映画と自然主義 労働者は奴隷ではない.生産者でない者は、全て泥棒と思え

自身の、先入観に囚われてはならない
社会の、既成概念に囚われてはならない
周りの言うことに、惑わされてはならない

モンパルナスの灯 (ジャック・ベッケル)

2013年01月01日 00時38分21秒 | ジャック・ベッケル
モンパルナスの灯 - LES AMANTS DE MONTPARNASSE - (1958年 108分 フランス)

監督  ジャック・ベッケル
原作  ミシェル・ジョルジュ・ミシェル
脚本  ジャック・ベッケル
撮影  クリスチャン・マトラ
音楽  ポール・ミスラキ
編集  Marguerite RENOIR

配役
モジリアニ.................ジェラール・フィリップ
ベアトリス.................リリー・パルマー
ジャンヌ・エビュテルヌ.....アヌーク・エーメ
リラ・ケドロヴァ...........マリアンヌ・オズワルド
モレル.....................リノ・ヴァンチュラ
     .................レア・パドヴァニ
     .................ジェラール・セティ


現実の世界と、別世界(夢の世界)


【カフェにて】
客は絵が気に入らなくて「やるよ」と突き返した.確かに、客の態度は冷徹かもしれないが、けれども、客は、それなりのお金を払って似顔絵を描いてもらっているのであり、気に入らなくて怒り出しても、当然ではないのか.モジリアニに言わせれば、自分は画家であって似顔絵を描いているのではない、と言うであろうが、それは一流の評価を受けた画家の言う言葉であって、当時の彼が言う言葉ではないと思う.
さらに言えば、当時のモジリアニが、自分のプライドがどうのこうのと言える人間であったのかどうか?
確かに、客の態度は、プライドを傷つけるものであったけれど、それは普通の人間の場合のことであって、あの時の彼は一文無し、友人の画商の言葉に従って、お店の勘定だけでも、素直に受け取るべきであったはず.
友人の画商が部屋代を払ってくれたのだが、その行為を彼はどう思っていたのであろうか.金のないはずのモジリアニは、酒屋で酒を買って飲みながら街を行く.正しいプライドの持ち主であれば、酒を買うお金があるならば、いくらかでも自分で部屋代を払うはずである.つまり、当時のモジリアニは、自身のプライドを主張できるような人間ではなかったと言わなければならない.

【酒場の女】
ベアトリスの家から戻った彼は、昔、関係のあった酒場の女の店に、酒をたかりにやってきた.
「酒を飲ませないから別れたの.私の時と同じね」彼は酒を飲ませなければ、女と寝ない男だったらしい.
「ここは酒場だろ.俺は客だ.酒を出せ」金を払う気はない、以前に関係のあった女のよしみにすがって、ただ酒を飲もうとする男の言う言葉であろうか.
「正気か」そう言って、勝手に酒をついで飲み続けるモジリアニから、彼女は酒を取り上げ、店から追い出した.
彼女は自分が捨てられることになっても、彼から酒を取り上げた.彼女は、モジリアニの体を気遣う優しい心を持ち合わせていたのだけれど、モジリアニはその心をどの様に思っていたのだろうか?.

【作家の女の、ベアトリス】
「困らない」モジリアニを街角で見つけたベアトリス.彼女は、甘えるように彼の腕にしがみついて言った.
「別に」そっけなく答えるモジリアニ.
その明くる日、モジリアニは、酒屋で酒を買って飲みながら街を行く.そのモジリアニを、街角のカフェにいたベアトリスが呼び止めると、『今度こそ別れる』つもりだった、その女の所へ、彼は寄って行った.
似顔絵を描いていたカフェでは一文無しだったはず.酒を買ったお金は、きっと、何かをすることと引き換えに、誰かから貰ったのであろう、その誰かの所へ彼は寄っていった.そして、お金をくれた誰かの目の前で、もらったお金の幾何かを、バイオリン弾きに上げたのだった.
ベアトリスの隣に座るモジリアニ.目の前のテーブルには既に酒が置かれている.
「言ってくれ、君を殴ったか」
「あきれた人、半殺しにしといて」
「一緒に寝た?」
「当然よ」
「そう、それならよかったんだ」
「その点はごりっぱ」
何が『ごりっぱ』だったのか、私にはよく分らないけれど、きっと何かが楽しかったような、ベアトリスは相手をほめることを忘れなかった.
それはそれとして、酒場の女の言った言葉と合わせて考えると、
『自分と寝たい女が向こうから言い寄ってきた.頼まれたから仕方なく、自分は嫌々女と寝るのだから、飲まなきゃいられない.金の力で自分と寝た不純な女を殴っても何も悪くない』、彼の考え方は、こんなのでしょうか?.

