とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

「医療崩壊の真実」を読んで

2021-01-14 16:47:34 | 新型コロナウイルス(疫学他)
「医療崩壊の真実」というタイトルはアレなのですが、内容はDPCデータなどを参考にして、主として2020年春の新型コロナウイルス感染症第1波で医療崩壊の危機が叫ばれた原因を分析しており、大変腑に落ちるものです。
繰り返しが多いことや、最後の鼎談は蛇足気味だったりという欠点もあるのですが、わが国の医療体制が包含する重要な問題点を指摘しています。特に下記のような指摘は興味深いものです。
①東京都のデータでは医療逼迫が叫ばれていた4月、5月において一般病床およびICUの稼働率は低下していた。
②一般病床稼働率低下の原因は、うがいや手洗い、マスクなどの衛生要因による感染症減少、コロナによる受診控え、不急の手術延期、検診控えによる癌などの発見減少などが考えられる。元々日本は急性期病床が諸外国と比べて突出して多く、コロナのために不要な入院が減ったとも考えられる。
③ICU稼働率低下の原因は、他のICU患者と比べて医師、看護師、臨床工学技士など医療スタッフの治療やケアの手間は数倍かかり、看護師配置も通常の1:2よりも手厚くする必要が生じたため。
④ICU, HCU, ERなどのユニットがない病院、あるいは集中治療、救命救急専門医が不在の病院でも人工呼吸器やECMOが必要な重症~超重症コロナ患者を受け入れていた。逆に集中治療専門医が1人体制の病院などでは、ユニットがあってもコロナ患者を受け入れていない病院もあった(おそらくマンパワー不足のため)。
⑤つまり医療逼迫の原因は、一般病床数、ICU病床数の不足ではなく、過剰に存在する急性期病院への専門医の分散など、医療資源の配分と集約化の問題である。足りなかったのは病床ではなく医療従事者である。
⑥問題を解決するためには日本全体で病床が不足するという虚構の危機をうったえるのではなく、専門医とハードの機能に応じた医療機関の機能分化(役割分担)と広域の連携が必要。
内容には賛否があるかと思いますが、興味のある方は是非ご一読いただければと思います。

頭部神経堤細胞におけるBMPシグナル活性化はautophagy抑制を介して軟骨分化を促進する

2021-01-14 12:01:19 | 骨代謝・骨粗鬆症
進行性に異所性骨化が進行する進行性骨化性線維異形成症(Fibrodysplasia ossificans progressiva, FOP)はBMP受容体であるALK2/ACVR1の変異が病因であることが明らかになっており、変異型受容体は BMPのみならずActivin Aによっても活性化されることが疾患進行に重要であるとされています。京都大学の戸口田先生らはFOPの疾患特異的iPS細胞を用いた研究から、mTOR阻害薬であるrapamycinが骨化の進行に有効であることを報告されていますが(Hino et al., J Clin Invest. 2017 Sep 1;127(9):3339-3352)、rapamycinがどのようにしてACVR1シグナルに影響するのかという作用機序については不明な点も残っています。さてFOP患者では下顎低形成などの顔面変形が見られることもあり、筋⇒骨の経路とは異なったメカニズムが働いているのではないかと考えられています。ミシガン大学の三品裕司先生らのグループから発表されたこの論文では、多分化能を有する頭部神経堤細胞(cranial neural crest cells, CNCCs)における変異型ACRV1の役割に着目しています。CNCCsは骨細胞、軟骨細胞、グリアなどに分化し、頭蓋顔面前方の形成に関与しており、その異常は様々な頭蓋顔面異常の原因となります。彼らはCNCCsで変異型ACVR1を発現したマウスを作成し、頭蓋顔面の変形が生じることを明らかにしました。このマウスではCNCCsにおけるBMPシグナルの活性化がmTORC1の活性化を介してautophagyを抑制し、β-cateninの分解が抑制されることでcanonical Wntシグナルが活性化されており、その結果CNCCsの軟骨細胞分化が促進され、頭蓋顔面の形成異常が誘導されることを示しました。RapamycinによるmTORC1の抑制によってautophagyが再活性化され、β-catenin分解によってWntシグナル活性化は抑制され、このような頭蓋顔面は改善されました。
これらの結果は、CNCCsにおけるACVR1シグナル活性化が顔面におけるFOPの病態に関与しており、rapamycinはCNCCsにおけるautophagy活性化を介して病態改善に関与している可能性を示唆しており、FOP治療を考える上で大変興味深いものです。
Yang J et al., Augmented BMP signaling commits cranial neural crest cells to a chondrogenic fate by suppressing autophagic β-catenin degradation. Sci Signal. 2021 Jan 12;14(665):eaaz9368. doi: 10.1126/scisignal.aaz9368. PMID: 33436499. 

