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三酔人の独り言

ルポライター・星徹のブログです。歴史認識と国内政治に関わる問題を中心に。他のテーマについても。

中学校教科書採択 育鵬社「歴史」「公民」が惨敗

2020-10-03 11:03:17 | 教科書・教育
 今年の夏、全国で中学校教科書の採択が行なわれた。通常は4年ごとの採択だが、今回は特例で、5年ぶりの採択となった。

 教科書の採択は、本来、児童・生徒の学習にとってどれが最も有用か、という観点で行なわれるべきものだ。「有用」とは何かの議論もあるが、基本中の基本は、その分野での「研究成果の積み重ねを重視すること」(A)ではないか。その上で、「学習者が学びやすいか、思考を援助するのに役立つか」(B)などの観点も重要となってくる。

「歴史」や「公民」の教科書に関しては、特に注意が必要だ。政治的な思惑の入り込む危険性が、常に存在するからだ。政治権力者の中には、AやBを軽視してでも、「自身の歴史観、道徳観、価値観」を世に浸透させたい、子供たちに教え込みたい、と考える輩が数多く存在する。

「考える」だけならまだしも、政治力にものを言わせて、教科書採択を自身の価値観に沿うよう画策する勢力が、常に存在するのだ。注意が必要だ。

 教科書は、誰のためにあるのか。今一度、原点に立ち返り、考えを深める必要がある。

 社会民主党の機関紙「社会新報」2020.9.30号の「特報」欄(P4-5)に、「中学校教科書採択」に関する無署名記事が掲載された。私(星徹)が、取材・執筆に協力した。編集部の許可を得たので、以下に転載する。

【タイトル】
教科書採択 育鵬社版が大幅減少
来春から使用の中学「歴史」「公民」
採択制度の問題はそのまま


【リード文】
 今年の夏、中学校教科書の採択が5年ぶりに行なわれた。

 歴史の事実より日本の美化を重視する、育鵬社版「歴史」教科書。現憲法の3原則を否定的に捉え、国家主義的視点を重視する、同「公民」教科書。今回、両教科書の採択が、大幅に減少した。

 前回採択までは、安倍晋三首相ら政治権力を味方につけ、順調に進んでいるかに見えたが、今回なぜ、育鵬社版は大敗したのだろうか。

囲み記事【教科書採択制度と「つくる会」系教科書】
 小中学校の教科書採択は、基本的に、4年に1度行なわれる。

 都道府県立校は、各教育委員会が採択。私立と国立は、各校が採択。それ以外の公立は、全国の採択区(今年は581)ごとに行なわれる。採択された教科書は、翌年度から使用される。

 1996年、「新しい歴史教科書をつくる会」が発足。それまでの「歴史」教科書を「自虐史観」「日本を嫌いにさせる」などと批判し、「日本に誇りを持てる教科書」づくりを目指した。

 2001年採択を目標に、扶桑社(フジサンケイグループ)の中学校「歴史」「公民」を作成。安倍晋三衆院議員など多くの国会議員らも賛同した。

 文部省(現・文科省)は同年、「教育委員会の権限と責任において教科書採択を行なうように」という旨の通知を、各都道府県教委に出した。

 それまでは、現場教員の意向が最大限に尊重されたが、この構造を覆す狙いがあった。

「つくる会」はその後、分裂したが、「つくる会」系教科書の採択の有無は注目され続けている。現在「つくる会」系で最も注目されているのは、扶桑社の子会社である育鵬社の教科書だ。

 同社の「歴史」教科書(見本本/20年検定済み)を見ると、全体として歴史研究の積み重ねから真摯(しんし)に学ぶ姿勢に乏しく、「素晴らしい国、日本」を強調している印象だ。

 韓国併合の箇所では、「植民地」という語句は使わず、善の部分を強調し、悪の一面を薄めて記述する。太平洋戦争の箇所では、随所に「日本のおかげで、アジア諸国の人々は独立へ希望を強く抱いた」という旨の記述を織り交ぜている。

 また「公民」教科書(同)では、「マスメディアの問題点」の箇所で、朝日新聞社社長らの謝罪会見の写真を載せ、説明文の中で従軍慰安婦問題の記事を取り消した旨を強調している。

「つくる会」系には、他に自由社版もある。だが、同社の「歴史」教科書は検定に不合格。「公民」は合格したが、採択は少数の私立校にとどまった。

【本文】
 7月から8月にかけて、来年度から4年間使われる中学校教科書が採択された。

 今回、育鵬社を採択した採択区(主に教委)は、表1のとおり。

 前回(2015年)、育鵬社を採択した採択区のうち、今回不採択となったのは、表2のとおりだ。

 また、都道府県立校のうち、今回採択されたのは、次のようになった。全て中高一貫校だ。

 宮城県(2校・歴史) 埼玉県(1校・両方) 千葉県(2校・両方) 山口県(2校・両方) 福岡県(1校・公民)。

 一方、「前回採択、今回不採択」となった中高一貫校は、東京都(10校・両方)、神奈川県(1校・両方)、香川県(1校・両方)、愛媛県(3校・両方)、福岡県(1校・両方、1校・歴史)と、5都県に上った。東京都、神奈川県、大阪府、愛媛県の特別支援学校も、今回は不採択となった。