「モンマルトルで酒を飲まずに、描けると思ってるの」
「水を飲んで描く絵なんか、たかが知れてるわ」
彼女は、彼の絵の理解者でもあったと思えるが、どうであろうか.
そして、
「とにかく、あなたを悪くしたのは、私ではないわ」と、モジリアニに言い張ったのだけど、倒れたモジリアニを観て、彼女は涙を流した.寝ることと引き換えに彼に酒を飲ませ、その酒が彼の健康を害したことは間違いなく、涙を流し自分の行為を彼女なりに反省した、酒場の女と同じように、やはり優しい心の女性だったようだ.

ベアトリスを、続けよう.
「結婚を迫ったりしないから大丈夫よ.私を抱いて」彼女は、こんな考えの女だったと思える.二人の関係は、夜の社交場で遊び、そして一夜を共にする、それだけの関係だったようだ.結婚を迫ったりしないので、遊びだけで男と寝る女、年齢的に不釣り合いな男女が踊るダンスホール、退廃的な雰囲気、不健康に満ちた夜の社交場で酒を飲んで遊ぶだけ、モジリアニを墜落させる悪い女と、周りから見られていたらしい.そして、「私を好き?」とか、「私のことを、どう思っているの?」と、決して聞きはしなかったに違いない.それなので、モジリアニも彼女のことを、遊びだけで自分を欲しがる、悪い女だと思い込んでいたのではないか?
「君は美人だ.良く殴ったが...悪かった」
「ばかに優しいわね.なぜ?.今夜は変よ...新しい女ね」
どことなく不思議な会話なのだけど、ベアトリスは、相手の変化から感じ取って、あっさりと、新しい女が出来たと見抜いてしまった.
「女?.いや、雨が好きでね.それだけのことさ」不思議な言い訳の言葉を口にしたモジリアニだったが、けれども彼女は、そうした彼の性格を、良く理解していた女性であったと思われる.決して彼を怒ったりはしなかった.

【昔なじみの女】
一人帰ることにしたモジリアニは、ダンスホールの前で昔なじみの女に出会う.
「お酒、少し分けてくれない」彼は、半分の酒を女のグラスに注いだ.
「雨よ」
「.....」
「久しぶりね」過去の二人の関係が、たった一言で伺い知れるのだが、けれども彼は何も言わずに、雨に打たれながら帰っていった.
『ああ、元気だったかい?』とくらいは、言ったらどうなのだ.

【ジャンヌとの出会い】
年増の女の紐の生活を捨てて、若くて純真なジャンヌとの結婚は、彼にとっては夢の世界だった.
ジャンヌは、彼のことを『辛くても真実を行く人』と言ったのだけど、その真実とはどんなのもだったのか.
「私はバカだから耐えられたけど、彼女には無理」
「本気だったら、そっと離れてやるのが、本当の愛よ.2日前に知ったばかりの相手が気の毒よ」
ベアトリスは、こう言ったのだけど.
そして、別れるときになると優しくなるモジリアニが、女に優しくするためにお金を払おうとした、そに彼に、
「あなたが、お金を払うのは変よ」と、言ったのだけれど.

【ニースにて】
パリの街で冷たい雨に打たれることが好きな彼にしてみれば、暖かい陽光に包まれた南仏のニースの生活は別世界、そして夢見た、柄に合わない純真なジャンヌとの生活が現実になった.異国と言える土地での生活は、彼にしてみれば別世界での生活だったのだが.

