自彊術の教室で、体操と操法の間に理事の方から
短いお話があります。
雑誌の掲載情報とか地方の教室見学の報告とか。
昨日は会員さんで心筋梗塞になった方の話。
その方は旅先で胸の下のほうがちょっと痛いと気づいた。
手を見てみると掌が白い。
血流が悪くなっていると判断してご主人に救急車を呼んでもらった。
緊急に手術が行われ、事なきを得た。
当初入院は3週間と言われのが予後が良く
1週間で退院できたとのこと。
で「大切なのは先入観に囚われないこと」と話された。
私は知らなかったけど心筋梗塞の兆候として
背中が痛くなることが多いと言われているらしい。
しかしこの方は胸が痛かった。
しかも耐えられないような痛みではなく
「ちょっと痛いかな」くらいだった。
「痛いのは胸だし我慢できないほどじゃないし
それに旅先で救急車を呼ぶなんて、と思っていたら
手遅れになりました」とのこと、なるほど。
もうひとつのお話は「治りやすい人」の話。
現在の教室の基を築いた近藤医師は常々
意識の持ちようについて語ってらしたそうだ。
曰く「理由を聞く人は治りにくい」
病気になった理由を「どうしてこんなことになったんでしょう?」
と聞く人は多いがそれを知ってどうする。
そんなことより、これからどうしていくかを考えろ。
確かに。
理由を知って次に備えたいという自然な気持ちもあるかもだけど
病気になったときの「どうして」は
病気になってしまった自分を受け入れられないほうが大きいかな。
もし理由がわかったとしても
「なぜ、こんなことになったんだ」って抵抗する気持ちは同じ。
もしくは理由だけ受け入れた場合は
「なんでそんなことをしてしまったんだ」って後悔のループにはまりそう。
理由をきかない人は「病気になった自分」をさっさと受け止めて
「じゃあどうしよう」と前を向けるひとなんでしょうね。
先生は簡単に「気持ちが過去にむいちゃだめなんですよ」と言うが
しかし、これはなかなかむずかしいぞ。
あ、私が『難しい』と言ってる時点で自分にとって難しいことにしてるのか。
「きっとできる」と思って見たら、また意識の持ちようが違うのかな?
なかなか示唆に富んだお話でした。