とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

ACE阻害薬、ARBはCOVID-19患者で中止すべきか?

2021-01-21 13:59:48 | 新型コロナウイルス(疫学他)
SARS-CoV-2が細胞への侵入にACEIIを受容体として利用することから、ACE阻害薬やARBを使用している患者が感染した場合にはこれらを中止すべきかどうかという議論は、感染拡大の当初から話題になっていました。この論文は入院前にACE阻害薬あるいはARBを内服していた軽症から中等症のCOVID-19患者に対して、これらの薬剤を中止(n=334)あるいは継続(n=325)の2群にランダムに割り付けて入院後の予後を調べたブラジルの研究です。生存患者の入院日数(21.9日 vs 22.9日)、死亡率(2.7% vs 2.8%)、心血管障害死(0.6% vs 0.3%)、COVID-19の悪化(38.3% vs 32.4%)に有意差は無かったという結果です。
Lopes et al., JAMA. 2021;325(3):254-264. doi:10.1001/jama.2020.25864 https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2775280


進化医学からみた遺伝子の選択と疾患

2021-01-17 17:59:33 | その他
進化医学(evolutionary medicine)に関するこの総説は、進化の過程がいかにしてヒトの形質や疾患に関与するかを解説しています。ダーウィンが「種の起原」の中で述べた自然淘汰(natural selection)という有名な概念があります。これは様々な形質を有する多くの個体の中で、環境に最も適した形質を有するものが選択されてdominantになっていくということで、どのような形質がdominantになるかは環境に大きく左右されます(従って「優れたヤツが残る」という事ではありません)。形質の差は主として遺伝子によって規定されているので、「形質の選択」とはすなわち「遺伝子の選択」ということになります。
ヒトは進化の過程で様々な遺伝子を選択してきましたが、このような遺伝子選択にはtrade-offが存在することがわかっています。昔から有名なものとしては、病的な貧血を生じる鎌状赤血球の原因遺伝子が、マラリア感染に対する抵抗性のためにマラリア流行地帯で選別されてきたという例があります。飢餓に抵抗性を示す遺伝子(SLC16A11, SLC16A13)が糖尿病を生じるなどの例も遺伝子選択のtrade-offといえるでしょう。ヒトが特異的に進化させてきた形質、例えば脳のサイズ拡大に関与する遺伝子ARHGAP11Bが自閉症スペクトラムや統合失調症などの疾患リスクに関与することも分かっています。また疾患間にもお互いにtrade-offがある疾患があります(diametric diseases)。例としては変形性関節症と骨粗鬆症、癌と神経変性疾患などが挙げられ、やはり進化の過程でヒトが選択してきた遺伝子と関連しています。
さて近年のゲノム医学の進歩によって様々な遺伝子と疾患、そしてヒトの形質との関係が明らかになってきました。商業ベースで「遺伝子検査」と称して「あなたは肥満になりやすい」などの情報を提供しているビジネスも多数あります。遊び感覚で行うのであれば害はないのですが、注意すべきなのは、特にこれまでヒトの形質との関連がわかっている遺伝子の情報の大半は欧米からの報告であり、同様の結果が日本人でも真であるかは分からないということです。人種によっては異なる遺伝子が疾患リスクと関連している場合も少なくありません。このような事から考えれば、「スーパーベビー」を遺伝子操作で作るなどという事がいかに現実離れしているのかも明瞭です。ある形質をdominantに有する遺伝子を導入することでかえって他の疾患リスクを上げてしまうかもしれないのですから。
この総説はこのような進化医学の現在の進歩をとても分かりやすく述べていますので、興味のある方は是非ご一読ください。
Benton, M.L., Abraham, A., LaBella, A.L. et al. The influence of evolutionary history on human health and disease. Nat Rev Genet (2021). https://doi.org/10.1038/s41576-020-00305-9

