、よかったのではないかと、晋平が呟く。

ある日、河に「宿船」がやってくる。荷物の運搬でなくて、人が住むための船である。
ひょんなことから、信雄と、その船に住む少年・喜一(桜井稔)と姉の銀子(柴田真生子)が知り合う。
信雄を船に招き入れる喜一であったが、壁をはさんで隣の部屋から母親(加賀まりこ)の声で、あまりこの船には近付かない方がよいと。。。

という感じで、信雄と喜一およびその姉の銀子の3人の交流が、描かれてゆきます。

作品はモノクロで、昭和三十年代初頭の時代感と、全体を通して、戦争というものが残していった“影”のようなものを感じさせます。

前述の晋平の呟きの重さは、現実にその当時を生きた人でないと、本当には解らないのではないかと。。


調べてみると、この物語の時代設定である昭和31年(1956年)は、経済企画庁が経済白書「日本経済の成長と近代化」で、その結びに「もはや戦後ではない」と記述し(晋平が読む新聞にその見出しが出て来ます)、この言葉が当時の流行語になったとのこと。

これは前年の昭和30年に、GNP(実質国民総生産)が、戦前の水準を超えたことを受けての記述で、その年から、高度経済成長の始まりとなった「神武景気」が幕を開けることになります。

こんなふうに、世の中が戦争の痛手から立ち直り、大きく成長し始めたにも関わらず、自分たちの生活や暮らしぶりが一向に冴えないまま、取り残されていくという「虚脱感」のようなものが、物語の底流にながれています。。

信雄の家に招かれた喜一が、歌を披露する場面があります。
ここで歌われるのが、「戦友」という、戦争に行った兵士の心情を歌った歌で、劇中の晋平も、映画を観ているこちらも、子供がこの歌を歌い出したことで、ある意味ちょっと驚かされます。
「ここはお國を何百里、離れて遠き満州の・・・」
つたない音程で、とつとつと歌われるので、余計に戦場の悲しさのようなものが、ズドンと、聴く者に伝わって来ます・・。
晋平は、歌に聞き入ります・・。印象的なシーンです。。。

信雄と喜一が、貞子から50円玉をひとつずつもらって、お祭りの夜店へ出かけるシークエンスがあります。
喜一は「お金を持って、夜店に行くのは初めて」と。
観ているこちらも、何か胸躍るシーンなのですが、ポケットに穴があいていて、喜一は自分のと、信雄から預かったお金を落としてしまいます。
空腹のまま二人は帰途につくのですが、りんご飴一つだけでもいいから、食べさせてあげたかったですね。。。

銀子が、米びつに手を入れて、温かい、と呟くシーンでは、「米」という一番基本的な食べ物が目の前にある幸せというのを、改めて考えさせられました。

夜店の帰りに、宝物を見せてあげると、喜一は信雄を船に招くのですが、そのシークエンスで、信雄は隣の部屋の中を、明り取りの窓越しに、偶然に見てしまいます。。

帰ってゆく信雄を見つめる喜一と、信雄とすれ違いに船に戻ってくる銀子の淋しそうな表情が、胸に残ります。

それが信雄と、喜一、銀子が友達になった、ひと夏の終わりとなって、船は岸を離れて、また何処かへ旅立ってゆきます。。

この作品で、小栗監督の、子役への演出が素晴らしい、ということで、当時「E.T.」のプロモーションで来日したスピルバーグ監督が、直に小栗監督を訪問した、というエピソードが残っています。

とても良い映画だったので、小栗監督の「伽倻子のために」も、観てみようかな、と思った次第であります。。。




ヒッキー的満足度★★★★☆







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「野獣死すべし」

2021-01-02 17:26:58 | Weblog
(C)KADOKAWA1980



あけまして、おめでとうございます(^0_0^)

今年もマイペースで、レビューを載せてゆきますので、何卒、よろしくお願い申し上げます(^^♪

といういわけで、新春第一弾、角川映画9発目は、いよいよ(?)出ました「野獣死すべし」です(^^♪

危険な香り漂うっつうか、ヤバい感じの映画です。。。


これが公開されたのが、1980年の10月だから、私まだ中学生だったせいかどうかは忘れちゃったのですが、リアルタイムで映画館では観なかったように記憶しているのですが、高校で同じクラスになったW君(元気かな!?)が、熱烈な松田優作ファンで、この「野獣死すべし」の、リップバン・ウィンクル~の列車内のシーンの演技を「完コピ」していて、演じて見せてくれたのを、今でも憶えております(^^♪

この作品、監督は「最も危険な遊戯」「殺人遊戯」「処刑遊戯」「蘇える金狼」の村川透。
脚本は「処刑遊戯」やTVドラマ「探偵物語」、そしてこの後に「ヨコハマBJブルース」などの優作さん主演の作品を手掛けることになる、丸山昇一氏によるものです。
原作は大藪春彦の同名小説ということになっていますが、原作と映画では主人公の描き方などにかなり違いがあるとのこと。

この映画の主人公・伊達邦彦(松田優作)は、東大卒の大手通信社の戦場記者。
世界各国の戦場を渡り歩いて、衝撃的な写真を撮り続けていた。
その送られてくる写真があまりに加熱しすぎるとのことで、上層部が見かねて日本に伊達を呼び戻した。。という感じなのですな。。

