冷艶素香

現ES21がいろんな人達から愛されていたり、割れ顎の堅物侍を巡って、藤と金の人外魔境神未満ズが火花を散らしたりしてます。

朱を奪う紫 (前編)

2006年11月13日 | 大奥(キッド×瀬那)
春心 花と共に発く(ひらく)を争うこと莫かれ(なかれ)
(恋心は花と競ってまで咲かせてはならない)
一寸の相思 一寸の灰
(一時の熱情は、燃え尽きれば後に虚しい灰を残すだけだから)

幼子のように無邪気な寝顔をした主の、普段こそ四方八方にツンツンと
逆立っているが、今は汗ばんでクッタリと、やや湿り気を帯びている髪を
優しく手櫛で梳きながら、西の都から来た新しい側室は、まるで子守唄
を歌うかのように、低く柔らかな声で漢詩を吟じていた。

秋の夜長の冷涼さは時として身体に毒になるというのに、先程まで営ま
れていた淫靡な行為のせいで、少年が数刻前まではきちんと帯を締め
ていた白羽二重の寝間着も今はもう、その存在意義を完全に失っていた。

少年の剥き出しになっているきめ細かな、象牙の色とその滑らかな質感
を併せ持つ肌に、※秋桜の薄紅色をした花弁を散らした下手人として罪
を償おうと、気だるさと穏やかさとが渾然と混じり合った、何とも言えない
不思議な雰囲気を身にまとう痩躯の青年は、部屋飾りとして衣桁に掛け
ておいた、表が紫、裏地が薄紫の※萩襲(はぎがさね)に、自らの手で、
程好い量のススキを絞り染めで表現した手製のお掻取を、少年の、男と
してはまだまだ未完成な細い体にふわりと優しくかけてやり、改めて掛け
布団を引き上げてやるのだった。

「人間、欲張るとロクなことがねえ……って分かっちゃいるんだが……」

かなり小さくなってしまった蝋燭の柔らかな光が照らし出す、※元結(も
とゆい)を解いて垂らすに任せた中途半端な長さの髪や、深夜を回った
ことでうっすらと目立ち始めてきた髭。何ともしどけない姿であることこの
上無い。しかし彼──紫苑の方ことキッドの寝間姿には、奇妙にしっとり
と落ち着いた気品が漂っていた。優しく細められたその、もともと僅かに
垂れ気味の両目に、官能や情熱の残り火を見出すことは難しい。そこに
あるのはただ、親が子どもを、または兄が弟を慈しむような、温かで穏や
かな、優しい光だけだった。
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政治の実権を武家勢力に奪われて早幾年。位階に於ける上位のみを辛
うじて許された、“朝廷”──君主の執政の場とは、名ばかりの存在にな
ってしまった京の宮廷。もっとも、血腥い争いが無くなり、良く言えば鷹揚、
悪く言えば危機管理意識に欠ける都の公家衆よりも、遥かにきびきびと
して、勤労意欲に富んだ有能な※東夷(あずまえびす)たちのおかげで、
古式ゆかしい儀式を除いては、散文的な政(まつりごと)の実務に心を煩
わせる必要が無くなった結果、※堂上族たちの美しく風流な物事に対す
る探究心は、平安の栄華にこそ及ばずとも、なかなかに深い造詣を誇る
ようになっていた。

中でも特に“もののあはれ”を解することで有名な、武者小路権大納言家
の当代には、これまた大層評判の一人息子がいた。名を“紫苑”というそ
の子息は、端正で品の良い容貌に加え、漢学・国学・歴史・詩歌といった
公家の若君としての一般教養はもとより、書画に囲碁、茶の湯に雅楽、華
道、香道といった雅な嗜みすべてに於いて、いずれも非凡な才能と実力を
示し、尚且つ穏和な人柄と洗練された言動で、誰からも好意を持たれた。

これが平安の昔であれば、位人臣を極めたこと間違い無しであったろうに
と、父権大納言は宮廷貴族として、財力を伴った真の意味での立身出世
は最早望めぬ、武士(もののふ)を頂点とした昨今の太平の御世を少々残
念に思った。自慢の息子の才華を、何とか余すところ無く天下に示せぬも
のか。引いてはこの武者小路家の家格を更に高めるためにも……。

