副田本道の「平和維新」

私の夢:「平和維新」を世界の共通語にすること。

喜んでいますよ。他国籍の信者が多い学会は

2010-03-29 05:09:51 | Weblog
入口は阿修羅。一粒万倍日。来訪者様に感謝。
阿修羅への投稿の紹介です。投稿者 TORA様に感謝。

私は、ガラケーを応援する。
今年の秋に予定されている3.9Gが、さらにガラケーを加速すると思われる。

やっと日本のシステムにアップルが追いついた。
のろのろで見たいページが出てこない。

これが世界標準だ。と宣伝している。
おかしいね。

金持ちのTORAさんは、少し見方を間違えたのかな。
それとも立ち位置が変わったのかな。

いやそれよりも私が老化したのかな。

グローバル、ユニサーバルなど、日本人には
意味の解らない言葉を使って、世界標準などという、もっともらしい言葉で、
製品をつくり、製造工場への派遣社員を公認した一部の日本国民。

いつから、日本国民は、
日本国民を、馬鹿にする国になったのですか。

喜んでいますよ。他国籍の信者が多い学会は。

紹介はここから。
日本独自の進化を遂げたパソコン、つまりPC-9801やFM-Rが、ガラケーのNECや富士通が開発するモデルに相当する?
http://www.asyura2.com/10/hasan67/msg/518.html
投稿者 TORA 日時 2010 年 3 月 28 日 13:30:00: GZSz.C7aK2zXo

株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu212.htm
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/
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“日本独自の進化を遂げたパソコン、つまりPC-9801やFM-Rが、
ガラケーのNECや富士通が開発するモデルに相当するのではなかろうか。
2010年3月28日 日曜日
◆SIMロック 日本の携帯“脱孤立”を 総務省が解除検討 3月24日 毎日新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100324-00000026-maip-bus_all
総務省は、携帯電話端末が特定の通信会社の回線しか使えないようにする「SIM(シム)ロック」の将来的な解除の検討を始める。米アップルが日本で4月に発売する新型端末「iPad(アイパッド)」など、複数の通信会社のカードを差し替えて利用できる製品の登場に対応するため。日本の携帯だけが世界で孤立した「ガラパゴス状態」のあだ名を返上し、国際競争力強化を図るのが狙い。
 来月2日に通信会社や携帯メーカーからヒアリングを実施し、今後の課題を整理する。
 携帯端末は電話番号の情報などが記録されたSIMカードを差し込んで使う。海外ではカードを差し替えるだけで、複数の通信会社の携帯端末が使える。総務省は07年にもシムロック解除を検討したが、「iモード」などネット閲覧ソフトが通信会社で異なっており、他社のカードに差し替えるとネットが閲覧できなくなるため、結論が先送りされていた。
 しかし、米アップルの「アイフォーン」など基本ソフト(OS)が世界共通のスマートフォン(多機能携帯電話)の普及で通信会社の垣根を越えて使えるようになってきている。NTTドコモもアイパッド用カードの販売に前向きで、シムロック見直しの機運は高まりつつある。
 ただ通信業界には慎重な声が強い。【中井正裕】

