森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

浮遊島の章 第2話

2009年11月11日 | マリオネット・シンフォニー
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 ノイエが発射した白い閃光は海岸を削り、海面に突っ込んだ。巨大な水柱が立ち昇り、一帯に雨の如く降り注ぐ。
「何てことを……! 貴方の仲間だっていたじゃないですか!」
 あまりの出来事に、顔面を蒼白にするトト。
 閃光が貫いた場所には、もはや何者の姿もない。
「任務だからね。不確定要素は早めに除去する必要がある。君にも少しおとなしくしていてもらうよ」
 ノイエはトトに当て身を喰らわせ、気絶させる。

 と、その時。
 ノイエの後頭部に、突然銃口が突きつけられた。

「ほぉーっ、そうかい。それであの女もろとも仲間まで殺そうとしたわけだ」
「……脱出できたのか。良かったな」
 抑揚のない声で呟き、銃口を気にも留めずに振り返るノイエ。
 そこにはアートを抱えたグラフが立っていた。いつもの砕けた態度を崩すことなく、顔には微笑みさえ浮かべながら、ノイエの額に銃口を押しつける。
「横暴も程々にしておけよ? 俺がその気になれば、いつでもお前の頭を撃ち抜くことができるんだからな」
「任務の達成が僕達の目的だ」
 まるで悪びれた様子のないノイエ。
 と、意識がないかと思われていたアートが目を開けた。
「ノイエの判断は正しい……あの女の能力も見極めずに突っ込んだ俺のミスだ」
「……そうかい」
 やれやれと肩をすくめ、銃を収めるグラフ。
「今回のことは上官への反抗として報告させてもらうぞ、グラフ」
「へいへい、ご自由に。ところで、あの女は結局何者だったんだ?」
「そうか、お前達には聞こえなかったんだな」
 思い出したようにノイエが言う。
「信じ難いことだが……あの女は、フジノと呼ばれていた」
『フジノだと?』
 アートとグラフの声が重なった。


第2話 断ち切れない糸


「あいつら……!」
 フジノに抱えられたまま、アイズはノイエ達の姿を視界に捉えていた。
 二人は海岸から少し離れた岩場に避難していた。白い閃光が発射された瞬間、フジノがアイズを連れて離脱したのだ。
 海岸線に立つノイエ達の前に、潜水艦が浮かび上がってくる。
「フジノ、降ろして! トトを助けなきゃ!」
 トトが運び込まれていくのを見て、ジタバタともがくアイズ。
 と、
「アイズ、ここは私に任せて隠れてなさい」
「うわっ!?」
 フジノは突然アイズを放り投げると、海岸に向かって駆け出していった。

 その瞬間、アイズは気づいた。
 フジノの顔に、小さな笑みが浮かんでいたことに。

 放り投げられた先、岩場の影のやわらかい砂地に尻餅をつく。
「いった~っ。相変わらず乱暴なんだから!」
 アイズは急いで起き上がると、フジノの背中を追って視線を走らせた。
 今、フジノを戦わせてはいけない。
 このままでは同じことの繰り返しになってしまう!

 と、その時。
 空気を切り裂く甲高い音と共に、一人の男が舞い降りてきた。


「おう、アイズじゃないか? 何してんだ、こんな所で」
 アイズの前に現れたのは、かつてトゥリートップホテルで出会ったトトの兄。
 プライス・ドールズNo.10、グッドマンだった。

   /

 潜水艦は飛行機に変形し、水面を離れ始めた。
 ノイエ達は甲板に立っていた。他にも十数人の男達がおり、皆が同じ服装に身を包み、よく似た顔立ちをしている。その瞳に自我の光はない。
「作戦は成功だ。トトを捕虜室に入れておけ」
 数人の男達にトトを渡すノイエ。そのままアート、グラフと共に船内に入ろうとした時、突然船に衝撃が走った。
「あら、壊しちゃったかしら」
 全身から魔力を迸らせながら、クレーター状に凹んだ甲板の中心でフジノが立ち上がる。グラフが口笛を吹き、アートが身構え、ノイエが一歩前に出た。
「貴様、何者だ? フジノ・ツキクサなら、もっと年が上のはずだ」
「私は……貴方と同じく、フジノ・ツキクサであってフジノ・ツキクサではない者なのよ。運命の悪戯かしら。それとも歴史は繰り返すのかしらね」
 何のことを言っているのかわからず、怪訝な顔をする3人。
 フジノは小さく微笑むと、懐かしむような口調でささやいた。