熟慮の末に辿り着いた結論は、やはり宮仕え。ただし紫苑少年が送り込
まれたのは、帝の主な御座所たる常御殿(つねごてん)や、諸儀式が行わ
れる清涼殿、紫宸殿(ししんでん)ではなかった。一般の堂上家の子弟が
行儀作法見習いを兼ねて務める殿上童(てんじょうわらわ)などでは、権大
納言の上には※大臣家、※清華家(せいがけ)、※五摂家、そして皇族の
お歴々──諸宮家のいとやんごと無き方々が数多おわす以上その先、高
が知れているからである。彼の初就職先は常寧殿(じょうねいでん)──
即ち、後宮だった。

もっとも、多少そのような知恵をめぐらしたところで所詮、武者小路家が中
流貴族の家柄であることに変わりは無かった。食うに事欠くほどではなか
ったが、女御として華々しい入内などは望むべくもなく、また女性(にょしょ
う)でないが故に、更衣にすら成り得ない紫苑が配置されたのは、後宮の
※御方々(おんかたがた)の服飾に関する一切を司る、※后町(きさいまち)
北面の※御匣殿(みくしげどの)だった。その芸術的才能を評価されての人
事であったらしい。

紫苑のみずみずしい感性と繊細な手から紡ぎ出される芸術品の数々は、
後宮の妃嬪・女房方のみならず、時の帝からも直々にお褒めの言葉を賜り
──そして父の期待と大方の予想通り、その豊かな知性と柔和な情緒を
兼ね備えた心身は、※宸襟(しんきん)の欲されるところとなったのである。

だが実質的な“力”というものを失って以来、必要以上に身分──今となっ
ては質素な生活を余儀無くされている大多数の堂上族にとって、古より伝
わる優雅な文化習慣を除いてはそれだけが、かつての栄光を思い出させ
る縁(よすが)だった──に執着するようになっていた人々で構成された宮
中に於いて、暴力こそ姿を消したとはいえ、“実”の伴わない“名”を巡る争
いは代わってその陰湿さ・厭らしさが、ねっとりとした都貴族独特の気質も
相俟って、むしろ目立つようになっていた。

そしてそれは表御殿に限らず、後宮とて同じこと。多感な少年期に、妍を
競うなどといった生易しいものではない暗い戦いを、各御殿の衣装争い
などからも嫌というほど見せつけられていた紫苑は、父の期待も宮廷中
からの熱い視線も、そして今後更に加わるであろう妬心の刃も、およそ情
というものすべてをほとほと煩わしく、また疎ましいものと感じるようになっ
てしまった。だがいやしくも帝からの直々のご所望、しかも父は大乗り気で、
さてどうしたものかと思案に暮れていた、そんな時だった。

──江戸幕府の西の出先機関たる京都所司代からの使者が、大奥入り
の話を持ってきたのは。
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父権大納言を始め、猛反対する一族の者たちと一年以上に渡り、揉めに
揉めた末、紫苑は生まれて初めて自分の意志を貫いた。行動に移した方
が勝ちと言わんばかりに、乳兄弟の鉄馬を始めとするごく少数の者たちだ
けを共として、半ば出奔の形で京を出たのである。

赤羽宮家より降嫁の、あの噂に名高い“赤御台”(あかみだい)に加え、そ
のそれぞれに際立った個性的な魅力、禁裏にまで伝わる三人の側室が既
に存在する以上、江戸城大奥でならば、自分のように興趣乏しい者などは
(これは紫苑一人がそう思い込みたがっているだけなのだが)、すぐにお見
限りの気楽な立場になれよう。紫苑はそうなることを切に期待(?)していた
のだが──

彼の期待は呆気無く裏切られ、総取締・蛭魔局の肝煎りでやってきた紫苑
の方さま──大奥では誰しもが皆、本名ではなく、局名(つぼねな)という、
一種の源氏名を名乗るのだが、紫苑が手ずから、下に下りてゆくにつれて
徐々に紫色が濃くなってゆく紫裾濃(むらさきすそご)に染めた※練貫地(ね
りぬきじ)に、白い桔梗の花を数輪、やはり裾の方にだけ慎ましやかに、こ
れもまた紫苑自らが針を手に取って刺繍した、ごく地味ではあるが、しかし
丁寧な仕立てのお掻取の、控えめであるにもかかわらず落ち着いて上品な
美しさは、宮中に於いては禁色の一つでもある、高貴な色名を持つ彼の本
名を、奇跡的に生き残らせた──の、上様に最も近い御方々のような強烈
な印象こそ残さないが、芒洋とした中にも、仔細に見れば思わずハッとさせ
られるほどよく整った清雅な顔立ちや、あまりにも自然過ぎて誰もが最初は
まったく気付かない典雅な挙措、そして不思議と人をホッとさせる穏やかな
声音などは、たちまちに評判となって大奥中を駆け巡った。

