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経済と心の部屋

多田アソシエイツ 多田総合会計事務所

Ψ“センス・オブ・ワンダー” ☆レイチェル・カーソン

2011年12月30日 | 日々の糧 Bread for the Journey


おくら ☆ 花言葉 ☆ 予想外の喜び

人間を超えた存在を意識し、おそれ、驚嘆する感性をはぐぐみ強めていくことは、どのような意義があるのでしょうか。自然界を探検することは、貴重な子ども時代をすごす愉快で楽しい方法のひとつにすぎないのでしょうか。それとも、もっと深いなにかがあるのでしょうか。
わたしはそのなかに、永続的で意義深いなにかがあると信じています。地球の美しさと神秘を感じとれる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることはけっしてないでしょう。たとえ生活のなかで苦しみや心配ごとにであったとしても、かならずや、内面的な満足感と、生きていることへの新たなよろこびへ通じる小道を見つけだすことができると信じます。
地球の美しさについて深く思いをめぐらせる人は、生命の終わりの瞬間まで、生き生きとした精神力をたもちつづけることができでしょう。
鳥の渡り、潮の満ち干、春を待つ固い蕾のなかには、それ自体の美しさと同時に、象徴的な美と神秘がかくされています。自然がくりかえすリフレイン----夜の次に朝がきて、冬が去れば春になるという確かさ----のなかには、かぎりなくわたしたちをいやしてくれるなにかがあるのです。

Ψ“一日一日が旅だから“☆メイ・サートン

2011年12月29日 | 日々の糧 Bread for the Journey


<八手> やつで ☆ 花言葉 ☆ 大人の分別、健康

八十歳を迎えるいま
私は船脚をゆるめます
安全に着岸できるようにと。
船はぼろぼろにいたみ
帆は裂け かじは
時にぐらりと進路をそれる
見るさまもない私たち
思えば長い航海をしてきたのです
時間と辛苦と勝利をぬって
八十年かけて私が何になるか
どうやってそうなるかを学ぶために。
ある日船は朽ち果てる
すると私はどうなるのでしょう。
虚無のなかに吐く
孤独な
息にすぎないものに?
あるいは肉体の殻をぬけだした
生気と情熱のエッセンスに?
知っている人がいるでしょうか。
最果ての港に近づいたなら
会いにきてください
老いぼれた船と私に。
でも長いこと 錨をおろしてはいられないのです
まもなく最後の
なぞにみちた航海に
出てゆかねばならないのですから
だれもがおもむくあの旅路
死にむかって。
そうして
船なしに彼の岸を旅する私のために
幸運を祈ってください。

Ψ充実

2011年12月28日 | 日々の糧 Bread for the Journey


<柚子> ゆず ☆ 花言葉 ☆ 健康、幸福

一刻一刻と死んでいく時間の中での、要請と責任をともなった充実以外に、いかなる充実も私は知らない。そのような充実にふさわしいと言うには私はほど遠いが、それでもなお、私は自分が要請によって呼びかけられ、責任によって答え得ることを知っており、また誰が語り、そして誰が応答を必要とするかも知っている。
それ以上に多くを私は知らない。それは単純にすべて、すなわち、対話の可能性をもって素朴に生きられることすべてをさすのである。

理想的な愛

2011年12月27日 | 日々の糧 Bread for the Journey


<葉牡丹> はぼたん ☆ 花言葉 ☆ 祝福、物事に動じない

人は愛する者に、他の如何なる人にもまさって関心をもつ。彼はその恋人を理解しようと思う。相手の考えかた、その生き方を知り、もし彼の性質が弱ければ相手の方に自分を合わせ、また反対に強ければ、相手を自分の思うように改造しようと、そう望むだろう。何よりも愛するための判断の中心に、彼が理解し得た相手の魂を置くだろう。しかし魂というものは曖昧だし、理解ということも曖昧なのだ。人は近似値的に理解し得るだけだし、愛する場合に、愛は全的に相手を求めているのだ。従って理解が愛の前提となることはないので、理解は理解であり、愛は愛なのだ。もしこの両者が食い違うことなく結びついていれば、それは理性と感情が相互に許し合った場合として、最も理想的な愛だということができるだろう。

Ψ聖夜

2011年12月26日 | 日々の糧 Bread for the Journey


クリスマスローズ ☆ 花言葉 ☆ 追憶

風から砂へ
申し送られた
救い主を待ち望む旧約の民の祈りが
押し上げた
ベツレヘムの丘の夜の地平線を
引き裂いてあがる
光の産声
それをきいたのは
母マリアとヨセフ
傍らに繋がれた馬たちだけ

だが この飼い葉桶に眠る赤ん坊を起点に
輝く星のコンパスが描きだした大きな円の道を辿って
東からは
駱駝に乗った三人の博士たちが
また 西からは
羊を従えた羊飼たちが
馳せつけてきた
この喜びのおとずれを
その目ではっきりと見るために
王であることと
贖いの子羊であることが
メビウスの環のように結ばれている
その生涯の第一ページが
神さまの力強いペンで記された
二千年前の聖夜