正林寺法華講員手引書

『折伏・家庭訪問・教化育成・法統相続・教学研鑚・邪義破折・支部組織の充実強化に活用』 法華講正林寺支部 正林編集部

業について

2005-11-20 | 手引書⑫

 私達は、過去世からの身口意の三業にわたる、行いの結果として今の姿があります。信じない方もいますが、仏法では、「業」に様々な悪道に縁する作用があると説き、如何に信心では、勤行唱題により宿業を転換するかに、成仏の道があります。
 「業」とは、身口意の三業にわたる種々の振る舞いです。未来にもたらされる結果の原因となるので業因ともいいます。過去世の業を宿業といい、現世の業を現業といいます。信心をしていくと人の振る舞いを察することで、人間性が御本尊様の利益により見えてきます。それが、「仏眼」に通じる有り難い利益です。
 「業」について、小乗の説と大乗唯識の説があります。小乗では、身体の造作を身業、音声の造作を語業としています。視聴覚的な身および語を直接さして業とします。大乗唯識では、身口意の三業が説かれ、業とは、第六識(意識)と相応して起こる思の心所をさしています。身を動作する思を身業、語を起こす思を語業、意を作動する思を意業とします。
 また、定業不定業の二業があります。定業が未来における苦楽の果報が定まっていることをいい、不定業とは、定まっていないことをいいます。
 日蓮大聖人の御指南を拝すると『一念三千理事』に、
 「業に二有り。一には牽引(けんいん)の業なり。我等が正(まさ)しく生を受くべき業を云ふなり。二には円満の業なり。余の一切の造業なり。所謂(いわゆる)足を折り手を切る先業を云ふなり。是は円満の業なり」(御書100)
と仰せです。倶舎論に説かれる「牽引の業」と「円満の業」があります。
 牽引の業が、引業ともいい、五趣である地獄・餓鬼・畜生・人・天と、四生である卵生・胎生・湿生・化生の果報を引く業のことです。人間界や畜生界などの各界に生まれさせる業因で、未来世に餓鬼・畜生・人・天などの生を誘引するを引業(総報業)というのです。
 円満の業が、満業ともいい、満業といわれる意味に、差別の果報を満たす業ということです。六根など身体の強弱・貧富・寿命の長短などの差別果報を満たすものをいい、つまり円満の業(別報業)です。更に男女・貴賎・美醜などの個々の区別を引き起こさせる業因も満業になります。
 故に、人にそれぞれ差別が厳然とあるのは、業が深く関係していることを証明しています。信心では御本尊様に勤行唱題するところ、自分自身の「業」を明らかに把握することが大切です。「業」を明らかに把握するということは、己自身を知るということです。性格や癖は、「業」によるのであります。性格や癖を直すには、未来に成す言動を変えることが大事です。
 つまり日蓮大聖人は同抄に、
 「如是因は心なり。止に云はく『因とは果を招くを因と為す、亦名づけて業と為す』文。如是縁止に云はく『縁とは縁は業を助くるに由る』文」(御書101)
と仰せです。生きていく上で、原因と縁を善いものに変えることです。信心をすることで、因と縁は善くなり、過去世からの業を完全に変えます。そこに宿命の転換や宿業転換があります。
 過去遠々劫の謗法罪障消滅は、この「業」を理解することが大事です。信心をして御題目を唱えれば、必ず宿業となって染み付いた謗法の垢も、宿命転換し罪障を消滅させることが出来るのです。