とはずがたり

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ALSになるか?癌になるか?それが問題だ

2021-01-26 09:50:21 | 神経科学・脳科学
大学生時代に、飲み屋の与太話で究極の選択と銘打って「カレー味のウ◯コとウン◯味のカレー、食べるならどっち?」というようなアホな話題で盛り上がったことがあります。レベルは大違いですが、この論文を読んでそのような昔話を思い出してしまいました。。(;^ω^)
筋萎縮性側索硬化症amyotraphic lateral sclerosis(ALS)および前頭側頭型認知症frontotemporal dementia (FTD)は病態は異なりますが、いずれも神経細胞の障害が生じ、重篤な症状を示す難病です。多くのALSおよびFTD患者の神経細胞内にはRNA結合タンパクTPD-43の封入体が見られることが報告されています。また2011年にはこれらの疾患患者でC9orf72という遺伝子の翻訳領域の5’側にGGGGCCリピート配列の著しい延長が見られることも明らかになりました。GGGGCCリピートの延長がALS/FTDを引き起こす分子機構として、延長したリピート配列がポリglycine-alanine (GA), glycine-proline (GP), glycine-arginine (GR), proline-arginine (PR), proline-alanine (PA)などのdipeptide repeat (DPR)タンパクへと翻訳され、この異常なタンパクの蓄積が神経障害を引き起こすとする説があります。この論文ではpoly(PR)の神経細胞に対する作用を検討し、p53が神経障害に重要な役割を果たすことを示しています。
著者らはまず培養胎児マウス皮質ニューロン細胞にpoly(PR)である(PR50)、またはTPD-43をlentivirusで発現させることによって神経細胞の軸索変性、細胞死が生じることを示しました。ATAC-seqによってこれらの細胞におけるDNA accessibilityを検討したところ、それぞれに特異的なaccessibilityの変化が生じることが分かりました。興味深いことに(PR50)発現細胞ではp53によって誘導される遺伝子のaccessibilityが増加することが分かりました。実際(PR50)発現神経細胞ではp53の発現が上昇しており、これはp53タンパクの安定化によるものであることが明らかになりました。一方TPD-43発現細胞ではそのような変化は見られませんでした。
著者らはp53の神経障害における役割を検討し、p53を欠損した神経細胞では(PR50)による軸索変性や細胞死は抑制されていることを示しました。また脳にGFP-(PR50)を発現させたマウスは生後39日目までには神経細胞死などのために死亡するのですが、p53ノックアウトマウスでは(発癌リスクは高いにもかかわらず)生存率が2.5倍改善していました。p53ヘテロ欠損マウスでも生存率は改善していました。一方p53欠損はTPD-43過剰発現マウスにおける神経細胞死は改善しませんでした。
さらにp53欠損による神経細胞保護作用は、ショウジョウバエ眼にpoly(PR)を発現させるALS/FTDモデルにおける神経障害を改善させ、C9orf72変異を有するALS患者iPS細胞から分化させた運動神経細胞の障害も改善させることが示されました。
p53は様々なアポトーシス促進因子の発現を誘導することが知られていますが、(PR50)はpro-apoptotic Bcl-2ファミリー分子であるPumaの発現を誘導し、Puma欠損神経細胞では(PR50)による細胞死は改善していました。
ということで著者らはC9orf72変異⇒poly(PR)発現↑⇒p53安定化↑⇒Puma発現↑⇒神経細胞障害という経路がALS/FTDの原因になると結論しています。
大変興味深い内容なのですが、培養細胞のATAC-seqの結果からいきなりp53にしぼって解析が進んでいることには違和感がありますし、p53自体あまりにもmajor moleculeなので、「ホンマかいな?」というのが論文を読んでの印象です。またp53は癌抑制遺伝子であり、その欠損は癌のリスクを顕著に高めます。我々は「ALSか癌になるとしたらどちらを選ぶ?」という究極の選択を迫られるのでしょうか?(。•́︿•̀。)
Maya Maor-Nof et al.,
p53 is a central regulator driving neurodegeneration caused by C9orf72 poly(PR).
Cell. 2021 Jan 15;S0092-8674(20)31747-5.