紫苑の方の、首筋を覆うか覆わないかの長さで、一つに束ねるのがやっと
の髪もまた、質素な白い※紙縒(こより)の元結が結ばれただけで、趣向を
凝らした髪型や精美な細工の髪飾りを好む者の多い大奥の中にあっては、
いかにも見栄えせぬ筈であるのに、その飾り気の無さは何故か、彼の涼や
かな眉目を却ってより一層、際立たせていた。大奥女中の中には、手入れも
楽に済みそうなその髪形に魅了され、射干玉(ぬばたま)の色をした女の命
をバッサリと断とうとする者さえいた。

他の者たちの手本となるよう、質素倹約を旨としていなければならないお取
締役からして、独特過ぎる美貌や服飾の御趣味により、華やかな色彩が百
花繚乱の相を呈するこの大奥にあって、武者小路権大納言家より来られた
新しき御方のこういった、至極あっさりとしたお好みは逆に、目新しいものと
して大層もてはやされるようになり、紫苑自身にとっては不本意極まり無い
ことではあったが、彼はたちまちにして大奥の一大明星に祭り上げられてし
まった。紫苑の方さまが何か新しいものを身に付けられる度、その翌日には
呉服の間や、※長局(ながつぼね)の出入り口脇に常設された大奥御用商
人たちの出店に、同じものを求める者たちが殺到して長い列を作り、それぞ
れの場に従事する者たちは、嬉しい悲鳴が止まらなかったという。
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そんなこんなで当てが外れ、ややゲンナリとしていた紫苑にとって、こちらは
良い意味での予想外。新たな主となった少年に彼は、自分でも驚くほどの好
意を抱くようになったのである。

初めて彼を意識したのは、公式のお目見えとは別に、初めて個人的にご機
嫌伺いをしたある日の午後のこと。その日の幼将軍は独り、※投扇(とうせん)
に興じていた。

「上様に於かれましてはご機嫌麗しく、恐悦至極に存じ奉ります……」
畳に三つ指をつき、しなやかに半身を折って平伏しようとする新しい側室を
見て、実年齢よりも幼い容貌の将軍は、「あ、いえ、どうもこちらこそ……」
と、自分の方が恐縮したように慌て、何と目下の紫苑よりも先に、ペコリと
頭を下げてしまったのである。呆気に取られた紫苑が、らしくもなくポカンと
していると、目の前の、世にその御威光並ぶもの無き筈であらせられる上
様はのたもうた。首を傾げ、何とも愛らしく上目遣いに。

「あ、あの、今は自由時間なんで……。僕、これが地なんです。人にヘコヘ
コしてた時間の方が長いくらいで、まだ“上様”って呼ばれんのにも慣れな
いし、そもそも誰かに傅かれんの苦手で……出来たらしえん?さん?にも、
友達みたいな感じで接してもらえると助かるんですけど……駄目ですか?」

地位だけで言えば、この世で一番貴い御方にもかなり間近で接したことの
ある紫苑は、(何ともまあ、おかしな※上さんだ)と訝りつつも、その口元が
自然と綻ぶのはどうにも抑え切れなかった。幼将軍もつられて、はにかむ
ような笑顔を見せる。控えていた将軍付き小姓たちも、自分付きの者たち
も何も言わないということは、あの蛭魔局も公の場でさえなければ、将軍が
ありのままの言動で過ごすことを黙認しているということだろう。

俺の新しいご主人様、擦れたマセガキとかだったらちょっと嫌かも……と思
っていただけに、紫苑は心中、密かに安堵の溜め息を洩らしたのだった。

「ん~……友達みたいに気安く打ち解けて、ですか……まあ、上さん御自
身がそう仰るんなら、俺の方に異存はありませんけど? あ、そんじゃ俺の
ことも“キッド”って呼んでもらえます? 自分で付けた字(あざな)なんです
けど……」
「はい、分かりました。じゃあ二人だけの時は、き……ど?さんも僕のこと、
“瀬那”って呼んで下さい」

今度は破顔一笑。慣れぬ異国の言葉の発音に苦労しながら、あどけない
仕種で頭を掻いた“上様”に、キッドはますます微笑ましさと親愛感を感じ、
何年かぶりに彼は、本心からの微笑を浮かべたのだった。

それから上様──もとい瀬那は、ちょっと考え込むようにすると、自分に扇
子を差し出してきた。何かと目線だけで問えば、「キッドさんは投げ扇の心
得はありますか?」と、いかにも無邪気な様子でご下問遊ばす。

