以下は前章の続きである。
ミニチュア版「体験的本多勝一論」
さて、その本多の本性を私自身も体験する機会があった。
といって殿岡の20年に比べるとわずか2ヶ月間くらいのミニ体験に過ぎないが、それでも希有の体験ではあった。
発端は、朝日新聞が慰安婦問題での吉田清治の証言報道を虚偽であったと認めた直後に出た、『週刊文春』2014年9月4日号(発売は8月28日)の特集記事だった。
特集のタイトルは「朝日新聞『売国のDNA』」。
この中に私の短いコメントが出てくる。
「この記事は本多氏が中国共産党の案内で取材し、裏付けもなく執筆したもので、犠牲者30万人などは、まったくのデタラメです」
私は、こんなありきたりのコメントが問題にされるとは露とも思わなかった。
発売翌日の8月29日付で、『週刊金曜日』編集部から『週刊文春』編集部に配達証明郵便が届いた。
「藤岡信勝様『週刊文春』へのコメントに対する公開質問状」と題されていた。
そこには、6つの質問が記されていた。
その第1番目は、「約30万人戸殺されたとの記述は、本多編集委員の結論ではなく、姜眼福さんの体験の聞き取りであることをご存知ですか」となっている。
姜眼福は『中国の旅』に登場する南京港湾局勤務の43歳の船員で、彼が「30万人」と証言した(文庫版230ページ)から書いたまでだ、と本多は言いたいのである。
これを受け取った『週刊文春』編集部は、細かい公開質問に私が答えるよりも、いっそのこと、『週刊文春』と『週刊金曜日』の両編集部立ち会いのもとで本多と私の公開討論を行い、それを両編集部がそれぞれの責任で記事にする、という企画を提案した。
以下、いろいろないきさつがあったが、一応のルールが決められ、両誌での論争が始まった。
第一信で本多は自ら文章を書かず、「発端が『週刊金曜日』なので、俺の担当A記者との対話を紹介することにしよう」と言って、そのあとは専ら「A記者」「本多」という発言者名をゴシックにした、雑誌の対談などと同じ形式の文書になっているのである。
これには心底驚き、呆れた。
私は本多との誌上討論には同意したが、正体不明の「A記者」なるものと討論することを承諾した事実はない。
極めて失礼であり、ルール違反である。
両編集部が明文化したルールには「原稿は本人が書くこと」という項目はないが、それは当然の前提だから書かなかっただけである。
「俺」という一人称も公的な場の発言として不適切で、相手を馬鹿にしている。
もうこの時点で、私にはこの討論を拒否する十分な理由があった。
そもそも、「A記者」とは誰なのか。
私の周りの読者から聞こえてきた声は三通りある。
(1)本多の言うとおり、『週刊金曜日』の担当記者であろうという常識的な見方。もしそうなら、せめてその氏名を明らかにすべきである。
(2)「A記者」なるものは実在せず、集団でこの論争に対処しているグループ名ではないかという推測。
(3)そもそも、「A記者」は架空の創作された人物であるとする説。様々である。
いずれにせよ、「A記者」なるものを登場させる手法の目的は明白だ。
責任逃れである。
将来、誌上討論の発言で責任を問われかねない事態が生じるかもしれない。
その時の保険として、本多自身ではなく、本多側の文章の9割を占める「A記者」の発言にしておけば、逃げを打つことができる。
私は討論を続けるために、「A記者」の発言も含めて、書簡に書かれていることの全てを本多の発言として扱うことを宣言した。
論理的には、それ以外に討論を続ける理由は考えられない。
驚いたことに、本多の第三信では、「A記者」が「私の発言を本多さんの発言とみなすのは『捏造』ではないでしょうか」と言い、それに本多が「俺の発言とごっちゃまぜにしてもらっては困る。藤岡氏の史料に向き合う姿勢がわかりますね」と応じて、私の個人攻撃のネタにまでしている。
この誌上討論はこういう調子で、本多側のふざけた態度と私の質問に答えなかったことによって、まともな討論として成立しなかった。
読者の方には申し訳なかったが、本多が論争のマナーもわきまえない不誠実な人物であることがよーくわかった。
この稿続く。
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