【海辺の二人】
「帰りたくなくなった」
「だめ、パリで幸せにならなくちゃ」
「月に2枚売れば」
「2枚、なぜ」
「子供が出来たら、生活費もかさむわ」
「まず無理だよ、月に1枚売るんだって」
「売るのよ」
「売るか...」
そして、
「ジャンヌ、幸せにしたい、もし不幸にしてもそれは心ならずもだ」
「大丈夫よ、覚悟してるわ」
私は、ジャンヌが幸せになりたい、それだけを望んでいたならば、そのまま南仏にとどまるべきだったと思う.苦労の覚悟があるのならば、どこで苦労するのも同じこと.南仏に留まれば、画家として成功する夢を捨てることになるけれど、画家同士の競争のない南仏で静かに自分の絵を描くことも、一つの道であったはず.
「少しは似せて描いてよ」、そして絵を見た女は「大目に見て上げる」と言ったのだけど、絵を突き返されるパリとは違って、南仏はそう言う土地であったと思えるのですが.

そして、パリに戻った二人.
初めの内こそは、ニースの続きのような生活だったのだけど、夢だった二人の結婚生活は、次第に現実のものとなっていったと思われるのだけど、それと共に、再び彼は、酒に酔いしれる世界に戻っていったらしい.

【個展の画廊にて、初日】
自分の絵が世間で評価されるかどうか、それを問われる初めて開いた個展であった.一見盛況ではあったのだが、客は、画廊の女主人の友人、自分のアパートの住人、良く言えば身内、悪く言えばさくらばかりだったらしい.
「すばらしい、傑作だ」こう評する客に、ジャンヌは愛想よく酒を勧めて回る.けれども、モジリアニは、客の相手もせず、ふてくされた態度で一人で酒を飲んでいた.そして、アパートの隣人の女が抱きついて「すばらしい」と言った途端、彼は険悪な表情になった.
『お世辞なんか聞きたくない.うわべだけの綺麗事の言葉なんかまっぴらだ』おそらく、モジリアニはこう思っていたのであろう.
あるいは『自分の絵が解る客は、一人もいない』と、客をバカにしていたと言うべきかもしれない.
『成功させてやりたいわ』画廊の女主人はこう言った.確かに客はさくらばかりであったかもしれないが、けれども、女主人だけでなく、集まってきた客は皆、モジリアニの成功を願ってやって来たと言ってよいはず.失敗を願って来たのは画商のモレルだけであろう.
モジリアニは、彼の成功を願う皆の優しい心を、どの様に思っていたのであろうか.
見かねた妻が「飲みすぎよ」と言うと、「じゃ帰る」と、一言言っただけで、誰にも挨拶することなく帰って行こうとした.
「明日来て」困り果てた女主人は、それでも、また明日来るように頼んだけれど、
「なんで」と、逆に、言い返す様な言葉を残して、帰っていったのだった.
今日来た客はさくらばかり.明日は誰も来ない.モジリアニには解っていたのであろうが、けれども彼の個展であるにもかかわらず、来るつもりはないと言うのは、彼の成功を願っている、皆の気持ちを逆なでする言葉であったと思うのだが.

以前に、
『モジリアニは天才か?』ベアトリスが記事にしたのを知って、彼は大喜びしました.
そして、この日は、
『俺は天才だ.だから、俺の絵を解るやつはいない.俺の絵の解る客は来やしない』

【個展の画廊にて、二日目】
来る客はさくらばかり、自分の絵を理解する客は一人も来ないと思い込み、初日のモジリアニはふてくされて酒を飲んでいた.そして、二日目は、客は誰も来ないと思い込み、画廊に来ることもしなかった.
けれども、画商のモレルは明日また来ると言っていた.言葉の通り、彼はやってきたのである.モジリアニの予想に反して、翌日も客は一人は来たのであって、さらに言えば、その客は、数少ない彼の絵の理解者でもあったのだ.

その日、モレルはスロボフスキーにこう言ったのだった.
「彼は酒を飲みすぎる.(だから今は絵を買わない)」
そして、
「運がない」モジリアニには運がないと言ったのだが.

