冷艶素香

現ES21がいろんな人達から愛されていたり、割れ顎の堅物侍を巡って、藤と金の人外魔境神未満ズが火花を散らしたりしてます。

キッド×瀬那パラレル後編─2008/3/9

2008年03月09日 | キッド×瀬那?
『In spring it is the dawn that is most beautiful.』
             (後編)
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「僕が、窓をきちんと閉めてから出掛けてれば……ピット、外に出られる筈もな
かった、の、に……」

涙の海で溺死するのは免れ得ても、それだけはどうにも止められないらしい、
か細い嗚咽を再び始めた小柄な少年の、様々な方向へ、ツンツンとこれまた
猫の耳のように立った特徴的な髪型をした頭を優しく撫でると、キッドは年不
相応な(人間の年齢に換算すれば彼は、青春の真っ只中にある年頃なので
ある──実年齢の数字と、やけに老成した中身、並びに大人び“過ぎ”た外
見はともかくとして)無精髭で囲まれた口元を柔らかく綻ばせ、また、常に有
るか無しかの疲労を滲ませた目元を微かに細めた。

「うん、じゃあとりあえずまず、泣くのをやめよっか?」

少年の視線に自分のそれを、背筋の伸びを調整して合わせると、どこからか魔
法のように取り出した──ってか、ぶっちゃけ魔法を使って出現させた──ハン
カチで、驚きに硬直する少年の鼻先をフワリと覆い、幼児にしてやるようにチーン
と鼻をかませてやった。

「あ、ハンカチ、ご、ごめんなひゃい……ズズッ……でも、有難うごじゃいま、ズッ、
すっ……」
「どう致しまして。むしろ俺の方こそ、ご馳走様のお礼をしなきゃあね」

それにとにかく、死んでないんならまだ、俺の干渉する余地があるからと、よく
分からないことを呟きながら、邪気の無い、ヘラリとした笑顔を浮かべると男は、
瀬那の胸に抱かれたピットを覗き込んで様子を確かめた。そしてその上にヒョイ
と片手を翳し、もう片方の手を使ってジーンズのポケットからサバイバル・ナイフ
を取り出すと──

ツ……

躊躇うこと無く翳した方の手首へ静かに強く、それを押し当てたのである。

「なっ、何を……!?」
「シィ……」

黙ってと、キッドはナイフを手放した手の人差し指で、瀬那の薄桃色の小さな唇
が、驚愕によってOの字形に開花するのを防いだ。だが、蕾ませたままにおかれ
たことで声は抑えられても、瀬那の驚きまでは収まらない。何故なら、瀕死の愛
猫の体の上に、トロリと流れ落ちた男の血の色は──赤く、なかったからだ。

「え、え、えぇぇぇぇ!?」

しかし、瀬那が驚愕すると同時に、淡く、仄かな光がピットの、先程まではどん
どん温かさを失ってゆくばかりであった身体をポゥ……と包み込んだかと思うと
──

「……ニャ~?」
「え、ピット!?」

病院ではピクリとも動かなかった筈の頭と首をグルグル動かし、喉をゴロゴロ
鳴らしながら、瀬那の愛猫はその白黒斑の身体をギュウギュウと飼い主の胸
にすり寄せて、甘え始めた。

「ピットぉぉぉ!!!」

良かった、良かったと今度は嬉し涙に暮れる少年を微笑ましげに見やりながら、
では俺はこれでと、キッドが流れ者のガンマンよろしくクルリと踵を返し、立ち去
ろうとすると。

「有難うございました、悪魔さん!」

ポスンと軽いタックル(しかも猫ごと)、そして腰に回された細い両腕。もともと上
質の精気が、今は喜びの気配に満ち満ちて、究極さもなくば至高の美味の域に
まで達してしまっている。

(うわっ……)
「あの、もしご迷惑でなかったら家でお茶でも……」
(やめやめ止めて、理性の箍がぁぁぁ……!)

お体冷え切ってらっしゃるみたいですし……と、ニコニコ笑う少年の無邪気な笑
顔に、誘惑の意図は欠片も見当たらない。けれどキッドは心中で、必死に自己
抑制の呪文(?)を唱える。

(Honi soit qui mal y pense!!!)

