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獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

佐藤優『国家の罠』その51

2025-04-10 01:14:44 | 佐藤優

佐藤優氏を知るために、初期の著作を読んでみました。

まずは、この本です。

佐藤優『国家の罠 ―外務省のラスプーチンと呼ばれて』

ロシア外交、北方領土をめぐるスキャンダルとして政官界を震撼させた「鈴木宗男事件」。その“断罪”の背後では、国家の大規模な路線転換が絶対矛盾を抱えながら進んでいた―。外務省きっての情報のプロとして対ロ交渉の最前線を支えていた著者が、逮捕後の検察との息詰まる応酬を再現して「国策捜査」の真相を明かす。執筆活動を続けることの新たな決意を記す文庫版あとがきを加え刊行。

国家の罠 ―外務省のラスプーチンと呼ばれて
□序 章 「わが家」にて
□第1章 逮捕前夜
□第2章 田中眞紀子と鈴木宗男の闘い
□第3章 作られた疑惑
■第4章 「国策捜査」開始
 □収監
 □シベリア・ネコの顔
 ■前哨戦
 □週末の攻防
 □クオーター化の原則
 □「奇妙な取り調べ」の始まり
 □二つのシナリオ
 □真剣勝負
 □守られなかった情報源
 □条約課とのいざこざ
 □「迎合」という落とし所
 □チームリーダーとして
 □「起訴」と自ら申し出た「勾留延長」
 □東郷氏の供述
 □袴田氏の二元外交批判
 □鈴木宗男氏の逮捕
 □奇妙な共同作業
 □外務省に突きつけた「面会拒否宣言」
□第5章 「時代のけじめ」としての「国策捜査」
□第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ
□あとがき
□文庫版あとがき――国内亡命者として
※文中に登場する人物の肩書きは、特に説明のないかぎり当時のものです。

 


第4章 「国策捜査」開始

前哨戦

5月15日は、昼食後、しばらくしてからと、夜7時過ぎから取り調べが行われた。いずれも短時間で、まず人間的信頼関係を作り、そこから私を「落としていく」切り口を探すことだった。
「背任については、とりあえずあなたは全面否認ですから、今はあまりお話しをしてもお互いに不愉快になるだけですから、お話しできるテーマについて対話をしましょう。ただ、私はあなたのことについては、誰よりもよく知っていますからね。このことだけはよく覚えていてね。それから(検察)事務官には席をはずしてもらうことにします。その方が話しやすいでしょう」
私は、「こちらで『ゲームのルール』を決められないのですから、そちらで決められればよいでしょう。事務官がいてもいなくても私はどちらでもいいです」と答えた。「あなたのことについて誰よりもよく知っています」などと威嚇を加えてくるのは、実のところ私について検察は十分な情報をもっていないということだ。本当に十分な情報をもっている者は、そのことについて言わないのが情報屋の世界では常識だ。これは検察にも適用されるだろう。

検察庁は興奮している。
このタイミングで私を捕まえるのは早すぎる。
任意事情聴取の方策を本気で考えれば、それは可能なので、任意段階の供述を基に徹底的に周囲を固めてから逮捕する筈だ。私の理解が間違えていなければ、敵が恐れているのは、私が黙ってしまい、供述調書ができなくなることだ。これが恐らく私がもつ唯一のカードである。

私は二つの見極めを1週間以内にすることにした。
第一は、鈴木宗男関連事件で東京地検特捜部が私にどういう位置付けを与えているかということ。
第二に、この取り調べを担当している西村尚芳という検事が人間としてどのような価値観、世界観をもっているかということの見極めだ。