『きっと、誰か一人ぐらいは、自分の絵を理解する客が来るはずだ』、こう考えて、モジリアニが酒を飲まずに、誰か一人でも自分を理解する客はいないのか、丁寧に客の対応をしていたとしたら、どうであろう、モレルは買ったのである.まさに、モジリアニには運があったと言わなければならないのだが、現実のモジリアニは全く逆であった.
簡単に言ってしまえば、『酒を飲みすぎるから、運がない』つまりは『酒を飲みすぎなければ、運があった』のである.この日、モレルは絵を買いに来た.モジリアニがいて酒を飲んでいなければ、モレルは絵を買うつもりで来たのだと思えるのだけど、どうであろうか?
あの酔っ払い相手では、普通は絵を買いたいと思わないであろうし、よしんば買いたいと思っても、まともに話を聞く相手ではないので、買うことも出来ないのではないか.モレルは絵を理解する人間であった.芸術を理解する人間ならば、『酔っ払い相手では商売が出来ないから、死ぬまで、買うことが出来ない.(酒をやめさせろ)』と言うところを、『死ぬまで、買わない』と言ったとしても、何も不思議なことではない、やはり、このように思えるのだけど.
画廊の女主人は、モレルがいやがらせにやってきたと言ったけれど、冷静に考えれば違うようである.彼は、お世辞を言わなかったが、モジリアニの絵を誹謗もしていない.先に私は、モレルが失敗を願ってやってきたと書いたが、それも間違いであろう.

『明日は誰も来ない.明日また来る』とは、『今日は、さくらの客で一杯で、真面目な絵の話は出来ない.彼の絵を理解する人間は多くはいないはず.たぶん明日は誰も来ないと思うので、また出直してくる』彼は、こう言いたかったのではないのか.
そして『彼は飲みすぎる』とは、酔っ払い相手に商売の話は出来ないと、もっともなことを言ったに過ぎないのである.
前日、ベアトリスが『お人好しも、ほどほどにしないと』と言った時、スロボフスキーは『性分でね』と答えたのだが、しかし、お人好しでは商売は出来ないはずである.モレルはお人好しの正反対の人間であったのだが、お人好しでは商売は出来ないと考えれば、例え酷い人間のモレルであっても、きちんと対応しなければならない相手であったと言わなければならない.
単純に考えても、客商売をしていて、客が気に触ることを言ったにしても、売り手が怒ってはいけないのですね.そして、冷静に対応していれば、モレルはものすごく嫌な言い方をする人間だったのだけど、至極もっともなことを言っているに過ぎないことも、解ったはずだと言わなければなりません.

もう少し、書き添えておきましょう.
スロボフスキーとモレル
「どうだ、売れたのかね」
「少しはね」
「何点」
「3~4枚」
「友人にな」
画廊には、彼ら二人しかいなかった.この二人の会話から、初日に来た客は、さくらばかりであったのが伺い知れるのですが.
それはさておき、スロボフスキーは売れた相手が『友人にな』と、本当のことを言われて、その言葉を馬鹿にされたと受け取り、怒り出したのではないのか.『今は買わない』こう言われたなら、『そんなことを言わず、一点でも2点でも買ってくれないか』、と頼むのが商売のはずです.
冷酷な画商モレルは、商売に置ける至極常識的なことを言っているに過ぎなかった.それに対して、同じ画商でありながら、スロボフスキーは商売の基本を解っていなかったと言わなければならない.モレルは『争わないのが私の主義だ』と言ったけれど、客を相手に喧嘩をするのは、誰がどう考えてもバカな事である.
そして、芸術を扱う商売をしながら、相手の言葉を芸術的に理解できなかったとしたら、これも、何をかいわんやであろう.

警察は、初日は来なかった.なぜなら、客が沢山いたからである.多くの人の支持があれば猥褻ではなく、誰も支持しないと猥褻.と、考えるのは間違いであろう.猥褻な絵は猥褻である.それがどこまで許されるか、その判断が、集まる人の数に因るだけだと思うのだけど.
それはさておき、警察も、ちゃんとお客のことを考えていたのに、モジリアニは何も考えなかったと言うことなのでしょう.

