読書の記録

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人はなぜ<上京>するのか ・ TOKYO OMNIBUS

2014年12月27日 | 東京論

人はなぜ<上京>するのか

著:難波功士

TOKYO OMNIBUS ―一人で来た東京

著:小林紀雄

 

  「人はなぜ<上京>するのか」は、明治時代から平成の今日まで、いかに人は東京を想い、東京を目指し、東京で生活し、そして東京で成功したか、あるいは挫折したかを、文学や小説から、映画や歌謡曲の歌詞まで頼りながら文献をひもといたものである。

 僕はもっぱら首都圏で生まれ育っている。今は千葉県民だけど、子ども時代は埼玉県で育っている。大学生時代は神奈川県にいた。
 つまり、東京都のまわりをぐるぐるしている。
 勤務先は東京都である。高校も東京都であった。
 だから、東京のネイティブかといえば、そんなことはなくて、むしろ自分の原風景は埼玉県にあったりするのだが、しかし、日中を東京都で過ごす時代が長いためか、「東京」というものへの距離感を感じたことはほとんどなく、東京圏に住んでいる、という自覚である。

 だから、本書に描かれる野望や切望、期待と挫折感は、けっきょくのところシンクロできないわけである。
 イルカの名曲「なごり雪」が、東京で過ごしたカップルの片方―彼女が田舎に帰ることになり、それを見送る男性の心境をうたったもの、と指摘され、なんと今の今までそのシチュエーションに気付かなかったくらいである。

 そんなわけで、かなり遠巻き感覚で本書は読んでいたのだが、終わり近くなって、小林紀雄の「TOKYO OMNIBUS」が盛んに引用されていた。

 

 「TOKYO OMNIBUS 一人で来た東京」は読んだことのある本である。
 著者の小林紀雄は写真家で、今は小林キユウの名で活動している。本書の刊行は1998年で、その刊行の年に僕は本書を買って読んでいる。
 そしてなんだかすごく感銘を受けて、今でも書棚に納まっている。

 本書は、著者が様々な「上京1年以内の人」を探しだして、取材したものだ。対象はほとんどが若い人である。進学にあわせた上京、就職口を探すための上京、何かを成し遂げたくてやってきた上京。
 この本がなんで感銘を受けたかというと、「一人暮らし」の夢と焦燥が描かれていたからである。

 その頃、僕は親元で暮らしていて、ひどく一人暮らしがしたかった。
 ただいくつか事情があって、実家を離れることが難しく、一人暮らしは夢でしかなかった。

 「TOKYO OMNIBUS」は、確かに「上京」した者をモチーフにしているけれど、副題にある通り、「一人」なのである。家族総出の引っ越しではない。
 一人で、まったく異なる環境に身を投じることのドラマが、「TOKYO OMNIBUS」の主題なのだ。

 そこには孤独と暗中模索と希望と不安が解けない方程式のようにからみあっている。だけれど、このようにして人は生きていくのだ、と本書は示していて、なんだか僕はすごく追い立てられた気分になったのだった。

  その後、僕は結婚して実家を出たので、ついに「一人暮らし」は叶わなかった。

 あらためて「人はなぜ<上京>するのか」に戻れば、これも「東京に行く」ことがテーマだが、もうひとつはこのひとつの体で東京に行くという、「一人で来た東京」なのであった。
 「一人」で東京にやってきて、東京でいろいろな人と出会い、いろいろな物事に出会う。成功と同じくらい挫折もある。東京でうまくいかなかった「一人」もたくさんいる。
 だけれど、「一人」を試すことができた人生があることが、
「一人」で切り出していった経験知をついに持たなかった僕には、とても眩しく思えた。

 


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