しばし逡巡したが、昔の記憶を掘り起こし、脳内模擬練習を二、三度行っ
て当時の感覚を思い出すと、キッドはしずしずと※膝行(しっこう)し、瀬那
の両膝と触れ合うほど近くにまでいざり寄った。そして扇を受け取り、それ
をパタパタ……とゆっくり開いて、要の部分を人差し指と親指でつまんだか
と思うと、目にも留まらぬ早業で、扇を見事、枕(台)の上の的に命中させ
たのである。

目をこれ以上無いほどに真ん丸く見開いた瀬那が、慌てて落ちた扇と的の
側に寄ると、それらが枕と共に形成していたのは、書物の中に伝わる以外、
誰も見たことが無いと言われる幻の形──最高難度と最高得点を謳われ
る、“夢の浮橋”だった。

「す、すごい!キッドさん、すごい!どうやったらそんな上手に!?」
もう一回見せて、もう一回……と、瀬那にせがまれるまま、扇を何度も投げ
てやるキッド。

(こんな風になぁんも難しいこと考えないで鉄馬たちと遊んだのって、もう何
年前になるっけねぇ……?)

あまりにも遠く、儚く、けれど決して忘れたことは無い、昔々の大切な思い
出。大奥入りを果たした後、戯れに手にした異国の書の翻訳本に載って
いた言葉を自嘲気味に字とした現在の自分と、思い出の中の、何一つ自
分では決められなかった公家の若君は、それこそ、天と地ほどに隔たった
思考を持つ、別の人間同士になってしまった筈なのに。今この瞬間、彼の
胸の中に生まれたほのぼのとした気持ちだけは、昔と何一つと変わらぬ、
優しく快いものであった。目の前で嬉しそうに手を叩いてはしゃぐ、小さな
天下人がもたらしてくれた、温かな思いの細波が、キッドの心の中にゆっ
くりと広がってゆく──
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投扇の遊びが一段落すると八つ時ということで、キッドは特別に、瀬那の
おやつのご相伴に与った。

「“キッド”って蘭語ですか?」
「んにゃ、エゲレス語らしいよ」
「どういう意味なんでしょうね?」
「小童(こわっぱ)、それと……※人目を紛らすごまかし」
「……」

キッドのどこか遠くを見るような目を前にして、琥珀色をしたつぶらな双眸
が、何やらもの言いたげに揺らめいた。見る者が誰であっても思わずたじ
ろぐような、深遠な光を宿して。

「瀬那君? どうか……したかい?」
「キッドさんは……」
「?」
「この世から、人知れず消えてしまいたいと思ったことがありますか?」

瀬那の呟きは、鈍器で頭を強く殴られたような衝撃だった。つい先程まで
のキッドなら、たとえ好ましく思いはしても、彼はこの幼将軍をただ、無邪
気に可愛らしいだけの存在として認識し、お召しがかからぬ限りは思い出
そうともしなかっただろう。ある憂い故に彼は、基本的には他人との深い
付き合いを望まないからだ。

だが、思いもかけなかった瀬那の、独り言のように謎めいた、けれど自分
には彼が何を言わんとしているのか、痛いほどによく分かる問い。

(この子は……)

キッドの心はかつて無いほど千々に乱れた。しかし長年の習慣で、それが
態度や表情に表れることは決して無い。彼は声に出して瀬那の問いに答え
ようとはせず、黙って懐紙を取り出し、相手の口元に付いた食べカスを拭い
取ってやった。優しい手つきだけに現れたキッドの肯定を、瀬那もまた無言
で受け入れる。底知れぬ深い憂愁を琥珀の瞳に秘めて──
                      ・
                      ・
                      ・
以来、微笑した顔を除いてはいつもどこか疲れたような表情で、年にそぐわ
ぬ老成した印象を人に与える新入り側室と、この世の栄耀栄華を一身に享
受しているにもかかわらず、何故か淋しげな面持ちをした幼将軍の仲は、見
えない何かによって強く結ばれたようであった。