思い邪まなる者に災いあれ、と。

その生業故に当然、どの国の人間とも意思の疎通が図れるキッドが今回用いた
この仏語の呪文。唱えることで、人間で言うところの心臓に当たる彼の体内器官
を、同呪文の書き込まれたロープが、古紙回収に出される新聞・古雑誌の如く、
ギュウギュウと括った(その活動が半ば停止することでようやく、キッドとしては
稀なほど強烈なその食欲は、暴走するのを抑えつけられた)。

(あ、危なかった……)

地上に於いてキッドが理性を保てなくなるとは即ち、彼が望むと望まざるとに関
わらず持って生まれた膨大な魔力が全開にされ、この街を跡形も無く消し去って
しまうことを意味していた。

(やれやれ、まったく因果なこった……この子を泣き止ませたのと同じ“血”の力
が、この子の笑顔を消しちまいそうになるなんてねぇ……)

心底ホッとして精神的余裕を取り戻すとキッドは、ようやく、己の好奇心即ち脳
(勿論、人間で言うところの、だ)が、自分に引っ付いている猫の柔らかな体毛と、
見た目に反した感触を持つ少年の猫毛にさっきから、くすぐられっ放しであること
にやっと気付いた。

「あー、どうして俺が悪魔だと?」

赤くない血ってだけならタコの精だとか甲殻類の精だとか昆虫人間だとか、あと
エイリアンの可能性だってある訳じゃない?と、帽子の鍔をちょいと上げ、キッド
は愉快そうに訊ねた。

「え……だって、神様はピットを助けて下さらなくて、その反対のことをしてくれた
貴方はじゃあ、悪魔なんだろうなぁって……」

もしかして違いました? 違ってたならごめんなさいと、少年は申し訳無さそうに
頭を掻いた。

「でも僕は貴方がどこのどなたでも構いません。ピットを助けてくれて本当に、本
当に、どうも有難う御座いました!」
「いやいや、君の方こそ俺の命の恩人だから」
「いえいえ、それなら貴方は僕とピットの“大”恩人ですから!……っと、あ、そう
だ、すみません、魂を差し上げるのは、ピットが安らかに老衰で死ぬ時まで待って
てもらえます?」
「へ?」
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改めて、「瀬那」と名乗ったこの少年は今、何語を話したのだろう? 人間の話す
言葉が理解出来なかったなどとは、キッドにとって初めての経験だった。

この世に、自分が未だ知らない未知の言語が残っていたのか?

キッドの困惑を他所に、瀬那は晴れやかに微笑みながら、息も切らず軽やかに
言の葉を紡ぎ続けた。曰く、毎朝毎晩欠かさずお祈りをして、食事の度に感謝の
言葉を口にし、質素な生活を何とか遣り繰りして時々は教会に献花か喜捨をし、
毎週日曜の礼拝にもきちんと参加して、けれど本当に救いを必要とした今日、い
つもの何倍もの真摯さをもって祈っても、神はピットの命を救っては下さらなかっ
た、打算を持って神を敬うのは神に対する冒涜なのであろうが、安らぎだけを求
めるのなら何も自分は神に頼らずとも、毎晩眠るだけで十分なのであるからして、
何の願望・期待も無しにどうして不確かな存在に対して無私の心で祈れよう、自
分のちっぽけで弱虫な心は気高くなどないのだから──と。

少年の瞳は、捧げられる限りの誠意を裏切られた哀しみと、それを上回る静謐な
怒りで一杯だった。

(あーあー、天界もホントお役所仕事ばっかで融通利かないんだから、幾ら寿命
っつってもさぁ……俺みたいなのに一々天使たち差し向ける暇あんなら、この子
の猫に特例認めたげるとかした方が、よ~っぽど人間たちの感謝と尊敬と信頼
得られるってのにねぇ……この子こんだけ極上の魂持ってんだから、ちょっとくら
い不思議なことあっても、みーんな納得してくれんだろうに、まったく……信じてく
れる存在がいなきゃ、実際には何の力も発揮出来ないのはお互い様だってのに、
ホント、悪魔の俺が言うのも何だけどさ、かなり分をわきまえてないよねぇ……ま、
でもそのお陰で……)

当分の間は、空腹や虚無と無縁でいられそうだ。

「じゃあ、少しだけお言葉に甘えようかな?」
「はい!」

いつの間にやら雪は止んでいた。あれほど濃かった周囲の闇も、完全に消え去
ってこそいないが、最早、少年の視界を惑わし、その歩みを阻むようなものでは
ない。

(成程ね、死にかけてて気付かなかったけど……)

いよいよ最後の審判始まんのかなってくらいに真っ暗だったのは、夜明けが近か
ったからだったんだねぇ?

「ふふっ」
「どうかしましたか?」
「んにゃ、何でもないよ」

さあこっちですと、片腕に猫を抱き、片手で悪魔の手を引っ張る仔羊。幾ら美味
しそうでも、正式な契約を交わした訳ではない彼の魂を頂戴するつもりなど無か
ったキッド。お茶と数ヶ月程度の滞在で失礼するつもりだったこの悪魔が、今日
一日の疲れ(精神的なものも含む)がドッと出て、玄関先でフラリと倒れてしまっ
た仔羊を放っておけず、まめやかに彼の看病をしてやっていた間、ポツリポツリ
と交し合った言の葉の端々から、互いの存在が互いの心の隙間をパズルピース
の如くピタリと埋め得ると気付いた二人が、一緒の布団に生まれたままの姿で
眠るようになるのは、それから一週間後の話。
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「キッドさんキッドさん、起きて下さい、外が凄く綺麗です!」
「……ん~……瀬那君、早起きだねぇ……」

