夢への道筋

青臭いけど、人が夢の実現のために発揮できる力って無限。夢を実現するための方法論について徒然なるままに。

アウトサイダーズ

2008-04-06 12:40:27 | ふと思ったこと
先週は、大学の入学式前後にあわせて、僕が大学時代に属していたアメリカンフットボールチームのアウトサイダーズの新入生の勧誘を手伝った。

いつも話をするのは20代後半から40代前半の人たちが多いので、18歳前後のちょっと前まで高校生・浪人生だった学生さんたちと話をする、しかも、普段話慣れていないアメリカンフットボールの話をするのは非常に新鮮な体験だった。



大学4年生の時からなんやかんやで加速度的に忙しくなってしまったため、このチームの活動にOBとしてほとんど何も手伝いが出来ていなかった。

1990年設立のアウトサイダーズは今期で18年目になる。ここ数年、部員数が減りすぎて、チームの存続が危機的な状況にあるため、OB有志かなり大勢で解決策を検討し、チームの存続をかけて今回の勧誘にOBもコミットすることになった。僕も卒業後約10年何も貢献できていなかったため、今回は有志の一人として、若干ながらお手伝することにした。

ある人はパンフレットやポスターの作成で、ある人は新歓パーティーの準備で、ある人は新歓パーティーにテレビでも見かける若手芸人を呼んでくれたりと。僕は、平日にキャンパスに現場入りし、ビラ配り&氏名の記入を通じて、勧誘活動を約12時間行った。土曜日には、防具を装着して、練習に加わり、結構本気でヒットをする練習にも参加し、体がボロボロになりながら、新歓パーティーにも参加した。



伏線があった。

去年の8月の暑い夏のまっさかり、11年ぶりに僕はアメリカンフットボールの試合に出場した。アウトサイダーズのOB戦だった。そして、アウトサイダーズのリーグ戦最終戦に現役選手だけでは人数が足りないため、OB有志が参加することになり、その試合にも出場し、いきなり2007年は10年ぶりに2試合に出場した。やってみた思ったこと。アメリカンフットボールはやっぱり結構面白かった。そして、アウトサイダーズというチームは自分にとって、大事な場所なんだなあということを感じた。


11年前、大学4年の僕は学業やら起業の準備やらで忙しく、いっぱいっぱいな毎日の合間をぬって、ちょっとだけしか練習・試合に出場できなかった。同期や後輩が頑張っている中、当時の自分の優先順位に沿った判断だったとはいえ、大学三年のときに副主将を務めていた自分が4年生のときにこれしか貢献できなかったことは、申し訳ない気持ちがあった。

僕は、慶應義塾高校3年間を振り返ると、結果的にアメリカンフットボールが自分のトッププライオリティだった。高校3年間で何をしたかと問われれば、「アメフト以外には何もしなかった」と明確に答えることができる。

全国優勝をしてたら大学でも続けるつもりだったのだが、関東大会準決勝で敗退してしまい、この厳しい高校3年間を大学でもう4年行う余力は自分にとっては残っておらず、強豪校で優秀な選手も多かったことから、チーム内での実力は平均レベルかそれより下ぐらいだったという自分に対する評価もあり、もうやり尽くしたかなという気持ちになり、もうアメフトはやめて、アメフト以外のことに専念しようと、固い決心をして、日吉から遠く離れた総合政策学部に進学した。

その後、アメフトなしの大学生活を始めたものの、数か月でアメフトをやりたくなってしまった。ただし、自分の中で、アメフト以外のことをトッププライオリティにしようという軸は変えるつもりはなかったので、週2回しか練習のないアウトサイダーズに入部することにした。

そのときもいろんな葛藤があった。どうせやるなら体育会がいいんじゃないかとか、いやいやそれなら総合政策学部に進学した意味がないじゃなんとか、体育会にいってもどうせ自分のポテンシャルだと通用しないよなとか、週2回の練習で本当に怪我をせずにアメフトはできるのか、など。何より、アメフトって自分のトッププライオリティにせずにできるほど、甘いスポーツじゃないよな。。。っていう気持ちが、アメフトを再開させる上で最も大きなハードルになっていた。が、まあ、うじうじ悩んでいてもしょうがないので、試してみようという気持ちになった。

そして、練習に参加させてもらった。けれども、高校のチームの練習と比較してしまい、いろいろイケてないじゃんということを周囲に漏らして、まわりでアウトサイダーズで頑張っている人たちを不快にさせてしまった。そもそも週2回という制約の中で、ベストを尽くそうというチームの前提があるのに、今にして思えば、子供なことを言ってしまったなあと恥ずかしい。高校で本気でやっていたスポーツを大学で体育会ではなく同好会でやろうとすると同じような体験をした人は多いのではないかと思う。

そんなKYな奴だったが、試合ではある程度実績を出せたり、アウトサイダーズというチームで先輩・同期と人間関係も出来て、大学で自分の居場所を作ることができた。

高校に引き続き大学でもアメフトにフルコミットしていたら、在学中はたぶん起業する様々な機会には遭遇しなかったと思う。一方、大学でアメフトを全くしていなかったら、おそらく今ほどタフに仕事をこなす体力は続かなかったと思うし、充実した時間もなかったと思うし、貴重な人たちとも出会えなかったと思う。特に僕は、起業・経営の仲間とアメフトの仲間が僕の場合は結構かぶっている。また、社会に出てもチームメートとの話は仕事・プライベート双方で楽しいし、役に立つことが多い。もう年なのかもしれないが、昔の試合の振り返りも楽しい。

いまだ引っかかっているのは、チームにはアメフトにフルコミットしていた選手もたくさんいたので、僕のプライオリティは正直失礼だったと思う。高校経験者で試合で結果が出せなければ、許されなかったんだろうなあと思う。試合で結果を出したとはいえ、チームの士気にマイナスなこともしてしまっていたと思う。



すべてひっくるめてまとめると、僕にとっては、アウトサイダーズというチームや仲間と出会えたことは本当に大きかったなあと思う。要するに、体育会や他のチームではなくSFCのアウトサイダーズだったおかげで僕は学業や起業準備の活動とアメフトを両立できたんだと思う。

僕にとってのアウトサイダーズとのストーリーは、ざっと上記のようなものだのだが、十人十色のストーリーがあると思う。

たくさんの新入生が入ってほしいし、入部した学生の人たちには僕と同じように人生の中でこのチームに入ってよかったと心から思えるような大学生活を送ってほしい。

今になって振り返ってみると、僕は高校→大学→社会人へという流れの中で、運よく軸をぶらさずに、自分の時間配分の選択を行った。

人によっていろいろな軸があるのだと思うけれども、僕の場合は、「アメフトと同じぐらい本気で打ち込めるアメフト以外の何か」を大学で見つけて、それを行動に移すことが基本的な軸になった。僕にとっては、それが最終的に今のAIPでの活動につながった。

そういう意味では、アウトサイダーズがなければ、AIPもなかったんじゃないかなあと思う。これまでそんなことはあまり考えなかったが、今回、勧誘活動をしながら、そんなことを考えた。


人生何が、何につながるかはわからないが、人との縁、そして、「自分の軸」大事にしたい。

何かをやり遂げるためには、自分の生活を大局的に見つめたときに「自分の軸」どおりに自分の時間配分が出来ているのかどうかってことがすごく大事なような気がしている。

それを肝に銘じて、今の自分の軸と自分の時間配分をみつめなおしてみたいと思う。