昨日までにマスタリングを終え、音源は私の手を離れました。
長谷部さん、ありがとうございました。
私から見たらカミサマ級の経験値で、
いちばんいいと思われる形にしてくださった、でも
出来上がったものがどう判断されるのかだからね、と
それはご本人もおっしゃっていたとおり。・・・。
昨日の朝、スタジオに伺う前にどうしても自然に触れたくて公園へ。
核兵器をなくしたい、その願いはあらゆる命のためだもの。
小さなカエルたちはすこ~し大きくなってるのかな、
両方の目玉と鼻先を水面に出して、たぶんこちらを伺っている。
でももう、前みたいにわらわらと逃げない。
こちらがいたずらはしないとわかってきたのかな。
あちこち数えたら30匹くらいいる!かわいい。
金色の筋の、いまや絶滅危惧種のメダカ。泳いでいるのを初めて見た。
小さな川エビや、ザリガニもいる。
ひとしきりそれらを眺めたあと、大好きな木の力を借りて呼吸法をしていたら
今日に限って何かある程度の重さor硬さのものが、ボトン、ボトンと
ひっきりなしに落ちている音が。
鳥の爆撃??やめて、悪いことしてないんだから!と思いつつ、
でも木の梢にも鳥の姿はない。
呼吸をしながら耳を澄ます。…すぐ近くの足元に落ちた!
冬仕度に毎日少しづつ葉を落としているポプラ、その枯葉の一枚が
ちょうど手を軽くすぼめたような形になっていて
上手く衝撃を吸収して弾まないで済んだのだろう、
そこに植物の数珠球くらいの、小さな丸い黒っぽいものが入っていた。
種…?
カロリナポプラで調べてみたけど、
初夏に実がはじけて出てくる綿毛は有名だけど、
秋のこれについては何も書いていない。
でもこの木以外にこんなところにこんなものを落とせる木はそばには一切ない。
とにかく、私は種をもらった。
いのちの始まりのもの。
掌で転がしているうちに、なんだか木々や周囲の自然のすべてが愛しくなって
カロリナポプラに抱きついたら、またも涙が溢れてきた。
私が愛するのと同じように、自然も私を愛してくれている。
そう感じた。
長谷部さん、ありがとうございました。
私から見たらカミサマ級の経験値で、
いちばんいいと思われる形にしてくださった、でも
出来上がったものがどう判断されるのかだからね、と
それはご本人もおっしゃっていたとおり。・・・。
昨日の朝、スタジオに伺う前にどうしても自然に触れたくて公園へ。
核兵器をなくしたい、その願いはあらゆる命のためだもの。
小さなカエルたちはすこ~し大きくなってるのかな、
両方の目玉と鼻先を水面に出して、たぶんこちらを伺っている。
でももう、前みたいにわらわらと逃げない。
こちらがいたずらはしないとわかってきたのかな。
あちこち数えたら30匹くらいいる!かわいい。
金色の筋の、いまや絶滅危惧種のメダカ。泳いでいるのを初めて見た。
小さな川エビや、ザリガニもいる。
ひとしきりそれらを眺めたあと、大好きな木の力を借りて呼吸法をしていたら
今日に限って何かある程度の重さor硬さのものが、ボトン、ボトンと
ひっきりなしに落ちている音が。
鳥の爆撃??やめて、悪いことしてないんだから!と思いつつ、
でも木の梢にも鳥の姿はない。
呼吸をしながら耳を澄ます。…すぐ近くの足元に落ちた!
冬仕度に毎日少しづつ葉を落としているポプラ、その枯葉の一枚が
ちょうど手を軽くすぼめたような形になっていて
上手く衝撃を吸収して弾まないで済んだのだろう、
そこに植物の数珠球くらいの、小さな丸い黒っぽいものが入っていた。
種…?
カロリナポプラで調べてみたけど、
初夏に実がはじけて出てくる綿毛は有名だけど、
秋のこれについては何も書いていない。
でもこの木以外にこんなところにこんなものを落とせる木はそばには一切ない。
とにかく、私は種をもらった。
いのちの始まりのもの。
掌で転がしているうちに、なんだか木々や周囲の自然のすべてが愛しくなって
カロリナポプラに抱きついたら、またも涙が溢れてきた。
私が愛するのと同じように、自然も私を愛してくれている。
そう感じた。
はい、本当に重い曲です。他に歌いたがる人がいないわけです(^^;
なんと!私ったらその後デモをお聞かせしそびれていたのですね?ライヴにまでお越しくださった方なのに!申し訳ありませんm(_ _)m
たいへん恐縮ですが、ここまできましたら何卒もうしばらく、お待ちくださいますよう。。。
ですから、自然と命を見つめるTOMOKOさんがザマナイを歌われるのは、とても自然なことのように思われます。
重い内容の曲でしょうが、音楽の出来上がりを拝聴するのが待ち遠しいです。