今では毎日午前中、蛭魔局が既に実務処理を済ませた政治上の、各書類
に裁可の御墨付を与えるだけの政務を終え、やはり蛭魔から事細かに指示
されている午後の日課──即ち武芸・乗馬の稽古、または一般教養の学問
を、その聡明さと抜きん出た武芸の腕前が音に聞こえ、“謹厳実直”という言
葉を具現化したように凛々しい面構えと、重厚な物腰を持つ、最古参の側室
に見てもらうか、或いは見上げるほどの長身に鋭利な光を放つ蒼海の瞳、す
っきりと通った鼻梁の線が特徴的な、硬質の美貌を有する元・御右筆、現・中
臈との手習いと、彼による洋書講釈聴講(この中臈は幕府お抱えの蘭学者の
家の生まれであった)、若しくは脆弱な体を鍛えるため、陽光を細く細く紡いで
糸にしたような眩い黄金の髪を持つ、これまた大柄で、けれど仔犬のように明
るく人懐こい性格の、お半下から異例の大出世を遂げた中臈と、水練や走り
込みといった身体鍛練を終えると、瀬那は時間の許す限り、紫苑の方ことキッ
ドの部屋を訪れるようになっていた。

もっとも、周囲が期待するような艶めいた目的では、ついぞ無かったのだが。

                                     (中編へ続く)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※注釈

朱(あけ)を奪う紫…
ラストを読んでからの方が納得出来ると思われますので、この言葉
だけは反転文字とさせて頂きます。勿論、強制では御座いませんの
で(苦笑)、「今知りたい!」と仰る方はどうぞ↓。
『論語(陽貨)』より。直接の意味としては、間色である紫色が正色で
ある朱色(赤色)よりも人目を引き、もてはやされる事。悪が善に勝る
事が時としてある、世の中の不合理を指す。或いは、似てはいるがま
ったく違う事。“紫の朱を奪う”とも言う。


春心 花と共に…
晩唐の詩人・李商隠の作品『無題』より一部抜粋。訳、解釈は様々に
ある。

秋桜…コスモス。

萩襲…
平安時代に確立された、装束や調度の色の組合せ“襲(かさね)の色
目(いろめ)”の一つで、秋のもの。単衣や袿一枚だけでも、表と裏地
の組合せで使われる。江戸時代以降の所謂“着物”、即ち小袖や打掛
にこれが使われていたのかどうか、詳しくは知りませんが、まあ、パラ
レルという事で一つ(笑)。

元結…髪を束ねる紐や糸。

東夷…
京都の人間が東国の人間、特に東国武士を嘲って言う言葉。

堂上…昇殿を許された公家。

大臣家…
正親町三条、三条西、中院の三大臣家。内大臣から太政大臣までの
各大臣になれるが、大将を兼任することは出来ない。

清華家…
大臣・大将を兼ね、太政大臣にまでなれる公卿の家格。転法輪三条・
今出川・大炊御門・花山院・徳大寺・西園寺・久我・醍醐・広幡の九家。

五摂家…
摂関家である藤原北家から分かれた近衛・九条・二条・一条・鷹司の五
家。鎌倉時代以降の関白職は一部例外を除き、大抵はこの五家から輩
出された。

御方々…
“御方”は貴人の尊敬語。特に女性を指す事が多い。今回は複数形。

御匣殿…
妃嬪ではなく女官であっても、天皇の寝所に侍る事は可能。『源氏物
語』中の朧月夜の君、もとはその目的で入内を促された玉鬘など。徳
川家茂(14代)に降嫁した和宮の母も仁孝天皇の典侍(後述)であっ
た。

后町…常寧殿の別名。

宸襟…天子の御心。

練貫…経糸(たていと)に生糸、緯糸(よこいと)に練糸を使った絹織物。

紙縒…細長く切った和紙、或いはそれを糸のように細く撚ったもの。

長局…
宮中や大奥で、複数の女性達が暮らしている、どちらかと言えば横に長
い一棟の建物。

投扇…
投扇興(とうせんきょう)、投げ扇(なげおうぎ)、扇落(おうぎおとし)とも。
枕と呼ぶ台の上にイチョウ型の的(蝶と言う)を立て、1mほど離れた所
から、正座の状態で開いた扇子を投げる。落ちた扇子と枕、場合によっ
ては命中して倒れている的の三つが構成する形を、『源氏物語』の各巻
名が付いた図式と照合して採点。得点の高低を競う。

上さん…
“さん”は御所言葉に於ける“様”。同様の使い方で後に出てくる“御台さ
ん”がある。

膝行…歩くのではなく、膝頭をすりながら進むこと。磨り膝。

人目を紛らすごまかし…
現代英語“kid”にある、俗語としての意味。“You're kidding!”(冗談だろ、
まさか!)や、“Just only kidding.”(嘘に決まってんじゃん)など、動詞と
して考えると分かりやすい。
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