この優作さん演ずる伊達邦彦のキャラクターが、見た感じですでに浮世離れしています。。


青白い顔色に、長身の痩せ細った体型、虚ろな眼差し・・・。

このキャラクターの役作りのため、優作さんは10kg近く減量をして、奥歯を4本抜いた、という話は伝説になっています。。
優作さん曰く「できれば身長をイメージ通りにするため、脚を五センチくらい切りたかった」とのこと。。。

土砂降りの雨の夜に、警視庁の警部補を刺殺し、奪った拳銃で闇カジノを襲う、強盗殺人事件が起きます。。。目撃証言などから、犯人は痩せた180cmくらいの男。。
犯人は伊達邦彦でした。。

通信社を辞めた伊達は、翻訳家のかたわら、好きなクラッシック音楽に浸っている様子なのですが。。。

クラシック音楽のコンサートで、偶然隣に座った華田令子(小林麻美)が、伊達に好意を寄せてきます。。

隣に座っただけで~!なじょしてこげんきれいかおなごが(どこの言葉じゃい!(^^♪)とも思うのですが、小林麻美さんの表情の変化が、とても上手いので、なるほどなぁ・・という感じです。

実は伊達は次に、銀行強盗を企んでいるのですが、一人ではキビしいとの判断で「もう1人」を探しているところで、レストランのウェイターである真田(鹿賀丈史)に目を付けます。


この鹿賀丈史さん演ずる真田の登場するレストランのシーンが、キレてる感じで、インパクト強いっす!
大卒のエリートたちの宴に、アウトローの真田がウェイターで。。。
何気に大卒集団を仕切っているのが、風間杜夫さんだったりして、アフロヘアーの鹿賀丈史さんとの対比が、印象的なシークエンスです。

行き場のないフラストレーションを腹の底に抱えている真田を、伊達は「もう1人」として選びます。

雷雨の夜、別荘で、この真田に食らわす伊達の説法のシーンが、これまたイっていて、危険なことこの上なしという感じです。
このシーンでいつの間にか殺されてしまっている、真田の恋人を演じているのが、根岸季衣さんで、フラメンコを踊るシーンなんかは、さすがだなぁと思いました。

なんでも、このころの優作さんは、スコセッシ監督の「タクシー・ドライバー」の影響を受けていたという話もあり、そう言われると確かにデ・ニーロが演じたベトナム帰還兵トラビスと、優作さん演ずる元戦場記者、伊達邦彦というキャラクターが、重なる部分もあるなぁ・・という感じはします。

下調べを周到に済ませた(この下調べで宝石商の支配人が疑われて逮捕されるというのが、なるほど!という面白さがあるのですが)伊達は、真田と2人で、銀行強盗を決行します。

このシーンで、どういうわけか銀行の職員は次々と撃たれていくのですが、来ていたお客さんは撃たれずに済んでいたのが、たまたま近所(?)の会社から社用で来ている令子と伊達は遭遇してしまいます。。。
伊達はマスクを取って。。。

という感じになるのであります。

しかし、観終わってから、思い出してみると、この小林麻美さん演ずる華田令子というキャラクターって、セリフがあまり無いことに気付きます。ホントにセリフ少ないです。
これだけの少ないセリフで、画面に登場するシーンもそれほど多くはないのに、印象強く残るというのがスゴい。


ネタバレになっちゃいますが、伊達を見ながら、崩れ落ちてゆくスローモーションは、ディープ・インパクトです。

伊達を執拗に追い回す刑事・柏木を室田日出男さんが演じています。

前述の警部補刺殺があってから、長年の刑事の勘で、伊達のあとをつけていきます。

件の銀行強盗があった後も、東北本線の夜行列車の中まで、伊達をつけて、乗り込んできます。

この列車内での伊達と柏木とのやり取りが、前述の「リップバン・ウィンクル」のシーンです。
リボルバーの拳銃の弾倉に、伊達はひとつだけ弾を入れて、リップバン・ウィンクルの話をしながら、柏木を追い詰める。。このシーンが、この映画のハイライトの一つだと思います。


この「野獣死すべし」のあとも「スローなブギにしてくれ」ではスナックのマスター役で角川映画に出演されている室田日出男さん。私の好きな俳優さんのひとりです(^0_0^)

走行中の列車から「一時撤退」と称して、窓ガラス割って伊達と真田が飛び出してゆくシーンは、「ホンマかいな」とも思いましたが、日本映画が斜陽と言われていたこの頃に、思い切りこういう作品を作れたというのは、角川映画のスゴいところだなぁ、と、思いました。

終盤のシーンで、優作さん演ずる伊達の、長回しの一人語りがあって、ラストにつながっていきます。

このラストシーンは、私は伊達が「撃たれた」という認識で終わったのですが、このレビューを書く際に、Wikipediaなどを読みましたら、どうやら色々な解釈があるようで、諸説紛々なのだそうです。。。

当時のこの映画のTVスポットは、優作さんが拳銃を耳元で振って「こんなハードボイルドが、あるのか・・・。」というナレーションがかぶる、といった感じだったのを、憶えております。

1989年にリドリー・スコット監督作の「ブラック・レイン」で、悪役「佐藤」を演じて、それが映画としては優作さん最後の作品になるわけですが、「狂気」という点では、その「佐藤」にも負けていないキャラクターを、この「野獣死すべし」で既に演じていたというのが、本当にスゴい俳優さんだなぁ、と、思う次第であります。

同級生のW君が、眼を輝かせながら、演じてみせてくれた、この映画の主人公。
もう四十年近く会ってないけど、まだどこかで元気にしていることを、祈りつつ。。。(^0_0^)




ヒッキー的満足度★★★★







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