とはずがたり

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進化医学からみた遺伝子の選択と疾患

2021-01-17 17:59:33 | その他
進化医学(evolutionary medicine)に関するこの総説は、進化の過程がいかにしてヒトの形質や疾患に関与するかを解説しています。ダーウィンが「種の起原」の中で述べた自然淘汰(natural selection)という有名な概念があります。これは様々な形質を有する多くの個体の中で、環境に最も適した形質を有するものが選択されてdominantになっていくということで、どのような形質がdominantになるかは環境に大きく左右されます(従って「優れたヤツが残る」という事ではありません)。形質の差は主として遺伝子によって規定されているので、「形質の選択」とはすなわち「遺伝子の選択」ということになります。
ヒトは進化の過程で様々な遺伝子を選択してきましたが、このような遺伝子選択にはtrade-offが存在することがわかっています。昔から有名なものとしては、病的な貧血を生じる鎌状赤血球の原因遺伝子が、マラリア感染に対する抵抗性のためにマラリア流行地帯で選別されてきたという例があります。飢餓に抵抗性を示す遺伝子(SLC16A11, SLC16A13)が糖尿病を生じるなどの例も遺伝子選択のtrade-offといえるでしょう。ヒトが特異的に進化させてきた形質、例えば脳のサイズ拡大に関与する遺伝子ARHGAP11Bが自閉症スペクトラムや統合失調症などの疾患リスクに関与することも分かっています。また疾患間にもお互いにtrade-offがある疾患があります(diametric diseases)。例としては変形性関節症と骨粗鬆症、癌と神経変性疾患などが挙げられ、やはり進化の過程でヒトが選択してきた遺伝子と関連しています。
さて近年のゲノム医学の進歩によって様々な遺伝子と疾患、そしてヒトの形質との関係が明らかになってきました。商業ベースで「遺伝子検査」と称して「あなたは肥満になりやすい」などの情報を提供しているビジネスも多数あります。遊び感覚で行うのであれば害はないのですが、注意すべきなのは、特にこれまでヒトの形質との関連がわかっている遺伝子の情報の大半は欧米からの報告であり、同様の結果が日本人でも真であるかは分からないということです。人種によっては異なる遺伝子が疾患リスクと関連している場合も少なくありません。このような事から考えれば、「スーパーベビー」を遺伝子操作で作るなどという事がいかに現実離れしているのかも明瞭です。ある形質をdominantに有する遺伝子を導入することでかえって他の疾患リスクを上げてしまうかもしれないのですから。
この総説はこのような進化医学の現在の進歩をとても分かりやすく述べていますので、興味のある方は是非ご一読ください。
Benton, M.L., Abraham, A., LaBella, A.L. et al. The influence of evolutionary history on human health and disease. Nat Rev Genet (2021). https://doi.org/10.1038/s41576-020-00305-9

AIを用いた変形性膝関節症疼痛の検出法開発

2021-01-17 13:01:10 | 変形性関節症・軟骨
米国Osteoarthritis Initiative(OAI)のパブリックデータベースに登録されている変形性膝関節症25,049例 のXpおよりKOOS pain scoreをを用いてconvolutional neural networkを利用したディープラーニングを行い、疼痛と関連するXp上の領域を可視化するとともに痛みと関連するXp画像上の特徴の要約統計量algorithmic pain prediction (ALG-P)を算出するシステムを構築した。ALG-PのほうがKellgren-Lawrence分類よりも疼痛の予見に有用であることを示しました。人種格差や経済格差についてもこのアルゴリズムを使用するとある程度補正できることも示しており、専門医でなくてもXp画像のみから治療が必要な症例の抽出が可能であるとしています。大変意欲的な取り組みであり、AIを用いたスクリーニングは今後広く使用されると思います。とはいえ一次スクリーニングの手法としては良いのかもしれませんが、画像だけから治療必要性を判断するという手法はかなり荒っぽいように思います。 
Pierson, E., Cutler, D.M., Leskovec, J. et al. An algorithmic approach to reducing unexplained pain disparities in underserved populations. Nat Med 27, 136–140 (2021). https://doi.org/10.1038/s41591-020-01192-7