【セーヌ川のほとり】
”画家の妻”、妻の肖像画が、それなりの金額で売れたらしい.けれどもモジリアニはその金で酒を飲み、更には残ったお金を河に捨ててしまった.絵はがきを描いたわずかな収入で、家計を支える妻にとって、残酷を通り越した仕打ちであった.
「”死ぬか””いいわよ”」
「”橋の下で寝るか”"いいわよ”」
「”客を引け”と言っても”いいわよ”とくるか」
そして、この言葉である.
彼は、妻の気持ちを良く知っていた.知っていて、その気持ちを逆なでする言葉で妻を苦しめている.彼は、妻の優しさを受け取ろうとしなかった.妻の優しさから逃げるために酒を飲み、そして妻の優しさを逆撫でして、妻を苦しめていた.

以前に、彼は、
『俺はお金が欲しくて寝たのじゃない』、彼は寝たのと引き換えにベアトリスから貰ったであろう、そのお金で酒を買い、残ったお金をバイオリン弾きに上げたのだった.
『俺はお金が欲しくて、絵を描いているのじゃない』妻の肖像画を売ったお金で酒を飲み、残ったお金を河に捨てたのも、あの時と同じだったのではないのか?

【アメリカの金持ち】
モジリアニは苦悩から絵が生まれると言ったけれど、この言葉を金持ちの男も理解した.
『目元がすばらしい』
『別世界を夢見る目だ』
金持ちの男は、モジリアニの絵を、化粧品の商標にすると言った.ビンのラベルであったり、大きく引き伸ばされた地下鉄の広告であったりするという.苦悩から絵が生まれる、苦悩から逃れ別世界を夢見る絵、このような絵を化粧品のラベルにすれば、その絵は、女性の美しくなりたいという願望を引き出すことになる、金持ちの男はこう考えたのであろう.
「トイレにもか」このモジリアニの言葉に、金持ちの男は「何を言いたいのだ」と言って、怒り出した.モジリアニは、絵を商標にすることは、絵を侮辱する行為だと思い込んでいた.金持ちの男は、モジリアニの絵を正しく理解していたのだけれど、他方のモジリアニは、自分が絵を侮辱する人間だと思い込んでいる、その態度に怒り出したのである.
「主人は絵、私は宝石」私は高い宝石を買ったのだから、夫の絵も高くて構わない.「高く言いなさい」と、金持ちの妻は、絵を売りに来た彼らに助言をした.そして、チョコレートを皆に勧めて回ったが、モジリアニはいらないとそっけなく断った.彼女は、なんて愛想のない人なのかと呆れ返った素振りを見せた.性急な性格の夫婦であっても、絵を売りに来た客を、礼儀正しく、優しく迎えた夫婦であったのだが、それに対してモジリアニは、無愛想を通り越した、礼儀を失した態度であった.相手は自分の絵を理解してくれたのであるから、モジリアニも、少なくとも相手を理解しようとする態度を、失ってはならなかったはずである.
彼は絵を売りに来たのであるが、いったい、相手の気持ちをどの様に考えていたのであろうか?

【ホテルのエレベータの中】
モジリアニ達と再開したベアトリスは、一方的に話しまくる.
「この人と婚約したの」(だから今は幸せよ)
「個展見たわよ.私の裸婦ではとんだ災難ね.この人に見せたかったわ」
「良い身体してたわよ.ほんとよ.そうよね、そうでしょ?」(あなたは、私と暮していた頃は幸せだったでしょ)
「奥さんに、ご紹介して」
「殴らない、気絶しないようにね」(私は殴られても我慢したけど、あなたは、今幸せ?)
「頑張ってね」
彼女はモジリアニ達のことを小説に書いていると言った.そして、機会を見て一緒に食事をしようと言ってエレベータをおりていった.
嫌々、年増の女と寝る自分は不幸で、好きな自分と寝ることが出来る相手の女は幸せ、モジリアニはこのように考えてきたのだと思える.だから、彼は、相思相愛のジャンヌと自分が一緒になれば、幸せになれるに決まっていると思い込んでいた.
互いに好き合った男女が一緒に暮すことが、幸せの基本ではあるけれど、それだけでは幸せになれない.彼の間違いが、現実の結果となって、彼に理解されることになった出来事であった.

