~経済ニュースの森の奥~ ・・マクロな視点から。

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No53 世界経済は原油価格次第だが・・価格下落の可能性を予測

2006年07月30日 | 景気
7/6ロイターより・・・米著名投資家のジム・ロジャーズ氏は、ロイターとのインタビューで、原油価格は1バレル=100ドルを上回る水準まで上昇し、その後も高値を維持するとの見通しを示した。商品価格は今後15年にわたり上昇局面が予想され、原油もその一角を占めるという。
同氏は「原油価格はかなり長期にわたって高い水準が続くだろう。サプライズ要因はどこまで上昇するかだ」と述べた。
また、少なくとも1バレル=100ドルに上昇するという先の発言を繰り返し「強気市場が終わるまでに100ドル以上になるだろう」と述べた。


7/14 ロイターより・・・ 石油輸出国機構(OPEC)は14日、原油は世界市場に十分供給されており、地政学的要因が原油価格を過去最高値圏に押し上げている、との見解を示した。
 OPECは声明で「需要を上回る量が市場に供給されており、原油の供給は依然十分だ。OECD(経済協力開発機構)によると在庫はここ5年の平均水準を上回っている」とし、「OPECの影響下にない地政学的な進展がこのところのボラティリティ急上昇の要因となっている」との見方を示した。


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原油価格はここのところ史上最高値レベルの1バレル70~75ドル(NY)で、高止まりしている状況です。
イランの核をめぐる孤立やイスライル⇔レバノンの戦闘など原油国近辺での「地政学的リスク」が高止まりの主因であることは明らかです。

また中国の、浪費ともいえる原油輸入量の増加にも歯止めがかかっていません。今年上期で前年比15%以上も輸入が増えている状態です。

中国は今や米国に次ぎ世界第二位の石油消費大国といわれていますから、全体に与える影響は大きいと捉えられています。むしろ特筆すべきは、同じGDPを稼ぐのに日本の4倍も石油を消費するというエネルギー効率の悪さです。

前ファイル(No52)で書いたように、商品先物取引やヘッジファンドによる投機マネーがこれらの状況に過敏反応し、これまで買い越しているわけですが、この足の速いマネーが価格変動の不安定に拍車をかけているといえます。

最近では世界的な商品先物取引(コモディティ市場)の一般化で、欧米の年金運用資金までが原油市場に大きく流れ込んでいるといわれています。これらは細かく売買を繰り返すわけではなく「運用投資先」として中長期でホールドするものと思われますが、これも全体的な価格水準を押し上げたままにする原因のひとつでしょう。

何しろ、原油価格の高騰のおかげで世界的なインフレ懸念が増してきたと言われてきました。

日本では世帯当たりの消費支出が実質で6カ月連続減少しているにもかかわらず(総務省が毎月発表しているのになぜか大きいニュースにならない)、物価指数は原油高が影響して8ヶ月連続上昇しています・・某首相はデフレ脱却に向って良い傾向などと実に呑気なことを言っていますが・・。

世界ダントツ一位の石油消費国である米国の状況は、このブログでもよく言及してきましたが、先日発表のGDPが大きく減速してきたにも関わらず史上最高のガソリン高で物価が高ブレしたままです。

これらの傾向がずっと続くと、最悪のスタグフレーション(インフレ不況)へ突入する危険があるため、日銀も米国連銀も金利政策に大変頭を悩ませています。

言うまでもなく、日米欧の金利政策の成行きは企業業績や世界的な株価変動などに大きく影響しますので、原油価格は⇒金利政策⇒景気へとダイレクトに伝播することになります。元を正せば、今の世界景気は「原油価格次第」といっても過言ではないと思います。

我々の身近で電力・ガソリンやYシャツが値上がりして多少生活が困るというようなレベルでは済まされない事だと、少なくとも言えます。



ひるがえって、今後(今年後半~来年あたり)原油価格がどうなるかを考えますと、私自身は案外楽観的な予想をしています。

まず、石油消費一位の米国では、商務省統計によれば石油関連の支出が既に鈍化傾向にあるという事実です。少し前から消費全体や雇用の減速が明らかになっており、これに伴って原油需要が減退していっているためです。投機的な先物価格とは関係なく、実需は自然に需給バランスを取る方向に向うと考えます。
また、昨年騒がれたハリケーンなどによる米ガソリン在庫不足懸念は、現時点では収まっています。今夏も昨年と全く同じようにハリケーンが製油所を襲うなら話は別ですが。

第二位の中国は、政府がエネルギー需要の抑制を最優先の課題として取り組んでいて、独裁政権らしいドラスチックな荒治療が実施されつつあります。今年上半期は結果が出なかったものの、今後どんどん悪い状況になるとは考えにくいです。政府がムリヤリ石油消費を抑えにかかる感じです。エネルギー効率の改善はすぐには難しいでしょうが・・。