AIを用いた変形性膝関節症疼痛の検出法開発

2021-01-17 13:01:10 | 変形性関節症・軟骨
米国Osteoarthritis Initiative(OAI)のパブリックデータベースに登録されている変形性膝関節症25,049例 のXpおよりKOOS pain scoreをを用いてconvolutional neural networkを利用したディープラーニングを行い、疼痛と関連するXp上の領域を可視化するとともに痛みと関連するXp画像上の特徴の要約統計量algorithmic pain prediction (ALG-P)を算出するシステムを構築した。ALG-PのほうがKellgren-Lawrence分類よりも疼痛の予見に有用であることを示しました。人種格差や経済格差についてもこのアルゴリズムを使用するとある程度補正できることも示しており、専門医でなくてもXp画像のみから治療が必要な症例の抽出が可能であるとしています。大変意欲的な取り組みであり、AIを用いたスクリーニングは今後広く使用されると思います。とはいえ一次スクリーニングの手法としては良いのかもしれませんが、画像だけから治療必要性を判断するという手法はかなり荒っぽいように思います。 
Pierson, E., Cutler, D.M., Leskovec, J. et al. An algorithmic approach to reducing unexplained pain disparities in underserved populations. Nat Med 27, 136–140 (2021). https://doi.org/10.1038/s41591-020-01192-7 

切除不能な叢状神経線維種に対するcabozantinibの有効性

2021-01-16 22:58:18 | 癌・腫瘍
切除不能な叢状神経線維種(plexiform neurofibroma)を有するNeurofibromatosis type 1小児患者に対してMEK阻害薬Selumetinibが有効であるという報告が昨年のNEJMに出ましたが(Gross et al., N Engl J Med. 2020 Apr 9;382(15):1430-1442)、この論文では多種チロシンキナーゼに対する阻害効果を有するcabozantinibのマウスモデルでの有効性、そして第2相臨床試験の結果を示しています。外科切除不能な叢状神経線維種を有する16歳以上の患者にたいしてcabozantinibを投与したところ、19人中8人(42%)でpartial responseを示し、腫瘍サイズの縮小は中央値で15.2%(range, +2.2% to −36.9%)で、進行例は見られなかったとのことです。
Fisher, M.J., Shih, CS., Rhodes, S.D. et al. Cabozantinib for neurofibromatosis type 1–related plexiform neurofibromas: a phase 2 trial. Nat Med 27, 165–173 (2021). https://doi.org/10.1038/s41591-020-01193-6

過敏性腸症候群における腸内免疫の役割

2021-01-15 15:24:42 | 免疫・リウマチ
過敏性腸症候群 (irritable bowen syndrome, IBS)は比較的よく見られる病態ですが、17%程度は胃腸感染症の後に生じることが知られています。その病態メカニズムを明らかにするために、著者らはマウスにCitrobacter rodentiumを感染させ、その後にovalbumin (OVA)を摂取させるというモデルを作成しました。正常なマウスにOVAを摂取させても問題はないのですが、感染から回復したマウスはOVA摂取によって下痢を生じ、IBS様症状を呈していると考えられました。IgE欠損マウスや抗IgE抗体を投与するとIBS様症状は改善し、逆に正常マウスにOVA特異的IgEを投与するとOVA摂取によってIBS様症状が出現しました。つまりこのような病態は、感染によって腸管上皮のバリアが消失し、OVAに対するoral toleranceが破綻することでOVA特異的なIgE抗体が産生され、OVA摂取によって肥満細胞が活性化されるために生じると考えられました。
次に著者らは実際のIBS患者および健常者の腸管に大豆、小麦、グルテン、ミルクなどを直接投与し、IBS患者全てでいずれかの食餌によって免疫反応が生じることを示しました。IBS患者の腸管に存在する肥満細胞の数自体は健常者と変わりませんでしたが、患者では肥満細胞が神経終末に隣接していました。またIBS患者の23%の便中に黄色ブドウ球菌が検出されたのに対し、健常者では9%のみに認められ、黄色ブドウ球菌が産生するsuperantigenはIBS患者便の47%、健常者の17%に認められました。
これらの結果は感染が腸内細菌叢をかく乱させ、食品成分に対するIgE抗体産生を誘導し、肥満細胞活性化を介してIBS症状を生じること、そして免疫の活性化や症状発現にsuperantigenが関与している可能性を示しており、IBSの病態を考える上で大変興味深い研究です。
Aguilera-Lizarraga, J., Florens, M.V., Viola, M.F. et al. Local immune response to food antigens drives meal-induced abdominal pain. Nature (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-020-03118-2