英国でTocilizumab, SarilumabがCOVID-19に承認された

2021-01-09 23:35:47 | 新型コロナウイルス(治療)
最近のニュースで少し意外だったのはtocilizumab, sarilumabという抗IL-6受容体抗体がCOVID-19患者の死亡率を低下させ、英国で治療薬として承認されそうだ(された?)というものです (1)。これまで、いくつかの観察研究ではCOVID-19に対するIL-6阻害療法の有効性を示す結果が報告されていましたが、Bostonの7病院で行われたRCT(BACC Bay Tocilizumab trial)では挿管または死亡率に差はなく(入院28日後までのhazard ratioは0.83, 95% CI 0.38 to 1.81; P=0.64) (2)、それ以外にもCOVACTA trial (3), RCT-TCZ-COVID-19 trial (4), CORIMUNO-TOCI-1 trial (5)などのRCTで、やはり死亡率や重症化率に有意差がないことが報告されており、がっかりしていました。最近NEJMに掲載されたEMPACTA trial (5)では、primary outcomeである「28日後の死亡あるいは人工呼吸器装着率」はtocilizumab投与患者で有意な改善が見られましたが(tocilizumab vs placebo; 12.0% vs 19.3%, P=0.04)、死亡率だけを見ると有意差がないとの結果でした(10.4% vs 8.6%, weighted difference 2.0%, 95% CI -5.2 to 7.8)。
今回の英国における承認の報道はpreprintとしてmedRxivに報告されたREMAP-CAP trial (7)の結果を受けてのことのようです。この試験では、353名をtocilizumab, 48名をsarilumab, 402名をプラセボ群に割り付けて人工呼吸器やECMOが必要になるまでの日数、死亡率などを検討し、介入群で有意に良好であるという結果でした(21日目までの死亡率はtocilizumab, sarilumab, placebo群それぞれで28.0%, 22.2%, 35.8%)。これらのtrialの結果の違いがどのような理由なのかはわかりませんが、組み入れ患者の重症度に違いはあるようです。BACC Bay Tocilizumab trialとEMPACTAではbaselineの重症度が異なっており(後者の方が重症患者を多く含む)、今回のREMAP-CAPでは組み入れ患者の3割程度が人工呼吸器装着患者ということで、重症例を多くふくんでいるようです。治療の選択肢が増えることは結構なことですが、REMAP-CAPはpreprintの段階ですし、タイトルに"Preliminary report"とあるように、まだ内容については精査が必要な気がします。ワクチンの超早期承認の時もそう思ったのですが、COVID-19流行早期の失敗に懲りてのことか、英国はやや前のめり過ぎる(焦りすぎている?)ように見えるのは気のせいでしょうか。
1) Arthritis drug tocilizumab cuts Covid death risk by a quarter | News | The Times
2) Stone et al., N Engl J Med 2020;383:2333-2344.
3) Rosas et al., https://www.medrxiv.org/con.../10.1101/2020.08.27.20183442v2.  preprint
4) Salvarani et al., JAMA Intern Med. 2021 Jan 1;181(1):24-31.
5) Hermine et al., JAMA Intern Med. 2021 Jan 1;181(1):32-40.
6) Salama et al., N Engl J Med. 2021 Jan 7;384(1):20-30
7) The REMAP-CAP Investigators. https://doi.org/10.1101/2021.01.07.21249390. preprint