もう一度、以前のベアトリスとモジリアニの会話を考えてみよう.
「本気だったら、そっと離れてやるのが、ほんとの愛よ」
「冗談じゃない」
「二日前に知ったばかりで、相手が気の毒よ」
「不幸にすると?」
「あなた、家庭が持てる柄?」
「.....」
「むりよ、私はバカだから我慢できたけど.その子にはむりよ」

『その子にはむりよ』と、ベアトリスは言ったけれど、ジャンヌは貧乏に耐え、けなげにモジリアニを支えてきたので、私はベアトリスが言ったことは外れたと思っていたのだけど.でも、彼女の言ったことは少し違うようだ.
『私はバカだから、好きなあなたと家庭を持ちたくても、我慢して暮してきた.けれども、その子はバカではないはずだから、好きな相手と家庭を持とうと思うに決まっている.あなたは、家庭を持てる柄ではないから、そんな生活は出来ない』
もう少し考えて見ると、
『あなたは家庭を持てる柄ではない.だから、私は(遊びだけで付き合うバカな女のふりをして)結婚したくても我慢してきた.だけど、その子は我慢できず、不幸を承知で結婚を望むはず.本当に好きな相手なら、そんな気の毒なことは止めなさい.(私だって、あなたを本当に好きだから、だから結婚を諦めたのよ)』きっとこれが適切で、彼女の言ったとおりになってしまった.
相思相愛のジャンヌと自分が一緒になれば、幸せになれるに決まっていると思い込んでいるモジリアニに、きちんと理解されたのかどうなのか?.その後の、海辺での、ジャンヌとの会話をみても、よく分らない.

ベアトリスの言葉をまとめると、こんな風なのか.
『私はバカだから、以前は結婚できそうもない、あなたと我慢して暮していた.あなたは、寝る前は酒を飲んで、嫌々私と寝るふりをしていたけど、私だって良い体をしてたから、あなただって楽しかったはず.それなのに、あなたは私を殴ってばかりいた.今は私、この人と婚約して幸せよ』
猥褻だと警察に言われたあの絵は、モジリアニにとって猥褻な思い出の作品だったらしい.猥褻な出来事、男女の二人だけの別世界の出来事を、ベアトリスは現実の世界で明かにしてしまった.その別世界とは、彼が虚栄心で覆い隠してきた彼の内幕でもあったのだけど.

今一度、モジリアニをまとめて見よう.
自分はベアトリスを好きではないけれど、ベアトリスが望むから、気は進まないが、女を喜ばせるために寝てやるのだ.モジリアニはこう思っていた.だから、自分が好きでもない女と一緒に寝て、自分が喜びを感じていることは、絶対に隠さなければならないことだった.
「寝た後は雄弁ね」モジリアニは、俺がお前を楽しませてやったのだと、寝た後に威張り散らしていたらしいけど、自分が女と寝て楽しかった、その気持ちを一生懸命に隠していた、馬鹿げた話ですが、どうも、こんなところのようです.
「困る?」そう聞きながら、ベアトリスは通りで見つけたモジリアニの腕にすがりついた.
「別に」そっけなく答えるモジリアニ.
ベアトリスは、モジリアニだって自分と寝たいと思っているのを知っていながら、知らないふりをしていたようです.そして、間違っても、「私を、好き?」などとモジリアニに聞かない女だったのでしょう.
モジリアニは、相手から優しくされるのが嫌な男でした.ベアトリスは、それを良く知っていたので、「困る?」と聞きながら、優しくしてねと相手にすがるように言ったのです.そして、優しくすると怒る男だったので、寝た後は逆に「雄弁ね、から元気、えせ天才」と、殴られるのを承知でモジリアニを怒らせていた、モジリアニの性格を見抜き、考えた接し方をしていた女性だったと思えます.
「その点はごりっぱね」と、寝た相手をほめることは忘れない.そして「あなたがお金を払うなんて変よ」と、モジリアニに言ったけれど、自分がお金を払って優しくしていることを、相手に気づかせない、作家の言葉と考えるべきなのでしょう.
甘えと怒らせる組み合わせは、けなげに尽くし相手に優しくするジャンヌとは、逆のことをしていたと言えるでしょうか.以前のモジリアニは、別れる、今度こそ別れる、と言いながら、「モジ」と呼ばれれば、ベアトリスに引き寄せられて行きました.逆にジャンヌが、彼女がいくら優しくしても、家に帰ってこなかったのです.