「ねぇ、スケア。貴方もそう思うでしょう?」

「…………っ!」
 ノイエの全身から怒気が迸り、右手が砲身に変形する。
「僕とオリジナルを一緒にするんじゃない!」
「わっ、バカ! こんなところで使うんじゃ……!」
 慌てて止めようとするグラフ。
 だが次の瞬間、
「がは……っ!?」
 ノイエの腹部にフジノの拳がめり込んだ。殴り飛ばされたノイエをアートが受け止めるが、勢いを殺しきれずに船縁に激突する。
「大丈夫か、ノイエ!?」
 アートが起き上がり、
「くっ……何てスピードだ……!」
 腹部を押さえながらノイエが呻く。
 フジノは二人に追撃をかけようとしたが、何者かが眼前に立ち塞がった。咄嗟に繰り出した蹴りが盾のようなもので防がれる。
「へぇ、やるじゃない」
 そこには右腕を盾状に変形させたグラフが立っていた。一旦間合いをとる二人。グラフの右腕が剣状に変化し、フジノの周囲を男達が包囲する。
「女の子を相手に数人がかりってのもどうかと思うが、まぁ許してくれ。イイ女すぎるってのも厄介なもんでね」
 ニッと笑うグラフ。
「構わないわ。一度に大勢の相手をするのは慣れてるから」
 不敵に笑うフジノ。
「……年頃の女の子がそんなことを言うもんじゃないぞ」
 呆れたようにグラフが呟く。

 男達が一斉に襲いかかる。
 しかし、フジノにはまるで歯が立たなかった。
 むしろ戦えば戦うほどに、フジノは強さを増していくかのようだ。
「トゲなんてもんじゃないな……帰りたいよ俺」
 情けない顔で正直な感想をもらすグラフ。

   /

「何だよあいつ、一人で大丈夫じゃないのか?」
「大丈夫だから問題なのよ。あれじゃあ何にも変わってない!」
 アイズはグッドマンの背中に乗り、飛行機の更に上を飛んでいた。
「グッドマン、私を船の上に降ろして!」

   /

 男達を次々と撃破していくフジノ。
「この手応え、どうやらこいつらもクラウンのようね。見覚えのある顔も混じってるし……量産型ってところかしら。でも無駄よ、ただの操り人形じゃあ話にならないわ!」
「そうらしいな。やれやれ、仕方がない!」
 表情を引き締め、グラフが戦いの輪に加わった。
 フジノが斬撃を避けると、鞭状に変化したグラフの右腕が更に追撃する。後方に大きく跳躍するフジノ。そこに突然、アートの炎が襲いかかった。咄嗟に魔法弾を足元に撃ち込み、爆風で炎を吹き飛ばす。
「よう、久しぶりだなアート。お前と一緒に戦うのは」
「無駄口を叩いているんじゃない。さっさと片付けるぞ」
 視線をフジノから逸らさず、アートが油断なく剣を構える。
 二人が再び戦いの輪に戻ろうとした、その時。
 
「ちょぉおおおおぉぉぉっと待ったぁああぁぁぁああぁっ!」

 突然の大声に、甲板にいた全員が動きを止めた。
 苦しんでいたノイエ、量産型クラウンと戦闘中だったフジノまでもが驚いて振り返る。そこには、一人で船縁に立つアイズの姿があった。
「どういうことだ? フジノ・ツキクサならばともかく、貴様どうやって……」
「あ……アイズさん!」
「しまった、コントロールが!」
 今の大声で目を覚ましたトトが、量産型クラウンの手を振り解いてアイズに駆け寄る。
 アイズはトトと抱き合うと、フジノに向かって言った。
「フジノ、トトは取り返したわ。さあ、一緒に帰りましょう」
「ダメよアイズ。ここで見逃したら、こいつらはまた襲ってくる」
 フジノは戦闘態勢を解かず、好戦的な瞳で男達を見渡した。
「さあ、続けるわよ。二度と手出しできないように、この場で叩き潰してあげるわ!」
「……俺はもうやめたい……」
 グラフが呟き、アートに睨まれる。
 ノイエはようやく立ち上がると、右手を掲げて言った。
「邪魔をするな、アイズ・リゲル。我々クラウンと勇者フジノ・ツキクサとの永きに渡る戦いに、今ようやく終止符を打つ時が来たんだ。そもそも、貴様もこのままただで帰れるとは……」
「フジノ! 貴女は同じことを繰り返すつもりなの!?」
 ノイエの口上を無視して、アイズがフジノに問いかける。
「お願い、よく考えて! ここで戦うことが──もう一度、その手で誰かの命を奪うことが! 本当にそれが、ルルドの未来を守ることに繋がるの!?」