頭蓋縫合早期癒合症モデルにおけるGli1+細胞移植

2021-01-08 11:56:40 | 骨代謝・骨粗鬆症
頭蓋縫合早期癒合症はまれな先天性疾患ですが、FGF受容体シグナルの恒常活性化が見られるCrouzon病やApert病などが有名です。放置すると早期癒合の結果として頭蓋内圧が上昇し、脳の発達障害による精神発達遅延を生じることが知られています。Saethre-Chotzen症候群は頭蓋骨縫合早期癒合を示す疾患ですが、ヘリックス-ループ-ヘリックス型の転写因子であるTWIST1遺伝子に変異があることが報告されています。この論文で著者らはTwist1のヘテロ欠損マウス(Twist+/-マウス)が頭蓋縫合早期癒合を示し、頭蓋内圧上昇および認知障害を示し、Saethre-Chotzen症候群モデルとなることを示しています。またこのマウスの頭蓋骨縫合部を外科的に切離し、切離部にGli1+ mesenchymal stem cells(MSCs)をmethacrylated gelatin (GelMA)およびマトリゲル、I型コラーゲンでできたキャリアに混ぜて移植すると、頭蓋骨縫合が再構築され、早期癒合が抑制されるとともに、頭蓋骨変形、頭蓋内圧上昇、そして認知機能低下が改善することを示しています(細胞がないと再び早期癒合が起こる)。興味深いことに、頭蓋癒合には硬膜に存在するTwist1+/- Gli1+ MSCsが重要な役割を果たしていることも明らかになりました。早期癒合患者に対しては実際に頭蓋縫合切離術が行われていますが、術後再癒合を抑制する方法としてMSC移植は有用かもしれません。
Yu et al., Cranial Suture Regeneration Mitigates Skull and Neurocognitive Defects in Craniosynostosis. CELL https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(20)31609-3 


リウマチ性疾患を有するCOVID-19患者の予後の時間的変化

2021-01-02 18:45:47 | 免疫・リウマチ
リウマチ性疾患および筋骨格系疾患を有しているCOVID-19患者について、その予後が時期によって変化しているかを米国データベースを用いて検討した論文です。Early cohortを2020年1月20日から4月19日までの90日間、late cohortを4月20日から7月19日までの90日間と設定し、それぞれの期間にICD-10でCOVID-19と診断された患者が対象です。Early cohortには2811人、late cohortには5729人が含まれ、PCR検査で診断された患者の割合はearly cohortで43.3%、late cohortで39.5%です。解析に含まれる疾患としては関節リウマチ、脊椎関節炎、SLE、全身性強皮症、皮膚筋炎、多発筋炎、Sjögren症候群、その他の全身性結合織疾患、全身性の血管炎(含ANCA関連血管炎、Behçet病、結節性多発動脈炎、巨細胞性血管炎)、リウマチ性多発筋痛症、痛風ということで、変形性関節症などの整形外科疾患は含まれません。主たる疾患としては痛風38.6%、脊椎関節炎30.2%、関節リウマチ28.7%、その他の全身性結合織疾患17.2%、SLE9.5%、全身性血管炎3.7%などとなっており、early, late cohortで大きな差はありませんでした。平均年齢はそれぞれ62歳(SD16)、60歳(SD17)です。
(結果)重症化の指標であるexposure scoreをmatchさせた状態で、late cohort(2701人) vs early cohort(2701人)を比較したところ、入院率は32.4% vs 45.4%(relative risk [RR] 0.71)であり、late cohortで有意に低率でした。またICU入室リスク 7.9% vs 14.3%(RR 0.56)、人工呼吸器装着 3.6% vs 9.1%(RR 0.39)、死亡 4.5% vs 9.3%(RR 0.48)、これら3つを組み合わせた重症患者 11.4% vs 22.4%(RR 0.51)、さらに血液透析などの腎代替療法が必要となった急性腎障害 も0.6% vs 1.2%(RR 0.53)でいずれもlate cohortで低率でした。またexposure scoreをmatchさせた入院患者(late cohort, early cohortいずれも1089人)のみを対象にした場合もlate cohortで低い重症患者率(30.7% vs 41.3%, RR 0.74)を示しました。Late, early cohortでは使用された治療薬は異なっており、remdesivir(11.0% vs 2.5%)、dexamethasone(24.8% vs 7.3%)とlate cohortで多く、tocilizumabは2.9% vs 3.9%とあまり変わらず、hydroxychloroquineは10.4% vs 43.4%でlate cohortで少数でしたが、このような薬物の使用の差に加えて、恐らく検査能力やsupportive careの改善が予後の改善と関連していたと考えられます。いずれにしてもまだまだ予後良好な疾患とは言えず、引き続きリウマチ性疾患を有するCOVID-19患者には十分な注意が必要そうです。
Jorge et al., Temporal trends in severe COVID-19 outcomes in patients with rheumatic disease: a cohort study. Lancet DOI:https://doi.org/10.1016/S2665-9913(20)30422-7