検事は官僚なので、組織の意思で動く。
しかし検事も人間だ。この要素を無視してはならない。
私を「殺す」のが西村氏の仕事なので、そこにはいささかの幻想ももてない。しかし、「殺し方」でもなぶり殺しもあれば、釜ゆでもあり、安楽死方式もある。「殺し方」についてならば検事とも取り引きは可能であろう。こちらが供述を一切やめれば、担当検事が交替になる。これが私にとって利益になるか不利益になるかを見極めなくてはならない。久しぶりに情報屋としての勘と基礎体力が必要になる。
情報屋の基礎体力とは、まずは記憶力だ。私の場合、記憶は映像方式で、なにかきっかけになる映像が出てくると、そこの登場人物が話し出す。書籍にしても頁がそのまま浮き出してくる。しかし、きっかけがないと記憶がでてこない。
私にはペンも紙もない。頼れるのは裸の記憶力だけだ。独房に戻ってから、毎日、取り調べの状況を再現する努力をした。私の体調がよくないので、取調室には化学樹脂の使い捨てコップに水が入れられていた。私はときどきコップを口にする。その水の量と検察官のやりとり、また、西村検事は腕時計をはめず(腕時計をしているならば、時間とあわせて記憶を定着させることはそれほど難しくない)、ときどき懐中時計を見る癖があるので、その情景にあわせて記憶を定着させた。いまでも取り調べの状況を比較的詳細に再現することができる。
取り調べの初期段階で、西村氏が真剣に耳を傾けたのは、私と鈴木宗男氏との関係についてだった。それを聞いて、西村氏の目が挑戦的に光った。
「あなたは頭のいい人だ。必要なことだけを述べている。嘘はつかないというやり方だ。今の段階はそれでもいいでしょう。しかし、こっちは組織なんだよ。あなたは組織相手に勝てると思っているんじゃないだろうか」
「勝てるとなんか思ってないよ。どうせ結論は決まっているんだ」
「そこまでわかっているんじゃないか。君は。だってこれは『国策捜査』なんだから」
西村検事は「国策捜査」ということばを使った。これは意外だった。この検事が本格的に私との試合を始めたということを感じた。逮捕3日目、5月16日のことだった。
刑事訴訟法では、逮捕されてから48時間以内に、裁判所が釈放するか勾留するかを決定しなくてはならない。特捜事案では100パーセント勾留される。従って、囚人は勾留決定の儀式に参加するために、逮捕後3日目に小菅(東京拘置所)から霞が関(東京地方裁判所)へのバスツアーを楽しむことになる。
朝、いつもより食事を早く済ませ、独房に座っていると見慣れぬ職員が迎えに来る。靴下を脱ぎ、手に持って、扉横の囲いの中に入り、検身を受ける。いつもより念入りに、ポケットにも手を入れて調べる。持参できるのはハンカチとチリ紙だけだ。そこで両手錠をかけられ、捕縄で縛られる。本格的に犯罪者となったことを実感する瞬間だ。
職員は気を遣い「手錠がきつかったら言って下さいね」と言う。私は「大丈夫です」と答える。接禁措置がつけられている者は、他の囚人と接触させることができない。従って、ひとりで縄につながれる。接禁がついていない人々は6人、8人といわゆる数珠つなぎにされる。
青色と白で塗装された護送用バスは、観光バスと同じ作りで、乗り心地もなかなかよい。昔、映画で見た木のベンチのついた灰色の護送車を想像していたので、意外だった。私が護送されるときは、指定席で、左の後から二列目か三列目で二人がけ座席を独占した。私の後の座席か横の補助席に捕縄をもった看守が座る。そして窓のブラインドを下ろし、車内も私の姿が見えないようにカーテンで仕切る。その後、数珠つなぎになった囚人達が二人がけ椅子に座る。カーテンの隙間から人の姿が見えるが、4人にひとりくらいに入れ墨が入っている。
小菅インターから首都高速道路に入ると、前方の囚人が座っている窓のブラインドが開けられる。私の周囲のブラインドとカーテンは閉じられたままだが、隙間から外が見える。雨が降っていた。この景色は成田空港との往復で何度も見たことがある。護送バスから同じ景色を見ることになるとは思わなかった。荒川沿いにブルーシートでできた「ホームレス」の人たちの住居が見えるが、ここで暮らすのと東京拘置所の独房暮らしはどちらが楽しいかなどと想像を巡らす。
隅田川のあたりで、幹部職員から、「手錠確認」という号令がかかる。職員が一斉に囚人の手錠がかかっているかを確認する。護送バスは銀座インターチェンジから一般道に出て、東京地方裁判所の裏口から地下二階の駐車場に入る。そこでは拘置所(法務省管轄)からの出入口と留置場(警視庁管轄)からの出入口が分かれていて、処遇もそれぞれ異なっているようだ。