【ホテルから帰った二人】
ベアトリスはエレベータの中で、『そんな話こんなところでするなよ』と言いたくなる話を、一方的にしゃべりまくりました.
以前は、二人で寝たときのことを、『その点はごりっぱね』と、ほめてくれたのだけど、「良い身体してたわよ.ほんとよ.そうよね、そうでしょ?」、この時は逆だった.『あなたも楽しかったはず』と、寝た後は威張り散らして、隠してきたはずだった彼の気持ちを、ベアトリスは皆の前で喋ってしまった.

なんて馬鹿げたことを、自分は隠して来たのだろうか.一緒に寝た女が、相手の気持ちが解らないはずがない.
ベアトリスは、『私を、好き』とか決して聞かなかった.遊んで、酒を飲んで、寝るだけの女.彼女の方も、それだけしか望まない女だと思っていたのだけど.
婚約者と一緒で幸せそうな二人だった.彼女は結婚を望まない女だと思い込んで来たけれど、きっと彼女は、自分と結婚したかったに違いない.自分が家庭を持てる柄ではないので、言わなかっただけなのだ.ベアトリスの気持ちを何も考えない、身勝手な自分だった.
「殴らない?、気絶しないでね」と、ベアトリスはジャンヌに言ったけれど.
ベアトリスは、どんなに辛くても、辛い表情を見せない女だったんだ.彼女はジャンヌに、辛くても我慢するのよ、こんな風に言ったのか.
自分は芸術家の言葉でベアトリスに話をしていたけれど.『私は、気絶するほど殴られた』とは言わなかった.以前だって、彼女も作家の言葉で話をしていたに違いない.けれども、そんな風に考えたことは、今まで一度もなかった.
『あなたがお金を払うなんて変よ』確かに彼女の言ったとおりだった.ベアトリスから貰ったお金で彼女に優しくしたって、なんの意味もないことだった.
あの時は、『私がお金を払うのは当然よ』と受け取ったけれど、『あなたの稼いだお金で払ってね』こう言われたと、受け取らなければならなかったのか.
自分は決して、ベアトリスを幸せにしていたとは言えない.そして、今も、幸せにすると言ったはずのジャンヌを、自分は苦しめている.
ホテルからの帰り道、モジリアニはこんな風に、考えたのではないでしょうか.

「ジャンヌ、僕らにも永遠の喜びがあるはずだ、違うかい」
「そうよ、あるわ」
「幸せになろう、頑張るよ、ジャンヌ、ごめんよ」
「いいのよ、私は幸せよ」

「頑張ってね」と、ベアトリスは言い残して行きました.
「幸せになろう、頑張るよ、ジャンヌ、ごめんよ」彼は、ベアトリスに言われたように、「頑張るよ」と言って、そして「ごめんよ」と、ジャンヌに謝りました.ベアトリスの心を理解し、優しいジャンヌの心も素直に受け入れた、モジリアニでした.

