神の方程式(ミチオ・カク/NHK出版)
著者は、日系アメリカ人の理論物理学者。超弦理論の創設者の一人であるが、米国では、ポピュラーサイエンスの伝道師としても名高い。
ブログ開設以前の読書日記をみると、7年ほど前にこの人の著作『パラレルワールド』を読んでいる。素粒子理論、インフレーション理論、超弦理論/M理論から導かれる多元宇宙について解説したうえで、拡散して無に帰する宇宙、いわゆる「ビッグ・フリーズ」を生き延びるために、知的生命が「別の宇宙」に脱出することは可能か、という視点で書かれている。ワームホールやタイムマシンなど、SF的な発想も含めて、考えられる脱出方法の可能性を物理学の知見で検討する、という読み物だった。
で、今回は、宇宙を統一的に説明する方程式の探求、という視点から、ニュートン、マクスウェル、アインシュタイン、量子力学、標準理論と物理学の発展をたどり、現在のところ、万物理論の最有力候補である超弦理論がたどり着いた成果と課題を、非常に要領よく簡潔に説明する読みものである。
これまで十分に理解できていなかった大統一理論と超弦理論の関係など、知識の交通整理としては非常に有意義な一冊だった。
(本書では「ひも理論」としているが、超弦理論、超ひも理論という呼称もあり、必ずしも統一されていない。私は、大栗博司氏に従い、超弦理論と呼ぶことにしている。)
本書では、巻末に「ひもの場の理論」の方程式が示されているが、超弦理論はいまだに最終的な方程式として完成していない。超弦理論の数学は難解で、実験で証明できるものは何もないから、科学ではないと批判する人もいる。しかし著者は、理論を実証する実験は不可能ではないし、理論が完成して多数の物理定数がそこから導かれれば、むしろ実験の必要もなくなるだろうと主張している。
蛇足だが、超弦理論では宇宙は10次元空間で、現実に知覚できる4次元以外の6次元はカラビ・ヤウ空間としてコンパクトに巻き上げられており、その構造の違いから、理論上は10の500乗とおりもの宇宙がありうること。また、実際に無数の宇宙が生まれるメカニズムは、インフレーション理論から導かれることを知っておくと、本書の理解に資するだろう。
可能性として無数の宇宙がありうるのならば、なぜこの宇宙が、星が生まれ、生命が誕生するのが奇跡と思えるほどに、あらゆる物理定数が絶妙に調整されているのか、という問いの答えは自明になる。無数の宇宙の中で、たまたまそのような宇宙にだけ知的生命が誕生するのだ。これは「弱い人間原理」であり、ホーキング博士は、これをコペルニクス原理の自然な拡張だと考えていた。