地下二階から地下一階の独房に案内される。独房に入る際の検査は徹底しており、パンツまで脱いで一度完全に裸になる。その服を金属探知器で入念に検査する。
この検査途中で、「ギャー」という大きな叫び声が聞こえ、ズドンという音がした。看守が血相を変えて駆けていく。しばらくすると見たところ50歳代のスキンヘッドにした男性が職員に両脇を抱えられて連行されてきた。額から血を流している。
「オッサン、何で飛び降りようとしたんだ」
誰かがそうつぶやいた。
看守が「見るな」という号令をかけるが、みんなその男性の動きを見ている。私は「恐ろしいところにやってきた」と思った。もっとも、そのような事件に、私はその後、一度も遭遇したことがないが、おそらくはこのときの印象が相当強かったせいだろう。裁判所地下の仮監に収容されることだけには、いつまでも慣れなかった。
以前に述べたように通常の独房は6.6平方メートルであるが、仮監はその半分しかない。座布団もなく、ラジオ放送も聞こえない。横になることも許されない。そこにひたすら座っていなくてはならない。拘置所にも仮監にも時計がない。拘置所ではチャイムやラジオ放送で大まかな時間がわかるのだが、仮監では昼食が配布されるときに午前11時頃だと判断する手がかりが与えられるが、それ以外には時間を察知する術が何もない。
どれくらい時間が経っただろうか、看守がやってきて「出廷」と声をかけてきた。手錠をかけられ、エレベーターで移動し、小さな部屋に連れて行かれる。
初老の人物が、機械的に、「ここは裁判所です」と言い、黙秘権を告知し、逮捕状を朗読する。これに対する私の意見を求められ、私が「否認します」と答えると、裁判所書記官が「身に覚えがありません」というゴム印を書類に押した。
裁判官は「弁護人は決めましたか」と尋ねるので、「半蔵門法律事務所の大室征男弁護士にお願いしています」と答えると、裁判官は「私選ですね」と私に確認を求め、私が「そうです」と答えると儀式は終了した。仮監にもどって暫くすると拘置所職員がやってきて、「十日間の勾留が決定された」と伝えてきた。
その後、ぼんやりと小机の前で座っていると、突然、扉の鍵が開き「面会。弁護士」という声がかかった。仮監の奥に面会室があることをはじめて知った。刑事事件の弁護人とだけ面会が認められているとのことだ。職員が「大森弁護士。制限時間は15分だから頼むね」と言った。
大森一志弁護士だった。私より4歳年下の青年弁護士である。お互いに簡単な自己紹介をした後、友人や家族からのメッセージを聞いた。外はまだ雨が降っているのか、 安物の傘をもっている。腕時計もごく標準的だ。異常に高価なアクセサリー類に関心の強い青年弁護士もときどきいるが、この弁護士は金銭に対する執着が強くなさそうだ。金銭に執着のない者は概して自己顕示欲を抑えることができる。第一印象で私は大森弁護士に好感をもった。
その翌週、弁護団には緑川由香弁護士が加わった。頭の回転が速いだけでなく、気配もよくする。それに正義感が強い。彼女に対しても第一印象で好感をもった。実は情報の世界では、第一印象をとても大切にする。人間には理屈で割り切れない世界があり、その残余を捉える能力が情報屋にとっては重要だ。それが印象なのである。
大室征男弁護士を含め、3人とも検察庁つとめの経験があるいわゆる「ヤメ検」弁護士だ。

 


解説
大森一志弁護士だった。私より4歳年下の青年弁護士である。……その翌週、弁護団には緑川由香弁護士が加わった。頭の回転が速いだけでなく、気配もよくする。それに正義感が強い。彼女に対しても第一印象で好感をもった。……
大室征男弁護士を含め、3人とも検察庁つとめの経験があるいわゆる「ヤメ検」弁護士だ。

実際には弁護士は3人態勢でしたが、マンガでは大室征男弁護士(室田弁護士)と緑川由香弁護士(赤川弁護士)の二人に収れんさせています。

マンガ「憂国のラスプーチン」を読む その6(2024-12-10)


緑川由香弁護士(赤川弁護士)、素敵な感じに描かれていますね。

 

獅子風蓮



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