腕引かれるままに窓辺に立てば、遥か遠くの山々と接している辺りの空に、紫
がかった細長い雲が、フワリフワリとたなびいていた。日の光はこの時刻、まだ
それ程には苛烈でなく、闇の眷属たる自分にも比較的寛容だった。

「瀬那君はこの眺めが好き?」
「はい!」
「ずっと見ていたいと思う?」
「はい!」
「本当に?」
「キッドさんと一緒っていうのが大前提ですけどね」

幼さが僅かに残る、昼間の屈託無き笑顔とは違った、しっとりとして静かな瀬那
の微笑に対し、キッドは何十年、何百年、何千年振りかに──その常に乾いて
いた心の中に、“夢”を抱いた。

Fly High──俺にしてはすっごい大冒険、でもやっぱ分不相応な高望み?
Sky High──待ってんのは粉々の未来? それでも当たって砕けろって事?

「青い空はもう拝めなくなっちゃうよ?」
「僕にはいつも、眩し過ぎるって感じてたから、丁度いいです」
「……本当に、いいのかい?」
「キッドさんと一緒なら、どこへでも」
「こんな弱虫で半端者の悪魔と一緒に?」

バサッ……

魔界を出てくる時、自ら傷付けて飛べないようにした翼を、久方ぶりに広げてみる。

「飛べない翼、無意味な存在、瀬那君はそんなのと一緒にどこへ行けると思うん
だい?」

幾らこの子が綺麗に笑いかけてくれるからって、都合良く解釈しちゃ駄目だ。人間
じゃなくたって、夢見るとロクなことがねぇ。

キッドが小さく自嘲すると。

「足が有るじゃないですか」
「……へ?」
「飛べないのなら、歩いてけばいいんですよ」
「あ、し……?」

瀬那はスィ……とキッドの背後に回り、傷付いた黒い二枚の翼に触れるか触れ
ないかの口付けを落とした。そして初めて出会った日のように、キッドの腰に両
腕を回して囁く。

「もうこれ仕舞って下さい。これからは二人三脚になるから」
「本当に、本当に、一緒に来てくれるの?」
「いつまでも、どこへでも」

貴方と一緒なら。

「……有難う」

キッドは恐る恐る瀬那の両手に触れ、その確かな感触を確かめると──ゆっくり
と体を反転させた。

ポタリ……

彼がようやっと見つけた夢の欠片を含んだ熱い雫が、幾つも、幾つも滴り落ちて
きて、瀬那の髪や頬、首筋までをも濡らす。やがて、重力に引かれてそれらが床
に落ちる時には、いずれも、カツンカツンと軽快な音が響いた。

今のキッドの双眸と同じ色をした、2月の石英。けれど“夜”(よ)にも、そしてまた
“世”にも鮮やかな紫色が、所有者自身とその周囲を傷付ける心配はもう無いの
だと、今この瞬間は証明してくれている。

「あーあ、俺、ホントかっこ悪いよね」

泣き笑いしてるメフィストフェレスなんてさと、おどけた調子のボヤキを耳にして、
瀬那もまた、クスリと笑う。

「キッドさんはかっこいいですよ」
「御冗談」
「本当です、水も滴る何とやらですよ」
「塩水でもいいのかねぇ」
「僕的には有りだと思います」

でもまあ、後でカピカピになっちゃいますから、一応拭いときましょうかと、あの時
とは逆に今度は瀬那が、キッドの涙を拭った。
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その後しばらくして、“偶然”にもピットと瀬那の寿命が、“不幸”ではなく“幸運”
な事故により、さしたる苦痛も無く同時に尽きた後、二つの魂を大事に抱えた悪
魔が、居を常に仄暗く、薄紫の雲で覆われた魔界に移して、瀬那の生前と変わら
ず睦まじい暮らしを、周囲が常に騒がしいがために多少の努力は余儀無くされな
がらも、忠実で誠実な使い魔とその父のサポート、並びに実家への同居と必ず孫
を我が腕に抱かせてくれることを条件に(金持ちの発想がぶっ飛んでいるのは人
間界も魔界も同じであったが、魔界ではそれがあながちすべて不可能という訳で
もなかった。何しろ“神の摂理に背いた世界”であるからして!)家督相続など諸
々の面倒事に今後は一切関らなくて良しと言ってきた実父の妥協もあって(年の
せいか頑なさがやや薄れ、少々涙もろくなっていたことや、息子に娶わせようと考
えていた、家格の釣り合う同族の娘たちには決して望めない謙虚さを持つ可憐な
“嫁”が気に入ったことなど、原因は様々であったらしい)、何とか続けていけたの
はそれから──

永遠の話。  
                                            <終>
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