読書の記録

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ペンギン村に陽は落ちて

2010年04月29日 | 小説・文芸
ペンギン村に陽が落ちて (未読の人にたぶん差し支えない程度のネタばれ)

高橋源一郎


 高橋源一郎のTwitterを見ていたらずっと絶版だった「ペンギン村に陽は落ちて」が再販になるということがつぶやかれていて、へーっと驚いた。

 高橋源一郎のケッサクを3つ上げろと言われたら、人によっていろいろあるに違いないが、僕は「日本文学盛衰史」と「13日間で「名文」を書けるようになる方法」と、それから「ペンギン村に陽が落ちて」である。
 へえ。「さようなら、ギャングたち」は? 「優雅で感傷的な日本野球」は? なんて声が聞こえそうだが、もちろん傑作であることを認めるのはヤブサカではない。が、最初の3作はいずれも僕は読んで落涙したのである。(ついでにいうと「あ・だ・る・と」の最終章の『凄み』には身震いしてしまった。それまでとのエグイ本編との落差が凄まじい)

 僕は「ペンギン村に陽は落ちて」は再販は無理だろうと思っていた。この小説は、80年代に子供時代を(あるいは子供のココロを持って)生きてテレビアニメを見てきた人と、それ以外の人では、かなり鑑賞のポイントというか、読後感が違うだろうと思うのである。で、この小説の真髄は、前者「80年代に子供時代を生きてテレビアニメを(あるいは子供のココロを持って)見てきた人」への小説的挑戦に他ならない。

 だいたい、タイトルの「ペンギン村に陽は落ちて」からして、「ペンギン村」から連想するものは世代によって全然違うだろう。ゼロ年代な人にとっては、知識はあっても記憶はないはずである。なんの意味も説明もドラマもなく、単なる通行人Aとして村道をウルトラマンやゴジラが歩いていて、いい加減な描写の木が生えた山が遠景に見える「ペンギン村」のなんともいえない妙を肌で感じている世代はかなり限られているはずだ。
 そして、この小説は全編的に、そのような刹那的な80年代のアニメやコミックの「空気」を捕まえて、当時はやっていたメタでポップな文学として昇華させている。少なくとも読者は「ドラえもん(もちろん大山のぶ代のもの)」「北斗の拳(「ひでぶ」「あべし」は小学生のマストアイテム」「サザエさん(カツオ君の声は今は亡き高橋和枝)」「キン肉マン(二世じゃないぞ)」「ガラスの仮面」さらには「鉄腕アトム」や「ウルトラマン兄弟」といった70年代以前のものへの追想、そしてもちろん「Dr.スランプ」とともに生きてきたことを求められる。

 実に周到な仕掛けで構造化されており、序文の後、第1章と最終章を「Dr.スランプ」で挟み、「ドラえもん」や「サザエさん」などで章は構成される。いちばん真ん中にくる章が、「ガラスの仮面」で、これがもっとも長大な章であり、私見を述べさせていただければ、これがこの小説中、中核を成すきわめて重要な章である。両端に配置された「Dr.スランプ」と、中央の「ガラスの仮面」がカギであり、その間を埋める「ドラえもん」や「サザエさん」は幕間、あるいは間奏曲とでもいえるような構成の妙である。マーラーの交響曲のようではないか。
 「ガラスの仮面」での主題は「同時代カンガルー」である。マヤに命じられた役は「同時代カンガルー」である。ただのカンガルーではない。超難題である。ここにこの小説が背負った「同時代への挑戦と超克」が集約されている。(ちなみにその「ガラスの仮面」が2010年のいまだに「連載中」、つまり同時代中であることに、高橋源一郎の驚異的な先見の明を見た)

 そして、最終章の「Dr.スランプ」後編。最後に夢のように霧のように散って消えていくこの虚無感、虚脱感。一炊の夢であったかのようなこの儚さに、ボーゼンとし、落涙するのである。これはもう源一郎マジックとしかいいようがない。


 どうだ。未読の人は読みたくなったでしょう。でも、これは繰り返すが、「「80年代に子供時代を生きてテレビアニメを(あるいは子供のココロを持って)見てきた人」でなければ、味わえない値千金の読書経験なのであーる。

 2010年になって、これが再販されるという。つまり、これはこの小説の主題である「同世代」をまさにカンガルーとして超えた反・同世代にさらされる試練ということである。
 そして、反・同世代において、この「ペンギン村に陽は落ちて」が、同世代に見出すことのできなかった新たな価値と真実が発見されることを期待してやまない。

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