以下は今日の産経抄からである。
文中強調は私。
歌壇の大御所である岡井隆さんは、かつて寺山修司さんや塚本邦雄さんらとともに「前衛短歌運動の旗手」と呼ばれていた。
前衛短歌は、写実を旨としてきた伝統的な短歌に対して、虚構を持ち込み政治や社会をも大胆に詠むのが特徴とされる。
岡井さんにとっての「政治や社会」には、旧制高校の物理学の講義で学んだ原子力も含まれていた。
〈亡ぶなら核のもとにてわれ死なむ人智はそこに暗くこごれば〉。
昭和58年ごろの作品である。
核エネルギーには、暗く危険な部分があっても、人間の英知が凝縮している。
皮肉をこめながらも、平和利用の推進に賛同していた。
医師でもあった岡井さんは、両刃の剣である原子エネルギーを医学に例えたことがある。
その発達がもたらした高齢化社会はかならずしも幸福とはいえない。
だからといって、医学を否定するわけにもいかない。
その思いは、東日本大震災による東京電力福島第1原発事故の後も変わらなかった。
〈原発はむしろ被害者、ではないか小さな声で弁護してみた〉〈原子核エネルギーヘの信頼はいまもゆるがぬされどされども〉〈原子力は魔女ではないが彼女とは疲れる(運命とたたかふみたいに)〉。
あくまで「小声」ながらも原発容認の作品は物議を醸した。
「日本中の新聞で原発擁護を書いたのは岡井さん一人。袋だたきに遭いますよ」。
周りから言われても、まったく動じなかった。
「前衛」が、宮中歌会始撰者や天皇、皇后両陛下の和歌の衵談役である宮内庁御用掛を務めていいのか。
そんな批判にも、一切言い訳しなかった岡井さんが、92年の生涯を終えた。
亡くなる直前まで社会への関心を失わず、新型コロナウイルスを題材にした歌を作り続けていたという。
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