 ルルド。
 その一言に、フジノの瞳に宿っていた炎が消える。
「わ、私……私は……」
 自らの両手を見下ろし、呆然と呟くフジノ。

「何をわけのわからないことを!」
 ノイエがアイズに向かって走りだした、その瞬間。
 アイズは片手を大きく振り上げると、上空に向かって叫んだ。
「グッドマン、お願い!」

「ドォリャアァァアアッ!」
 遥か上空から飛来したグッドマンはフルスピードで飛行機に突撃し、機体を一直線に貫いた。
 機体が大きく揺れ、甲板にいた全員がバランスを崩して倒れる。

「トト」
 アイズはトトの手を握った。
「私を信じてくれる?」
「何言ってるんですか」
 トトがギュッと握り返す。
「信じてますよ。もうずっと前から」
 アイズはトトに微笑み返すと、フジノに向かって叫んだ。
「フジノ、貴女のいるべき場所はここじゃないわ! 二人で、待ってるから……だから絶対に、帰ってきなさいよ!」

「くっ、待てっ!」
 グラフが右腕を鎖状に変化させ、アイズとトトに向けて放つ。
 二人を絡め捕えようとする鎖、しかし間一髪二人の方が速かった。アイズはトトを抱えて甲板から飛び降り、鎖は船縁に絡みつく。
「ちぃっ!」
 鎖を巻き戻す勢いで一気に船縁まで進み、眼下を覗き込んだグラフが見たものは、空中でグッドマンに受け止められるアイズとトトの姿だった。
「……やるぅ」
 グラフが思わず感嘆の溜息をもらす。
 瞬間、飛行機は爆発した。

 十数分後。
「見ないでよ、グッドマン!」
 アイズは焚火の近くで服を絞りながら怒鳴った。
「まったく、バランス崩して海に落ちるなんて信じらんないわ!」
「いや、だからあれは、二人に怪我をさせないようにと思ってだな! スピードを落としたら思いのほか重……いてっ!」
「それ以上言ったら殴るわよ!」
 アイズの投げた貝殻がグッドマンの後頭部を直撃する。
「そもそも貴方、前に一度もっと大勢運んでるでしょうが!」
「兄様なんかキライですぅ。この服、お気に入りだったのに……」
「ガーン。ひでーよトトぉ、命の恩人に向かって……」

 その時、フジノが海から浜辺に上がってきた。ひどく落ち込んだ瞳で、生気が抜けたような顔色をしている。
「……お帰り、フジノ」
 アイズが駆け寄り、精一杯優しく微笑むと、フジノも小さく微笑んだ。

   /

「なるほど……あれがアイズ・リゲルか」
「おい、休んでないで漕げよ」
 クラウン3人組は飛行機の破片の上に乗っていた。アートとグラフは各々適当な板を持ち、バシャバシャと水を漕いでいる。
「おまけに昔のフジノ・ツキクサにそっくりな女……名前や姿だけじゃない、その強さも同じ……か」
「おいおい、曲がってきてるよ」
 ノイエは二人とは離れたところに座っていた。脳内の通信機を利用して、ハイム本国のホストコンピューターから勇者フジノ・ツキクサに関する資料を引き出している。
 やがて目の前に映し出されたのは、燃えるような紅の髪の少女。
 ノイエはその写真を、じっと見つめていた。
 その目は、未だかつて誰にも見せたことがないほどに優しかった。

