あした天気になあれ♪

日々の出来事・私の想いなどを
少しずつゆっくり書いていければと思ってます。

この世に生を享けて・・・『幼い記憶!編』

2006-09-10 13:59:52 | 私の事。
今日は、13日のために体力温存。

昨日大量にカレー作ったので、食事もあと少し添えるだけでいいし・・。

ちょっと今日はずるけます。

【この世に生を享けて】・・・「幼い記憶!編」

母が亡くなり、その後の本当に幼い私の記憶です。

母の死もこれから書く事の記憶も動物的本能で感じていた幼い頃の記憶です。


母がなくなったとき長女(一番上の姉とは17歳違います。)は、

すでに結婚し子どもも出産していました。

その姉が家族で実家に帰り、姉妹の面倒を見ようか?

と持ちかけてくれたそうです。

でも、遠い将来財産の事でもめるのを嫌がった祖父母は

義兄の申し出をきっちりと断ったそうです。

まだまだ小さい私を抱え祖父母は私のためにどの道がいいのか・・・。

真剣に考え、私を養女に出す決心をしました。

養女に出す先は、父の妹夫婦(叔母夫婦)・・・。

叔母夫婦は子どもに恵まれず、私を引き取る事を希望していました。

そんな話しが進んでいるのも私は知らず、

ある日の朝、船に乗り姉夫婦とともに叔母夫婦の家へと・・・。

はじめは遊びに連れて行くから・・・。

とだまし、私に悟られないように・・・

私をおいて暫くしたら私に見つからないように帰って行きました。

でも、私は船に乗っているとき気づいていたんです。

多分私は貰われていくんだろう・・・と!

とても不安な気持ちで一杯だった事を覚えています。

夕方になり、やっぱり自分の不安は本物となったのだと気づき・・・。

その日一晩中叔母の家で・・・。

「婆ちゃん、姉ちゃんの所へ帰る・・・」

と泣きわめいていました。

あまり泣き続ける私を見て一晩で

叔母夫婦は私を引き取る事を断念しました。

誰だってこんな時は泣くのは当然ですね。

子犬だって親と話されれば不安で暫くは泣き続けますもんね。

でも泣けたって事は2・3日もすれば、

きっと落ち着き叔母夫婦の子どもになれたと思います。

その時泣く事もできず、そのまま叔母夫婦と暮らしていたら・・・。

きっと心に傷をつけたまま・・・そして育てて貰った恩を感じ・・・。

自分の人生を選択することはできなかったでしょう。

結局泣く私を見て叔母夫婦の子どもを育てる・・・

という覚悟が足りなかったのだと、

実際私も親になってみて初めて思いました。

あっけなく・・養女事件は終わって・・・。

生家へ戻り祖父母と姉妹で暮らしていくのですが・・・。

続きは「祖父の厳しさ・・祖母の優しさ」へ続く・・・。









コメント (12)
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