【カフェで絵を売り歩くモジリアニ】
「やるよ」、映画の冒頭では、似顔絵を描いた客が気に入らなくて、冷たい言葉で絵を突き返した.
そしてこの時は、優しそうな女がバックを開けお金を差し出したのだけど、やはり彼女も、絵を受け取ろうとはしなかった.
どちらも、画家としての彼の誇りを傷つける事になったのだけど.
今一度、最初のシーンを振り返れば、友人の画商が言ったように、カフェの支払いだけを受ければ良かったはずであり、「どうぞお構いなく」と、モジリアニの言葉のように譲るとすれば、あの時、彼は絵を破って捨ててしまった、あの行為が一番いけなかったのではなかったのか?
そしてこの時は、
「ありがとう、お心は受け取りますが、お金は受け取れません」このように相手の暖かい心だけは受け取るべきのはず.そうすれば、きっと彼女も、絵を受け取るべきかどうするか、考えたでしょう.

【画商のモレル】
この冷たい心の画商の男は、モジリアニの分身の様に、彼の心の中を投影するように描かれているのではないでしょうか.
カフェで似顔絵を描いているモジリアニを見て、モレルは才能を認めたのだが、それは、自分が天才であるとうぬぼれていたモジリアニ自身ともいえる.
個展では二人共、明日は客が来ないことが解っていた.モジリアニはお世辞が嫌いで、モレルはお世辞を言わない人間だった.
「生きている間は売れない」「運がない(から売れない)」と、モレルは言ったのだが、モジリアニもそう思っていたのではないか.
言葉の通り、翌日、個展にやってきたモレルと、来なかったモジリアニ.
「君」「誰?、その声は?」「友人だ」「そう、こんばんは」この言葉が、死の直前に、モレルとモジリアニの交わした会話であった.
そして、心配して待ちわびるジャンヌのもとへ、モジリアニの代わりにやってきたのはモレルだった.
「お金より励ましが大事なんです.でも売れるのは久しぶりです」
「わかります」
残酷な結末なのだけど、けれども、皆の励ましを拒んで来たのはモジリアニ自身であり、皆の優しさをモジリアニが拒んで来たから、このような結末になったのである.
そして、モジリアニは決して運がない人間ではなかったはずである.妻のジャンヌを含め優しい多くの女性にめぐり会い、友人の画商、アメリカの金持ちも、彼の絵を理解したのである.それらの運を拒んだのは、やはり、モジリアニ自身であった.

世界中から、画家を志す者たちが集まってくるモンパルナス.成功するのは一握り.その街で、画商たちも将来有望な画家を見つけ、絵を買い集めていた.将来有望と判断しても、その絵が何時売れるのか、それは解らない.おそらく生きている内には売れると思えない事も、あったであろう.
壁の穴を塞ぐことしか役に立たない絵が、ある日には億単位の価値になる(かも知れない).支離滅裂な世界の出来事だった.

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昔なじみの女が、「お酒、少し分けてくれない」と言えば半分分け与えた、相手が望めば、相手に優しくする人間であった.
けれども、逆に彼が相手から優しくされると、その優しさを拒む人間だった.
似顔絵を描いた客に絵を突き返され、相手が払うという金を受け取らなかった.相手の優しい行為を受けとらなかった.
ベアトリスは良い身体の女だった.彼女と寝て彼も楽しかったはずなのに、それを認めようとせず殴った.女に喜ばせてもらったことを認めようとしなかった.
妻、ジャンヌが生活を支えている.その妻の優しい心を彼は認めようとせず、彼女を苦しめた.
個展で客の相手をしない彼の姿も、アメリカの金持ちに絵を売らなかったのも、全て、相手の優しい心を受け取ろうとしない、彼の虚栄心に過ぎなかったと言ってよいでしょう.
虚栄心が欺瞞を生み、その欺瞞が苦悩を生み、彼自身を苦しめた.そして、その苦しみから逃れるために飲む酒が、彼自身の健康を害し、周りの皆も苦しめることになったのです.
ベアトリスも、倒れたモジリアニを見て泣いたのだけど、酒場の女にその涙を知られないように、慌てて涙を拭いたのだった.誰にでも、虚栄心はあるのだけれど、けれども、虚栄心から相手の優しさを拒むと、自分も相手も苦しめることになる.
(お金を受け取るかどうかは、その時々としても、相手の優しい心は必ず受け取らなければならない)

別世界とは、彼の絵では夢の世界であり、彼自身にとっては、つまらない欺瞞の世界であった、と、しておきます.


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