   /

 アイズ達が一泊した海岸から、少し離れた港町。
 町外れの草原に、中型の飛行機が着陸していた。
「新しい従業員の補充と教育については、来週には一段落つきそうです。先月の収益は例年に比べて10%ダウン……しかし、それほど落ち込まなくて幸いでしたね。新しいサービスの導入と徹底した経費削減、料金の値下げが効果的だったようです。流石ですね、支店長」
 書類から顔を上げ、スーツ姿のスマートな美女──ネーナが微笑んだ。
「メルクが援助してくれたおかげだよ。辞めずに残ってくれた皆も、かなり無理をしてくれたからね。次回のボーナスは弾まないといけないな」
 支店長も穏やかに微笑んでいたが、不意に真面目な顔になった。
「しかし、どういうわけだろうね。メルクの長官直々に、話があるから来てくれとは」
「メルクはリードランス関係の人が多いですからね。また何か、悪いことが起きていなければいいんですけど……」
 そのとき、デスクの時計が午後2時を告げた。
「……まぁ、考えても仕方がないですね。連絡は以上です」
 ネーナが書類を整え、手際よく束ね始める。
 その間、支店長はスケジュール表を確認していたが、やがて不思議そうな顔で訊ねた。
「ところでネーナ君。この2時から6時までのフリータイムって何だい?」
 ネーナは書類の束をデスクの隅に置くと、支店長の首に腕を回してささやいた。
「私達のプライベートタイム、です」

「姉ちゃん、今そこで誰と会ったと思う? すげーぞっ」
 出入口の扉を勢いよく開け放ち、グッドマンはアイズ達を引き連れて会議室に入った。
「どうもネーナさん、ご無沙汰してま……」
 挨拶しようとしたアイズの声が、掠れるようにして途切れる。
 会議室の中では今まさに、ネーナが支店長を抱きしめてキスの雨を降らせているところだった。
「……」
「…………」
「………………グッドマ~~~~~~~~ン?」
 気まずい沈黙の後、ネーナがユラリと立ち上がった。

「……ひでーよ姉ちゃん」
 グッドマンは顔中の引っ掻き傷を撫でながら抗議した。
「二人の時間に突然入ってくるのがいけないのよ。ねぇ、支店長?」
 マニキュアと口紅を塗り直しながら、ネーナがじろりとグッドマンを睨む。
「いやいや、どうもみっともないところをお見せしまして……」
 顔についたキスマークをハンカチで拭いながら、支店長は苦笑いした。

「それにしても驚いたぜ。朝の散歩がてらその辺を飛んでたら、いきなり叫び声が聞こえてきてよ。見に行ってみたらトトがさらわれる途中ときたもんだ」
「ほんと、すごい偶然ね。でもおかげで助かったわ。ところで、どうしてこんなところに来てるの? 社員旅行?」
 遅めの朝食をご馳走になりつつ、アイズ達は久々の再会を祝い合った。
 互いに別れてから起きた出来事を話しつつ、やがて話題は今後のことに及ぶ。
 トゥリートップホテルのメンバーは、情報局中枢組織【メルク】に向かう途中ということだった。あてのない旅を続けていたアイズ達も、勧められるまま同行することを決める。
 やがて話がまとまった頃、
「やあやあ、アイズさんにトトさんじゃないですか。お久しぶりですな」
 会議室にコトブキが入ってきた。トトと共に再会を喜び合うアイズ。
「それにしても、アイズさん。少し見ないうちに一段と素敵な女性になりましたね。以前お話ししたように、ご自身の力でも見つけましたか?」
「うーん、どうだろう。まだまだわからないわ」
「いやいや、前よりも自信にあふれているように見えますよ。……ところで、あちらのやけに色っぽい女の子は誰です? お友達ですか」
 ちょっとね、と言葉を濁すアイズ。
 フジノは部屋の片隅に一人、沈んだ表情でポツンと立っていた。

   /

 その頃、とある広い部屋で3人の男女が円卓を囲んでいた。
「ハイムがいよいよ本格的に動き始めたようね」
 年長の女性が手元の資料を見ながら言った。
「ああ、トゥリートップホテルでの一件だけじゃない」
 バジル・クラウンが話を引き継ぐ。
「レムの話だと、ペイジ博士の発電所でも一騒動あったようだ。おまけにこっちの方には、フジノ・ツキクサまで絡んでるらしい」
「まったく、こんな忙しい時に……ううん、偶然にしては出来すぎてるわね。もしかしたら、今回の独立運動の影にもハイムが……」
 長身長髪の若い女性が、何かに気づいたように呟く。
「オードリー。憶測でものを言うのはメルクの信条から外れるわ。客観性と確実さこそ我々に最も必要なもの」
 年長の女性は落ち着いた声で若い女性──オードリーを咎めたが、
「とはいえ、ハイムとなれば話は別ね。すぐにスケアを呼び戻しなさい。それからカシミール達にも声をかけて。彼女達は大きな戦力になるわ」
 力強く立ち上がり、厳しい口調で言った。
「もう二度と、リードランスの悲劇を繰り返させはしない。メルク長官、パティ・ローズマリータイムの名にかけて!」


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