インドなどその他新興国の需要増大も懸念とされていますが、価格に大きく影響するといわれるBRICs4ヶ国需要を足しても、世界全体の消費の17%(05年)足らずというデータもありまして、欧米日に比べ世界全体に対する影響度は思ったより大きくないともいえます。これを裏付けるように、国際エネルギー機関やOPECの発表では、世界全体の原油需要の伸び率は06年に入ってから一貫して減少してきています。

イランやレバノン戦闘などの中東原油国リスクですが、レバノン戦闘は昨日のブッシュ&ブレア会談で戦闘停止に向けて本腰が入り、イスライルも軍を一部撤退したそうなので、小康状態が期待できるかもしれません。

問題は原油輸出国イランの孤立です。この国は何をやるか全く読めませんので、今後も原油供給面では最も高いリスクといえるでしょう。(イラン輸出停止に最も影響を受けるのは最大の輸入国日本です。欧米は殆ど輸入していません)

最新のニュースでは、国連安全保障理事会の5常任理事国とドイツが、イランにウラン濃縮など核関連活動の全面停止を義務付けるよう要求、8月末までに応じなければ国連憲章に基づく制裁措置を警告する決議案に合意したとあります。世界がイランを抑えることができるのか、注目です。

中東全体では供給国一位のサウジや立ち直りつつあるイラクなどが大幅増産を行っており、上のロイター記事にあるようにOPEC石油輸出国機構では在庫が積みあがっている状況です。
またIEA国際エネルギー機関の最新統計グラフを見ると、世界全体でハッキリと在庫が増えていることが確認できます。

先のロシアサミットでも世界各国が油田や製油所の投資拡大、代替エネルギーの開発促進、原油市場の透明化などに取り組む特別声明を出しましたし、米国では原発の復活計画が謳われました。ロシア天然ガスの動向やブラジルのエタノールなど代替エネルギーも注目の的です。省エネ先進国日本の役割も高まっていくでしょう。 世界的リスクに対応する人間の努力や英智も全く捨てたものではありません。

経済専門家はこういった、危機に対抗していこうとする人間パワーについてとても過小評価をしているように見えます。ただ需要が増大するから石油が不足し高騰をつづける、といった単純な世界ではないということを改めて認識するべきでしょう。



このような諸状況をふまえて、仮に最大のリスクであるレバノン戦闘やイラン問題が表面的に沈静化する方向に進めば、まずヘッジファンド投機筋が真っ先に市場から逃げていくことが容易に想像できます。利益確定売りです。そうなれば、いわずもがな、長期のつもりで後から入ってきた年金運用資金や個人投資家などの資金は大きなダメージを受けることになるでしょう。彼らはまたまたカモにされてしまいます。

原油の下落は世界の株価上昇に直結します。インフレ懸念が薄れ、欧米日も無理な利上げをしなくて済みます。企業業績や個人消費にも好影響を与えます。原油生産国が減産を迫られエネルギー関連企業が売られる以外は、短期的にはメリットの方がはるかに大きいといえるでしょう。

中期的には、原油リスク沈静化で金利が落ち着くことで、各国経済の強いファンダメンタルズが再び確認されるため、新たなバブル的景気過熱の火種が生まれそうな気配も感じます。再びあふれ出る過剰マネーによるグローバルなバブルです。

しかし原油はいくら下落したとしても、長期的には世界エネルギー需要は増えると考えられているので、3年前の1バレル=30ドル台に戻るようなことにはならないかと思います。景気過熱とエネルギー価格はイタチごっこを繰り返すのでしょうか。努力によっていずれ代替エネルギー化や省エネが進み、エネルギーリスク自体が軽減されていく可能性も信じたいですね・・。



補足ですが、冒頭ロイター記事の著名投資家ジムロジャースは(ご存知の方も多いと思いますが)自身で原油を含む商品市場のインデックスを作り投資ファンドを運営しています。「商品の時代」という自署で今後10年以上コモディティ相場は上がると断言していますので、ロイターのインタビューで1バレル100ドル超えをアナウンスしても不思議には感じませんでした。胴元によるマスコミを使った喧伝の代表例だと思います。

むしろ、世界的に成功しているこの投資家の話を都合よく引用する日米エコノミスト達が、まことしやかにメディアで同じように喋っているため、個人投資家が鵜呑みにして商品先物へ大きく突っ込んでしまうのではないかが心配になります。

業界お抱えの経済評論家の話はいつも半分くらいにして聞いておくべきだと思います。