◆1994年に似ている、iPhoneとAndroidの今  1月21日 矢崎 茂明
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20100119/343416/?ST=android-dev&P=1
(前略)
「ガラケー」という言葉がある。日本独自の携帯電話の進化を、ガラパゴスにおける生物の進化になぞらえ、日本でしか利用できない様々な機能を備えた携帯電話を「ガラパゴス・ケータイ」と呼ぶ。略してガラケーだ。
 とても役立って、便利だったガラケーが筆者は好きだった。でも、iPhoneが自由に素早くWebにアクセスできることに気づいてから、急にかすんで見えるようになった。購入の翌日、所有していたガラケー(SO906i)の有償サービスをすべて解約した。「ガラケーだけで利用できるちょっと使いにくいけれど有用な機能」よりも、iPhoneの広い画面で得られる「自由なWebアクセス」の方がずっと大事で、金銭的にも価値があると自然に感じた。
 購入から2週間、筆者はiPhoneをほとんど体の一部のように感じるようになった。筆者よりずっと前にiPhoneを買ったある同僚は、「iPhoneがないと戦闘力が半分以下」と語っていた。彼が何と戦い、iPhoneの力で何に勝利するのかよく分からなかったが、iPhoneが体の一部になった今ではその気持ちが分かる。iPhoneの電池が切れると、とても悲しい。不意に手から滑り落として、地面にぶつかったときは“痛い!”と思う。
 この感覚を表現するいい言葉はないか…と考えているとき、「身体性」という言葉が浮かんだ。近いのは、幼いころ、補助輪なしの自転車に乗れたときに、行動が自由になることを、ハンドルを握る手のひらから感じた、あの感覚である。これは失いたくない。他人に奪われるのは嫌だ。
「真のパーソナル・コンピュータ」
 あるiPhoneアプリの開発者と打ち合わせをしていたときのことである。先のような「身体性」の話をすると、彼は「真のパーソナルコンピュータ」という話をしてくれた。とてもよく似た話を2人の開発者から同じ時期に聞いたので、まとめて要約する。「そもそも『パソコン』というコンセプトは、個人で使うもの。それを目指して作ってきたけど、高価なので部署で共有されたり、管理が大変だったり、資産として会社に管理されたり。結局うまくいかなかった」。
 話は続く。「携帯電話はそもそもコンピュータで、誰もが自分用のものを自分で一つ持つ文化として世の中に入った。情報にアクセスしたり、コミュニケーションしたりするときの個人的な起点になる。ガラケーでもいいけど、制約が多すぎる。自由にアクセスできる感触さえあれば、真のパーソナルコンピュータとして、あっという間に広まる」。
 だとしたら、NDAとAppleの審査に守られたiPhoneのアプリケーション開発は厳しいな、Androidはまだアプリケーションが少ないけれど、ソフトウエアは開かれた開発環境で、ハードウエアは複数のベンダーによって、それぞれ自然な競争が起きるとしたら、だいぶ有利だな…そんなことを考えていて気づいたのが、1994年ごろ、筆者がパソコンへ抱いていた思いとよく似ていることだったのだ。
1994年に似ている
 1994年、筆者は自宅や研究室で、Macintoshや、PC-9801を利用していた。それぞれ機能差や向き不向きはあれど、多くの人が使う「コンピュータ」はMacに似たものになるだろうな、と感じていた。それを思い出した瞬間、2010年の現在、iPhoneやAndroid端末などのスマートフォンを取り巻く状況と、1994年当時の状況がどんどん一致し始めた。
 1994年のMacintoshに相当するのが2010年のiPhone。1994年にMicrosoftが推進していたWindowsは、2010年にGoogleが推進するAndroidである。1994年当時“日本独自の進化を遂げた”パーソナルコンピュータ、つまりPC-9801やFM-Rが、ガラケーのNECや富士通が開発するモデルに相当するのではなかろうか。
 追撃する立場にあるAndroidのほうが、開発環境の難易度が低いのも似ている。1994年当時、Mac上での開発は、情報が少ない、開発ツールが高価であるなどいくつかの理由でかなり敷居が高かった。それに比べてWindowsは、コンパイラの入手しやすさ、よく整備されたAPIなど、開発者が参入しやすかった。iPhone
SDKとAndroid SDKの関係も、「参入のしやすさ」という点では同じ構造といえそうだ。
 どちらも切り開いたのがSteve
Jobs率いるAppleで、追撃するのがコンピュータのキー・ファクターを握る米国の大企業、当時はMicrosoftで今はGoogleだというのも興味深い。
(後略)
(私のコメント)
最近になってiPhoneを見かけることが急速に多くなって来ました。発売当初のiPhoneはインターネットにアクセスしても1ページを表示するのに時間がかかり使いものになりませんでしたが、最新型のiPhoneはサクサク動くようになって実用レベルになってきたようだ。もちろん基本的なバッテリーなどの欠陥はそのままですが、日本も携帯電話からスマートフォンの時代になってきました。
