以下もまた、戦後の世界で唯一無二のジャーナリストである高山正之が週刊新潮の掉尾を飾って連載している名物コラムからである。
一ッ葉田子
テヘランから西に130キロ。
同じエルブルーズ山麓にカズビンという街がある。
ホンダの二輪工場が進出しているが、ここはなぜかホモの街とも言われる。
渡り鳥がこの街の上を飛ぶときは片方の羽でお尻を隠すとか、空挺部隊が降演習をしたら街の男たちが布団を敷いて裸で待ち構えていたとか。
もちろん冗談。
「千葉の茂原はおかまの産地」みたいな言い方と同じだ。
このカズビン以上の風評被害を蒙ってきたのがレスボス島の市民だ。
ここはBC6世紀、ギリシヤの女流詩人サフォーが住んでいた。
彼女は女の学園を開き、若い教え子たちとの目くるめく官能の喜びを詩に歌いあげた。
それで女性の同性愛者をレスボス島の女、レズビアンと称するようになった。
そっちが有名になって市民は困った。
この島出身を意味するレズビアンの表記がいらぬ誤解を招いた。
08年には「女性同性愛者の意味でレズビアンを使うな」という訴訟がアテネ地裁に起こされたが、島民側の敗訴で終わっている。
この島はトルコの海岸からわずか13キロに位置する。
それでイラン人やシリア人がゴムボートでここに渡ってきだした。
上陸すれば、そこはギリシャ。
つまりEUの一角に入り込んだ難民とされて温かく迎えられる。
EUは百万を超す難民に戸惑い、今やレスボスの名は欧州人が一番聞きたくない島の名になった。
もう一つ聞きたくない島の名がランペドゥーザ島だ。
ここはかつてイタリアには自慢の島だった。
透明な海。白砂。静かな湾に浮かぶヨットはまるで空に浮いているように見える。
この絶景ツアーは日本発I週間の旅で25万円が相場だったが、ここもまた「アフリカ北岸から100キロ余」が災いした。
リビアやマリからの経済難民があちらの蛇頭の手で送り込まれ、そこからEUに列をなして渡ってきた。
欧州諸国は「カダフィの仕業」と誤解し、NATO軍が彼を始末した。
しかし難民は逆に増えて、今は難民の大洪水がこの島を見舞っている。
この稿続く。