 今回、生徒数の多い横浜市と大阪市で不採択になったことは、特に影響が大きい。2001年以降、一貫して「つくる会」系教科書を採択し続けた東京都教委が不採択に転じたことも、目を引く。

 前回の育鵬社「歴史」の全国占有率は、約6.4%。「公民」は、約5.8%だった。

 だが、子どもと教科書全国ネット21の推計によると、今回の採択で、育鵬社の「歴史」は1%程度、「公民」は0.4%程度に、大きく落ち込むという(表3)。

人権侵害の指摘も
 なぜ今回、育鵬社の採択が激減したのだろうか。

 同「ネット21」の鈴木敏夫代表委員・事務局長は、次のように語った。

「政治的な圧力が以前より弱まり、教育委員が政治的な思惑に左右されずに採択できるようになってきた。私たちはこの間、審議の公開や資料の開示、現場教員の意見尊重などを求め続けてきた。その効果が表れている。育鵬社的な価値観が時代の流れから外れていることも大きい」

 歴史改ざん勢力や教科書問題に詳しい髙嶋伸欣(のぶよし)琉球大学名誉教授も、次のように語った。

「育鵬社側は、採択拡大をもくろみ、これまで強引な手法をとってきた。対抗して市民側は、各教委に対し、民主的採択を求める動きを強めた。そのため、教委は以前より公正な採択をせざるを得なかったのではないか。また『公民』で、事実わい曲や人権侵害を指摘される箇所があり、敬遠された面もある」

 結果的に、育鵬社は大幅に減退したが、「結果オーライ」で良いのだろうか。鈴木氏は次のように語った。

「やはり、(首長が任命した)教育委員が教科書を決めるシステム自体に、根本的な問題がある。教育委員が、全ての教科において専門知識があるはずはない。全教科の教科書、約1万ページを読んで精査できるはずもない。現場教員の意見を最大限に反映する採択に戻すべきだ。最終的には、学校採択に近づける必要がある」

審議で無記名投票に
 記者は、8月4日、横浜市教委(教育長と5人の教育委員)の採択を取材した。審議の様子は、インターネットで生中継された。

 結果としては、「歴史」は、「帝国書院4人、育鵬社2人」となり、帝国書院を採択。「公民」は、「東京書籍5人、育鵬社1人」で、東京書籍を採択した。

 だが審議の冒頭、大場茂美委員(元横浜市副市長)が「無記名投票」を提案し、他の委員は異議を唱えず、そのとおり決まった。

 教科書採択に大きな影響力をもつ教育委員の選択結果を隠す行為は、横浜市の情報公開条例が目指す「公正で民主的な市政の推進」にもとるのではないか。

 当日の審議は、形式的には教科書取扱審議会の答申(報告書)に基づいてなされた。同審議会での審議は、教科書調査員(校長や教員)らによる調査報告書に基づいてなされた。だが、調査員報告書では優劣は示されない。また審議会の答申では、観点・細目ごとに「適切、又はより適切」な教科書名が挙げられた。だが大半は「全社」とされ、やはり全体の優劣は示されなかった。

 結局、教育委員は、答申を無視または「つまみ食い」することも可能だ。

 教科書採択のシステムは、専門家らが調査した答申に基づき、「人格が高潔で……識見を有する」(市教委)教育委員が、最良の採択をするという建前だ。だが、教育委員の「人格・識見」はブラックボックスに等しい。

「歴史」の採択で、あと1人が育鵬社に投票していれば、3対3となり、鯉渕信也教育長(元横浜市健康福祉局長)に決定権があった。育鵬社が採択された可能性も十分にある。
 全国各地の教委などで、採択形式はさまざまだ。だが、根本の問題は共通している。

合理的な採択制度を
 育鵬社教科書を推進する勢力は、現在、どのような状況だろうか。

 前出の髙嶋氏は、次のように語った。

「育鵬社は前回採択で、『歴史』が約7万冊、『公民』が約6万冊だった。今回、『歴史』でさえ1万冊前後。教科書は、10万冊でも採算が厳しいと言われている。(作成主体の)日本教育再生機構の活動も停滞している。最大の支援者の安倍首相が退任したのも痛手だろう。後継首相が本気でこの教科書を支援する見込みは、あまりない。だが、油断は禁物だ」

 現在の日本の教科書採択制度は、現場教員の意見が反映されにくい不合理なものだ。政治的思惑に基づき、ゴリ押しで作り上げられたからだ。一刻も早く、児童・生徒のためになる採択制度に作り変える必要がある。

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