日本の携帯電話は独自の進歩をして携帯電話でインターネットが出来るようになった。日本では通信環境が急速に改善されて3G携帯が主流になりインターネットも使える環境でガラパゴス携帯が普及した。しかし携帯電話機にインターネット機能を詰め込んだものであり、iPhoneは最初からモバイルパソコンとして作られたものだ。だから比較するのは無意味であり違うものだ。
ガラパゴス携帯をパソコンに例えるならば、ワードプロセッサーにインターネット機能を付けたものによくい似ている。富士通やNECでもそんなワープロを売っていた事がある。しかしウィンドウズ95パソコンが普及するようになってワープロもNEC-PC9801もFMタウンズもどこかに消えてしまった。
NECも富士通もウィンドウズ95までは何とか動くマシンを作っていましたが、ウィンドウズ98になると付いて来れなくなり急速に死滅してしまった。パソコンの動向はソフトが決め手になる事は最初から分かっていたのに、NECも富士通も独自のパソコンに拘って、パソコンにおいてもガラパゴス化していた。
当時と同じような事が携帯電話でも起きているのですが、これはパソコンが独自の変化をしてモバイルパソコンとしてiPhoneが登場した。電子書籍としてもiPadとして登場しましたが、基本がパソコンだからインターネットを標準的に使える事が従来の電子書籍と異なる。アップルはこのようなパソコンの枠を超えたパソコンを作り出しているのに、日本のメーカーは縦割りだからそれが出来ない。
いずれアップルは自動車も作るかもしれない。電気自動車の時代になればパソコンメーカーが自動車を作ってもおかしくは無い。しかし日本のNECや富士通ではそれが出来ない。パソコンはパソコンであり携帯電話は携帯電話であり営業部門の枠を超えたものが作れない。しかし未来の自動車は電子制御で動くようになるからソフトが自動車の決め手になるだろう。未来的に予言すれば自動車でもトヨタのプリウスがガラパゴス自動車になる可能性がある。
現在のところ日立や東芝やパナソニックが自動車を作る計画は無いが、自動車関連部品を作っている。将来的にパソコンと自動車が融合してインストールされているOSやソフトによって自動車の性能が異なるという事がおきるだろう。プリウスのブレーキに欠陥が見つかりましたがソフトの不具合が原因だった。その欠陥の不具合を直すにはソフトの書換えが行われた。
だから同じプリウスでもインストールされているソフトが異なれば性能も異なる事になり、自動車の性能もソフトが決め手になる時代が来るだろう。例えばiPhoneを運転席にセットすれば後はiPhoneが目的地まで自動で運転してくれるような自動車も出来るだろう。iPhoneのようなスマートフォンにはカーナビの機能もあるから自動車とパソコンの垣根は低いだろう。
不思議でならないのはテレビがガラパゴス化してしまって、パソコンや携帯との融合がなかなか進まない事だ。デジタルテレビなどは限りなくパソコンに近いのですが、未だにテレビはテレビでありパソコンはパソコンになっている。これもメーカーの営業部門の壁が妨げになっているのですが、アップルがインターネットテレビを発売したら携帯と同じ事が起きるだろう。
iPadは9,7インチの画面ですが、これを40インチにしたら大型液晶テレビになる。iPhoneを大型液晶テレビに繋げると大型液晶テレビがiPhoneになるようなものが出来るだろう。しかしテレビ放送の規格とインターネットの規格は異なるから融合が進みませんが、インターネット動画放送が本格化すれば従来のテレビ放送はガラパゴス化するだろう。
日本人がなぜiPhoneを作ることが出来ないのかは、会社の営業部門の違いだけではなくSteve
Jobsのような天才がいないことが大きな原因だ。いたとしても日本人は嫉妬深いから天才を若いうちに潰してしまう。先日も次世代原子力発電の事を書きましたが、画期的な技術の芽はあってもそれを育てる環境が無いと実現は出来ない。
たとえ画期的な原子力発電が出来たとしても、既存の石油業界がそれを潰してきた。Microsoftのビル・ゲーツが次世代の原子力発電に乗り出したと言う事は、パソコンを作り出すことくらいの画期的なことですが、当時の常識はコンピューターといえば大型汎用コンピューターの事だった。日本人は目先の事には一生懸命になれますが、次元を超えた発想をする人物をキチガイ扱いして社会から葬ってしまう。
日本の携帯は毎日新聞記事のようにSIMロックによって海外からの参入を拒否してきた。日本のデジタル放送もBCASカードによって参入が難しい。これらがガラパゴス化の原因でもあるのですが、総務省はSIMカードを差し替えだけで使えるようにするらしい。国内の携帯電話のメーカーもiPhoneのようなスマートフォンが主力になりつつありますが、Androidで打って出る状況に直面している。
ガラパゴスからAndroidに変身出来るかが課題ですが、日本がパソコンで失敗したのはMicrosoftにWindowsをブラックボックス化されてしまったことでカスタマイズが出来なくなってしまったからだ。カスタマイズが出来ればメーカごとの独自の商品も出来るから日本のメーカーも商売が出来る。
インターネットはもはや社会インフラとなり、インターネットは携帯で利用する事が標準になるだろう。iPadもインターネット端末であり電子書籍やメールやウェブ閲覧用道具になるだろう。パソコンによるインターネットは一部の人のものですがAndroid携帯によるインターネットは一般の人に本格的に普及するだろう。
紹介はここまで。